「では、分かってるところから合わせましょう」
最初に確認したのは、俺がヒルダさんを連れ出した後のことだった。Mk-IIの一件までは軍内部の報告を拾えているが、アルコルで飛び出してから先は報告もたいして上がっていない。
ブレックス准将がヘンケン中佐へ目を向けると、ヘンケン中佐は少し考えてから扉の方を見た。
「その話なら、本人に入ってもらった方が早いな。エマ中尉を呼ぼう」
しばらくして入ってきた女性は、部屋へ入るとまずブレックス准将へ目を向け、それからこちらへ向き直った。姿勢は軍人そのものだが、表情にはまだ少し硬さが残っている。
「エマ・シーン中尉だ。今回の件の当事者でもある」
「エマ・シーン中尉です。ティターンズに在籍しており、現在はアーガマに身を寄せています」
「BLACK RAVENのレン・イズミ大佐です。こちらはもう紹介済みなので、省きますね」
「はい。よろしくお願いします」
挨拶を済ませると、エマ中尉は自分がどうしてアーガマにいるのかを話し始めた。最初から事情を知っていたわけではない。バスクからアーガマへ親書を届けるよう命じられた時点では、その内容さえ知らされていなかったという。
「アーガマで親書の内容を知って、初めてカミーユの両親が人質にされていると分かりました。ただ、その時も……私は本当に人質を宇宙へ出しているとは思っていませんでした。脅迫のための偽装、ホログラムとか、せいぜいそういうものだと考えていたんです」
エマ中尉は一度言葉を切った。
「ですが、戻ってからヒルダ・ビダン本人があのカプセルに入れられていたと知りました。命令のためなら本当に人質として使う。そこまでしてカミーユとMk-IIを取り戻そうとしていた。それを知って、私はティターンズへ戻ることはできないと判断しました」
声を荒らげているわけではなかった。ただ、言葉を選びながら話していても、最後のところだけは迷いがなかった。
「軍人である以上、命令を無視していいとは思っていません。ですが、内容も知らされないまま人質を使うための使者にされて、それを知った後まで従い続けることはできませんでした」
「それでティターンズを?」
「離れました。戻るつもりもありません」
そこで少し間があった。俺が次に聞きたかった名前を、ブレックス准将の方から出した。
「フランクリン・ビダンについても伝えておこう。一時はこちらで保護したが、リック・ディアスを奪って離脱を図り、その過程で死亡している」
やっぱり、そこは変わらなかったか。ヒルダさんを助けられたから、全部が同じにはならないと思っていた。それでもフランクリン・ビダンは、俺が覚えていた人物から大きく外れなかったらしい。ティターンズへ戻ろうとして、結局死んだ。
マウアーが手元の記録へ必要な部分だけ追記する。その間にこちらから、ヒルダさんの移送照会を拾った時刻、アルコルの出撃、識別停止、現場で確認したMk-IIとハイザックの位置関係、射撃記録までを出した。クワトロ大尉は途中で何度か質問したが、聞いてくるのは「何を見たか」と「どこからが推測か」の境目ばかりだった。
「では、ハイザックがカプセルを撃とうとしていたという判断は?」
「そこは映像があります。銃口はMk-IIに向いてますがカプセルがあの位置にある状態では人質もろとも撃ってたと判断していいでしょう」
「なるほど」
クワトロ大尉はそれ以上追わなかった。シャア相手に普通の軍人同士みたいな確認をしているのは妙な感じだが、今はその方が都合がいい。
ひと通り今回の件を合わせ終えたところで、エマがこちらの記録を見ながら口を開いた。
「イズミ大佐は、以前からティターンズをかなり警戒していたのですか?」
「かなり、というか……実際にやり合ってますからね」
「30バンチか」
ブレックス准将が先に名前を出した。
「はい。今回が初めてなら、もう少し驚いてたと思いますよたぶん」
シーマ中佐が椅子へ深く座り直し、鼻で笑った。
「あたしらは一度、あの時の連中がどこまでやるか見てるからね。見たくもないもんまでさ」
エマの表情が少し変わる。報道で30バンチを知らないはずはない。ただ、あの時に外へ出たのは全部じゃなかった。
「ブレックス准将。せっかく直接会えたんで、もう少し見ますか?こちらに用意してあります」
「こちらとしてはありがたい。ただし、君たちが出せる範囲で構わない」
「分かってます。マウアー、持ってきたものを渡してくれ」
「了解しました」
