最初の任務を終えてから、レイブンはそのまま宇宙での活動を続けた。捕虜を引き渡して補給を受け、別の宙域へ移動する。武装解除に応じた残党から兵器を回収することもあれば、輸送船の護衛だけで終わる日もあった。出撃しても撃たずに帰ることもあるし、逆に警告だけでは済まないこともある。
派手なことは何もない。それでも戦争が終わった後に軍隊がやる仕事としては、たぶんこういうものの方が普通なんだろう。
俺にとって一番慣れなかったのは戦闘より書類だった。任務が終わるたびに報告が増え、試験機を動かせば整備側とは別に運用記録まで求められる。最初の頃よりは書き方も分かってきたけど、好きになれる気はしない。
「イズミ大尉、少しいいですか?」
その日も端末へ向かっていたところで、ノエルさんに声を掛けられた。
「報告書なら出しましたよ」
「確認しました。今回は別件です。少し気になる資料がありまして」
「俺に?」
「はい。ブライト大尉にも見てもらう予定です」
嫌な予感のする言い方だった。
案内された小さなブリーフィングルームには、もうブライトさんがいた。俺が入ると軽く手を上げ、そのままノエルさんが持ってきた資料へ視線を戻す。
「何かあったんですか?」
「まだ『あった』と言い切れる段階じゃない。ノエル軍曹が別々の報告に共通点を見つけたそうだ」
空いている席へ座ると、ノエルさんが卓上の表示を切り替えた。出てきたのは戦闘記録ではなく、数件の船舶被害報告だった。
「ここ二週間ほどに軍へ上がってきたものです。場所は同じではありませんが、いずれも民間輸送に関係する船が旧ジオン系と思われる武装艦艇に襲われています。艦艇と複数MSを持っている可能性が高いです」
「残党じゃないんですか?」
「分類上は残党、あるいは海賊です。ただ、戦闘記録を見ると少し妙なんです」
ノエルさんは最初の報告を開いた。輸送船一隻と護衛二隻が襲われ、積み荷の一部を奪われている。護衛には損傷が出ているが、輸送船そのものは航行可能な状態で残されていた。
二件目も似ていた。こちらは護衛艦が一隻大破して負傷者も出ている。ただし、逃げた民間船を追撃した記録はない。三件目はもっと曖昧だった。襲撃を受けた側が敵艦をほとんど確認できておらず、旧ジオン系のMSと通信の一部だけが記録に残っている。
「物資狙いか」
ブライトさんが言った。
「その可能性が高いと思います。ただ、被害の出方にはばらつきがあります。抵抗が強かった船はかなり撃たれていますし、死者が出ている報告もあります。民間人を狙っていない、とまで断定できる資料ではありません」
「でも、皆殺しにして奪うって動きでもない?」
「少なくとも今ある三件では、そう見えます」
海賊なら物資を奪うのは別におかしくない。それだけなら、俺も気にしなかったと思う。
「それで、共通点っていうのは?」
「船体の特徴と使用しているMS、それから通信記録です。完全に一致するわけではありませんが、それと――」
ノエルさんが別の資料を呼び出した。
「被害船の一隻が、相手の通信を短時間だけ拾っています。雑音がひどく、会話の内容はほとんど残っていません。ただ、呼称らしいものが一つだけ復元できました」
表示された文字を見た瞬間、身体が止まった。
シーマ
「……これ、確かですか?」
思ったより早く声が出た。ノエルさんが俺を見る。
「名前そのものの復元精度は高いです。ただし、本人を指しているのか、別人なのかまでは分かりません。旧ジオン軍の記録を照合したところ、同名の軍人は確認できました」
「所属は?」
「シーマ・ガラハウ中佐、海兵隊系統です。終戦後の足取りは資料上かなり曖昧ですね。一部の兵員と艦艇が所在不明になっていますが、それが今回の武装集団と同一かは確認できません」
ブライトさんが俺の顔を見た。
「知っているのか?」
「名前だけは」
「その反応で名前だけと言われてもな」
もっともだった。俺は画面へ目を戻した。シーマ・ガラハウは覚えている。三年後に起きるかもしれない事件で重要な立場になる人間だ。部下を率いて生き残り、いくつもの勢力の間を渡り歩いて、最後にはろくでもない形で使い潰される。
