続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第53話 人質

 ノエルさんから報告が上がったのは、グリーンノアの騒ぎがまだ周辺回線を埋めているうちだった。

 

「大佐、指定されていた条件に該当する動きが出ました。ビダン姓の連邦技術関係者二名について、ティターンズ系統から人員移送の照会が出ています。移送先と目的は確認できません。通常の人事移動としても処理されていません」

「二人とも?」

「はい。照会元と処理経路は通常と違います」

 

 そこまで聞いて、俺は席を立った。カミーユがMk-IIに乗り、機体ごとエゥーゴ側へ行ったところまでが俺の覚えている流れと重なっている。なら、この先も同じものが来ると考える。外れていたら戻ればいい。

 

「アルコルを出します。マウアー、格納庫へ連絡。LBRも使える状態で」

「了解しました。予定と外部連絡はこちらで処理します」

「ノエルさん、移送に関係しそうな小型目標が外へ出たら位置だけ上げてください。中身が確認できてなくても構いません」

「分かりました。未確認情報は分けて送ります」

 

 話を聞いていたシーマ中佐が、こちらへ椅子を回した。

 

「さっきは出なかったのに、今度は随分早いじゃないか。しかも一人で行く気だね?」

「今回は待つ理由がないですからね。大人数で行くと、相手を刺激するかもしれない」

「何を拾ったか知らないけど、気を付けていくんだよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 格納庫へ降りる途中で、ノエルさんから最後の情報が入った。ティターンズ側の警戒範囲内を、通常航路から外れた小型目標が一つ動いている。ただし中身は不明。今の俺が現在の情報として持っているのはそれだけだったが、出るには十分だった。

 

 アルコルの起動を終え、LBRの接続状態を確認する。発進許可が出る直前、艦橋へ通信を開いた。

 

「発進後、管制区域を抜けたらIFFと通常トランスポンダを切ります。外部の部隊データリンクも停止。レイブン側の出撃記録はそのまま残してください」

『了解しました、大佐。帰投時は識別を復帰させてから進入してください』

「了解」

 

 別に消えるわけじゃない。レーダーにも映るし、光学で見れば黒いガンダムが飛んでいるのも分かる。後から調べられればアルコルだと疑われるだろう。それでも所属と名前まで自動で相手の画面へ渡してやる必要はなかった。

 

 カタパルトを抜け、最後に送られてきた座標へ向けて加速する。レイブンから十分離れたところで識別系を落とすと、味方識別を送っていた表示が消えた。通信も常時接続は切り、必要な回線だけ受ける。ここから先は、自分で見て確かめるしかない。

 

 アーガマ付近に潜伏し、しばらくしてから小型目標を捉えた頃には、周囲に複数のMS反応が出ていた。拡大した映像にはMk-IIとハイザック、その間を漂う輸送用らしいカプセルがある。

 

 Mk-IIがカプセルに近づいていく。周りを警戒するように動き回っていたハイザックも速度を落としている。

 

 俺はLBRを構えたまま、すぐには撃たなかった。向こうがどう反応するか分からない。アルコルの速度を落とし、Mk-IIとカプセル、ハイザックの相対位置を見ながら射線を取る。外した時にカプセルへ流れない角度まで回り込んだところで、ハイザックが向きを変えた。

 

 右手の携行火器が上がる。銃口がMk-IIではなく、カプセルへ向いた。

 

 そこまで見てからトリガーを引いた。

 

 LBRのビームがハイザックの火器を捉え、銃身から基部をまとめて吹き飛ばした。本体までは狙っていない。ハイザックが腕を引いた一瞬にアルコルを前へ出し、一気にカプセルと機体の間へ割り込む。減速しながら左手を伸ばし、カプセルの外枠を掴んだ。衝撃をできるだけ与えないように保持を安定させる。

 

 すぐ近くまで来ていたMk-IIへ、直接通信だけを開く。

 

「カミーユ・ビダン、聞こえるか。母親は生きてる。俺が保護する」

『母さんをどこへ連れていくんだ!』

「安全なところまで連れていく。無事に預かる、それだけは約束する」

『待て、まだ――』

 