マウアーがデータディスクを渡してる間に、ヘンケン中佐がもう一人呼んだ。入ってきた女性は落ち着いた目で部屋の人数を確かめてから、ブレックス准将の近くへ立った。
「レコア・ロンド少尉だ。こちらの実働要員の一人だ」
「レコア・ロンドです。よろしくお願いします」
「レン・イズミ大佐です。よろしく」
レコアは余計なことを聞かず、空いている席へ座った。画面を会談用の表示へ回してから、俺は一度全員を見た。
「マスコミに流れた分は見てますか?」
ブレックス准将とヘンケン中佐が頷き、クワトロ大尉も同じだった。エマも知っているという。レコアも短く「ええ」と返した。
「なら、そこは飛ばします」
マウアーが公開済み部分を飛ばし、表示を爆発直後のセンサー記録へ切り替える。画面には残骸の位置と採取地点、それから化学検知器の値が並んだ。
「ここからは報道には出てません。輸送船が自爆した後、残骸周辺で有毒物質の反応が出ました。船体材料や推進剤で説明できる値じゃなかったので、回収できた試料を分析へ回しました」
バニング大尉が当時の記録へ目を向けたまま補足する。
「輸送船は拿捕寸前だった。推進も姿勢制御も止めて、次に乗り込むところで吹き飛んだ。積荷を丸ごと押さえることはできなかったが、爆発までの記録は複数系統で残してある」
「30バンチへ流入した量は?」
レコアが聞いた。
「大気系への流入は確認してません。だから毒で住民がやられるようなことにはならなかった。ただ、その後の現地の鎮圧は別です。通常兵器で死者も拘束者もかなり出てる」
助けた、とは簡単に言えない。止められたのは、もっとひどい方だけだった。表示を次へ進める。今度はBLACK RAVEN側の分析記録だった。
「回収した物質は、うちでも分析に回しました。結果はG3ガスです」
エマが画面へ身を寄せる。クワトロ大尉は表情をほとんど変えなかったが、サングラスの向きが分析欄から動かない。
「独自分析、ということですね」
レコアの確認に頷いた。
「そうです。うちの結果です。それだけで公的に押し切れるとは思ってなかったから、試料と必要な記録を公的な分析機関へ提出しました」
「その結果は?」
エマの質問に、俺は画面を一つ送った。出てきたのは分析結果ではなく、施設の被害報告だった。
「今、見せられる形では残ってません。査問中に提出先の分析機関そのものが爆破されて、預けていた試料も向こう側の記録も失われました。だから公的機関の正式な結果として出せるものはないです」
しばらく誰も喋らなかった。最初に口を開いたのはヘンケン中佐だった。
「爆破した連中は掴めなかったのか?」
「そこは証明できてません。ティターンズ側を疑う理由はいくらでもありますけど、疑うのと証明できるのは別ですからね」
30バンチの時から、ずっとそこだった。見たものも残したものもある。それでも最後まで繋がらなければ、証明にはならない。
シーマ中佐が腕を組んだまま、画面から目を離さない。
「だから原本は外へ出さない。出すとしても複製を分ける。一か所に預けて、そこが吹っ飛んだら全部終わりなんてのは、一度で十分さ」
「公開された記録が複数の報道機関へ渡ったのも、そのためか」
クワトロ大尉の言葉に、俺は少し肩をすくめた。
「半分はそうです。もう半分は、俺たちだけ処分して終わらせるのを難しくしたかったから。実際、査問はされましたけど、こっちは不問。ティターンズも処分なしでした」
「双方とも処分なし、か」
「仲直りしたわけじゃありませんよ。今も同じ連邦軍の中にいるだけでバチバチです」
エマはそこで初めて、画面から俺へ目を戻した。
「これを知った上で、あなた方は連邦軍に残ったのですね」
「そうですね。でもエゥーゴの方々も一部は連邦に籍は置かれたままでしょう?ティターンズが連邦軍全部ってわけじゃないですから。それに、俺たちまで抜けたら連邦の中で使える権限も経路も捨てることになる。そうなるとティターンズの権利が今以上になってましたよ。まあ、残ってるから全部止められるわけでもないですけど」
30バンチの鎮圧も止めきれなかった。今回だって、ヒルダさん一人を拾えただけだ。俺が知っているから何でも間に合う、なんてことにはならない。むしろほとんど止められない。
ブレックス准将が少し考えてから言った。
「この記録を見せてもらえた意味は大きい。こちらで勝手に利用はしない。君たちとの情報線で共有されたものとして扱う」
「お願いします。こっちも全部渡したわけじゃないですし、使う時は先に連絡ください」