けれど、それは俺の知っている話だ。ガルマが生きてジオン共和国の首相をやっている今、この人まで同じ道を進む保証なんてどこにもない。そもそも目の前の資料だけでは、本人がこの艦隊を率いているかどうかさえ確定していない。
「旧ジオンの海兵隊で、少し引っかかる名前なんです。ただ、本当に今どこで何をしているかまでは分かりません」
「お前のその『引っかかる』は、たまに厄介なんだがな」
「俺も最近そう思います」
ブライトさんは小さく息を吐いてから、資料を先へ送った。
「問題はこっちだ。この艦隊が本当に同一集団だったとして、どれだけの戦力を持っている?」
「不明です。確認されている艦艇は一隻ですが、それが全体とは限りません。MSも同様です」
「活動範囲は?」
「この三件だけならかなり広いです。ただし、移動しているのか、複数に分かれているのかも判断できません」
ブライトさんが腕を組む。
「これでは艦隊を出して追うには材料が足りないな。海賊行為をしているなら放置はできないが、相手の規模も根拠地も分からん。まして民間航路の近くで下手に追い回せば、こっちが被害を広げる」
「俺も追いかけるのはまだ早いと思います」
「珍しく意見が合ったな」
「俺だっていつも突っ込んでるわけじゃないですよ」
「そうだったか?」
否定しきれないので黙っておいた。ノエルさんが少しだけ笑ってから、表示を一つ戻した。
「追加で調べるなら、同じ宙域を通った船の記録も当たれます。軍へ正式な被害届を出していない商船もあるでしょうから、全部拾えるとは思いませんが」
「旧ジオン側の人員記録もお願いします。シーマ・ガラハウ本人と、終戦時に一緒に所在不明になった部隊員がどのくらいいるのか。それと、攻撃された船の積み荷」
「積み荷ですか?」
「何でも奪ってるのか、必要な物だけ選んでるのかで少し違うでしょう」
ノエルさんが頷きながら項目を追加する。
「食料、燃料、機材、医薬品……品目ごとに確認してみます。ただ、民間の積載記録は正確でないものもあります」
「分かる範囲でいいです」
ブライトさんがこちらを見る。
「それで情報が揃った後はどうするつもりだ?」
「まだ決めれません。普通に民間船を襲ってるだけなら止めないといけない。でも、本当にシーマ・ガラハウの部隊なら、一度今どうなってるのか確認したいです」
「接触も含めてか?」
「そこまで行くかは資料を見てからです。今のままじゃ、会いに行く場所も分かりませんし」
「なら先に決めることはないな」
ブライトさんはそれ以上聞かなかった。
俺がシーマについて知っていることを全部説明できるわけじゃないし、説明したところで今の状況を証明する材料にはならない。でも絶対に無視はできない。ソーラ・レイが使われたことであちらの取り巻く状況は俺が知っている形に近い可能性が高い。
今ある事実は、旧ジオン系の武装集団が民間船を襲っていること。そして、その通信記録からシーマという名前が出てきたことだけだ。
「ノエルさん、ゴップ大将のところにも照会を出してください。情報部が別に持ってる記録があるなら見たいです」
「分かりました。ただ、直属部隊だからといって全部すぐ開示されるとは限りませんよ」
「そこは大将に頑張ってもらいましょう」
「本人の前でも言えるならな」
ブライトさんに返されて、俺は少し考えた。
「……言うだけなら」
「その後まで考えろ」
ノエルさんが今度ははっきり笑った。話がまとまったところで、端末上の資料が閉じられていく。最後まで残っていたのは、通信記録から拾われた一つの名前だった。
シーマ・ガラハウ。
知っている名前だからこそ、知っているつもりで動かない方がいい。だが知っている状況に近いなら話はできるはずだ。
「続報が来たら呼んでください」
「はい。今度は報告書以外で呼びます」
「それは助かります」
部屋を出る前にもう一度だけ画面を見た。
今はまだ、それ以上にできることはなかった。
宇宙で残党狩りしてるなら外せない人物だと思うんですよね。