誤字脱字報告もありがとうございます!
レイブンへ戻った頃には、アーガマを出てからそれほど時間は経っていなかった。先に着艦した三機の後へアルコルを入れ、誘導に従って所定位置へ収める。固定が終わってコックピットを開けると、下ではもう整備班が機体の確認を始めていた。
昇降機を降りたところで、少し離れたガーベラ・リファインから降りてきたシーマ中佐と目が合った。
「隊長」
呼び方だけで、何の話か分かった。
「はいはい。あの人の話ですよね」
「あれ、シャアだろ」
思ったより直球だった。
「やっぱり分かりました?」
「確証まではなかったさ。だが、見覚えのある顔をサングラスで隠したくらいじゃ別人にはならない多少歳をとっててもね。それに、あんたの聞き方が露骨すぎるんだよ」
「そんなにでした?」
「『以前どこかで会いましたか』なんて聞いて、相手が一瞬黙った後に『クワトロ大尉でいいんですよね』だ。あれで何もないと思う方がおかしいだろ」
そこまで言われると否定できない。俺としては本人にだけ伝われば十分だったんだけど、横で見ていた人間にまで隠し通せるやり方ではなかったらしい。
「シャア・アズナブルで合ってますね。一年戦争の時に直接会ってるんで、あの感覚は間違えません」
「やっぱりね」
シーマ中佐は驚くというより、引っ掛かっていたものが取れたような顔をした。
「それで、あいつが今さら名前を変えてエゥーゴにいる理由は知ってるのかい?」
「何であの名前でエゥーゴにいるのかは、わかりませんね。俺が今ここで言えるのは、あれがシャア本人だってことと、クワトロ・バジーナで通してるってことくらいです。本人があの場で名前を出す気がないなら、こっちから広める理由もないでしょう」
「まあね。正体を掴んだからって、首を取りに行くような時代でもないさ」
少し遅れてマウアーがこちらへ来た。端末を片手に、俺とシーマ中佐を見比べる。
「大佐、こちらの確認をお願いします」
差し出された端末を受け取り、表示された内容に目を通す。
「これで全部?」
「はい。現時点で確認できた分は以上です。追加があれば、また持ってきます」
「分かった。ありがとう」
マウアーは小さく頷くと、そのまま自分の持ち場へ戻っていった。
「今のところはここだけで。向こうがクワトロで通してるなら、こっちもそう呼びます」
「好きにすりゃいいさ。ただ、信用するかどうかは別の話だよ」
「そこは俺も同じです。理由が不明ですし信用は今のところする気はないですね」
シャアが何を考えているかはわからない、ララァさんとも関わりはないしガルマも生きている。それでもクワトロがシャアである以上、何も警戒しない理由もない。いや、本当に目的がわからない。あのわけわからないノースリーブも健全だった。ララァ喪失のショックでおかしくなったと予想してたけど素であのセンスらしい。
それからしばらく、BLACK RAVENはいつもの運用へ戻った。エゥーゴとは必要な情報だけをやり取りし、こちらはこちらで哨戒と訓練、補給と機体調整試験を続ける。新しい事件が都合よく起きるわけでもなく、起きないなら起きないでやることはいくらでもある。
その中で地上任務用の装備を洗い直した時、足りないものが一つはっきりした。宇宙での機動力ばかり整えても、地球へ降りた途端に移動範囲が狭くなる。以前から要求自体は出せる装備だったので、マウアーに手続きを進めてもらい、連邦軍の補給経路から実際に回せる分を押さえることにした。
「やっぱり、これが一番手っ取り早いか」
連邦軍の補給施設で受領したベースジャバーを前にして、俺は機体を見上げた。特殊な新兵器というわけじゃない。MSを載せて移動するための、見慣れたサブ・フライト・システム(SFS)だ。
横ではジョブが固定部と接続箇所を確認している。少し離れたところでは、マウアーが受領書類と搬入予定を照合していた。
「手っ取り早いのはそうだけど、載せれば終わりってわけじゃないよ。機体ごとに足回りも重心も違う。少なくとも固定と発進時の扱いは一度見た方がいい」
「アルコルも?」
「アルコルも。自分で飛ばせるからいらない、は無しだからな」
「そこまで言ってないだろ」
言おうとは思っていたけど。
宇宙ならともかく、重力下でMSを長距離飛ばし続けるのは効率が悪い。一年戦争の頃から、跳んだり短時間浮いたり、推力で無理やり空中戦をすること自体は珍しくなかった。俺だって何度もやった。ただ、戦場まで移動するだけで推進剤を食って、着いた時には余裕がなくなっているんじゃ意味がない。
「戦闘になったら自分で動けばいいんだよ。そこまで運んでもらえるなら、その方が楽だし」
「最初からそう言えばいいんだ。高性能機だからって、何でも機体だけでやらせる必要はない」
ジョブはそう言いながら別の固定箇所へ回った。装備そのものは連邦軍で使われているものでも、こちらの機体に合わせた確認は必要になる。特に新しい機体ほど、既存装備との組み合わせは実物で見た方が早い。
「最初は訓練で載せ替えからだな。発進だけできても、降りる時にもたついたら意味がない。アルコルだけじゃなく、ガーベラやアステリオンでも確認する。後はパイロットもSFSの遠隔操作の訓練もかなりしといたほうがいいぞ。かなり癖があるからな」
