続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第68話 宇宙の戦列

 デルタガンダム改の脚がアーガマの着艦デッキへ触れると、誘導灯が機体の左右を走った。地上で使っていた感覚のまま減速しすぎないよう姿勢を合わせ、アムロは機体を指定位置まで滑らせる。固定アームが脚部を掴み、ようやく操縦席の警告表示が一つずつ消えていった。

 

 固定が終わる頃、後方モニターにガンダムMk-IIの接近表示が入った。アムロがコックピットを降りてデッキへ出るのとほとんど入れ替わるように、少し遅れてきたMk-IIが誘導灯に沿って着艦する。外装にはホンコンで受けた傷が残っていたが、機体そのものは安定していた。ほどなくカミーユもコックピットから降り、宇宙服のヘルメットを抱えたままこちらへ進んでくる。

 

「ちゃんと着きましたね」

「君もな。ブースターから切り離された後に変なことはなかったか?」

「ありません。そっちは?」

「こっちも問題なし。デルタは一度反応設定を見てもらう。地上と宇宙じゃ使い方も変わるから」

 

 整備員へ機体を預けてデッキへ降りると、艦内放送でアムロの名前が呼ばれた。ブライトからだという。カミーユにも別に報告があるらしく、二人は通路の途中で分かれた。

 

 見覚えのある艦ではない。それでも、艦の中を歩く時の音や匂いには妙な懐かしさがあった。宇宙へ戻ったことそのものより、戦闘艦の中へ戻ってきた感覚の方が先に身体へ馴染んでくる。

 

 ブライトは艦長室ではなく、ブリッジ脇の作戦区画にいた。壁面の表示にはアーガマ周辺だけでなく、別方向を航行する複数の艦艇と哨戒線が重ねられている。アムロが入ると、ブライトは端末から顔を上げた。

 

「カミーユが戻ることは聞いていたが、お前まで上がってくるとは思わなかったよ」

「俺も最初から決めていたわけじゃない。ホンコンが片付いて、向こうの戦力を見たら地上にいる理由もないと思った。こっちが手薄なら、そのまま手伝うつもりで来た」

「連邦軍少佐のままアーガマへ乗っている状態は、書類だけ見ればずいぶん面倒だぞ」

「それはブライトもだろう?でも今は、書類を先に片付けてから戦うような状況でもないだろう。必要なら出る。その先は少し落ち着いてから考えるよ」

 

 ブライトは一度だけ息を吐いたが、それ以上は言わなかった。昔ならそこで一つ二つ言い合っていたかもしれない。今は互いに、先に片付けるものがあることを知っている。

 

「ホンコンの件は、地上から概要が来ている。フォウという強化された少女は生きているんだな?」

「ああ。自分で戦闘をやめて機体を降りた。カラバの医療班に預けてきたから、少なくともティターンズへ戻される状況じゃない。治療が必要なのは間違いないし、その後のことは地上側で決めてもらうしかない。それに付随してレンから強化人間は可能なら生かして保護または捕獲してほしいという話を聞いている」

「分かった。カミーユには、今すぐ地上へ戻ると言い出さないよう釘を刺しておく必要がありそうだな」

「そこは本人に言ってくれ。俺が言うと余計に反発する」

 

 ブライトの口元がわずかに緩んだ。そのまま壁面表示を切り替える。三つの航路と哨戒範囲が色分けされ、中央にアーガマ、月側にラーディッシュ、外周寄りにアルビオンの表示が出た。

 

「今はこの三つで動いている。ヘンケンはラーディッシュを中心に月方面、私はアーガマで中央、シナプス少佐はアルビオンで外周を持っている。各艦の指揮はそれぞれが持ったまま、索敵情報と作戦目標を共有して必要な時に支援し合う形だ」

「アルビオンが合流してるのか」

「お前たちより先にな。シナプス少佐も、まさかここで私と一緒にティターンズを相手にするとは思っていなかっただろうが、仕事は早い。宇宙側の哨戒がかなり楽になった」

 

 表示されたアルビオンの位置を見た。俺がBLACK RAVENから抜けた後に新しく加わった艦だ。今はそこへアーガマとラーディッシュが加わっている。戦力は厚い。レンも本格的にティターンズとことを構える事を決めたからエゥーゴに合流させたんだろう。

 

「ティターンズは?」

「数を増やしている。こちらが艦を増やせば向こうも見る。ドゴス・ギアも動きが活発になっているし、月を狙っている兆候もある。今のところ大規模攻撃はないが、偵察は増えた」

