今日は12時と18時と2回投稿します
ノエルさんに呼ばれたのは、それから数日後だった。前に頼んでいた照会へ返事が来て、情報部の記録ともある程度照合できたらしい。
「旗艦はザンジバル級。もう一隻が補給艦パプワです。今のところ、この二隻以外に所属艦は確認できません。MSも四機から五機程度と見られます」
卓上の表示には二隻の艦影と、その周囲に集められた記録が並んでいた。思っていたよりずっと小さい。
「物資は?」
「食料、推進剤、医薬品、MS用部品が中心です。金品も奪っていますが、被害報告を見る限りでは維持に必要なものを優先しています。ただし、抵抗が激しかった部隊には死者も出ています」
「二隻抱えて、補給の当てもなし。それで輸送船を襲って食いつないでるってことか」
「今ある資料だけなら、そう考えるのが一番自然です」
困っているから仕方がない、で済ませられる話ではない。でも、好き好んで海賊をやっているようにも見えなかった。続いて表示された旧ジオン軍の記録には、シーマ・ガラハウ中佐の名前がある。その周辺だけ妙に資料が抜け、別系統の記録と食い違う箇所まであった。
「これもゴップ大将のところから?」
「はい。理由までは分かりませんが、海兵隊の任務記録に不自然な欠落があるそうです」
「ゴップ大将と話せますか?」
「もう回線を取ってあります」
用意がいい。
しばらくして画面にゴップ大将が映った。
『欲しがっていた情報は届いたようだな。それで、君はどうしたいだ?』
「一度、本人と直接話してみたいです。輸送船への襲撃は止めないといけない。でも、この人数と状況なら、いきなり潰すより先に話を聞く価値はあると思います」
『話した結果、相手が何も変える気がなければ?』
「その時は止めます」
『よろしい。接触は認めよう。ただし勝手に何かしらの約束はするな。今の彼女たちは連邦から見れば武装した海賊だ。それ以上でもそれ以下でもない』
「分かっています」
『記録の穴についてはこちらでも調べる。だが、それと現在の海賊行為は別件だ。混ぜるなよ』
「はい」
通信が切れると、ブライトさんが横から俺を見る。
「話すのは構わんが、艦の安全はこっちで決める。妙な動きがあれば距離を取るぞ」
「お願いします」
被害地点と補給に使えそうな航路から出現宙域を絞り、レイブンは二度目の捜索で二隻を捕捉した。
「戦闘艦一、補給艦一。ザンジバル級とパプワと一致します。MS反応は四、艦周辺から離れていません」
「全機は待機のまま。発進準備だけ維持。主砲の照準は外しておけ。向こうが撃たない限り、こちらも撃たない」
ブライトさんの指示で艦内が動く。相手のMSも少し位置を変えたが、こちらへ出てはこない。互いに撃てる準備だけ整えたまま、先に動く相手を見ている。
「通信、開けます」
「お願いします」
ノエルさんが回線を取った。
「こちら地球連邦軍ペガサス級レイブン。シーマ・ガラハウ中佐との通信を求めます。こちらに攻撃の意思はありません」
少し待って、音声回線が開いた。
『へえ。連邦軍が海賊相手にずいぶん丁寧じゃないか。で、何の用だい』
「シーマ・ガラハウ中佐でしょうか?」
『そうだと言ったらどうする。賞金首でも見つけたみたいに撃ってくるのかい?』
「まずは話をしたい」
『投降しろ、武装を捨てろ、あとは連邦様に任せろ――そんな話なら聞くまでもないよ』
そこで映像回線が開いた。画面に映った女は、俺の顔を見るなり片眉を上げた。
シーマ・ガラハウ
こうして本人を目の前にすると、妙な感じだった。前世の俺は、この人が好きだった。もちろん、善人だと思っていたわけじゃない。やったことを全部なかったことにできるとも思っていない。それでも、彼女がただ好き好んで外道になったわけじゃないことも、その先でどう利用されて、どう終わるのかも知っている。
だから、できるなら助けたかった。
――それだけだ。助けたいから、軍人として通せる理屈を探している。
『……なんだい。あんたが責任者か。連邦もずいぶん若いのを前に出すようになったもんだねえ』
「レン・イズミ特務大尉です。この隊の隊長をしています」
『レン・イズミ……ああ、黒いガンダムの。名前くらいは聞いてるよ。それで? そんな有名人がわざわざ海賊船に何の御用だい』
「輸送船を襲うのは止めてほしい。でも、それを言うためだけに来たわけじゃありません」
『ほう?』
「中佐たちが何のためにここまで続けてるのか、それを本人から聞きたかった」
シーマの目がわずかに細くなった。
『何のため、ねえ。海賊が物を奪うのに、いちいち立派な理由でも必要なのかい?』
「立派な理由があるとは思ってません。ただ、本当に奪うこと自体が目的なら、こうして話す必要もないでしょう」
『……』
「そうじゃない可能性があると思ったから来ました」
『ずいぶん勝手な見立てじゃないか』
「そうですね」
