二〇〇〇ちょうどに執務室の端末を開くと、画面にはアムロとララァさんが並んでいた。夕方にマウアーが入れた予定どおりの私用回線だ。軍務用の表示も記録欄も出ていない画面を見るだけで、少し肩の力が抜ける。
「遅い時間に悪いな、レン」
「こっちの予定に合わせてもらったんだから気にしないで。二人とも久しぶり」
「お久しぶりです、レン」
ララァさんは以前と変わらない柔らかい声だった。アムロも元気そうではある。ただ、二人とも何かを言い出す前の顔をしている。
「それで、話って?」
「二人のことなんだ。できれば直接会って話したい。急ぐ話じゃないけど、通信で済ませるより、その方がいいと思って」
「悪い話?」
「少なくとも僕は、いい話だと思ってる」
アムロがそう言うと、隣のララァさんが小さく笑った。それなら今ここで聞き出す理由もない。
「分かった。こっちで時間を作るよ。明日には連絡する」
「待ってる」
通信を切ると、隣室で別の作業をしていたマウアーが戻ってきた。
「面会ですね?」
「はい。直接会って話したいそうです。数日以内で空けられます?」
「空けられます。三日後からなら中央から指定されている任務は当分ありません。大佐が予定を入れるなら、レイブン側はシーマ中佐へ引き継ぎ、必要な連絡だけこちらで整理します。アルビオンは通常どおりシナプス少佐が見ています」
「どれくらい空けられそう? 地球に向かいたいんだけど」
「地球ですか。それなら往復も含めて、二週間ほど確保しておきましょう」
「そんなに空けて大丈夫?」
「問題ありません。地球へ降りる以上、移動だけでも時間がかかりますし、地上で予定がずれる可能性もあります。帰還日を詰めすぎる必要はないでしょう」
マウアーは手元の端末を確認してから続けた。
「今のBLACK RAVENはかなりの自由裁量が認められています。大佐率いる連邦政府直轄部隊になり、通常任務はかなり減りました。むしろ重要案件がない時にまとまった時間を作らないと、いつまでも作れません」
「……前より自由になってるな」
「細かい任務に拘束される時間は減っています。その代わり、何か起きた時の責任は増えています」
「いいところだけ増えるわけじゃないか」
「当然です」
大佐になってから書類は増えたが、部隊が直接出る護衛や俺が参加する訓練は以前より明らかに減っていた。バニング大尉に監督を任せられる訓練へ俺まで混ざる必要はないし、通常の艦務はレイアム大尉、艦橋の判断はシーマ中佐やノエル少尉へ渡せる。アルビオンにはシナプス少佐がいる。俺が全部に顔を出す方が、今では部隊の邪魔になる。
三日後からの予定は、俺が空けると決めてしまえば早かった。マウアーが地球行きの便を押さえ、関係先へ連絡を回し、二週間を上限に不在期間を艦側へ共有する。許可をもらうというより、部隊長がいつまで不在になる可能性があるのかを全員が把握しておくための処理だった。
「お兄ちゃん、前より出かけやすくなってない?」
「俺もそれに気付いた」
「大佐だから出られないわけではありません。勝手に消えられると困るだけです」
「それなら分かる」
「なので、次からは思いつきで予定を追加する前に私へ言ってください」
「そこは結局変わらないのか……」
キョウも一緒に連れ、マウアーが同行した。今の俺にとっては、私用の面会でもこの形が一番楽だった。地球までの移動や艦との連絡、時間の調整を自分で抱えずに済む。
三日後、予定どおりレイブンを離れた。
地球へ向かうために用意された連絡艇へ乗り込み、そこから地球圏へ移動する。艦での生活が長くなったせいか、窓の向こうで少しずつ大きくなっていく地球を見るのも久しぶりに感じた。
キョウは途中からずっと窓の外を眺めていた。宇宙暮らしにも慣れてきていたが、やはり地球へ戻るとなれば気になるらしい。マウアーはその横で端末を開き、到着後の予定とレイブンから届いた連絡を確認していた。
大気圏へ入り、地上へ降りてからもすぐに目的地へ着くわけではない。用意されていた車へ乗り換え、そこからさらに移動する。宇宙では距離があっても艦や連絡艇で一気に進めるせいか、地上へ戻ると目的地まで道路を辿っていく時間の方が妙に長く感じた。
「まだ着かないの?」
「もう少しだって」
「さっきも聞いたよ」
「地球は広いんだよ」
「宇宙の方が広いでしょ」
「それを言われると困るな……」
そんなやり取りをしながら移動を続け、ようやく約束していた場所へ着いた。アムロたちと顔を合わせると、最初にキョウとマウアーを紹介した。
「こっちはキョウ。俺の義妹で、今はレイブンで一緒に暮らしてる。こっちはマウアー・ファラオ少尉。俺付きの副官」
「キョウです。よろしくお願いします」
「アムロ・レイ。よろしく。こっちはララァ」
「ララァ・スンです。よろしくね、キョウさん」
「はい。よろしくお願いします」
「マウアーです。今日は随行ですので、私のことは気にせずお話しください」