「なら、休ませてもらえる時間は短そうだな」

「お前が来た日に言うのも何だが、その可能性は高い」

 

 ブライトが言い終わるより先に、作戦区画の表示が切り替わった。警戒音が鳴り、ブリッジから複数の未確認機を捉えたという報告が入る。正面だけではない。アーガマの進行方向から外れた上方と、アルビオン側へ抜ける斜め後方の二方向だった。

 

 アムロは表示を一目見て、ブライトへ顔を向けた。

「デルタは動かせる。俺も出る」

「頼む。こちらの防宙に協力してくれ」

「カミーユは?」

「もう格納庫へ向かっているだろう。止めても行くだろうから、最初から戦力として使う」

 

 ブライトらしい答えだった。アムロはそのまま作戦区画を出た。

 

 ◇

 

 ドゴス・ギアの戦術表示には、アーガマだけでなく複数の反応が映っていた。

 

「以前の報告より明らかに厚いな」

 

 パプテマス・シロッコは、離れて動く三つの艦艇群を見比べた。密集はしていない。だが情報のやり取りは早く、一つへ近づけば別方向から反応が返ってくる。相手がばらばらに動いているわけではないことは分かる。

 

「アーガマへ一隊、外周へもう一隊。接触後、反応が早ければ深追いはしなくていい。こちらが何機見せれば、どこから何が出てくるかを見たい」

「ジェリドは?」

「ガブスレイで行かせろ。新型を持たせた以上、使ってもらわなければ困る。ただし、二機だけで突っ込ませる必要はない。マラサイを四機、別軸にハイザックを三機つける」

 

 命令を出してから、シロッコはもう一度表示へ目を戻した。

 

 少し前から、何かが引っかかっている。位置も名前も分からない。ただ、いつもより戦場の向こう側が騒がしいような感覚があった。

 

 それを索敵情報の代わりに使うつもりはない。分からないものは、実際に当てて反応を見るしかなかった。

 

 ◇

 

 デルタガンダム改がカタパルトを離れた時には、先行した敵影がもう肉眼で捉えられる距離まで入っていた。

 

『前方四。後方三。新型らしい反応が一機、前方隊の上にいます』

「見えてる。アーガマへ近い四機は僕が抑える。カミーユ、正面の新型だけ見て突っ込むな。周りがまだいる」

『分かってます!』

 

 返事は早い。だが、敵新型を見つけたMk-IIがわずかに進路を変えたのを、アムロは見逃さなかった。

 

 マラサイ四機が広がる。二機がアーガマ正面へ射線を通し、残る二機が高度差をつけて左右へ回った。単純に数で押してくる配置ではない。アムロは正面の一機へ撃つふりをしてデルタを沈め、右へ回った機体との距離を一気に詰めた。

 

 相手がこちらへ銃口を向けるより先に一射。ビームが肩口から推進器を抜き、マラサイが回転しながら戦列を外れる。撃破を確認する前に機首を左へ振り、二機目が放ったビームの外側へ加速した。

 

『速い……!』

 

 開いた回線から誰かの声が漏れた。

 

 デルタガンダム改は地上でも十分に速かったが、宇宙では余計な抵抗がない分だけ加減速の差がはっきり出る。推進を切る瞬間と噴かす瞬間をずらすだけで、相手の照準が半歩遅れる。

 

 左から来た一機の射線を外し、そのまま足元を抜ける。振り返りざまにライフルを一発。今度は武器を持つ腕だけを飛ばした。後ろへ回った三機目がアーガマへ向けて進路を取ろうとする。

 

「エマ中尉、その一機を止められるか。俺は後ろへ回る!」

『任せてください。こちらも一機押さえています!』

 

 エマ機が敵の進路へ入り、アムロはデルタを反転させた。正面隊だけに意識を寄せれば、後方の三機がアルビオンとの間を抜けてアーガマの側面へ出る。そちらにはすでにアルビオン側から迎撃機が上がっていた。

 

『こちらのBLACK RAVENのライラ大尉だ。アムロ少佐、聞こえるかい』

「聞こえてる。右から二機そっちへ流れる。頼めるか?」

『そのために出てきた。残りは?』

「一機は俺が取る。アーガマの後ろへ回させない」

『了解した。こちらは二機を押さえる。そっちも前へ出すぎないよう』

「分かってる」

 

