レンのムラサメ査察が初日サイコ襲撃1回目から約一週間ほどなので今回は襲撃直後~のアムロ視点です
サイコ・ガンダムがホンコンの空から消えたあとも、街のあちこちから煙は上がり続けていた。
アムロはデルタガンダム改をアウドムラの格納区画へ戻すと、整備員へ機体を渡してそのまま外へ出た。初めて実戦で使った機体には細かな警告がいくつか残っているが、自分で見なければならないのはそっちではない。海沿いの道路では救急車両と消防車両が何度も行き来し、崩れた外壁の前では避難誘導が続いていた。
少し遅れて戻ったカミーユは、Mk-IIを降りても妙に静かだった。普段なら機体の状態を自分から整備員に確認するのに、今日はコクピットを見上げたまま動かない。
「まだ、あのパイロットが気になるのか?」
「……はい。近くにいた時だけじゃないんです。離れてからも、何か引っ掛かってて」
「俺にはそこまでは分からなかった。あの中に思念は感じたけど、それ以上は引っ張られない方がいい」
「分かってます」
返事はしたが、納得した顔ではなかった。アムロもそれ以上は言わなかった。分からないものを分かったふりで止めても仕方がない。
翌日から、アウドムラの補給とホンコンでの復旧支援が並行して始まった。街の機能そのものが止まったわけではなく、被害を受けていない区画では商店も交通も動いている。カラバは正規の基地を使っているわけではないので、物資の受け取り一つにも現地側との調整が必要だった。
その連絡要員の一人としてアウドムラへ来た女性が、アムロを見るなり足を止めた。
「あなたがアムロ・レイ?」
「そうだけど」
「本当にいたのね。もっと近寄りにくい人かと思ってた」
「それ、会って最初に言うことか?」
女性は悪びれずに笑った。
「ベルトーチカ・イルマ。エージェントよ。ハヤトさんから話は聞いてるでしょう?」
「名前だけは。よろしく」
「思ってたよりずいぶん普通ね」
「何を期待してたんだよ」
アムロがそう返すと、ベルトーチカは少し面白そうにこちらを見た。英雄を見る目というより、目の前の人間を試している感じの方が強い。
その日の仕事が一段落した頃には、デルタガンダム改の初戦ログも届いていた。変形自体に異常はない。問題はやはり切り替えの間で、戦闘中に使うのは問題が多い、移動と離脱に絞った方がいい。入力の強すぎる部分を少し落とし、反応設定を詰める。
「こんな時間まで機体見てるの?」
「今のうちにやっとかないと、次に出る時困るからな」
「じゃあ終わったら食事でも行かない? 街の店、全部閉まってるわけじゃないわよ」
「今日はやめとく。まだ確認が残ってる」
「今日は、ね」
ベルトーチカはそこだけ拾って笑い、そのまま整備区画を出ていった。
数日間、サイコ・ガンダムは姿を見せなかった。だからといって警戒を下げる理由にはならない。シイコとバーニィも交代でアウドムラ周辺と市街側の警戒に出ている。アムロも何度かデルタを上げ、ホンコン周辺の空域を確認した。だが大型機の反応はなく、あの時の嫌な感覚も戻ってこない。
その一方で、カミーユは明らかに落ち着かなかった。
買い出しと連絡を兼ねて街へ出ると言った時も、いつもより返事が早かった。アムロは何か言おうとして、結局やめた。本人も理由を全部説明できないのだろう。
◇
カミーユがその少女を見つけたのは、人通りの多い通りから一本外れた海沿いだった。顔を知っていたわけではない。ただ、すれ違う前から妙に気になった。海風に揺れる淡い金髪と、まだ幼さの残る細い顔立ち。年頃は自分とそう変わらないだろう。
振り向くと、相手も同時にこちらを見ていた。
「……君」
「やっぱり」
少女の方が先に言った。
「あの時、空にいたでしょう?」
「君も、あの時の……」
「そう、あなただったのね」
はっきり言い切ったわけではない。それでも、戦闘中に感じた重さは間違えようがなかった。目の前にいるのは普通に街を歩いている一人の少女なのに、あの巨大な機体の中で触れた気配と同じものがある。
「僕はカミーユ。カミーユ・ビダン」
「カミーユ……覚えたわ」
少女は少しだけ間を置いた。
「私はフォウ」
「フォウ?」
「そう呼ばれてる」
それ以上を聞こうとしたところで、フォウの表情がわずかに変わった。遠くから誰かを探すような声が聞こえる。
「行かないと」
「待って。君はどうしてあんなものに乗ってるんだ?」
「あなたには関係ないでしょう」
「あの時、苦しんでた」
「……私の何を知ってるの?」
さっきまでの軽さが消えた。カミーユにも答えはない。
