続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第47話 日々の中で

 ブレックス准将との最初の協議から数週間が過ぎた頃、A.E.から戻ってきた制御ユニットを見て、ジョブは前回ほど嫌そうな顔をしなかった。

 

「直してはきてる。前に出したログをちゃんと見たらしいな。切り返しで残ってた余計な補正はかなり減ってる」

「じゃあ今回は合格ですか?」

「まだ。これ、連続で負荷を掛けた時の温度が前より上がる。制御を変えた分、別のところへ無理が出てないか見たい」

 

 試験機を動かしたクリスさんも同じところを気にしていた。前回は止める側に残っていた癖がほぼ消え、入力に対する挙動そのものはずっと素直になっている。その代わり、規定回数を越えて高負荷の姿勢変更を繰り返すと、駆動系の一部で温度上昇が目立った。

 

「これなら普通に使う分には前より安心できる。でも、戦闘で限界まで振り回した時にどうなるかは別ね。採用するなら条件付き。ジョブが言ってる温度のところをもう少し見たい」

「了解です。A.E.にはそのまま返します」

「レンが乗って確認する?」

「いや、今回はいいです。二人が同じ場所を見てるなら、俺が乗って『平気でした』って言っても邪魔なだけでしょう」

 

 ジョブが笑い、クリスさんも「珍しく分かってるじゃない」と返した。結局、改修版は前回のような差し戻しではなく、継続評価へ回すことになった。

 

 それから先、A.E.とのやり取りはこういうものになっていった。毎回こちらへ珍しいものが届くわけではないし、届いても使えるとは限らない。取り付けに手間が掛かりすぎて見送った部品もあれば、逆に既存品と入れ替えてそのまま試験を続けたものもある。向こうの返答が前より速くなっているのだけは分かったが、内部で何を作っているのかまで聞ける関係ではなかった。ただかなり精力的に動いてる事だけは確実だった。

 

 エゥーゴ側との連絡も同じだった。

 

 ある時はノエルさんから、ティターンズの艦艇へ作戦行動をするらしいという注意だけが上がってきた。作戦命令でも出動要請でもない。こちらで確認すると、正式な航行情報へ反映される前の艦艇らしく、その目的までは分からなかった。エゥーゴでは何かつかんでいるのだろう、近くにいればうちに正式に鎮圧要請が来るかもしれないから離れておいてほしいということなのだろう。

 

「先方も目的は把握していません。確認できているのは艦数と進入予定宙域、それと識別情報の一部までです」

「なら、それ以上は推測で埋めないでいいでしょう。こっちの任務経路だけ確認しましょう」

「重なります。ただ、接触予定時刻には幅があります。レイアム中尉にも回します」

「ではできるだけずれるようにお願いします。こっちから返せるものは?」

「前回の任務で確認した哨戒艦の配置なら通常記録の範囲で出せます。機密指定はありません」

「じゃあ、それだけ返してください」

 

 結局、その艦艇とは遠距離で識別を交わしただけで終わった。向こうもこちらへ近づいてこなかったし、俺たちも追わなかった。何も起きないために使える情報なら、それで十分だった。

 

 それ以降も、出航と帰投を何度か繰り返した。残党捜索で何も見つからず予定どおり帰ることもあれば、基地間の輸送に付き合った翌日に訓練へ切り替わることもある。A.E.の試験品を積んだまま別の補給地へ移り、そこでジョブたちが空いた時間を使ってデータを取ることもあった。エゥーゴ側から届く情報も毎回役に立つわけではなく、こちらで確認して終わるものの方が多い。それでも、一度きりの協議で作った連絡先が消えずに残っていることだけは分かった。

 

 そうやって任務と評価を繰り返していると、日付だけは思ったより早く進んだ。

 

 まとまった補給で数日停泊することになった日の夕方、執務室を出ようとしたところでマウアーに呼び止められた。

 

「少佐、今日の予定はここまでです。追加の面会もありません」

「……本当に?」

「本当です。空いたところへ自分で仕事を入れないでください。それと、キョウさんが待っています」

「あ」

 

 昼までは覚えていた。居住区へ戻ると、キョウは共同スペースの机に教材を広げていた。俺が入ってきた時にはもう気付いていたらしく、端末から顔も上げずに言う。

 

