作戦区画へ入ると、正面表示には月と、その周囲を移動する艦艇の航跡が映し出されていた。ラーディッシュから送られた観測結果に、アーガマとアルビオンが拾った反応が重ねられている。さっきの戦闘からまだ大きく時間は経っていない。それでも、表示される艦影は明らかに増えていた。
ブライトはアムロ、カミーユ、エマが揃うのを待ってから、月面側へ伸びる複数の航跡を指した。
「最初に拾ったのはラーディッシュだ。アルビオンの外周索敵にも別の部隊が掛かっている。進路変更した艦が一隻や二隻なら哨戒交代も考えられるが、この数では無理がある。まだ断定はしないが、フォン・ブラウン方面への大規模な移動と見るべきだ」
「ドゴス・ギアも動いてるのか?」
「月側へ寄っている。ただ、あの艦がいるから誰が指揮している、とまでは決めつけない。問題は、こちらがアーガマだけじゃないと分かった上で、それでも押し込めるだけの戦力を動かしていることだ」
エマも外周側の表示へ目を向けた。アルビオンの担当範囲でも艦艇の反応が増えている。
「前の偵察とは規模が違いますね。こちらの配置を探るだけなら、ここまでまとめて動かす必要はありません」
「私もそう見ている。ヘンケン艦長とシナプス少佐には、それぞれの正面で警戒を上げてもらっている。こちらも出撃準備へ移るが、その前にもう一つある」
通信担当がレイブンからの優先記録通信を表示した。画面に出たレンは、月へ向けて航行中のレイブン艦橋にいる。
『こちらレイブン、イズミ大佐です。ブレックス准将の件で、アーガマから必ず伝えてほしいことがあります。暗殺の可能性を考えてください――いや、それでは足りませんね。来る前提で護衛を組んでください。護衛を増やす、移動予定と経路を伏せる、同じ経路を使わない、会議先や滞在先を事前に確認する。准将を一人にしない。できることは全部やってほしいです』
普段より硬い声だった。レンは、軍情報として暗殺計画を確認したわけではないと断った。その上で、ブレックスはエゥーゴの軍事だけでなく政治の中心でもあり、艦隊を一つ潰すより本人を消した方が早いと考える人間がいてもおかしくない、と続ける。
『俺の考えすぎなら、何も起きなかったで終わります。その方がいいです。ただ、警戒してくださいでは足りません。襲撃者が来るものとして守ってください。その強さで、クワトロ大尉へ伝えてください』
映像が終わると、カミーユが少し間を置いて口を開いた。
「根拠がないと言いながら、暗殺まで来る前提で守れ、ですか。ずいぶん強く言いますね」
「レンは確認してないことを確認済みみたいに言う奴じゃない。その上でここまで言うなら、本人の中ではかなり危険だと見てるんだろう。昔から、あいつがこういう言い方をする時は軽く扱わない方がいい」
ブライトも頷いた。
「ジャブローの時も情報源までは分からなかったが、警告を無視せず備えた意味はあった。今回も暗殺計画があると事実認定することはできない。それでも、ブレックス准将の立場とティターンズがこれまで取ってきた手段を考えれば、警備を一段上げる理由には十分だ。地球側へ安定した回線をすぐ通せる状況じゃないから、まず護衛に入る予定のクワトロ大尉へ回す。レンの記録もそのまま付ける。こちらで『警戒を強めてくれ』程度に薄めたら意味がない」
返答が届いた頃には、艦内はすでに出撃準備へ入っていた。
『警告は受け取った。現地側にも護衛増員と予定の秘匿を要求する。准将には私から直接話そう。移動経路も見直す』
「レン大佐は、襲撃そのものを前提にしろと言っている。通常の警備強化だけで済ませるな、という意味だ」
『分かっている、ブライト艦長。私も護衛に入る。こちらで可能な限り手は打つ。レン大佐には、軽く扱うつもりはないと伝えてくれ』
クワトロは警告を聞き流してはいない。それでも、自分が護衛に入れば近づけさせないという自信は声に残っていた。アムロには、いかにもシャアらしい返事に聞こえた。
その直後、ラーディッシュから新しい観測結果が届いた。艦艇の周囲からMSの反応が次々と分離していく。十を越え、十五を越えても止まらない。
「現在二十七機を確認。後方艦周辺にも分離前の反応があります」
「前の八機とは全然違う……」
「前は本当に見に来ただけだったってことだな」
アムロが言うと、ブライトは三艦の配置を見ながら指示を出した。