「分からない。でも、そう感じたんだ」
「変な人、また会いましょう」
フォウはそう言ったが、今度は笑わなかった。少しだけカミーユを見たあと、人の流れの向こうへ歩いていく。
追おうと思えば追えた。それでもカミーユは動けなかった。敵のパイロットを見つけたなら知らせるべきだったのかもしれない。けれど、今の彼女を敵だと言ってしまうことにも違和感が残った。
◇
「それで、名前まで聞いて帰ってきたのか」
「……責めるなら責めてください」
「別に責めてない。ただ、次から一人で追いかけるのはやめろ。相手がどのような人なのか何も分かってないんだ」
「アムロさんだって、あの時何か感じたんでしょう?」
「感じたよ。だから余計に、それだけで判断するなと言っている」
カミーユは黙った。
「同じものを感じたからって、相手の事情まで分かったことにはならない。君が助けたいと思うのは止めない。でも、撃ってきたらこっちも避けるだけじゃ済まないことはある」
「分かってます」
「ならいい」
アムロ自身、その言葉に完全な答えがあるわけではなかった。カミーユとフォウの間に何が起きているのかは、外から見ても分からない。ただ、戦場で相手を知ったつもりになる危険だけは分かる。だが、助けたいという気持ちも否定することはできないしできるだけフォローはしてやろうと思った。
その日の夕方、ベルトーチカがまた現れた。
「今度は機体の確認も終わったんでしょう?」
「何の話だ?」
「食事。忘れたとは言わせないわよ」
「覚えてたのか」
「当然でしょう。で、今日は?」
「……悪い。二人でって意味なら行かない」
「どうして?」
あまりにまっすぐ聞かれて、アムロの方が一瞬言葉に詰まった。
「そういう相手がいる。もう結婚してるんだよ」
「……本当に?」
「そこで嘘ついてどうするんだ?」
「ふうん」
ベルトーチカはアムロの顔をじっと見たあと、思ったほど落ち込んだ様子もなく肩をすくめた。
「じゃあ、食事に誘うのも全部駄目?」
「そういう意味じゃない。最初から変な期待を持たせたくないだけだ」
「分かった。そこはちゃんとしてるのね」
今度は何を評価されたのか分からない。アムロが返事を探しているうちに、彼女は先に歩き出した。
「今日はみんなで行きましょう。カミーユも呼べばいいんでしょ」
「勝手に決めるなよ」
「嫌なら来なくていいわよ?」
振り返りもせず言われ、アムロはため息をついた。
さらに数日が過ぎても、サイコ・ガンダムは出てこなかった。
その間もホンコン周辺からティターンズが完全に引いたわけではない。遠距離の監視には時々機影が掛かり、連絡機らしい反応も残っている。ただ、最初の襲撃のように街へ入ってくる動きはなく、こちらも補給を続けながら警戒するしかなかった。
答えの一部が届いたのは、一週間近く経った頃だった。
ハヤトに呼ばれてアウドムラの作戦区画へ入ると、端末にBLACK RAVENからの認証済み情報が表示されていた。量は少ない。
「レンから?」
「必要なところだけだ。日本の研究施設を調べて確認が取れたらしい」
ハヤトが表示を切り替える。
「先日の巨大MSのパイロットは、ムラサメ研究所の強化人間だ。本人の意思だけで戦っているとは限らない。可能なら生存確保を優先してほしい、とある。ただし民間人やこちらが危険なら、それに固執するなともな」
「強化人間……」
初戦で感じたものが、そこで初めて現実の言葉になった。
隣にいたカミーユの表情が変わる。
「フォウです」
「何?」
「僕が街で会った子。フォウって名乗った。あのMSのパイロットです」
「確かなんだな?」
「はい」
ハヤトはすぐ端末へ記録を追加したが、それ以上の推測はしなかった。
「BLACK RAVENから来てる情報に名前はない。ここから先は一致するか確認する。研究記録そのものをこっちへ寄越したわけでもないからな」
「研究所はどうなったんです?」
「そこまでは開示されてない。ただ、レンたちがそこで強化人間について確認したのは間違いないらしい」
アムロは初戦の時を思い出した。巨大な機体の中で、何かが無理に引き伸ばされているように感じたこと。カミーユが苦しんでいると言ったこと。そして街で普通に話したという少女。
「カミーユ」
「はい」
「君が言ってたことは、たぶん無関係じゃなかった。でも、強化人間だと分かったからって、何をされてるかまで分かったわけじゃない」
「分かってます」
「次に向こうが動いた時、フォウ本人の意思だけで動いてるとは思わない方がいい。だからって、こっちが撃たれ続けるわけにもいかない」