「承知した。こちらから出せる情報も、これまで通り可能な限り早く回そう」
そこで会談は終わった。新しい共同作戦を決めることもなく、必要な情報は出せる時に早めに回す。その確認だけで席を立った。
部屋を出たところで、シーマ中佐が俺の横へ並んだ。
「ずいぶん気前よく見せたじゃないか」
「見せても大して困らないからですよ」
「ならいいさ。帰ったら、あのグラサンの話は聞かせてもらうけどね」
「覚えてたんですか」
「忘れると思うかい?」
後ろでバニング大尉が小さく息を吐き、マウアーは何も聞かなかったことにするように端末を閉じた。
アーガマを出るまでには少し時間があった。四機とも他所の艦へ入れている以上、発進順やデッキの作業をアーガマ側に合わせる必要がある。シーマ中佐とバニング大尉は先に機体のところへ向かい、マウアーも発進予定を確認しに行った。
俺はアルコルのところへ戻る途中、医療区画へつながる通路から出てきたカミーユと鉢合わせた。
「あ」
「おや、君はカミーユだっけ。お母さんは?」
「今は休んでます。さっきより落ち着いてました」
「そっか。それならよかった」
カミーユはそれで通り過ぎるかと思ったが、少し迷ってから立ち止まった。
「イズミ大佐」
「うん?」
「さっきはちゃんと話せなかったので。母を助けてくれて、本当にありがとうございました」
「気にしなくていいよ。あの場じゃ俺も説明しなかったし、カミーユくんから見たら怪しい黒いMSが急にお母さんを連れていっただけだから」
少しだけ、カミーユの口元が緩んだ。
「でも、あの距離でハイザックの武器だけ撃ったんですよね」
「本体を撃ったら向こうも本気で撃ち返すかもしれなかったからね。カプセル抱えて乱戦はしたくなかった。使ったのはLBR、あの長いライフル」
「あれ、狙撃用なんですか?」
「そう。ああいうのは得意なんだ。撃つまでちょっと面倒だけど」
本当は機体撃ち抜けばよかったと思ったことは伏せといた。そして機械の話になった途端、カミーユの目がアルコルの方へ動いた。さっきまでより明らかに話しやすそうだ。
「Mk-IIはどうだ?」
「どうって……」
「乗った感じ。反応とか、操縦系とか」
「とてもいい機体だとは思います、入力した分がそのまま返ってくる感じで。でも、あれなら調整次第でもっと動けると思います」
やっぱりこの辺は好きなんだな。
「へえ。俺も一回ちゃんと見てみたいな」
「大佐でも、Mk-IIは珍しいんですか?」
「そりゃ珍しいよ。ティターンズの機体なんてに見れることほとんどないし」
カミーユが少し変な顔をした。
「……大佐なのに?」
「大佐でもだよ」
「もっと何でもできるものだと思ってました」
「大佐になっても、何でもできるわけじゃないよ」
俺がそう返すと、カミーユの口元が少し緩んだ。
「イズミ大佐って、いくつなんですか?」
「二十だね」
「二十!?」
「そんなに驚くかい?」
「だって大佐って聞いたから、若く見えるだけでもっと……」
「もっと?」
「年上だと思ってました」
「まあ普通はそうだよね。カミーユくんは十六だっけ」
「はい」
「四つしか違わないのか」
制服と階級章がなければ、学校で数年上にいるくらいの差しかない。カミーユも少し肩の力が抜けたように見えたが、呼び方はまだ「大佐」のままだった。
「そういえば、あの時どうして僕の名前を知ってたんですか?」
「グリーンノアの騒ぎが始まってから軍の報告で名前が上がってた。家族の移送照会も追ってたからね。それと、俺も昔サイド7に住んでたから、あの辺は気にしてた」
「サイド7に?」
「うん。一年戦争の半ば頃まで。今はだいぶ変わってるけどね」
そこで両親のことまで重ねて話すのはやめた。今のカミーユに必要な話でもない。デッキ側から発進準備の放送が流れた。そろそろ戻らないと、マウアーに予定を押したと言われる。
「じゃあ、俺は行くよ」
「はい。……イズミ大佐」
「なに?」
「今度、アルコルをもう少し近くで見てもいいですか?」
「外から見るくらいならね。俺もMk-IIは見てみたいし」
「分かりました」
そこで別れ、俺はMSデッキへ戻った。
アルコルへ上がると、先にガーベラ・リファインが発進位置へ動いている。アステリオンとレゾルートも準備を終えていた。アーガマ側の誘導に従って順番にデッキを出る。
アーガマを出ると、レイブンから送られてきた帰投座標を確認し、そのまま先行する三機の後を追った。