「遅い、お兄ちゃん。今日なら早く終わるって聞いてたんだけど?」

「すみません。ちょっと伸びました」

「その『ちょっと』の間に二つ終わったよ。で、約束。分からないところ教えてくれるって言ったよね?」

「言ったね。どこがわからないんだい?」

 

 隣へ座って端末を見ると、計算そのものより途中の考え方で引っ掛かっているらしい。説明を始めると、しばらくしてキョウが眉を寄せた。

 

「お兄ちゃん、説明長い。それだと途中で何の話だったか分からなくなる」

「そんなに?」

「長い。教えるの下手なんじゃない?」

「そこまで言います?」

「だって本当だし」

 

 順番を減らして説明すると、今度は自分で続きを解いた。俺が横から口を出そうとすれば「今やってるから待って」と止められる。答えが合っているのを確認すると、キョウは満足そうに端末を閉じた。

 

「終わり。じゃあ次、私の話。今度長く停まる時、外に出たいんだよね」

「一人ではだせないぞ?」

「一人で出るつもりじゃないよ。そこまで無茶しないって。普通の店とか本屋とか見たい。できれば軍人ばっかりじゃない普通の街も歩いてみたいんだけど」

 

 艦での生活にはもう慣れている。危険区域へ入らないことも、出航中に勝手な場所へ行かないことも分かっている。でも、慣れたからといって軍艦の中だけで満足しろという話にはならない。

 

「人が多い場所は大丈夫か?」

「すごく多いとちょっと疲れる。みんな近いと、ごちゃごちゃする感じがするから。でも嫌になったら戻ればいいでしょ」

「そうだな。行ける場所は考えておこう。どこへ行きたいかはリストにしておいて後で教えて」

「だから本屋。あと服もみたいし。ここの服、着られればいいって感じのばっかりだし」

「それは軍艦だし」

「知ってるよ」

 

 キョウが笑う。最初の頃みたいに、言っていいことを探りながら話しているわけじゃない。嫌なら嫌と言うし、欲しいものがあれば欲しいと言う。俺が全部決める必要はなかった。

 

「次に条件が合う寄港地を見とくか。マウアー少尉にも予定を確認してもらわないと、行き先まで決めてもらうのは禁止で」

「分かってる。行く場所は私が決めたい」

「それでいこうか」

 

 そこだけは素直に話がまとまった。その後は一緒に食事を取り、明日からまた数日航行が続くことだけ話した。キョウも詳しい内容までは聞いてこない。

 

「今度は忘れないでね」

「予定に入れておきます」

「マウアーさんにも言っといた方がいいよ」

「……そうしとく」

 

 翌朝、出航前の艦橋へ上がると、ノエルさんから新しい連絡が一件だけ回ってきた。A.E.から次の評価品について打診があり、受け入れ可能な時期を聞いているらしい。

 

「今回も既存機へ組み込む部品です。詳細仕様は受領前の確認待ちです」

「今の任務が終わってからですね。ジョブにも日程を見てもらってください」

「了解です」

 

 レイアム中尉から発進準備完了の報告が入り、少し遅れてアルビオン側も予定どおり出られると連絡が来る。俺は席へ戻り、次の航路を表示した。

 

 その任務も特に大きな問題なく終わり、次の補給地へ入った頃には、前に打診されていた評価品が先に届いていた。今度は制御ユニットではなく、既存の駆動部へ取り付ける交換部材と計測用の小さなユニットだった。

 

 格納庫で梱包を開いたジョブは、添付された評価項目を読みながら首を傾げた。

 

「前と聞いてくることが変わってきたな。最高出力がどうとかじゃなくて、交換した時にどこへ負荷が逃げるか、何回外しても精度が落ちないかって項目が増えてる」

「悪い変化ですか?」

「逆。実際に使い続けることを考え始めてるなら、こっちとしては話しやすい。ただ、何に繋げるつもりなのかまではこれじゃ分からない」

「そこは聞かれてないなら気にしなくていいですよ。うちは渡された物を評価しましょう」

 

 俺が前にA.E.へ話したことと無関係ではないのだろう。それでも、向こうが今どんな機体を作り、どこまで進んでいるのかは別の話だ。見えているのは、送られてくる部品と質問が少しずつ変わっていることだけだった。

 

 試験日程は次の通常任務の後に組まれた。マウアーから回ってきた予定表には、機体評価の欄と並んで、キョウとの外出候補を確認する時間まできっちり入っている。

 