「この数なら、一方向へ固めてくるとは限らない。アーガマは中央を維持する。こちらからはアムロ、カミーユ、エマ、アポリー、それにレコアを出す。ラーディッシュとアルビオンにも総数を共有してくれ。担当範囲は各艦長の判断を優先する」
◇
数時間後、デルタガンダム改の正面モニターには月面と、その上を横切る多数の推進光が映っていた。
ラーディッシュは月面側、アーガマはその後方中央、アルビオンは外周。三つの指揮グループは同じ侵攻部隊を相手にしながら、それぞれの正面を持っている。アーガマからはデルタ、Z、Mk-II、リックディアス、メタスの五機。アルビオン側からもライラを先頭にユウ、コウ、キースの四機が展開していた。ラーディッシュ側のMSを加えても、敵影の方が明らかに多い。
『アーガマ、こちらラーディッシュ。北側十一機。可変機らしい反応が一。残りはマラサイと連邦系に見える機体が中心だ。後方に艦艇二』
「確認した。中央へ流れた機体はこちらで取る。無理に外まで追わないでくれ」
続いてシナプスから、アルビオン外周に八機、そのさらに外を回る艦が一隻いると共有が入る。残る八機がアーガマ正面へ来ていた。前方に以前交戦した可変機と同型らしい反応が二、その後ろにマラサイが三、さらに見慣れた黒紺の機体が三機混じっている。
「クゥエルか……?」
外形は見間違えようがない。推進の立ち上がりも、姿勢変更から次の射撃へ移るまでの時間も、アムロが知っている初期のジム・クゥエルとは違う。
『中央前方八。可変機二、マラサイ三、クゥエル三』
「見えてる。クゥエルも昔の機体だと思わない方がいい。動きが良くなってる。カミーユは右の可変機を見てくれ。エマ中尉とアポリーは中央、レコアはアーガマ側へ抜ける機体を優先してくれ」
『了解です。可変機だけ追いかけないようにします』
『中央は任せてください』
『こっちは艦側を見ておくわ』
アムロはデルタを加速させた。正面の可変機二機は、こちらが距離を詰めた途端に左右へ割れる。その後ろからマラサイとクゥエルが月面側へ高度を下げ、残る機体がアーガマ隊を正面から押さえに来た。
前回とは違う。誰か一機がアムロを止めようとしていない。注意を引く機体、月面へ抜ける機体、その援護に回る機体が最初から分かれている。アムロが一機へ食いつけば、別の機体が進める配置だった。
「可変機を追わなくていい。月面へ行く方を止める!」
デルタを反転させ、マラサイへ一射する。相手はすぐに軌道をずらし、その間へクゥエルが割って入った。ライフルの光が一瞬前までデルタのいた場所を抜く。アムロが撃ち返すと、クゥエルはシールドで受けず横へ滑って射線を外し、そのまま再び月面側へ機首を戻した。
旧型の名前だけで動きを決めつければ危ない。
そこへメタスが一射し、クゥエルの進路を外へ振る。Mk-IIも別のマラサイへ射撃を重ねた。右側ではカミーユのZが可変機とすれ違い、追ってきたマラサイをアポリーが牽制する。五機で八機を受けているだけでも、一機を押し返した場所へすぐ次が入ってくる。
アムロが一機の脚部推進器を撃ち抜いた直後、アルビオン側から二機が中央へ流れてきた。
『こちらライラ。二機そちらへ抜ける。こっちは残りを持つ』
「見えた。中央で取る」
一時的にアーガマ正面は十機。アポリーとメタスが流れてきた二機を拾い、アムロは目の前の敵を捨てずに済んだ。共有表示を見ると、アルビオン側ではライラとユウが前を支え、コウとキースは二人の後ろへ固まらず、アルビオンへ抜ける線を埋めている。数で押されながらも、誰か一機が崩れた場所へ全員が寄るような動きはしていなかった。
その直後、月面側の共有表示へ新しい反応が四つ加わる。
『後方艦から追加発進を確認。四機、月面方向へ加速中!』
最初の二十七機だけではなかった。追加されたのはマラサイ系が中心に見える。ハイザックも残っているが、前へ出てくるのはマラサイとクゥエルの比率が高い。
「三十一機か……」
カミーユの声が入る。
数だけではない。敵はアムロやZへ一機ずつ挑んでこない。一群を崩せば、その後ろから次の組が入り、アーガマ隊が一方へ寄れば別の組が月面へ高度を落とす。途中からは六機前後が同時に動き、正面で押さえる組、フォン・ブラウンへ向かう組、艦へ圧力を掛ける組に分かれ始めた。
こちらの戦力を把握した上での数だった。
「これだけ持ってきたなら、最初から俺たちをまとめて押し切るつもりか」