 通信を切る前に、ライラの機体がハイザック一機へ正面から仕掛けた。もう一機が援護へ回ろうとしたところへ別の機体が入る。隊形を崩さず、二機をこちらから切り離した。

 

 アムロは残った一機の進路へデルタを滑り込ませる。相手は戦うよりアーガマへ近づくことを優先していた。ライフルを連射しながら軸線をずらし、こちらを避けて抜けようとする。

 

「そう簡単には通さない」

 

 一発目を避けさせ、二発目を相手が戻る側へ置く。直撃を嫌ったハイザックが大きく減速した。その瞬間だけで十分だった。デルタが距離を詰め、ライフルを持つ腕を撃ち抜く。相手はそこで進攻を諦め、推進を反転させた。

 

 アムロはすぐアーガマ正面へ視線を戻した。Mk-IIが新型に追われている。

 

 周囲のマラサイを使い、Mk-IIが逃げる側へ先に射線を通させている。カミーユが避ければ詰め、離れれば別の射撃が来る。新型の機動力だけでなく、数を使った追い込みだった。

 

『カミーユ! お前だけは!』

『ジェリド!』

 

 Mk-IIが振り返って撃つ。変形して射線を外し、すぐ人型へ戻りながら距離を詰めた。カミーユも反応しているが、機体の加速と旋回の差までは埋められない。

 

「カミーユ、追うな! 向こうに速度を合わせたらMk-IIの方が先に苦しくなる。アーガマ側へ戻せ!」

『戻ろうとしてますよ! こいつが離れないんです!』

 

 そこへ別の敵機がアーガマへ向けて射撃した。艦の対空砲火が応じ、エマ機もそちらへ回る。アムロは一瞬だけMk-IIとアーガマを見比べた。

 

 カミーユの援護へ行けば、艦の左舷側が空く。

 

「ブライト、左から来る二機を俺が取る。カミーユを艦の射程まで戻してくれ!」

『分かった。カミーユ、聞こえたな。無理に落とそうとするな、こちらへ戻れ!』

『分かってます!』

 

 Mk-IIが急減速して横切る。ジェリドも追従したが、そのままアーガマへ近づけば艦砲とエマ機の射線に入る。わずかに進路を変えた。その一瞬でカミーユは距離を稼いだ。

 

 だが、マラサイ一機がその退路へ回っていた。アムロがそちらへ機体を向けた時、新しい反応が戦域外から入った。

 

『アーガマ、聞こえるか。アポリーだ。予定より少し遅れた!』

 

 正面モニターの端に、細長い機影が高速で飛び込んでくる。戦闘機に見えたが、推進の使い方が違う。敵味方識別が更新され、アーガマ側の反応へ変わった。

 

『アポリー、その機体は?』

『見れば分かるだろう、ブライト艦長。こいつを届けに来た!』

 

 高速で突っ込んできた機体が、カミーユの退路へ回ったマラサイへビームを放った。直撃はしなかったが、敵は回避のため進路を外す。そのまま機首部分が持ち上がり、外装が大きく動いた。腕と脚が展開し、細長い機体が人型へ変わっていく。

 

 カミーユの声が通信へ漏れた。

『Z……完成したのか』

 

 カミーユが漏らした名前を聞きながら、アムロは変形を終えた機体の動きを追った。少なくとも、初めて実戦へ出てきた機体とは思えないほど姿勢の収まりが早い。

 

『カミーユ、見とれてる場合じゃないぞ! そいつを引き剥がす!』

『分かってます、アポリーさん!』

 

 Zが間へ入り、ビームライフルを二射する。ジェリドは一発目を上へ、二発目を横へ逃がし、すぐ変形して距離を取った。Zも追ったが、無理に食いつかない。初めて見る機体であることを考えれば、アポリーは慎重だった。

 

 その動きだけで、カミーユへの圧力は一気に減った。

 

「カミーユ、今のうちに姿勢を立て直せ。機体の状態は?」

『推進は問題ありません。右腕の反応が少し鈍いだけです』

「ならまだ動ける。Zと一緒にジェリドを押し返せ。追いすぎるなよ」

『今度こそ分かってます!』

 

 アムロは返事を聞きながら、アーガマ左舷へ向かっていた二機へデルタを突っ込ませた。

 

 一機目はアムロを見てすぐ散開した。もう一機がその間に艦へ近づこうとする。二機が同時に同じ方向へ動かない。こちらの戦い方を見て、片方が囮になっている。

 

 アムロは囮を追わず、艦へ向かった方へ照準を切り替えた。射撃。一発目は外れる。相手が回避した先でエマ機の射線と重なり、マラサイがさらに進路を変えた。

 

