続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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一日一話になります


第61話 保護措置

 次に開いた記録も、その次も似た内容だった。

 

 被験者の体調が悪化した。精神状態が不安定になった。記憶に混乱が出た。それでも処置を止めたという記録は少ない。どこまで戻せるかではなく、どこまで戦闘に使える状態へ持っていけるか。そのための投薬と調整が続けられていた。

 

「これ、担当が同じ人だけじゃないですよね」

「違います」

 

 ノエルさんが複数の記録を並べる。研究班も医療担当も時期も違う。それでも最後に置かれている評価項目は似ていた。

 

「一部の担当者が勝手にやった、では説明できません。研究所の運用として続いています」

「……十分ですね。元のデータも複製も全部残してください。外部から来た指示と承認記録も一緒に」

「了解です」

 

 端末の前で怒っていても仕方がない。俺は席を離れ、研究区画へ向かった。

 

 到着すると丁度クリスさんが研究所の医療職員から話を聞き終え、こちらへ来る。

 

「急に薬を止めない方がいい人がいるって。治療に必要なものと、強化処置のためのものをまず分けないと危ないみたい」

「ここの医療スタッフだけでできます?」

「純粋に治療を担当してた人もいるけど、処置そのものに関わってた人もいる。外から医師を入れた方がいい」

「分かりました」

 

 そこへマウアーも合流した。

 

「大佐、施設内の人員確認は進んでいます。現時点で無断退出はありません。研究員、医療要員、事務、警備を分けて身元と担当を照合中です」

「被験者は全員保護扱いで。できるだけ現状維持。必要な投薬まで勝手に切らないでください」

「現在の命令書には証拠保全と人員保護まで含まれています。その範囲で緊急措置は可能です。恒久的な研究停止や施設の扱いは別に上げる必要があります」

「そこは上げます。今はこれ以上やらせない方を先に」

 

 外周にいるシーマ中佐へ連絡すると、返事は早かった。

 

『こっちは全部押さえたよ。車両も通用口も確認済みだ。ただ、面倒なのが一つある』

「何です?」

『外へ出た通信が一本ある。あんたらが中の回線を切る前だ』

「内容は?」

『詳しい中身まではまだだ。けど、研究所にうちが入ったって知らせるには十分だろうね』

 

 遅かれ早かれ知られるとは思っていたが。それだとかなり早くなっちゃうな。

 

「ノエルさん、その通信も追ってください」

「もう確認しています。送信先の全体はまだ分かりませんが、軍回線側へ出ています」

「ティターンズに行ったと考えた方がいいね」

「可能性はあります。ただ、現時点では断定できません」

「じゃあ断定はしない。来る前提で準備だけします」

 

 研究所を押さえたことにより、ここに一気に押し寄せられるのはまずい。被験者はもちろん、処置の実態を知っている研究員や医療要員までそのまま置いておけば、後から別の命令一本で持っていかれる可能性があるし。最悪消される。

 

 研究所自体を隠すことはできない。なら、人と証拠をここから離すしかない。

 

「マウアー。別の場所に移す準備を始めてください。被験者は保護対象。研究員と職員は関与度を分けて、重要な証言を持ってる人は別管理。場所は必要な人間以外には出さない」

「現在の権限だけで全員を遠距離移送するのは危険です。中央側の保護継続を先に取った方がいいですね」

「分かってる。だからちょっと、連絡します」

 

 レイブンへ戻り、久しぶりにその番号を呼び出した。

 

 数回の呼び出し音のあと、見慣れた顔が映る。

 

『お前から直接とは珍しいな。今度は何を掘り当てた?』

「言い方ひどくないですか、ゴップさん」

『大抵ろくでもない案件を持ってくるからな。で?』

 

 退役してからも変わらない。まず話せ、判断はそれからだという顔だった。

 

 俺は研究所への立入許可が通った経緯、実際に押さえた記録、被験者の状態、ホンコンへ出された推定強化人間とサイコ・ガンダムまでを短く説明した。ゴップの顔から途中で笑いが消えた。

 

『証拠は外へ出せる形になっているか』

「原本を保全して、複製を作ってます。消された分も復元中です」

『なら全部を一か所へ置くな。人間もだ』

「その相談です。ティターンズに知られたら、機密研究だの管轄だので引き渡しを取りに来ると思います」

『来るだろうな』

 

 即答だった。

 

『だが、わしはもう大将ではない。軍へ命令は出せん』

「そこは分かってます。議会側へ話を通せませんか。少なくとも、今押さえてる人たちを保護して動かせるようにしたい」

『匿え、とでも言うつもりか?』

「隠しきるのは無理だと思ってます。まず患者を治療できる場所と、証言できる人間を守る枠が欲しい」

 

 ゴップは少し黙ったあと、端末の向こうで何かを書き留めた。

 

『その方が通る。研究所をどうするかは後で争えばいい。今は、保護を解いた瞬間に人間が消える可能性がある、と上層部へ出せ。間違えてもティターンズ寄りのに出すなよ』

「露骨ですね」

『政治に遠回しな文章だけ出してどうする。証拠の要約を寄越せ。原本そのものはお前たちで持て。こっちは議会に話を通す』

 