その直後、正面表示の地球側に、新しい友軍識別が四つ増えた。その識別は、レイブンから先行してきたMSだった。アルコル、ガーベラ・リファイン、ネティクスII、ジム・レゾルート。少し遅れて、母艦の識別も戦術表示の後方へ入る。
『アーガマ、こちらレイブン。戦域を確認しました。中央とアルビオン外周の間へ入ります。シナプス少佐、今の位置は維持できますか』
『こちらアルビオン。問題ない。外周はこのまま持つ』
「アーガマも中央を維持する。こちらへ抜ける機体は引き受ける」
『了解です。こっちは間を埋めます』
長い打ち合わせはなかった。レイブンが戦域へ入る前から索敵情報は共有されている。どこに敵が多く、どこが薄いかさえ分かれば、それぞれが自分の正面を持てる。ティターンズ側もすぐに動いた。中央寄りにいた七機が進路を変え、レイブンと先行した四機へ向かう。マラサイとクゥエル系に、あの可変機と同じ形が一機混じっていた。
「向こうも見てるな」
『七機も行きますよ』
「放っておく理由がない。こっちも前を空けるな、カミーユ」
アムロはデルタへ寄ってきたクゥエルへ一射した。相手は射線を外すと、そのまま追わずに距離を取る。後ろのマラサイが代わって前へ出た。ここまでの動きを見ても、相手は一機に付き合わなくなっている。
その間に、レイブンの艦砲が二度走った。七機の先頭を狙ったものではない。後方寄りの二機へ砲撃が集中し、二機が大きく軌道を外す。前の五機との距離が開いた。
そこへアルコルが入り、長いライフルから一射した。五機の最後尾にいたマラサイが回避へ入ったが、背部推進器を撃ち抜かれ、急速に速度を失う。レンは止めを刺しに戻らず、その横を抜けて前の四機へ距離を詰めた。
一機がアルコルへ向き直ると、反対側からガーベラ・リファインが入った。シーマ機は撃ち合いに付き合わず、一射させてから横へ流れる。敵がそちらへ機首を向けた時には、月面へ抜ける側へレゾルートが回っていた。
クリスは近づいてくるクゥエルへ二射した。一発目はかわされ、二発目もシールドの端を削っただけだったが、敵はそのまま進めず高度を変える。そこへネティクスIIのビットが広がった。
ビットは一機へ殺到しない。二基が外側へ回り、残りがクスコ機の近くに残る。クゥエルが一基へ射撃を返すと、ビットは攻撃を続けず軌道を外して戻った。それでも敵は正面だけを見ていられなくなる。
四機で七機を正面から押し返しているわけではなかった。艦砲で一度に当たる数を減らし、MSはその間に位置を取る。敵が別方向へ逃げれば、そこにはアルビオン側の戦域がある。
『外へ二機流れる。ライラ大尉、そっちへ行きます』
『見えている。こちらで取る。外周は崩さない』
レイブン側から外れたマラサイとクゥエルが、アルビオン側へ向きを変えた。ライラ機とユウ機が迎えに出るが、二機とも同じ敵へ寄らない。ライラがマラサイを引き受け、ユウはクゥエルの進路へ入る。後ろではコウとキースのレゾルートがアルビオンへ抜ける線を残さず広がった。
マラサイがライラを避けて中央へ戻ろうとしたところで、ライラの一射が胴体を抜いた。爆発を横に、ユウはもう一機のクゥエルへ向きを変え、ライフル腕と片側の推進器を続けて壊す。動けなくなった二機へは構わず、コウが前へ出た分をキースが埋め、四機はすぐ外周の形へ戻った。
アムロはクゥエルの射撃をかわしながら、その動きを何度か視界の端で追った。
自分がBLACK RAVENにいた頃から、編隊で戦う訓練は多かった。レンだけが前へ出て、残りがその後ろをついていく部隊でもなかった。それでも、今見えている動きは当時より速い。
レイブン側とアルビオン側は別々に戦っていたはずなのに、戦域が接した途端、どちらがどこまで見るかを話し合う時間がほとんどない。一機が位置を変えれば、その後ろを別の機体が埋める。仕留められそうな敵でも、追えば別の場所が空くなら途中で捨てる。逆に、自分が追っていた相手を別の機体へ渡すことにも迷いがない。
強いパイロットが多いだけでは説明がつかないと思ったところで、カミーユの声が飛んだ。
『アムロさん、右!』
カミーユの声にデルタを沈める。横から来たマラサイのビームが上を抜けた。アムロは機体を返し、一射でライフルを持つ腕を飛ばす。損傷機を追わずに中央へ戻ると、今度はZの側へクゥエルが回り込もうとしていた。
「カミーユ、その一機は俺が見る。前の可変機を深く追うな。押し戻したら中央へ戻せ」
『分かってます。こいつもさっきから付き合う気がないです』