『今です、アムロ少佐!』

「見えてる!」

 

 二射目が胴体を抜いた。敵機が爆散し残った一機はそれを見て離脱へ移った。

 

 反対側でも、ライラ隊がハイザック二機撃墜していた。敵の攻撃軸が消えていく。最初に正面へ出てきたマラサイも、一機を失い一機が損傷した時点で前へ出られなくなっていた。

 

 ジェリドだけが、まだ引かなかった。

 

『こんな新型一機で!』

 

 ガブスレイがZへ切り込み、サーベルを抜く。アポリーは正面から受けず、機体を横へ流した。そこへMk-IIが撃つ。ジェリドはカミーユの射撃を避けたが、回避した先へZのライフルが来る。

 

 直撃こそしない。それでも二機を同時に相手へして押し切れる状況ではなくなっていた。

 

 アムロはそちらへ向かいかけ、やめた。もう必要ない。

 

「カミーユ、アポリー。そこは任せる。俺は離脱する敵を追わせないよう外を見る」

『了解!』

『分かった!』

 

 デルタを戦域の外側へ向ける。逃げる敵を落とすためではない。再度まとまって反転してくるなら、その時だけ前へ出る。

 

 だが、敵はこちらには来なかった。ガブスレイも最後に一度だけZへ射撃し、そのまま変形して距離を取り戦域から離れていった。追撃命令も出なかった。

 

『全機、深追いするな。損傷確認を優先する。アルビオンにも離脱した敵の進路を共有してくれ』

 

 ブライトの声を聞きながら、アムロはデルタの速度を落として周囲の反応を確認した。味方の大きな損失はない。損傷機はあるが、戻れない機体も見当たらず、戦闘が始まった時よりアーガマ周辺の空間はずっと静かになっていた。

 

 ◇

 

「八機出して、無傷で戻ったのは二機か」

 

 報告を受けたシロッコは、数字より戦闘記録を見ていた。

 

「この可変機は?」

「地上から上がってきた機体と思われます。交戦中の通信記録から、パイロットはアムロ・レイ少佐の可能性が高いと」

「アムロ・レイ……そうか、あの白い悪魔がいるとは」

 

 シロッコはそこで初めて名前を口にした。ジェリドたちの戦い方が悪かっただけではない。アーガマ側は一機増えただけでなく、アルビオン側との連携も早かった。そこへ新型のZまで加わった。

 

「追わせなくていい。回収可能な機体とパイロットを優先しろ。次からは、アーガマだけを見て戦力を決めるな」

 

 表示を閉じ、別の作戦図へ切り替える。月面側には、すでに次の作戦で使う航路が並んでいた。

 

 ◇

 

 帰投したデルタガンダム改を固定させ、アムロが格納庫へ降りると、中央ではZガンダムの周囲に整備員が集まっていた。初戦を終えたばかりなのに、すでに各部の点検が始まっている。

 

 アポリーがコックピットから降り、整備員へ何か指示を出す。その少し後ろで、カミーユが黙ってZを見上げていた。

 

「気になるか?」

 

 アムロが声をかけると、カミーユは視線を外さないまま答えた。

「僕が出した案も入ってるんです。実物を見るのは初めてですけど……思ってたより、ちゃんと形になってる」

「なら、触る前に今日のMk-IIの記録も見ておけ。何が足りなかったか分かった直後の方が、新しい機体の違いも分かる」

「分かってますよ。アムロさん、地上にいた時より細かくなってません?」

「宇宙まで来た初日に新型へ見とれてた奴へ言ってるだけだ」

 

 カミーユが何か言い返そうとしたところで、格納庫のスピーカーからブライトの声が入った。

 

『アムロ、カミーユ、アポリー。機体確認が終わったら作戦区画へ来てくれ。今日の戦闘記録を三艦で突き合わせる』

 

 カミーユはZから目を離し、Mk-IIの方へ向き直った。

「先に自分の機体を見てきます」

「そうしろ。右腕の反応が鈍いって言ってただろ」

「覚えてたんですか」

「戦闘中に聞いたことくらいは覚えてるよ」

 

 カミーユは少しだけ嫌そうな顔をして、そのままMk-IIの整備区画へ歩いていった。アムロもデルタの方へ戻る。整備員が開いた外装の奥で、宇宙戦に入ってから初めて取れた機体データが端末へ次々と送られていた。

 




Zガンダム納品!
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