「レゾルートも入れておいて。問題があれば遠慮なく言ってもらうようにも」
「それは助かる。お前だと、多少無理でも『いける』って言いかねない」
「そこまで信用ない?」
「操縦の腕は信用してる。基準にするには信用してない」
言われてみれば反論しにくい。自分で動かせることと、部隊の標準運用にできることは別だ。
マウアーが端末から顔を上げた。
「先行分の受領処理は終わっています。残りは整備側の確認と、レイブン側の搭載手順を詰めてからになります」
「了解。レイアム大尉にも、搬入と格納で無理がないか見てもらって」
「すでに確認を回しています。返答が来たらまとめます」
「早いね」
「大佐が現物を見てから言い出すと思っていましたので」
最近、先回りされることが増えた気がする。便利だから文句はない。
地上での移動手段を確保しておけば、どこへ降りることになっても選択肢は増える。今すぐ地球へ行く予定が決まっているわけではないが、宇宙でしかまともに動けない部隊にしておく理由もなかった。
その日のうちにレイブンへ戻ると、今度はノエルさんから呼び出しが入った。
「大佐、エゥーゴ側との情報線について確認をお願いします」
艦橋脇の作戦卓へ行くと、ノエルさんがエゥーゴとのやり取りを表示していた。
「向こうから何かありました?」
「緊急性のあるものはありません。前回の会談以降に確認されたティターンズの部隊移動と、グリーンノア周辺の情報が追加されています。こちらから新しく共有するものがあれば、同じ経路で送れます」
「そっか」
そこで、ジャブローのことを思い出した。
俺が覚えている流れがそのまま来るなら、エゥーゴはいずれジャブローを攻める。その時には基地の主要機能はほとんど別の場所へ移されていて、残った基地そのものまで罠に使われる。最後には核で吹き飛ばすつもりだった。
問題は、それをどうやって知ったのか説明できないことだ。今の俺たちは、ジャブローでそんな準備が進んでいる証拠を何も持っていない。知っているのは俺だけで、その情報源は前世の記憶だなんて言えるはずもない。
「ノエルさん。一つ、向こうへ流してほしい話があるんだけど」
「はい。内容は?」
「ジャブローについてです。連邦内部で、基地の主要機能を段階的に別の場所へ移しているらしい、って」
ノエルさんの手が止まった。
「そんなことが起きてるんですか?」
「いや。確認できてない」
「では、情報源は?」
「それも出せません」
少し間が空いた。ノエルさんは困った顔をするでもなく、ただ確認するように俺を見た。
「大佐。それでは、BLACK RAVENが確認した情報としては送れませんよ」
「うん。それは分かってる。確認済みにはしないでください。連邦内部でそういう話が出ているらしいっていう、情報源不明の未確認情報として流してほしい」
「実際に、そのような話を入手した事実もないのですね?」
「ないです。今回は俺が作ります」
はっきり言うと、自分でもあまり気分のいい話ではなかった。ノエルさんはしばらく黙っていたが、端末へ視線を戻す。
「目的を聞いても?」
「エゥーゴにジャブローの価値を疑わせたい。主要機能がもう移されてるかもしれないって情報が一つあれば確認するでしょう」
「何か計画があると確認しているわけではない?」
「それも確認してません」
何から何まで、今ある情報だけを見れば根拠がない。
「ただ、ジャブローは危ないと思ってます。理由は説明できないけど、俺の中ではかなり確信に近い。だから何か起きてからじゃ遅いんです」
ノエルさんが少し考え、表示を新しい文面へ切り替えた。
「分かりました。ただし、こちらの確認済み情報とは完全に分けます。情報区分は未確認。情報源は秘匿ではなく、不明として扱います」
「それでお願いします。変に信用度を上げるための材料は付けなくていいです」
やるのは噂を一つ作るところまでだ。それでも嘘には違いない。俺が覚えている通りなら、ジャブローは攻略して終わる場所じゃない。エゥーゴが降りた後に、基地ごと消すつもりで準備される。
核のことまで最初から流すか、一瞬迷った。だが、さすがにそこまで一度に出せば怪しすぎる。基地機能を移しているという話だけでも、確認しようとすれば何かしら動くはずだ。それで本当に移転が始まっているなら、向こう自身が裏を取れる可能性もある。
「文章は、『ジャブローの一部主要機能について、段階的な移転が進められているとの未確認情報あり』くらいでいいかな」
「移転先については?」
「分からないことにしてください。というか、本当に今どうなってるか俺も分からないので」
「了解しました」
ノエルさんが文面を整えていく。事実ではない部分は一つだけにして、そこから先の推測までこちらで積み上げない。少なくとも、嘘を本物らしく見せるために別の嘘を重ねるつもりはなかった。
「送信前に一度、大佐へ回します」
「お願いします」
完成した仮文面には、最初から最後まで未確認情報だと分かるように区分が付けられていた。これをブレックス准将がどう扱うかは分からない。
俺は文面を一度読み直し、そのままノエルさんへ端末を返した。
「これで送ってください」
「了解しました」