一応出来事出来事でジャンプしますが
出航までの短い時間は、ほとんど機体の確認で消えた。
RAVEN_CUSTOMは一号機とはかなり違った。操縦に対する反応そのものは素直なのに、加速を入れた時の機体の乗り方が違う。試しに昔と同じ感覚で姿勢を変えたら、思ったより早く機首が回って慌てて入力を戻すことになった。俺向けに作られたと言われても、乗ったその日から身体の一部になるわけじゃない。
アムロはアレックスの調整記録に張り付き、クリスさんは自分のジム・スナイパーIIを一通り動かしていた。狙撃用ではなく汎用として使うらしい。名前はスナイパーだけど実際はそんな狭い使い方をするにはもったいない機体だ。反応も機動性も高く、普通に前へ出て戦える高性能機だ。
残りの三機は、うちの隊らしいというか、統一感があるのかないのか分からなかった。
クスコさんには連邦側で整備された高機動型ゲルググ。旧ジオン製MSを実戦で使ってデータを取るという、いかにもこの隊へ押しつけられそうな仕事付きだ。しかも頭は誤射防止の為かジム系の頭をつけられていた。連邦の識別装置や通信系へ手を入れられているせいで細かい違いはあるらしいが、本人は何度か動かしただけで大体の癖を掴んでいた。
リリス少尉の機体はペイルライダー・キャバルリー。正確には放棄されていた機体を復元した評価機で、HADESは完全に取り外されている。それでも機体そのものの性能は高く、リリス少尉はかなり気に入ったらしい。
「余計なものがない方がいいです。自分で動かした方が分かりやすいので」
「それで近接寄りに使うんですか?」
「使える機体なら使いますよ。近づかないと何もできない機体じゃないですし」
そう言いながら近接武器の確認をしているあたり、何をしたいかは分かりやすかった。
ララァに渡されたのはジム・コマンドの宇宙戦仕様だった。一年戦争中の運用記録を反映して多少調整されているけど、変な専用機ではない。むしろ癖が少なく、動かした分だけ素直に応えてくれる。基本性能も十分に高いし、これといって大きな欠点がない。
「どう?」
「シミュレーターより分かりやすいわ。動かした時に、機体が何をしたのかが素直に返ってくる感じ」
「それはいい機体ってことだよ」
アムロが先に答えた。
「変な癖がある機体だと、その癖まで覚えないといけないから。これならララァが間違えた時も、機体のせいなのか操作のせいなのか分かりやすい」
「間違える前提なのね」
「最初なんだから当たり前だよ」
「アムロも結構はっきり言うよな」
「レンが甘く言っても仕方ないでしょ」
本人も不満そうにはしていなかった。
そうして最低限の確認を終え、レイブンは地球を離れた。
宇宙へ上がってしまえば、見える景色自体は戦争中と変わらない。黒い空と星。艦内も元がホワイトベースだから、知らない艦に乗っている感じは薄い。それでも通路を歩けば知らない乗員とすれ違うし、格納庫にはもう一号機もガンダム二号機もない。
今回の任務宙域へ近づいた頃、艦内放送で戦闘配置が告げられた。俺たち六人は既に機体へ入っている。
『敵性反応を確認。輸送艦と思われる艦艇一、周辺にMS反応十。機種は現在照合中です』
ノエル軍曹からの報告を聞きながら、俺は表示された配置を見る。相手は艦の周囲へMSをまとめている。逃げる動きはない。
「ブライトさん、通信は?」
『開ける。こちらから勧告する』
少しして広域通信へ切り替わった。
『こちら地球連邦軍BLACK RAVEN所属、ペガサス級レイブン。戦争は既に終結している。武装を解除し、停船せよ。投降者の生命と正規捕虜としての扱いは保障する。攻撃行動を取らない限り、こちらから発砲はしない』
ブライトさんの声が流れる。返答はすぐには来なかった。何もないまま数十秒が過ぎ、ようやく雑音の向こうから男の声が返ってきた。
『連邦の言う保障など信じられるか。投降したところで、俺たちをどうするつもりだ』
『武装解除後、連邦軍の正規施設へ移送する。負傷者がいれば治療する。こちらで勝手な処分はしない』
『信用できるものか』
通信が切れた。
『MS、動きます』
今度はノエル軍曹の声が短い。敵機が艦から離れ始めた。ザクとリック・ドムが中心で、その中にゲルググが二機いる。
「出ます」
『待て。まだ撃つな』
ブライトさんの声が返ってくる。
『MS隊発進。敵が攻撃するまでこちらからは撃つな。艦はこちらで距離を取る』
「了解」
発進順に機体が宇宙へ滑り出した。
