アムロが管制施設へ戻ると、ハヤトは机の上に一通の封書を広げていた。さっきカラバの要員が持っていった、カイからの連絡だ。ハヤトは最後まで目を通してから、戻ってきたアムロへ紙を差し出した。
「読んでみろ。ジャブローでエゥーゴの連中と一緒になった時の話もある」
「カイが?」
「今は記者として動いてるからな。本人なりの考えも書いてある」
アムロは封書を受け取り、必要なところだけを追った。ジャブローで捕まった経緯や脱出後のことに続いて、クワトロ・バジーナという名が出てくる。カイは断定こそしていなかったが、クワトロがシャア・アズナブル本人ではないかと強く疑っていた。
「シャア……?」
「ああ。俺もこれを読んで驚いた。お前なら会えば分かるか?」
「たぶん。最後に顔を合わせたのは一年戦争の時だけど、会えばわかると思うぞ」
「なら一緒に来てくれ。俺も本人に聞く」
二人が格納区画へ向かうと、百式の近くでクワトロが整備員と話していた。ガンダムMk-IIもすぐそばにあり、カミーユが機体の搬入準備を手伝っている。金色の機体より先に、アムロの目はその男へ止まった。
サングラスは掛けているが、仮面はない。それでも見間違えなかった。一年戦争の最後、互いにモビルスーツを失ったあとで直接剣を交えたやつだった。
「……シャア」
声に出すと、クワトロの動きも止まった。数秒だけアムロを見たあと、わずかに目を細める。
「アムロ・レイか」
ハヤトは二人を見比べてから、アムロに確認した。
「間違いないのか?」
「ああ。本人だ」
「そうか」
ハヤトは改めてクワトロへ向き直った。
「大尉。カイから、あなたがシャア・アズナブルではないかという連絡が来ています。アムロも本人だと言っている。まず、その点は否定しませんね」
「今の私はクワトロ・バジーナ大尉だ」
「それを聞きたかったわけじゃないんです。シャア・アズナブルという名前には、今でも無視できない意味がある。本人なら、なぜその名を伏せて一パイロットとして戦っているのか。それを聞いています」
「名を出したところで、今の連邦やティターンズが変わるわけではない。私には私なりのやり方がある」
アムロは黙って二人を見ていた。シャアがエゥーゴにいること自体、まだ頭の中でうまく繋がらない。以前ならジオンの赤い彗星だった男が、今は連邦系の組織でティターンズと戦い、クワトロという名を使っている。
「一つだけ聞かせてくれ。どうして名前まで変えたんだ?」
「今はクワトロ・バジーナとして動く必要がある。それ以上は、ここで話すことではない」
「それじゃ納得できないな。お前が何も考えずにここにいるとは思ってない」
「なら、いずれ話す機会もあるだろう」
そこで、少し離れていたカミーユが口を挟んだ。
「いずれって、いつですか?」
クワトロが振り向く。カミーユはMk-IIのそばからこちらへ歩いてきていた。
「どうしてそこだけ曖昧にするんです。名前に意味があるって分かってるんでしょう?」
「カミーユ、君にはまだ――」
「またそれですか。大人だから、立場があるからって、都合の悪いところだけ説明しない。そんなの逃げてるだけじゃないですか」
言葉とほとんど同時に、カミーユの拳がクワトロの頬へ入った。アムロも予想しておらず、止めるより先にクワトロが一歩よろめく。ハヤトがすぐカミーユの肩を掴んだ。
「カミーユ、やめろ。話と殴ることは別だ」
「でも、この人は――」
「分かっている。だから聞いてるんだ」
クワトロは頬へ手を当てたが、殴り返しはしなかった。何か返そうとしたところで宇宙港全体に警報が響き、格納区画のあちこちで作業が止まる。敵機接近の放送が流れると、整備員たちは固定途中の機材を残して退避へ移った。
「話は後だ。カミーユ、出るぞ」
「……はい」
クワトロとカミーユがそれぞれ百式とMk-IIへ走り、ロベルトもリック・ディアスへ向かう。アポリーだけは予定を変えず、宇宙へ戻る人員を乗せるシャトルの操縦席へ急いだ。
アムロはハヤトと一緒に発射管制へ戻りながら、格納区画を一度振り返った。
「俺が今使える機体は?」
「今すぐアムロが使える機体はない」
「分かった。じゃあ、こっちをやる」
機体がないなら、今から無理に仕事を増やしても仕方がない。アムロは発射管制へ入ると、ハヤトから回された地上要員の退避とシャトル周辺の状況確認を引き受けた。
外部カメラには、ベースジャバーで接近するハイザックと、その前方を飛ぶ丸い機影が映っていた。百式が迎撃に出て、Mk-IIとリック・ディアスが発射施設から離れすぎない位置を取る。先頭の機体へ百式が射撃を仕掛けた直後、その外形が崩れ、折り畳まれていた四肢が展開した。