 最後まで聞かずに回線を閉じた。知らない相手が突然割り込み、母親を連れていくと言っているんだから納得できないのは当然だ。それでも、この場で説明を続ける方が危ない。

 

 武器を失ったハイザックは姿勢を戻し、周囲の別の機体もこちらへ向きを変え始めていた。俺はそちらへ照準を移さず、カプセルを抱えたままアルコルを反転させる。今は人命が第一だ。こっちから戦闘を増やす理由はない。そのまま慎重に加速し、MS反応が遠ざかるまで進路を変えなかった。

 

 十分に距離を取ってから、カプセルの状態をもう一度確認した。気密は保たれ、中の人物も意識があり動いているように見える。そこでやっと肩の力が少し抜けた。

 

「もしかしてあそこで墜としておけばよかったんじゃ」

 

 落ち着いてから気づいた。今後を考えるとジェリドは撃墜しておいたほうがよかったかもしれない。人質を助ける為に武器を撃たせないが専行してしまった。救えたので良しとしよう。過ぎたことは仕方ない。

 

 帰投航路へ入る前にIFFとトランスポンダを戻すと、ほどなくレイブンから進入経路が送られてきた。

 

『アルコル、識別確認。帰投を許可します』

「了解。人員一名をカプセルごと保護してます。収容準備をお願いします」

『準備します、大佐。そのまま指定位置へ』

 

 着艦後はアルコルの固定と並行してカプセルの収容が始まった。整備員と医療班が機体の左手から慎重に外し、気密区画へ運んでいく。俺もノーマルスーツのまま後を追ったが、開放作業に手を出すことはせず、邪魔にならない位置で待った。

 

 中にいた女性は生きていた。意識もあり、医療班の確認にも受け答えができている。ヒルダ・ビダン本人だと確認が取れた時、ようやく俺の覚えていた結末とは違うところまで来たことが分かった。

 

「あなたが、助けてくださったんですか?」

「はい。連邦軍のBLACK RAVEN隊長、レン・イズミ大佐です」

「カミーユは?」

「俺が見た時は無事でした。Mk-IIに乗っていたところまでは確認してます。その後はまだ分かりません」

「そう……」

 

 ヒルダさんはしばらく目を閉じ、それから小さく息を吐いた。今の俺から言えることはそれ以上ない。

 

「ここは安全です。少なくとも、今すぐまた誰かに連れていかれることはありません。落ち着くまで休んでください」

「ありがとうございます」

 

 医療班へ任せて区画を出ると、通路でマウアーが待っていた。俺が何か言う前に端末を見せてくる。

 

「機体ログと射撃記録は保全済みです。識別停止と復帰の時刻もそのまま残しています。ティターンズでは、現場へ介入した所属不明MSについて照会が始まっていますが、現時点でこちらへの正式照会はありません」

「そのうち来そう?」

「来ないと考える理由はありません。来た場合の窓口はこちらで整理しますが、回答内容は大佐に確認します」

「分かった。ありがとう」

 

 助けたこと自体を隠すつもりはないが。こちらからティターンズへ名乗り出て、余計な話を増やす必要もなかった。

 

 エゥーゴから連絡が入ったのは、ヒルダさんの検査が一通り終わった後だった。艦橋へ戻ると、ノエルさんが認証情報と受信内容をまとめた画面をこちらへ回してきた。

 

「大佐、アーガマからです。これまでブレックス准将との連絡で使われた認証系統と一致しています。ヒルダ・ビダンをこちらが保護しているか確認したいとのことです」

「保護してます。容体に大きな問題はない。そう返してください」

「了解です」

 

 返答を送ると、向こうからはヒルダさんの引き渡しを求める連絡が来た。カミーユ本人も現在アーガマにいるという。こちらに留めておく理由はないが、勝手に決める話でもないので本人へ確認すると、ヒルダさんの返事は早かった。

 

「カミーユがいるなら、行きます」

「分かりました。では私も一緒に行きましょう」

「あなたも?」

「私が連れてきたので、最後までついて引き渡した方が話が早いでしょう。それに、カミーユにも一度ちゃんと説明した方がよさそうです」

「……そうですね。あの子、納得していないでしょうから」

 

