続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第69話 Z

 戦闘から戻って数時間後、アーガマの格納庫ではZガンダムの点検がひと通り終わっていた。アポリーが持ち込んだ時についた異常はなく、さっきの戦闘で被弾もしていない。整備員が開いていた外装を閉じる横で、カミーユはコックピットから降りるなり手元の端末へ視線を落とした。

 

「変形の途中で一度だけ姿勢補正が強く入ってます。アポリーさんが合わせたんですか?」

「いや、俺はそこまで触ってない。持ってくるのが先だったからな。気になるなら自分で詰めろ。元々お前の案がかなり入ってる機体だろ」

「なら、少し触れば分かると思います」

 

 返事をしながら、カミーユはもう次の項目を開いていた。アムロは横から表示を覗き込み、先ほどの実戦で見た変形時の軌跡を思い返す。変形後の姿勢はすぐに収まっていた。それでも初めて乗る機体で、いきなり性能を全部使おうとすれば操作の方が追いつかなくなる。

 

「最初から全部合わせようとしない方がいい。さっきアポリーが動かしていた時の記録も残ってるんだろ。自分の操作との差を見てから触った方が早い」

「分かってます。僕だって、いきなり限界まで使うつもりはありませんよ」

「それならいい。地上でMk-IIのまま新型に食いつこうとしてたから、一応な」

「まだ言うんですか、それ」

 

 少し離れたところでエマがMk-IIの状態を確認していた。ホンコンから持ち帰った右腕の不調も整備に回され、次の出撃ではエマが使うことになっている。カミーユがZへ移れば、Mk-IIを遊ばせておく理由はない。

 

 その脇から、パイロットスーツ姿のファがこちらへ歩いてきた。

 

「カミーユ、Zに乗るんだって?」

「そうみたいだ。ファ、その格好どうしたんだよ」

「訓練よ。私だってただ艦の中にいるつもりはないもの。シミュレーターも続けてるし、訓練だって受けてる」

「だからって、すぐ実戦に出る必要はないだろ。こっちは思ってたよりずっと――」

「危ないのは分かってるわよ。カミーユだけが分かってるみたいに言わないで。出るかどうかは艦長やエマ中尉が決めることでしょう?」

 

 カミーユが言葉に詰まる。フォウを地上へ残してきたばかりだ。アムロには、ファまで戦場へ出したくないという気持ちそのものは分かった。ただ、それを本人の意思まで決める理由にはできない。

 

 エマがMk-IIの下から戻ってきた。

 

「ファ、まだ出撃要員には入れません。訓練内容を確認してからです。でも訓練を続けることまで止めるつもりはありません」

「はい。それでいいです」

「カミーユも聞いたでしょう。心配するのは構いませんが、ファの進路をあなたが決める話ではありません」

「……分かってます」

「本当に?」

「分かってるって言ってるだろ」

 

 ファはまだ何か言いたそうだったが、エマに促されて訓練区画へ戻っていった。カミーユは小さく息を吐くと、Zへ向き直る。

 

「アムロさん、何か言いたそうですね」

「いや。僕まで言ったら三人がかりになるだろ。自分で分かってるなら、それでいいよ」

 

 その時、格納庫のスピーカーから短い呼出し音が入った。作戦区画からだった。

 

 ◇

 

 ガブスレイの前方を、二機のマラサイが間隔を取って進んでいた。

 

 サラ・ザビアロフは索敵表示を確認しながら、決められた範囲から離れないよう機体を進めていた。訓練で何度もやってきた動きだ。シドレも同じように反対側を見ている。前を行くジェリドだけは、時折予定航路の外までセンサーを振っていた。

 

『前方に反応。二つ……いえ、もう一つあります』

『どこだ?』

『左前方。こちらへ向かってはいません。進路はアーガマ方面だと思います』

 

 サラが送った位置へジェリドがセンサーを向ける。先行しているのは見慣れない機体で、その後方にも機体か装備らしい反応が続いていた。

 

『新型の搬送かもしれないな』

『一度報告してからでも遅くないんじゃないですか? この距離なら、追えば向こうもこちらに気づきます』

『アーガマまで行かせたら、さっきみたいにまとめて相手をすることになる。今なら護衛も見えない。一撃入れて、増援が来る前に離れる』

『本隊まで追いかけるつもりではないんですね?』

『そこまで馬鹿じゃない。前の戦闘で分かったよ。あいつらは以前より出てくるのが早い』

 