マウアーは挨拶が済むと少し離れた席へ移った。予定や連絡を持つために来ているのであって、俺の私的な話を全部横で聞く必要はない。
席について一息ついたところで、アムロとララァさんが顔を見合わせた。通信の時と同じだ。先に口を開いたのはララァさんだった。
「レン、私、子供ができたの」
一瞬、言葉の意味を取るのが遅れた。
「……本当に?」
「ええ」
「それで、僕たち結婚することにした。前から一緒にいるつもりではいたけど、ちゃんと形にしようって話して」
「私の退役手続きも、もう終わっています。今は軍人ではありません」
三つまとめて来た。驚きはした。でも、その次に出てきたものは素直な嬉しさだった。
「おめでとう。本当に。二人とも、生き残ってここまで来たんだな……いや、なんか言い方変だな。とにかく、おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「二人とも、おめでとうございます」
キョウも頭を下げると、ララァさんが嬉しそうに礼を返した。アムロは少し照れたように笑っている。
それからしばらくは軍の話をしなかった。二人ともBLACK RAVENを離れてから後方勤務を続け、戦闘とは距離を置いていた。ララァさんは妊娠が分かった後、退役を選んだらしい。二人がこれからどう暮らすかまで根掘り葉掘り聞く必要はない。ただ、あの一年戦争を一緒に抜けた二人が、今度は家族を作る話をしている。それだけで十分だった。
話が落ち着いたところで、アムロが急にこちらを見た。
「そういえばレン、お前の方はどうなんだ?」
「何が?」
「そういう相手。もういてもおかしくないだろ。僕たちのことばかり聞いてるけど」
言われて、初めて考えた。一年戦争が終わってからも、部隊を作って、0083があって、再編して、30バンチがあって、そのまま今まで来た。思い返しても、そこへ恋愛が入り込んだ覚えがない。
「……考えたこともなかったな」
アムロが呆れたような顔をした。
「本当に今考えたんだな」
「お兄ちゃん、そういう顔してた」
キョウまで同意したので、ララァさんが声を立てずに笑う。
「俺のことはまぁそのうち考えますたぶん。それより、アムロは軍籍を残すんだよな?」
「うん。今は後方勤務だし、すぐ前線に戻る話もない。辞めるつもりも今のところはないよ」
「なら、一つだけ真面目な話をさせてほしい」
アムロの表情が変わった。ララァさんも黙ってこちらを見る。
「この先、今より大きな衝突が起きると思ってる。いつ、どこで、誰が最初に動くかまでは俺にも分からない。でも30バンチで、俺たちは同じ連邦軍のティターンズと実際に撃ち合った。その後も対立は消えてない。反ティターンズ側の動きも強くなってる。このまま何事もなく収まるとは思えない」
「僕も、今のままで済むとは思ってない」
「だったら、アムロがまた戦闘へ関わる可能性も考えておいた方がいい。命令で戻されるかもしれないし、自分で動くことになるかもしれない。その時に気になるのがララァさんなんだ」
「ララァが?」
「今は民間人だからこそ、軍の中の争いに巻き込ませたくない。アムロ本人へ圧力を掛ける手段として家族を使おうと考える奴が出ないとは言い切れない。結婚すれば関係はもっと分かりやすくなるし、子供もできる。必ず誰かがやるって話じゃない。でも、やられてから考えるには遅すぎる」
「軍の中の争いで、そこまでやると思うのか?」
「思いたくはない。でもやるよあいつらは絶対にやる、俺は色々見てきたからな」
アムロはすぐには返さなかった。ララァさんの方を見るが、それだけで答えを済ませようとはしない。少し間を置いて、ララァさん自身が口を開いた。
「私はもう軍を辞めました。でも、それだけで軍の争いから離れられるとは限らないのね」
「俺はそう思ってます。だから先にセイラさんへ話をしてあります。必要なら軍とは別の場所で、安全を確保する手伝いをしてもらえる。連絡さえすればすぐにでも移れるはずです」
「もう話してあったのか」
「軍人本人じゃなく周りを狙われる可能性は考えてた。今までは具体的に勧める相手がいなかっただけさ」
「私、その話を聞きたいです。子供ができた以上、何か起きてから逃げるより、先に動けるならその方がいいと思います。アムロが軍に残ることも、私が決めることではないから」
「ララァ」
「あなたに辞めてほしいと言っているわけではないわ。でも、私と子供まで同じ場所にいる必要はないでしょう?足枷になるのはいやだもの」
アムロはしばらく考えてから頷いた。
「分かった。僕も反対はしない。場所の話を聞いて、二人で決めよう」
「それでいい。セイラさんには、こちらから返事を入れておく」
そこでアムロが何かに気付いたように顔を上げた。
「待てよ。それならブライトさんも同じじゃないか。軍に残ってるし、ミライさんと子供たちもいる」