 その言い方には、少しだけ母親らしい苦笑が混じっていた。

 

 移乗の手続きはマウアーとノエルさんに任せ、艦の位置調整はレイアム大尉が詰めた。エゥーゴとの関係を余計なところから見られるわけにはいかない。黒鴉隊とアーガマは必要以上に近づけず、指定した宙域からMSで向かうことになった。

 

「大佐一人で乗り込ませるわけにもいかないだろ。あたしも行くよ」

「私も随行します。今回の件はその場で記録と確認が必要になる可能性があります」

「なら俺も行く。相手の艦へMSで四機も入るなら、余計な勘違いをさせないようにした方がいい」

 

 シーマ中佐、マウアー、バニング大尉までそう言い出して、結局アルコル、ガーベラ・リファイン、アステリオン、バニング大尉が乗るレゾルートの四機で向かうことになった。

 

 ヒルダさんは医療班が用意した気密搬送カプセルへ移ってもらい、アルコルで保持する。もちろん宇宙服着用で。生身で入れるとかティターンズ正気じゃない。さっきまで人質に使われていたカプセルをそのまま使う気にはならなかったし、アーガマへ着けばすぐ医療区画へ引き渡せるようにしておいた。

 

 四機がレイブンを離れたあと、互いの間隔を広く取ったまま指定座標へ向かう。アーガマ側にも機体数と搭乗者は事前に通告済みだ。

 

『隊長、本当にあの艦へそのまま入るのかい?』

「今さら外で渡して帰る方が変でしょう。向こうも話したいことはあるだろうし」

『あたしはあの連中より、あんたが何を知ってるのかの方が気になるけどね』

「それは帰ってからでお願いします」

『そう言うと思ったよ』

 

 アーガマが見えてくると、思っていた以上に近く感じた。名前も形も知っている船なのに、実際に自分の機体でそのMSデッキへ入るとなると別の話だ。少しわくわくしてきた。

 

 誘導信号に従って速度を落とす。最初にアルコルが入り、その後ろから三機が続いた。着艦位置へ機体を固定すると、すぐにアーガマ側の整備員と医療要員が寄ってくる。

 

 ヒルダさんの搬送カプセルを引き渡し、アルコルを降りたところで、少し離れた場所から声が上がった。

 

「母さん!」

 

 振り向くより早くカミーユが走ってくる。医療要員が止める前にヒルダさんのところまで行き、搬送台の横へ張り付いた。

 

「カミーユ……無事だったのね」

「それはこっちの台詞だよ! あの時、あの黒いMSが急に――」

 

 そこまで言って、カミーユが俺を見る。さっき通信で聞いた声と、アルコルを見れば分かったらしい。

 

「あなたが?」

「うん。約束したでしょう。無事に預かるって」

「……ありがとうございました」

 

 勢いの割に、礼だけは真っ直ぐだった。

 

「母親のところにいてあげて。俺たちは別の話があるから」

「はい」

 

 ヒルダさんが医療要員とカミーユに付き添われてデッキを出ていくのを見送り、それからこちらも案内された通路へ入った。俺の後ろにはシーマ中佐、マウアー、バニング大尉がいる。四人とも連邦軍の制服のままだ。ここがエゥーゴの艦だと思うと、さすがに妙な感じがした。

 

 案内された部屋には、先に数人が待っていた。最初に目に入ったのはブレックス准将だった。以前の非公式協議で話したことはある。その後もエゥーゴとの情報線自体は続いていたが、実際に顔を合わせるのはこれが初めてだった。

 

「イズミ大佐。直接会うのは初めてだな」

「はい。改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ。まずはヒルダ・ビダンを救出してくれたことに礼を言わせてほしい」

「人質にされてる人を見つけたから助けただけです。エゥーゴに貸しを作るためじゃありませんよ」

「承知している。それでも礼は言わせてほしい」

「それなら、どういたしまして」

 

 ブレックス准将はそこで俺の後ろへ目を向けた。シーマ中佐とは以前の協議で通信越しに話しているが、直接顔を合わせるのは今回が初めてだ。俺は三人を順に紹介した。

 