 ジェリドはそう言うと、二機へ間隔を広げるよう指示した。三機で同じ方向から寄れば、搬送側にまとめて逃げられる。左右から距離を詰め、逃げる方向だけ見ておけばいい。

 

 サラは返事をして機体を外へ振った。まだ敵意は感じない。相手もこちらに気づいていないのだろう。ただ、遠くにあるアーガマ方面へ意識を向けると、胸の奥に薄く引っかかるものがあった。

 

 場所も、正体も分からない。

 

 サラはそれ以上を探ろうとはせず、ジェリドから送られた攻撃開始位置へ機体を合わせた。

 

 ◇

 

『こちらレコア。搬送中に敵三機と接触した。メタスは動けるけど、Gディフェンサーまで守りながら長く付き合いたくないわ。位置を送るから迎えを出して』

 

 作戦区画へ入ったばかりのアムロは、通信を聞きながら表示された位置を見た。アーガマから遠すぎる距離ではない。だが相手はすでに接触しており、レコアはアーガマへ向かいながら回避を続けている。

 

「敵は?」

『可変機が一、マラサイが二。向こうは私より荷物を狙ってる』

 

 ブライトがすぐに出撃配置を出した。

 

「カミーユはZ、アムロはデルタ。エマはMk-IIで出ろ。アポリーも続いてくれ。目的はレコアと搬送物の確保だ。敵を追って戦域を広げるな」

「了解。ファは?」

「今回は出さない。本人にもそう伝えた」

 

 アムロはそれ以上聞かず格納庫へ戻った。カミーユはすでにZへ乗り込み、アポリーと最後の確認を済ませている。初めて自分で動かす機体だが、迷っている様子はなかった。

 

『アムロさん、先に行きます』

「待て。接触位置までは僕が前に出る。Zはまだ一度も君の操作で飛んでないだろ」

『だから今から飛ばすんですよ。ついていけます』

「そういうところは変わらないな。分かった、でも到着するまでは無理に抜くな」

『了解です』

 

 先にデルタがカタパルトを離れ、続いてZ、Mk-II、アポリー機が宇宙へ出る。アムロが速度を上げると、少し遅れていたZがすぐ後ろまで追いついてきた。

 

 表示上の加速だけなら十分だった。問題はそこからだ。カミーユがZをウェイブライダーへ変形させる。機体の輪郭が一気に細くなり、推進軸が揃った直後に速度が伸びた。一瞬だけ機首が上へ流れたが、カミーユはすぐに姿勢を戻している。

 

「カミーユ、今の補正は自分で?」

『はい。思ったより変形後に前へ出ますね。でも分かりました。次は合わせられます』

「ならそのままでいい。前に出すぎるなよ」

 

 レコアの反応が近づく。正面の光点が三つに分かれ、そのうち一つが大きく加速した。

 

『来る!』

 

 レコアの声と同時に、ビームがメタスの横を抜けた。続けて二本。レコアは機体を振り回さず、速度を落とさないまま軌道だけをずらしている。搬送中のGディフェンサーへ射線が通らない位置を保つためだ。

 

「レコア、こっちが見えたらそのまま抜けて。敵は僕たちが引き受ける」

『助かるわ。新型を届ける前に壊したら、さすがに怒られそうだから』

 

 アムロはデルタをレコアの進路脇へ入れた。接近してきたマラサイがこちらへ銃口を向ける。撃たれるより先に一発返すと、敵は推進を噴かして射線から外れた。もう一機はZへ向かう。可変機だけは少し離れ、こちらの数を見て速度を落とした。

 

 ガブスレイが一度だけデルタへ機首を向けた。先ほど交戦した機体だと気づいたのか、一瞬だけこちらへ進路を振る。だが、そのままデルタへ来ることはなく、すぐにZへ向きを変えた。同時に二機のマラサイも分かれる。一機はガブスレイに続いてZの外側へ回り、もう一機はレコアの進路を追った。

 

「カミーユ、可変機とマラサイが一機そっちへ行く。二機を見るつもりで動け」

『了解。レコアさんの方は?』

「俺とエマ中尉で見る。アポリーはZの外側をお願いします」

『分かった!』

 