「そこも考えてはいる。これからその話をしに行くつもりだ」
少し離れていたマウアーへ目を向ける。
「ブライトさんの予定、確認してますよね?」
「はい。大佐側は今週ならまだかなり動かせます。先方の都合が合う日を連絡してくれるよう通達してあります」
「お願いします」
大きな任務が入っていなければ、どこへ時間を使うかはかなり自分で決められる。こういう時には、その裁量がありがたかった。
ブライトさん一家と顔を合わせられたのは、その二日後だった。こちらは俺とマウアー、それにキョウ。向こうにはブライトさんとミライさん、ハサウェイとチェーミンが揃っていた。
子供たちがいる前で最初から物騒な話をする必要もない。ハサウェイとチェーミンがキョウと少し離れたところで遊んでる間に、俺たちは声を落として話した。
「それで、わざわざ直接来るほどの話とは何だ?」
「家族の安全についてです。今すぐ何かが起きるという話ではありません。ただ、30バンチ以降の動きを見ていて、連邦軍内部の対立がこれ以上大きくならないとは俺には思えない」
「ティターンズと反ティターンズ側か」
「はい。俺たちはもう一度、同じ軍の部隊同士で撃ち合ってます。次も現場だけで終わる保証はない。ブライトさんが軍に残るなら、ミライさんと子供たちは今のうちに軍の争いから距離を置いた方がいいと思ってます」
ブライトさんは腕を組み、すぐには頷かなかった。
「家族まで圧力材料に使われる可能性を見ているのか?」
「可能性です。必ずそうなるとは言えませんが確率は高いと思っています。起きてから安全な場所を探すよりは、今のうちに選べる状態にしておいた方がいい」
「軍の保護下ではなく?」
「軍の中で割れてる以上、軍に任せるのは不安です。セイラさんに相談して、民間側で安全を確保できるようにしてあります。具体的な場所は一つに決めてません。ミライさんたちが候補を見て選べます」
そこでミライさんが口を開いた。
「どのくらい急ぐ話なの?」
「明日すぐ移ってほしいというほどではありません。でも、実際に衝突が大きくなってからだと移動そのものが目立つし、選べる場所も減ります。動くなら、まだ普通に生活の場所を変えられる今の方がいいです」
「そうね。子供たちを急に連れ回すのも避けたいけれど、戦闘が始まってから移す方がずっと負担になるわ」
ブライトさんがミライさんを見る。
「私は軍を離れるつもりはない」
「ブライトさんはその前提でいいと思ってます。ブライトさん本人まで隠す話じゃないですしね。家族だけでも離しておけば、少なくとも一緒に巻き込まれる可能性は下げられる」
「なら、話は分かりやすい。ミライ、候補を見てから決めよう。勤務先に近いことを優先する必要はない」
「ええ。子供たちの生活もあるから、私も見て決めたいわ」
「分かりました。セイラさん側との連絡はマウアー少尉から繋ぎます」
話がまとまったところで、視線を子供たちの方へ戻した。キョウの隣でハサウェイが端末の画面を見せ、チェーミンがその横から覗き込んでいる。何を見せているのかまでは分からない。ただ、どこにでもいる子供の姿だった。
俺が覚えている先では、この子はもっとずっと後になって、戦争と政治の歪みを自分の肩へ載せてしまう。誰かにただ操られて終わるわけじゃない。自分で考え、自分で選び、その選択の先で帰れないところまで行く。
でも、今ここにいるハサウェイはまだ何もしていない。キョウだって、少し違えば今みたいに俺の隣で普通に暮らしてはいなかった。
今から何をすればあの先を変えられるのかは分からない。子供相手に、まだ起きてもいないことを理由に警戒するのも違う。ただ、あそこまで行かせたくない。その気持ちだけははっきりしていた。
「お兄ちゃん、話終わった?」
キョウがこちらを見た。
「うん。そろそろ戻ろうか」
キョウはハサウェイとチェーミンに別れを告げてから戻ってきた。俺もブライトさんとミライさんにもう一度だけ頭を下げた。
全てを終えて宇宙へ上がりレイブンへ戻った時には、予定より少し早かった。艦へ入るなり、マウアーが端末を確認する。
「セイラさん側から連絡は二件とも対応済とのことです。それと、明日の予定に一件追加があります」
「今度は何です?」
「MSの更新事案です。ジョブ准尉から、現行機の運用記録が揃ったことでA.E.側から一度しっかり話をしたいと。どこまで今の機体を使うかの整理とあちらから提案をしたいそうです」
「時間は?」
「午前でも午後でも動かせます。大佐が決めてください」
「じゃあ午前で。午後は空けておきたい」
「分かりました」
横でキョウが小さく笑った。
「今度はMS?」
「今度はMS」
予定表の午前欄に、「MS更新検討」の項目が追加された。今度は誰かに決められた予定ではない。俺たちが次に備えるために、自分で入れた予定だった。
原作への影響大
そしてその原作開始は52話からです。