「……そこまで書きます?」

「忘れないためです」

「誰から聞いたんですか」

「キョウさんです」

 

 何も言い返せないまま端末を受け取り、俺はその次に並んでいる出航前会議の資料を開いた。

 

 資料の中身は、次の補給拠点までの航路警戒と、途中で予定されている定期訓練だった。大きな話はない。だからこそ、その合間にA.E.の試験を入れられる。

 

 任務を終えて戻ると、ジョブは届いていた交換部材を一度ばらし、元の部品と並べていた。見た目だけなら少し形が違う程度だったが、取り付けた状態で何度か負荷を掛けると、計測値の出方は前までの試験品と違った。

 

「これ、部品そのものを強くしたって感じじゃないな。こっちで受けた力を隣へ逃がす量が増えてる。だから一点だけ見れば負担は減るけど、周りの組み方が悪いと逆にそっちが先に痛む」

「単体で交換して終わりじゃない?」

「そういうこと。前は『この部品でどれだけ反応が良くなるか』って聞き方が多かったけど、今回は周りを含めてどうなるかを見たがってる」

 

 そこへシーマ中佐も入ってきて、机に置かれた部材を手に取った。

 

「考え方が変わってきたのは結構だけど、専用品ばかり増やされたら現場はたまったもんじゃないよ。壊れた時に月まで部品を取りに戻れじゃ使えない」

「そこも評価項目に入ってます。共通工具で交換できるか、既存部品とどこまで互換が残るかも返すつもりです」

「ならいい。性能の数字だけ見て採用するなんて言い出したら止めようと思ってたところさ」

「言いませんよ」

「前科がないとは言わせないよ?」

 

 否定しきれなかった。

 

 試験そのものは悪くなかった。すぐ正式採用できるというほどでもないが、繰り返し交換した後の精度低下も小さく、周辺部品への負担も想定範囲に収まっている。一方で、一緒に届いていた計測ユニットは配線を通すために整備口の一つを塞いでしまい、ジョブがその場で「これはこのままじゃ駄目」と外した。

 

 良くなっているから全部通す、という話でもない。支持部材は継続評価、計測ユニットは取り回しを直して再提出。シーマ中佐も、補給条件が詰められるなら前者は候補に残していいという結論だった。俺が追加することはほとんどなく、そのまま評価書をA.E.へ返した。

 

 そのやり取りを何度か往復するうち、艦内の予定表も年の後ろ半分が埋まり始めた。送られてくる質問の内容もさらに変わった。最高出力や反応速度だけでなく、分解した後にどこまで精度を戻せるか、複数の関節を続けて動かした時に歪みがどこへ残るか、装備を変えた場合に整備時間がどれだけ増えるか。試験品の形はばらばらなのに、聞いてくることは一機全体を見ようとしているものが増えていた。

 

 俺が前に話した構造の考え方を、向こうで本当に形にしようとしているのかもしれない。けれど、それ以上は分からない。返ってくるのは評価依頼と質問だけで、A.E.の開発室を覗けるわけじゃない。ジョブも、面白そうではあっても推測だけで答えを作るつもりはないらしかった。

 

 一度など、受領したばかりの試験品をまだ取り付けてもいないうちに、A.E.側から仕様見直しを理由に返送してほしいと連絡が来た。完成度が上がっている物もあれば、作り直しになる物もある。順調に一直線というより、かなりの数を動かしながら前へ進めているように見えた。

 

 俺たちは俺たちで任務を続けた。

 

 訓練ではバニング大尉がMS隊をまとめ、俺はレイブン側から記録を確認する日も増えた。コウとキースを同じ組に置く日ばかりではなく、ユウ中尉やライラ中尉と組み替え、普段の呼吸が通じない相手とどう合わせるかを見る。戻ってきた記録には撃墜判定より、隊形変更で生じた遅れや余計に使った推進剤、互いの射線を待った時間の方が細かく残っていた。

 

 ある日の訓練後、バニング大尉は俺が送った参加希望を見て露骨に嫌そうな顔をした。

 

「少佐が毎回出てくる前提じゃ、部隊訓練にならん。出る日と出ない日はこっちで分けるぞ」

「お願いします。俺が必要なら呼んでください」

「必要ならな。暇だからって勝手に混ざるなよ」

 

 そこまで言われると、さすがに勝手に乗るわけにもいかない。実際、俺がいない組み合わせで崩れたところを直す方が、今の部隊には必要だった。バニング大尉が任せられる範囲を広げてくれるなら、その分まで俺が奪う理由もない。