RAVEN_CUSTOMをカタパルトから放す。推進を少し入れただけで速度が乗る。動き始めた後の姿勢変更が妙に速い。アムロのアレックスが横へ並び、少し後ろにクリスさん、ララァ。クスコさんとリリス少尉は反対側へ広がった。
「ララァ、最初は前に出すぎないで」
『分かっています』
『ララァ、敵だけ見ないで。味方の位置も確認してね』
『はい、クリス』
クリスさんの声は普段より少し硬い。敵との距離が詰まる。まだ撃ってこない。こっちも撃たない。しばらく互いに進んだところで、一番前のリック・ドムがバズーカを構えた。
「来る」
アムロの声とほとんど同時だった。俺たちの間を抜けた砲弾が、後方のレイブンへ向かう。
『全機、交戦を許可する!』
ブライトさんの命令を聞くより先にRAVEN_CUSTOMを加速させた。
敵の第二射を横へかわし、そのまま先頭へ踏み込む。速い。思った以上に速いけど、無理やり抑えるほどじゃない。推進を切って身体を流しながら射線を外し、接近してきたザクの銃を腕ごと切り落とした。
「っと……違うな」
逆噴射で姿勢を戻す。
その横をビームが通り、俺を狙っていたリック・ドムの武器が弾けた。
『レン、止まらないで』
「分かってる」
アムロだ。アレックスは前より明らかに動きが安定している。急激に姿勢を変えても妙な遅れがない。そのまま敵の射線を外し、別のザクの脚部を撃ち抜いた。
戦場の反対側では、ゲルググがリック・ドムの横をすり抜ける。
『全然行けるわね』
クスコさんの声が聞こえた。
「乗りやすいですか?」
『調整する時間はしっかりもらったから』
敵のリック・ドムが一瞬動きを鈍らせた。その迷いをクスコさんは見逃さなかった。射撃で相手の動きを制限し、距離を詰めて武器を弾き飛ばす。そこで止めた。
『武器を捨てて。まだ戦うなら次は止めないわよ』
返事はない。でも、そのリック・ドムは動かなかった。
『左、二機抜けます!』
ノエル軍曹の報告に視線を切り替える。ザクとリック・ドムがこちらを避けて、レイブンへ回り込もうとしている。
「クリスさん、後ろお願いします」
『了解。ララァ、ついてきて』
二機が下がる。俺は追おうとしたが、正面の三機が進路を塞いだ。隊長になって初めて分かったけど、自分で全部見ようとすると前より面倒だ。敵を倒すだけなら簡単なのに、味方の位置と艦まで気にすると目を切る回数が増える。
「アムロ、正面二機任せる」
『もうやってるよ』
「早いよ」
返事をした時には、アレックスが一機のリック・ドムへ射撃を当てていた。機体中心ではなく、バズーカを持つ腕と肩が吹き飛ぶ。
残ったザクがこちらへ向く。RAVEN_CUSTOMを一気に寄せる。今度は加速を抑えすぎず、そのまま相手の懐へ入った。対艦刀を使うほどでもない。手持ちの近接武器で銃を切り、蹴るように機体を押し離す。
後方からリリス少尉のキャバルリーが抜けてきた。
『一機、もらいます』
射撃でリック・ドムの進路をずらし、相手が回避した先へ自分から踏み込む。HADESなんてなくても機体は十分速い。相手が向き直るより先に接近し、近接武器で推進器の一部を切り裂いた。
制御を失ったリック・ドムが回転する。
『止まって。まだやるなら次はコックピットを狙う』
少し荒い呼吸が混じっていたが、声そのものは冷静だった。敵機から射撃が止まる。
『……投降する』
『一機、投降を確認しました』
ノエル軍曹の報告が入る。
その頃、クリスさんたちはレイブンへ回ろうとした二機と接触していた。
『ララァ、左のザクだけ見て。ドムは私が取るから』
『はい』
ジム・スナイパーIIがリック・ドムの射撃をかわし、そのまま中距離から撃ち返す。名前に反して、動きは普通の高性能MSそのものだ。相手との距離が縮まっても止まらない。問題はララァの方だった。ザクが撃った瞬間、ジム・コマンドの動きが大きく跳ねた。
『ララァ、入れすぎ!』
クリスさんの声。
『……分かってます』
ララァが姿勢を戻す。訓練なら、撃たれても本当に死ぬことはない。今は違う。次の射撃がジム・コマンドのシールドを掠めた。
『ララァ?』
『大丈夫。……でも、違うの。撃ってくる人がいるって、こんなに近いのね』
感じたんだろう。何をどこまで感じたのかは分からない。でも今は聞いている場合じゃない。
「ララァ、相手を感じるのは後。機体を見て」
『……うん』
『レンの言う通り。照準と速度を見て。君はちゃんと動かせてるから』