 ガブスレイが変形してZへ向かう。カミーユもウェイブライダーのまま前へ出たが、正面から速度をぶつけることはせず、すれ違う直前に機体を上へ逃がした。ガブスレイの射撃が下を抜ける。そのままZが人型へ戻り、旋回したガブスレイへライフルを向ける。

 

 続いていたマラサイがZの側面へ出ようとするが、アポリー機がその外側へ回った。完全に進路を塞ぐのではなく、自由に回り込ませない位置を取る。それだけでZが一度に二機を正面から相手にする必要はなくなった。

 

 アムロはそちらから意識を外し、レコア側へデルタを戻した。輸送側へ回ったマラサイがレコアとの距離を詰めようとしている。エマのMk-IIがその間へ入り、正面から一射した。マラサイはすぐに回避したが、その後の動きが妙だった。

 

 こちらへ出ようとして、一度止まる。レコアを追おうとして進路を変え、今度はデルタへ機首を向ける。その照準も長くは続かず、すぐに外れた。故障しているようには見えない。機体そのものではなく、操縦している側が迷っているような動きだった。

 

 それでもマラサイは一発撃ってくる。狙いは甘く、ビームはデルタの横を抜けて遠くへ消えた。アムロが照準を返すと、相手は撃ち合う前に大きく横へ逃げる。追えば詰められる。だが、今の目的はこの一機を落とすことではない。

 

 アムロはレコアと搬送物を守れる位置へ戻った。

 

 ◇

 

 サラには、どこを見ればいいのか分からなくなっていた。アーガマ側の増援が現れた直後、隊内回線にはジェリドの指示が入っていた。

 

『サラ、輸送側へ回れ。シドレは俺についてあの新型ガンダムを押さえる。増援が来た以上、無理ならすぐ離れろ』

「了解」

 

 返事をした時には、まだ普通に動けていた。訓練では敵は表示の中にいた。距離を見て、射線を見て、味方の位置を見ればいい。今も表示は同じように情報を出している。それなのに、近づいてきた機体から向けられるものが、数字より先に身体へ入ってくる。

 

 正面の可変機は静かだった。静かなのに、こちらが一歩動けば先に見られているような圧がある。最新のガンダムはもっと刺すような感情が走っていた。その向こうでシドレが動き、ジェリドが戦い、レコアの機体も離れていく。

 

 サラは輸送側へ回ろうとした。だが可変機がこちらへ照準を向けた瞬間、身体が強張った。撃たれる。そう思って引き金を引いたが、照準は合っていない。撃った直後には、今度はここから離れたくなる。

 

『サラ、止まるな! 搬送側を見ろ!』

「分かってます……でも、あの人たち……」

『感じるのは後だ! 今は目の前を見ろ!』

 

 ジェリドの声で、サラはようやく機体を前へ出した。言われた通りだ。感じることと戦うことは同じではない。それくらいは訓練でも分かっていた。それでも、敵が急加速した瞬間に身体が硬くなった。

 

『シドレ、右だ!』

 

 ジェリドの声が飛ぶ。

 

 シドレはZの横へ回り込み、ジェリドを追わせないよう射撃した。Zが一度進路を切り、シドレの攻撃を避ける。そこへガブスレイが戻り、二機で挟む形になった。

訓練なら悪くない位置だった。だが敵機は減速しなかった。機体を飛行型へ変え、二機の間を抜けるように速度を上げる。ジェリドが追う。シドレも反転したが、一瞬遅れた。

 

 人型へ戻った時には、もうシドレの側面へ回っていた。

 

「シドレ!」

 

 ビームが走った。マラサイの胴体に光が入り、そのまま機体が破裂する。通信が途切れ、さっきまでそこにあった気配まで一緒に消えた。

 

 サラの呼吸が止まった。

 

 消えた。

 

 次に感じたのは、自分へ向き直るZの気配だった。実際にこちらを狙っているのかは分からない。それでも、シドレが消えた場所から強い感情が流れ込んでくる。さらに別方向には、さっきの静かな可変機がいる。

 

 逃げなければならないのか、戦わなければならないのか、その判断さえ一瞬遅れた。

 

『サラ、下がれ! 今のお前じゃ無理だ!』

「でも、まだ――」

『いいから戻れ! こいつらを相手に止まってる方が邪魔だ!』

 