「なら、こっちも付き合う必要はない」
Zが可変機を追うのをやめて機首を戻した。相手も無理に追ってこない。その代わり、後ろにいたマラサイ二機が月面側へ降り始める。エマのMk-IIとアポリー機がすぐそちらへ向かった。
アーガマ正面でも、敵はまだ多い。レイブンへ七機を振った分だけ圧力は軽くなったが、戦闘可能な反応は全体でまだ二十を大きく越えている。ラーディッシュ側でも交戦は続いており、フォン・ブラウンへ向かう流れそのものは切れていなかった。
再びレイブン側を見ると、可変機がクリスへ回り込もうとしていた。ガーベラ・リファインがそれまで相手にしていたクゥエルを離れ、可変機へ射撃する。シーマが空けた位置にはアルコルが入り、クゥエルの進路を外へ振った。
次の瞬間、ネティクスIIのビットが別方向から入る。直撃はしなかったが、クゥエルは回避のためさらに外へ出た。アルコルは追わず、今度はクリスへ近づいていたマラサイへ機首を向ける。
「……ずいぶん仕上がってるな」
『BLACK RAVENがですか?』
「ああ。強い奴が多いのは前からだが、今は誰かが動いた後に穴が残る時間が短すぎる。レンが一機ずつ指示してたら、あの速さにはならない。何を守るかを全員が分かってるから、次に空く場所まで先に見てるんだろう」
話している間にも、アルコルが一機のマラサイを正面から外へ追い出し、ガーベラ・リファインがその内側へ入った。クリスは二機の間を抜けようとした敵だけに射撃し、クスコはビットを広げすぎない。誰も同じ一機へ重なっていない。
そこへ、外へ流れていたクゥエルが急に進路を変えた。アルビオン側へ寄ると見せて反転し、レイブンの艦側へ戻ろうとする。別のマラサイも同時に向きを変えた。
レイブンの対空砲火が先に上がり、二機は直進できない。アルコルは一機を追うが、もう一機には向かわなかった。月面側から戻ってきたクリスがそちらへ入り、シーマはさらに外にいる可変機を見続けている。
敵も何度か攻める場所を変えた。レンへ二機を寄せ、次はクリスへ向かい、ビットが広がればクスコ機へ射撃を集める。だが狙いを変えるたび、BLACK RAVEN側も受け持つ相手と位置を変えた。ひとつの形へ固執しない分、崩す場所を絞りにくい。
アムロの正面でも同じだった。ティターンズはアムロやZへ一機ずつ勝負を挑まず、前に出る組と援護する組を入れ替えながら月面へ圧力を掛け続けている。
「カミーユ、中央の三機を一度押し返す。俺が下を取る。Zは上、エマ中尉たちは艦側を頼みます」
『了解です。今度は追いませんよ』
『こちらも見ています。アポリー、レコア、艦側を空けないで』
デルタを加速させる。下へ回ったクゥエルが撃つより早く機体を横へ振り、すれ違いざまに肩口へ一発入れた。クゥエルが姿勢を崩す間に、Zが上からマラサイへ射撃する。一射目で相手がかわした先へカミーユがもう一発を置き、胸部を貫いた。残る一機はMk-IIとアポリー機の射線を嫌って距離を取り、そのさらに外を回ろうとした機体へメタスが牽制を入れる。
中央へ向かっていた一群はそこで勢いを失った。
アムロが中央へ戻る頃には、戦況表示の形が変わり始めていた。ティターンズの前衛が少しずつ距離を取り、損傷機を後ろへ回している。だが全体が退いているわけではない。無傷の機体は中央から南側へ寄り、艦艇の位置もそれに合わせてずれていた。
『アーガマ、こちらラーディッシュ。南側へ回る艦影を確認した。こちらの正面も一部が同じ方向へ移っている』
「了解した。こちらから追わない。中央を保ったまま動きを見る」
ブライトの指示がアーガマ隊へ回る。
『追撃はするな。敵は撤退じゃない。南へ軸を移している。残弾と推進剤を確認して、動ける機体は位置を組み直せ』
アムロはデルタの残弾表示を確認した。まだ余裕はある。Z、Mk-II、メタスもアーガマへ戻り切らず、南側へ向きを変え始めていた。
レイブンの四機も追撃しなかった。アルコルが先に月面側へ位置をずらし、ガーベラ・リファインとレゾルートが間隔を取り直す。ネティクスIIのビットは一度機体近くへ戻された。外周ではライラ隊もアルビオンを基準に配置を組み直している。
正面表示の南側で、十機近い敵反応がまとまり、その後ろを艦影が追っていた。さらに月面寄りでは別の反応が高度を下げ始めている。アムロもデルタを南へ向け、次の接触に備えて残弾表示を閉じた。
メッサーラが全然出てこない