「……助けるなら、まず止めるしかないってことですか」
「そうだ。俺もできるだけそう動く」
カミーユはしばらく黙っていたが、今度は反発しなかった。
その日の夕方、ベルトーチカが普段より早足で作戦区画へ入ってきた。
「ハヤトさん、ホンコン全域で放送が始まってる。ティターンズよ」
室内の空気が変わった。
「市民向けの回線まで使ってるのか?」
「ええ。自治政府にも通告済み。アウドムラにも同じ内容を直接送るって」
ほどなくして、艦の正式回線にも通信が入った。内容は、市内へ流されているものとほとんど変わらなかった。指定時刻までにアウドムラとガンダムMk-IIを引き渡し、所属戦力を武装解除すること。
要求に応じない場合、ホンコンをカラバへの支援地域とみなし、市街地への攻撃を再開する。攻撃対象を軍事施設だけに限定する保証もしない。脅しを隠す気すらなかった。通信が終わっても、しばらく誰も口を開かなかった。
「……これ、街そのものを人質にしてるじゃない」
ベルトーチカが低い声で言った。
「ああ」
ハヤトは端末から目を離さなかった。
「こちらが応じればアウドムラとMk-IIを失う。応じなくてもホンコンを撃つ、と言ってる」
「こっちが街を離れたら?」
「引き渡せという要求だ。逃げれば拒否と同じ扱いにするつもりだろう」
アムロも通信内容をもう一度見た。最初の襲撃で、相手が市街地を撃つことをためらわないのは分かっている。脅しだけだと考える理由はなかった。
「降伏するつもりは?」
「ない。こっちはホンコンを巻き込むために来たわけじゃないが、脅されたからアウドムラを渡すわけにもいかない」
ハヤトはすぐにホンコン側との連絡へ戻った。避難を急がせ、アウドムラもいつでも動かせる状態にする。市街地へ近づく敵はできるだけ外側で止める。その場で出来ることはそれくらいだった。
アムロは格納区画へ向かおうとして、まだその場にいたカミーユを見る。
「フォウも来ると思うか?」
「……分かりません。でも、来る気がします」
「感覚だけで出撃判断はするなよ」
「それくらい分かってます」
返し方に少しだけいつもの調子が戻っていた。
「なら準備しよう。相手が一機で来るはずがない」
それはすぐ現実になった。
指定時刻を過ぎて間もなく、ホンコンの外周監視網が複数の航空反応を拾った。一方向ではない。海側と内陸側の両方から反応が増え、その中にMSと判断できるものが混じっている。
警報がアウドムラ全体へ響いた。
『敵部隊接近。複数です。市街地北側にも別働反応』
「来たか」
アムロがデルタガンダム改へ向かう横で、カミーユもMk-IIへ走る。少し離れた位置ではシイコがリック・ディアスへ、バーニィがネモへ上がっていた。
ハヤトの声が回線へ入る。
『アムロとカミーユは市街地へ入る主力を見る。シイコ、バーニィはアウドムラの直掩だ。敵を追いかけて配置を崩すな。街へ撃たせないことを優先する』
「了解」
『分かりました』
『了解』
『了解です』
デルタが格納区画から飛び出す。上空へ出た時点で、すでに遠くで爆発が見えた。道路ではない。市街地外縁の建物へ着弾している。
「本当に撃ち始めたか……」
敵の狙いはアウドムラだけではなかった。こちらを引きずり出すために、最初から街そのものへ攻撃を加えている。
カミーユのMk-IIがベースジャバーで追いつく。
『アムロさん、前!』
複数のMSが市街地側へ降りてくる。さらに別方向にも反応がある。初戦のように巨大な一機を止めれば終わる状況ではない。
「カミーユ、俺から離れすぎるな。まず街へ入ろうとしてる連中を止める」
『はい!』
デルタをMS形態へ戻し、先頭の敵へライフルを向ける。相手もこちらを確認し、編隊を広げながら撃ち返してきた。その時だった。レーダーの端に、それまでのMSとは明らかに違う大きな反応が現れた。
カミーユの声が一瞬止まる。
『……来たか』
アムロにも遅れて、初戦で感じたあの重さが触れた。海側の建物の向こうから、黒い巨体がゆっくりと姿を現す。
サイコ・ガンダムだ。
「カミーユ、そっちだけ見るな! 今は他にもいる!」
『分かってます!』
直後、前方のMSからビームが飛んできた。アムロはデルタを横へ滑らせ、そのまま撃ち返す。街の上では、すでにいくつもの戦闘が同時に始まっていた。
今作のフォウは金髪です
ミライさんは既に保護されてるのでホンコンにはいません。
ベルトーチカ少し遅れての出番でした。
恋人関係ではないのでやたら口だしてくることはありません