 その言い方で、ようやく手が動いた。サラは推進を反転させた。背中へ何かが追ってくるように感じたが、振り返らなかった。

 

 ◇

 

 一機の爆発を確認した直後、アムロはもう一機のマラサイが戦域から離れていくのを見た。追撃する機体はいない。エマもアポリーも、それぞれレコアの進路とカミーユの側面を優先している。

 

「一機下がった。カミーユ、そっちは?」

『可変機がまだいます。でも、さっきより動きが――』

 

 言い終わる前に敵機がZへ射撃し、そのまま距離を取った。カミーユが追おうとしたところで、アムロはデルタを少し前へ出す。

 

「行くな。レコアはもう抜けた。向こうも撤退するなら終わりだ」

『でも、このまま――』

「追うのか? 今は搬送を通すために出た。目的はもう達成してる」

 

 短い沈黙のあと、Zが速度を落とした。

 

『……了解』

 

 敵機がこちらへ戻ってくることはなかった。離脱したマラサイの後方へ回り、追撃を警戒しながら距離を広げていく。さっきのように最後まで戦場へ残ろうとはしない。

 

『全機、帰投。レコア機と搬送物を先に収容する』

 

 ブライトの命令が入る。

 

 アムロはデルタをレコアの後ろへつけた。被弾はしていない。輸送物も搬送状態のまま問題なく、アーガマの誘導に沿って収容コースへ入っていく。

 

『アムロ、カミーユも無事?』

「こっちは問題ない。レコアは?」

『私も大丈夫。せっかく持ってきたものも無傷よ。到着早々に実戦試験までやらされるところだったけど』

「それは帰ってからでいい」

『そうしてもらえると助かるわ』

 

 通信が切れる。アムロは少し先を飛ぶZを見た。動きそのものはもう危なっかしくない。ただ、カミーユの返事がいつもより少なかった。初めて乗った機体で、初めて人を落としたわけではない。それでも新しい機体の感触を確かめることと、実際に敵が爆発することは別だった。

 

 今は戻ってから本人が整理するしかない。

 

 ◇

 

 メタスが格納庫へ収まると、ファが真っ先に近くまで来た。もちろん整備員の作業線からは出ていないが、視線は機体へ張りついたままだった。

 

「これがメタス……」

「興味ある?」

 

 コックピットから降りてきたレコアに声をかけられ、ファが頷く。

 

「あります。可変機なんですよね」

「そうよ。でも届いたばかりなんだから、誰がどう使うかはこれから。勝手に乗らないでね」

「そんなことしません」

 

 少し離れた場所ではGディフェンサーも収容され、整備員が固定状態と損傷の有無を確認していた。誰が使うかという話はまだ出ていない。装備が増えたというだけで、すぐ運用できるわけでもなかった。

 

 Zから降りたカミーユは、先ほどまでとは違って機体を見上げる時間も短かった。アムロが近づくと、自分から口を開く。

 

「シドレって、名前だったそうです」

「通信記録で分かったのか?」

「はい。ジェリドが呼んでました。僕が撃った時、避けきれなかった」

「そうだな」

「Zなら、もっと違う止め方もできたんじゃないかって考えてます」

「考えるのはいい。でも、戦闘中に相手が撃ってきてるのに、毎回止め方を選べると思うな。君が撃たなければ、ジェリドと二機でそのままレコアを墜としていたかもしれない」

「……分かってます」

「なら、記録を見ればいい。機体が変わったんだから、自分がどこまでできたかも確認し直せばいい」

 

 カミーユは一度だけZを振り返った。

 

「そうします」

 

 そこへ格納庫のスピーカーが鳴った。

 

『アムロ、カミーユ、エマ。作戦区画へ来てくれ。ラーディッシュから月方面の新しい情報が入った』

 

 アムロとカミーユが顔を上げる。

 

『ティターンズ側の艦艇が複数、進路を変えている。ドゴス・ギアの動きも含めて確認する。機体の引継ぎが終わり次第来てくれ』

 

「休むなら今のうち、って言ってたのに」

 カミーユが小さくぼやく。

「僕もさっきそう言われたばかりだよ。行こう」

 

 二人は整備員へ機体を預け、そのまま作戦区画へ向かった。




安定感すごいしジェリドよく生きて帰ったな。
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