「こちらはシーマ・ガラハウ中佐、副官のマウアー・ファラオ少尉、それとサウス・バニング大尉です」

「シーマ・ガラハウだ。よろしくたのむよ」

「マウアー・ファラオ少尉です」

「サウス・バニング大尉です。今回はイズミ大佐に同行してきました」

「ブレックス・フォーラだ。シーマ中佐とは通信では話したことがあるが、改めてよろしく頼む。マウアー少尉、バニング大尉も、わざわざアーガマまで来てもらってすまない」

「こちらこそ」

 

 シーマ中佐が軽く返し、マウアーとバニング大尉もそれぞれ応じた。

 

 次に、体格のいい男がこちらへ歩み寄ってくる。

 

「アーガマ艦長のヘンケン・ベッケナー中佐だ。ヒルダ・ビダンはこちらで責任を持って預かる。カミーユも一緒だ」

「BLACK RAVENのレン・イズミ大佐です。よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそ。それにしても、そっちの機体はずいぶん目立つな。黒いガンダム一機だけでも十分なのに、見慣れない機体が三機も続けて入ってきたから、こっちの連中も何事かと思っていたぞ」

「こっちも最近やっと慣れたところなんですけどね。レイブンごと近づけるよりは、MSだけで来た方がいいと思ったので」

「その判断には同意する。今の状況でアーガマと連邦軍の中央直轄艦が並んでいるところを、余計な連中に見せる必要はない」

 

 ヘンケン中佐の返しを聞いて、バニング大尉が本題だけ確認した。

 

「ヒルダ・ビダンの安全について聞いておきたい。引き渡した後は、そちらで確保できるんですよね?」

「ああ。少なくともティターンズへ引き渡すつもりはない。アーガマにいる間は俺が責任を持つ」

「なら私からは以上です」

 

 バニング大尉が頷き、マウアーも手元の端末で受領記録を確認している。

 

 その間に、俺はもう一人の男へ目を向けた。金髪にサングラス。別人に置き換わるかそもそもエゥーゴにはいない可能性も考えていたが。

 

「クワトロ・バジーナ大尉だ」

 

 シャアだな。

 

「レン・イズミです。……以前どこかでお会いしましたか?」

 

 ほんの一瞬、返事が遅れた。

 

 俺は最初から知っている。だが向こうにその事情は分からない。一年戦争の時、俺とシャアは実際に顔を合わせたことがある。あの時の相手からこんな言い方をされれば、さすがに何を言われているのかは分かったらしい。

 

「……気のせいではないか?」

「クワトロ大尉、でいいんですよね?」

「ああ。それで頼む」

「分かりました」

 

 それ以上は何も言わなかった。今ここでシャアの名前を出す必要もないし、まぁ知ってますよってアピールだけしとけばいいだろう。

 

 シーマ中佐が俺とクワトロ大尉を一度ずつ見た。何か引っ掛かったらしいが、この場では聞いてこない。マウアーも同じように何かあることに気づいているのかもしれないが、端末から顔を上げなかった。

 

「引き渡しについてはこちらでも確認できました。ヒルダ・ビダン本人の希望による移動、アーガマ側の受領まで記録しています」

 

 マウアーの報告を受けて、ブレックス准将が頷いた。

 

「では引き渡しそのものはこれで完了だ。もう一つ、せっかく直接会えた機会に確認しておきたいことがある」

「今回の件ですか?」

「ああ。グリーンノアから続く一連の動きで、こちらとBLACK RAVENの行動範囲がかなり近くなっている。互いに出せる範囲で構わない。分かっている事実を一度突き合わせておきたい」

 

 それなら、これまで続けてきた情報交換の範囲から外れる話でもない。むしろ俺の方にも確認したいことがあった。

 

「構いません。俺がヒルダさんを回収した後のことは、こっちでも全部追えてませんから。そこは聞かせてください」

「分かった。こちらからも、君たちが把握しているティターンズ側の動きを確認したい」

「出せるところまでなら」

 

 俺たちが席につくと、マウアーが記録用の端末を開き直した。シーマ中佐とバニング大尉もそれぞれ椅子を引き、クワトロ大尉はブレックス准将の横へ座る。

 

「じゃあ、分かってるところから合わせましょう」

 




クワトロ確認、ヨシ!
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