アムロの声も入る。ザクがもう一度距離を詰めた。今度のジム・コマンドは大きく逃げなかった。小さく姿勢を変えて射線を外し、相手が通り過ぎるところへ向きを合わせる。
一発目は外れた。二発目がザクの右腕を撃ち抜いた。銃を失ったザクが離れようとする。ララァは追いかけたが、途中で速度を落とした。
『……もう撃ってこない』
「ならそのままでいい」
俺が答えた直後、別方向から強い光が走った。敵のゲルググがレイブンへ向けて射撃している。ブライトさんの声が飛ぶ。
『こちらへの攻撃を継続している一機を優先しろ!』
「アムロ!」
『見えてる!』
二人で同時に向きを変えた。敵はこっちが近づいても撃つのをやめない。アムロの一射が外装を削ったが、それでも武器を構え直す。
次がレイブンへ届く。なら止めるしかない。RAVEN_CUSTOMを最大まで一段押し込み、射線へ割って入る。敵がこちらへ銃口を向けた瞬間、横へ抜けながらその腕を斬る。返す刃でもう片方も斬り落とした。
「全機、まだ撃ってくる相手だけ見て。止まった機体は撃たない」
『了解』
『分かりました』
返事が重なる。敵の勢いはそこで完全に落ちた。最初に武器を失った機体、動きを止めたゲルググ、リリス少尉に推進器を切られたリック・ドム。残っていた機体のうち二機が武器を捨てる。なお一機だけが逃げようとした。
『追いますか?』
リリス少尉が聞く。
「艦へ戻らないなら追わなくていい。ノエル軍曹、進路は?」
『こちらから離れています。母艦へ向かう軌道ではありません』
「なら監視だけお願いします」
逃げた一機を追って隊形を崩す必要はない。残党側の輸送艦から、再び通信が入った。
『……停戦を求める。こちらは武装を解除する』
今度はさっきより声に力がなかった。
『了解した』
返したのはブライトさんだった。
『全MSの武装を解除し、機関出力を指示値まで落とせ。救助が必要な機体がある場合は申告しろ。こちらから回収要員を出す』
そこで戦闘は終わった。格納庫へ戻って機体を固定し、コックピットを開ける。ヘルメットを外した途端、思っていたより汗をかいていたことに気づいた。RAVEN_CUSTOMは悪くない。むしろかなり俺に合っている。
「前腕、擦ってるぞ」
下からジョブさんの声がした。
「被弾じゃないです」
「戦闘で付けた傷なら同じだ。ログも全部寄越せ。初戦で変な癖を残されたら困る」
隣ではアレックスの整備員が既に機体を囲んでいる。アムロは降りるなり整備記録を覗き込んでいた。
「同期は?」
「問題なかった」
「前より?」
「ずっといい。でも急に切り返した時だけ少し気になる。あとでログ見る」
クリスさんがそれを聞いて頷く。
「じゃあ限界まで試すのはまだなしね」
「分かってます」
今回は言い切った。少し遅れて、ララァがジム・コマンドから降りてきた。シールドには射撃が掠めた跡が残っている。
「大丈夫?」
俺が聞くと、ララァはすぐには答えなかった。
「訓練とは違ったわ」
それだけ言ってから、自分の機体を振り返る。
「怖かった。撃たれるのも。でも……私が撃った相手にも人が乗っているって、本当に分かった時の方が怖かったかもしれない」
「次も乗る?」
「乗るわ」
返事は早かった。
「ただ、今度はもう少しちゃんと動きたい」
「それなら大丈夫。最初より最後の方がずっと良かったから」
クリスさんが横から言った。
「でもシールドの傷は確認するし、今日の操作ログも全部見る。実戦を一回やったからって訓練終了じゃないからね」
「はい」
ララァは素直に頷いた。その向こうでは、クスコさんの高機動型ゲルググとリリス少尉のキャバルリーも整備班へ引き渡されている。六機とも出て、六機とも帰ってきた。
捕虜の収容も始まっていた。負傷者は医療区画へ回し、それ以外は武装を確認した上で一時収容する。後で正規施設へ引き渡すことになる。武器を捨てた相手まで撃たずに済んだ。
「イズミ大尉」
ノエル軍曹が格納庫まで端末を持ってきた。
「初任務の戦闘記録です。捕虜数と回収機数はまだ確定前なので、最終報告は少し後になります」
「ありがとうございます」
「あと、各評価機の運用ログも提出対象です」
「……今から?」
「もちろんです」
ジョブさんまでこっちを見る。
「俺も欲しいぞ。特にお前の」
「休憩は?」
「書きながらできるだろ」
できないと思う。端末を受け取り、格納庫の六機を見回した。初任務は終わったらしい。
でも俺の仕事は、まだ全然終わっていなかった。