『それで、事情を聞いてどうするんだい。腹が減ってると言えば食わせるのか。船が動かないと言えば燃料を積んでくれるのか。明日から真っ当に生きろと言われて、それで生きていける場所まで連邦が用意してくれるって?』
「そこまでは俺の判断では約束できません。ですが、それが用意できれば考えてくださるのですか?」
『はっ。口だけならなんとでも言えるね』
笑ってはいるが、目はまったく笑っていなかった。
本当なら、ここで「助けたいから」と言えれば話は早い。でも、それでは駄目だ。シーマ中佐が信用するわけもないし、俺自身、隊長としてそんな理由だけで部隊を動かすわけにはいかない。
「だけど今ここで俺が約束できるのは、こちらから先に撃たないことです。それ以上は持ち帰って上と話します」
『上にねえ』
「民間への襲撃を止める代わりに、こっちから何を出せるのか。仕事として成立させられるのか。そういう話なら持っていけます」
『……仕事?』
初めて、シーマの声から少しだけ嘲る色が薄れた。
「投降して全部差し出せ、とは言いません。中佐たちが今の指揮系統を保ったままでも、条件を決めて仕事を受ける形なら検討できるかもしれない」
そこまで言ってから、自分でもずいぶん必死に理屈を作っていると思った。まだ上には何も話していない。許可が出る保証もない。それでも、無条件降伏以外の道を最初から潰したくなかった。
『あんた、海賊相手に雇い仕事を持ちかけようってのかい?』
「成立するなら、その方が輸送船を襲われるよりずっといいでしょう。条件次第では食事も補給も解決できる」
『連邦軍人の口から出る台詞とは思えないねえ』
「俺の隊は、撃って終わりにするだけの部隊じゃありません」
これは取り繕いじゃなかった。残党を全部殺せば戦後が片付くなら簡単だ。でも、そうならないことくらい一年戦争を通して嫌というほど分かっている。
『で? あたしらに何をさせる』
「まだそこまでは決めてません。まず、中佐たちが何を必要としているのか聞かないと、上に持っていく話も作れない」
『あたしらが欲しいものなんて決まってるさ』
シーマは椅子へ深く身体を預けた。
『さっき言った通りさ、部下を食わせる物。船を動かす物。壊れた物を直す物。それと――次の朝まで生きていられる場所だよ』
「分かりました」
『分かった?』
その声が少し低くなった。
『軽々しく言うんじゃないよ。こっちはそういう綺麗な言葉を何度も聞かされてきたんだ。口約束じゃ、腹も膨れなきゃ船も動かない
「じゃあ、次は口だけで来ません」
シーマの目が細くなった。
しばらく、何も言わずに俺を見ている。
『……面白いことを言うじゃないか』
「できなかったら、その時は切ってもらって構いません」
『言ったね?』
「はい」
少しだけ、シーマの口元が吊り上がった。
『いいさ。今日は撃たないでおいてやる。本当に何か持ってこられるってんなら、次も話くらいは聞いてやるよ』
「ありがとうございます。ただし、輸送船への襲撃を確認した場合は止めます。それは別です」
『ふん。そこだけは立派な連邦軍人ってわけか』
「そこは譲れません」
『……いいだろう』
シーマは俺をもう一度、値踏みするように見た。
『覚えておくよ、レン・イズミ。次に来る時まで、その威勢が残ってるといいねえ』
通信が切れる。俺は小さく息を吐いた。これで助けられるなんて思ってはいない。シーマ中佐がこれから何を選ぶかも、連邦がどこまで認めるかも分からない。
十分な距離を取ってから、ブライトさんに聞かれた。
「それで、何をするつもりなんだ?」
「あの人たちが望むものは聞いた通りでしょう。生きていけること。その先に、ずっと海賊のままじゃなくて済む道があること」
「具体的には?」
「こっちで補給等生活の面倒を見る。その代わり、海賊行為をやめてレイブンに同行してもらう。任務にも協力してもらって、一定期間ちゃんと働いた実績ができたら、正式な身分を保証する。それまでの間は傭兵扱いで関係を結ぶ」
「随分と具体的に考えたな」
「きっちりと揃えていかないと次がなくなりそうなので」
ブライトさんは少し考えてから頷いた。
「大将が飲むかどうかだな」
「そこはこれからです」
その日のうちにゴップ大将へ報告を送り、翌日には直接話すことになった。
『傭兵、か』
俺の話を一通り聞いた大将は、すぐに賛成も反対もしなかった。
「はい。海賊行為を停止する代わりに、食料、医療、燃料、整備をこちらが持つ。ザンジバル級とパプワはレイブンに同行して、うちの任務に協力してもらいます。指揮系統はシーマ中佐のままでいいと思います」
『武装も維持させるつもりか?』
「取り上げたら傭兵じゃなくて捕虜です」
『もっともだな』
大将が指先で机を叩く。
『それで、最後に身分を保証する、と』
「ある程度の期間、契約を守って働いてもらった後です。海賊をやめて、連邦側の任務に協力した実績を作る。それから正式な身分を保証する。保証した後の道は後で本人たちと決めればいいと思います」
『過去の罪はどうする?』