「変形するのか……」
飛行形態からモビルスーツへ変わっても速度が落ちない。すぐにまた姿を変え、百式の射線から抜ける。アムロはモニターを見ながら、通常のモビルスーツを相手にする時とは距離の詰まり方が違うことに気づいた。
「ハイザック二機、発射台へ回り込んでいます」
「カミーユたちへ回せ。作業員は防護区画まで下げろ」
ハヤトが管制員へ指示を飛ばし、アムロは別の画面でシャトルの状態を確認する。二機とも発進させる予定だったが、まだ最終確認の途中だった。
その一機へビームが直撃した。機体側面から火が上がり、周囲にいた要員が退避する。被弾したシャトルは損傷表示が一気に増え、打ち上げ可能の表示が消えた。
「一機は無理だ」
「ああ。残った方だけでも上げる。アポリーへそのまま発進準備を続けさせろ」
ハヤトの指示が伝わると、シャトル側から短い了解が返った。乗員を乗せた残りの一機はエンジン始動へ入り、発射施設の周囲に白煙が広がっていく。敵も狙いを絞り、ハイザックが射撃を重ねるたび、百式とMk-IIが発射台との間へ入って押し返した。
丸い可変機は百式と正面から撃ち合わなかった。飛行形態の速度を使って接近し、射撃を受ける前に離れ、別の角度からシャトルを狙う。ロベルトのリック・ディアスもそのたびに位置を変え、発射台へ抜ける経路へ機体を置いていた。
アムロはその動きを追ううち、可変機が百式から逃げるように高度を落としたところで違和感を覚えた。退いているにしては速度を落としていない。低いまま発射施設の外周へ回り、建造物の陰へ機影が消える。
「ハヤト、あれ――」
言い終える前に、別のカメラへ機体が飛び込んできた。正面には、シャトル側へ戻ろうとしていたロベルトのリック・ディアスがいる。
ロベルトも気づいて機体を振ったが、可変機はすでに射撃姿勢へ入っていた。放たれたビームが赤いリック・ディアスの胴体を貫き、機体は姿勢を崩したまま爆発に呑まれる。管制画面から反応が消え、戦闘回線にロベルトの声が戻ることもなかった。
発射管制の中で、誰もすぐには言葉を出さなかった。シャトル側の回線も一瞬途切れたが、やがてアポリーの声が戻る。
『こちらは発進を続ける。手順は変えない』
声は低かったが、エンジン出力は予定通り上がっている。ハヤトも何も言い直さず、発射許可を維持した。
アムロは拳を握りかけ、すぐ端末へ手を戻した。操縦できる機体があれば出られる。だが今ここで固定済みの機体を引きずり出せば、残ったシャトルまで飛ばせなくなる。ロベルトを落とした敵を追うために、まだ生きている人間の脱出手段を潰すわけにはいかなかった。
発射台から噴射炎が広がり、残ったシャトルが上昇を始める。可変機はすぐ追撃へ移り、地上から撃つだけでは間に合わない高度まで上がっていく。そこで百式がMk-IIの下へ回り込み、カミーユ機を肩に乗せるようにして二機分の推力で押し上げた。
アムロには、クワトロが何を狙っているのかすぐ分かった。十分な高度まで運ばれたMk-IIが百式を蹴るように離れ、その勢いのままライフルを構える。放たれたビームは可変機を撃墜こそしなかったが、シャトルへ向けていた軌道を崩すには十分だった。態勢を立て直す間にシャトルはさらに加速し、追撃できる距離を外れていった。
「上がったな」
「ああ。ケネディはもう使えん。残ってる連中をアウドムラへ戻す」
ハヤトは管制員へ撤収を指示し、アムロも地上要員と一緒に施設を出た。滑走路の向こうではアウドムラが離陸準備に入り、収容口を開けたまま百式とMk-IIの帰還を待っている。
アムロたちが先に乗り込んでしばらくすると、百式とMk-IIが相次いで収容された。整備員が固定作業へ走る一方で、リック・ディアス用に空けられていた場所だけはそのまま残る。
「大尉、ロベルト機は?」
百式のコクピットを開いたクワトロは、一度その空いた場所へ目を向けた。
「戻らない。二機の固定を続けてくれ」
「……了解しました」
整備員が作業へ戻り、クワトロも百式から降りてきた。さっき殴られた頬にはまだわずかに跡が残っている。アムロと目が合ったが、互いに話しかける前に艦内放送が流れ、アウドムラが離陸へ入ることを告げた。
機体が動き出し、開いた収容口の向こうでケネディの滑走路がゆっくり遠ざかっていく。クワトロは先に視線を外し、整備員の方へ歩いていった。アムロも追わなかった。
アムロにも機体があれば…
それにしてもZってみんなすぐ手が出ますよね。