 やっぱり狸だ。助けてくれるのは本当だろうけど、同時にこの件を議会で使う気なのも隠していない。BLACK RAVENがまた厄介な証拠を掴んだとなれば、あの人自身の立場にも悪くない。

 

「分かりました。マウアーから送らせます」

『レン』

「はい?」

『今の保護権限で動かせる準備は先にしろ。足りない部分はこちらで話を通す。書類が揃うまで全員を研究所へ並べて待たせるな』

「……お願いします」

 

 回線が切れた。

 

 そこからは早かった。マウアーが中央との連絡を詰め、ゴップ側から議会へ話が回る。こちらはその間に移送対象を分けた。被験者は状態を見ながら医療班と一緒に動かす。治療に必要な知識を持ち、直接の加害関与が確認されていない医療要員は同行。研究記録の作成や処置に深く関わった者は、証言と身柄の保全を優先して別に確保する。

 

 夜が明ける前には、議会側からの働きかけを受けた中央から、現在の人員保護を継続したまま必要な医療移送と分散保全を認める返答が来た。恒久措置ではない。それでも今必要なのは、それで十分だった。

 

「第一便、出せます」

「行ってください。行き先は記録を分けて。全員が全員の場所を知る形にはしないで」

「了解しました」

 

 研究所から車両が出ていく。外周ではシーマ中佐の部隊が動線を押さえ、クリスさんとクスコさんが医療側の搬出を見ている。レイブンにも全部は載せない。何かあった時、一隻を押さえられて終わる形にしたくなかった。

 

 最初の移送が終わる前に連絡が来た。

 

「大佐、ティターンズから研究所の現状照会です。機密研究に関係するため、関係人員と資料の移動を止めるよう求めています」

「結構遅かったですね。命令ですか?」

「現時点では要求です。こちらの立入・保護命令を取り消す文書は来ていません」

「なら予定通り続けます。返答は、中央承認の人員保護措置を実施中。解除命令が来れば正式経路で確認する。それだけで」

「了解です」

 

 シーマ中佐にも内容を回すと、通信の向こうで小さく笑った。

 

『ずいぶんあたしたちを嫌う理由が増えていくね』

「増やしたくて増やしてるわけじゃないですよ」

『向こうはそう思わないだろうさ。まあ、命令書がないならこっちは今の仕事をするだけだ』

 

 その日のうちに、被験者と重要人員の大半は研究所から離れた。記録も同じだった。原本を保全したうえで複製を分け、一部はレイブン、一部は中央側の保全先へ送る。研究所そのものは封鎖を継続し、最低限の保全要員だけを残した。ここだけ押さえれば、人も証拠も全部取り戻せる状態ではもうない。

 

 それから数日、俺たちは日本を離れられなかった。データも取り終わったし人員の移送も終わっている。しかしまだここにいますよ。というティターンズに対してのパフォーマンスが必要だった。

 

 ティターンズ側からの照会は一度では終わらず、研究資料と関係人員の引き渡しを求める文書も来た。そのたびにマウアーが中央へ確認を上げ、こちらは既存の保護措置を崩さない。議会側でも研究内容の確認が始まり、ゴップからは短い連絡が何度か入った。

 

『今は看板を作ろうとするな。治療を続けられる金と人と場所だけ先に確保しろ』

 

 言われなくても、そのつもりだった。

 

 正式な強化人間治療機関を連邦の中へ作るには、今の政治状況では時間がかかる。だから当面は別枠の保護措置として動かす。外部の医師を入れ、研究所から持ち出した治療記録を必要な範囲だけ使い、軍事運用と切り離す。元研究員も一括で排除はせず、治療に必要な知識を持つ者は監督下で協力させる。責任を問うべき人間とは分けて扱った。

 

 一週間近く経つ頃には、少なくとも研究所へ戻されて強化処置を再開される心配は減っていた。

 

 ただ、一人だけそこに入っていない。No.004はホンコンにいる。

 

 こちらからハヤトへ送ったのは、必要最低限の情報だけだった。巨大MSのパイロットがムラサメ研究所の強化人間であること。通常の敵兵と同じようには扱えないこと。可能なら生存確保を優先してほしいこと。それ以上の研究記録は渡していない。

 

 返ってきたのは、危険にさらされる状況なら止めることを優先する、という当然の返事だった。

 

 マウアーが新しい報告を持ってくる。

 

「大佐、研究所からNo.004を搬出した後の連絡記録、かなり繋がりました」

「追ってください。それと、ティターンズ側の照会が増えたらすぐ回して」

「分かりました」

 

 俺は端末に残った移送経路を見直した。研究所に残っていた人たちはひとまず守れる形にした。証拠も分けた。

 

 なら次だ。もう一つの研究所――オーガスタをどうにかする。そのために考えていた構想を、そろそろ現実の段取りへ移す必要があった。




Zは特にレン側の戦闘描写がかなり少ないです。(今更)
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