「今ここで消す必要はないでしょう。海賊行為をしてるのは事実ですし、過去の海兵隊の件も調査が終わってません。でも、ずっと何も保証されないまま働けって言っても乗らないでしょう」
『だから将来の身分保証だけは先に書く、と』
「はい。条件を守って一定の貢献をしたなら、少なくともいつまでも無所属の犯罪者扱いにはしない。それを連邦側の名前で書面に残してほしいのです」
大将はしばらく黙っていた。
『君は時々、面倒な案を持ってくるな』
「すみません」
『いや、怒ってるわけではない。連中を今ここで撃ち潰すよりはいい使い道がある。しかも被害も止まってこちらの戦力にできるなら悪くない総合的に見ても利益のほうが圧倒的に多いな』
そこで初めて、少し笑った。
『いいだろう。暫定の契約協力部隊として扱う。一般には傭兵と呼んでも構わん。生活物資と艦艇維持に必要な最低限の補給と多少の報酬はこちらで持つ。その代わり、レイブンへの同行、作戦協力、民間への海賊行為停止を義務とする』
「正式な身分は?」
『契約に明記する。一定期間の履行と協力実績を確認した後、本人と直属隊員について連邦側が正式な身分を保証する。具体的な所属、軍籍、階級、定住先はその時点で決める。ただ一定の期間の部分は…とりあえずは最大で5年とする。今の段階ではそこまでだ』
「十分です」
『ただし契約を破れば、この話は無効。それも重く書く』
「ありがとうございます」
ゴップ大将名義で作られた文書は、思ったより早く届いた。数日後、レイブンは再びリリー・マルレーンへ通信を送った。今度は前ほど待たされず、シーマが画面に出る。
『本当に戻ってきたのかい』
「持ってくるって言いましたから」
『それで? 今度は何を持ってきた?』
「契約書です」
『……契約?』
「傭兵契約です」
シーマの眉が上がった。
『連邦軍があたしら海賊を雇うって?』
「正確には、うちへの同行協力です。ザンジバル級とパプワはそのまま。武装も取り上げません。中佐の部隊の指揮は中佐に任せます」
『その代わりは?』
「民間船への襲撃を完全に止める。レイブンに同行する。こっちの任務に必要な範囲で協力する。その間の食料、医薬品、燃料、艦とMSの維持に必要な補給は全てこちらが持ちます」
文書を送る。シーマは黙って読み始めた。今度は前よりずっと時間をかけていた。
『……最大5年の契約履行後、正式な身分を保証する』
「そこが一番大事だと思ったので」
『恩赦とは書いてないね』
「今すぐ無罪にする話じゃないです。実際に海賊行為もしてますし、過去の記録もまだ調査中です」
『随分と冷たいことを平気で言うじゃないか』
「嘘を書くよりいいでしょう」
一瞬、シーマの口元が動いた。
『正式な身分ってのは何だい。連邦軍に入れってことか?』
「契約を守って協力した後に、少なくとも申請していただいた全員について連邦側が身分を保証する。どの道を選ぶかはその時に話す。そこまで書面に残してあります」
『口だけじゃない、と』
「ゴップ大将名義です。俺が明日いなくなっても文書は残りますよ」
シーマはもう一度最初から文面を確認した。
『レイブンに同行しろってことは、あんたらの監視下に入れって意味でもあるね』
「そうです。でも、こっちも補給した相手が翌日に消えてまた商船を襲ったら困ります」
『正直すぎて腹が立たないのが嫌だね』
「ありがとうございます?」
『褒めてないよ』
画面の外から声がして、シーマがそちらを見る。何人かで話しているらしい。少し待った後、彼女は椅子へ座り直した。
『条件を一つ確認する。あたしの部下を勝手に引き抜かないこと。命令系統はあたしが持つ』
「契約中はそれで。ただし、作戦全体ではうちの指示に従ってもらいます」
『当然だね。金と飯をもらって勝手に動くほど図々しくはないよ。それから、使い潰すような命令は断る』
「それも書き加えられます。無茶な命令に何でも従え、じゃ傭兵契約にならないですから」
シーマがようやくはっきり笑った。
『変な隊長だね、本当に』
「契約しますか?」
『焦るんじゃないよ。こっちは二十五人の命を乗せるんだ』
そう言って、シーマは画面の外へ視線を向けた。今度はさっきまでより長く、部下たちと話している。少しして、シーマは画面の外へ向かって何かを確認し、それから俺を見る。
『いいだろう。乗るよ、その話。あたしらはレイブンに同行する。海賊稼業も止める。その代わり、書いたことは守ってもらう』
「もちろんです」
『破ったら?』
「その時は中佐が好きなだけ文句を言ってください」
『文句で済むと思うなよ』
そこだけは妙に楽しそうだった。契約書へシーマ側の認証が入り、正式に成立した。投降でも加入でもない。今のところは、連邦軍と海賊だった二十五人が契約を結んだだけだ。
それでも数時間後、進路を取ったレイブンの後方にはリリー・マルレーンとパプワが続いていた。昨日まで商船を襲っていた二隻が、今日はうちの艦についてくる。
変なことになったとは思う。
でも、口約束だけよりはずっとましだった。