 

 任務先も少しずつ変わり、補給地も変わった。キョウとの外出は、その後に長めの寄港時間が取れたところで一度実現した。本屋と服を見るだけで思ったより時間が掛かり、俺が途中で選んだ服は一着も採用されなかったが、本人が満足していたのでそれでいいことにした。

 

 エゥーゴ側との連絡線も、普段は何も流れてこないままだった。常時開いている回線ではない以上、それでいい。たまにノエルさんが認証を通した情報を持ってきて、こちらに関係がなければ確認だけして閉じる。その繰り返しだった。

 

 その中で、一度だけこちらの任務と直接重なる情報が来た。

 

「少佐、先方から注意情報です。ティターンズ所属艦二隻とMS部隊が、こちらの予定航路に近い宙域へ入る可能性があります。通常の航行予定にはまだ反映されていません」

「確度は?」

「艦の識別までは確認済み。目的と正確な通過時刻は不明です。こちらへ何かする予定がある、という情報ではありません」

「分かりました。レイアム中尉とシナプス少佐にも回してください。進路を変える必要があるか見ます」

 

 今回は基地間の航路警戒だった。避けるために大きく迂回するほどの理由はないが、何も知らないまま接近する必要もない。レイアム中尉の計算では、予定を四十分ほどずらせば最接近距離をかなり広げられる。アルビオン側も問題ないとシナプス少佐から返答が来たので、俺はその案で進めることにした。

 

 念のためMS隊の前方警戒だけは厚くした。バニング大尉が外へ出て、ユウ中尉とライラ中尉が少し離れた位置を見ている。しばらくして、ユウ中尉から短い報告が入った。

 

『少佐、右前方に艦影二。事前情報の識別と一致します。こちらへ進路変更はありません』

「了解です。そのまま距離を保ってください。確認のために近づく必要はありません」

『了解』

 

 ライラ中尉からもMSの反応を確認したと続いたが、向こうもこちらへ寄ってこなかった。遠距離で正式な識別だけを交わし、双方は予定どおり距離を取ったまま離れていった。

 

 何も知らなければ、正体を確認するためにこちらから距離を詰める必要があったかもしれない。相手も同じように警戒すれば、互いに余計な動きを一つずつ増やすことになる。今回はそれをせずに済んだ。

 

 帰投後、こちらからエゥーゴ側へ返したのは確認した艦の位置と時刻、それと接触も交戦もなかったという事実だけだった。どこへ向かったか、何をしようとしているかは分からない。そこへ推測を足す必要もない。

 

 一方で、ティターンズ側との通常の連絡は以前より面倒になっていた。同じ連邦軍なので必要な手続きが消えたわけではない。ただ、照会への返答が遅れたり、担当部署を何度か回された末に最低限の回答だけ返ってきたりすることが増えた。露骨に妨害されたと断定できるものではないが、まぁ嫌がらせだろうな

 

「向こうもこっちを警戒してるんでしょうね」

 ノエルさんが返ってきた回答を整理しながら言った。

「でしょうね。でも、必要な照会は今までどおり出してください。返ってこなかったら、返ってこなかった記録を残しておけばいいです」

「了解です。先に決めつけない、ですね」

「はい。面倒ですけど」

 

 そんなやり取りまで普通になった頃には、年内の予定をまとめる時期になっていた。

 

 マウアーが持ってきた予定表には、定期整備、残っている通常任務、A.E.へ返す評価書の期限が並び、その下には翌年分の仮予定が別枠で置かれていた。

 

「年内に確定しているのはここまでです。追加命令がなければ、最後の任務から戻った後に二隻とも定期整備へ入れます。A.E.の評価品はその前に返却できます」

「翌年分は?」

「まだ仮置きです。中央からの任務も、外部との予定も確定していません。決まっていないものを決まったように埋めるつもりはありません」

「それでお願いします」

 

 端末の上の日付は、もうU.C.0086の終わりに近かった。

 

「少佐、発進前確認まで二十分です」

 レイアム中尉から艦橋へ呼ぶ連絡が入った。

「了解です。今行きます」

 

 マウアーへ端末を返し、執務室を出る。翌年の予定表にはまだ空白が多かったが、今日やることはもう決まっていた。




A.E.データ取れるからってガンガン回してきてる模様
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