続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第74話 数瞬の差

 レイブンが迎撃航路へ入ってから、正面表示の予測線はほとんど動かなくなっていた。コロニーの進路はグラナダを横切ったまま、その周囲には護衛機と随伴艦の反応が重なっている。ノエルさんが表示へ二か所の候補域を重ねた。

 

「外から確認できる範囲では、軌道変更に使える可能性があるのはこの二か所です。制御系まで生きているかは、現場で見ないと分かりません」

「十分です。アーガマにも同じ情報を回してください。俺とシーマ中佐が出た後は、艦橋をお願いします」

「了解です。必要な情報はこちらでまとめますから、戦闘に入ったら細かい更新まで全部拾おうとしないでください」

「分かってます」

 そこでシーマ中佐が席を立った。

「本当に分かってるかは怪しいけどね。まあいい、行くよ。ここで見てたってコロニーは曲がらない」

 

 レイアム大尉へ発進後の位置取りを任せて格納庫へ降りると、アルコルとガーベラ・リファインはすでにカタパルトへ回されていた。後続機も発進準備を終えつつある。作戦の細部は艦橋で済ませている。俺はコックピットへ収まり、機体の状態だけを確認して発進許可を待った。

 

 ◇

 

 カタパルトを離れると、コロニーの大きさが一気に現実味を増した。まだ距離はあるのに、巨大な円筒は正面モニターのかなりを占めている。後方ではいくつもの噴射光が断続的に瞬き、今も軌道を維持するための力が加えられていた。あれだけの質量を最後に壊せばどうにかなる、なんて考えは0083でとっくに捨てている。

 

『アーガマは中央右から入る。ラーディッシュはその外側を受け持つ。推進区画へ向かう機体は、現場で使用可否を確認してから作業に入れ』

『ラーディッシュ了解。右外側はこちらで見る』

 

 ブライトさんとヘンケン艦長の通信が交わされる間にも、敵は待ってくれなかった。正面から来たマラサイへ一射返し、回避に移った横を抜ける。追おうとした二機目には別角度から味方の射撃が入り、こちらへ向き直る動きが止まった。

 

『レン、そのまま行きな。左はあたしが引っ張る』

 

 シーマ中佐のガーベラ・リファインが三機の前を横切り、最初の一機へ射撃する。追った敵が中央から外れ、残る二

機も援護のために引かれた。撃墜を急がず、戻ろうとした時だけ射線を差し込んでいる。

 

「お願いします。接近組の方はクリスさんたちに任せます」

『もう見てるわ。前を開けて』

 

 クリスさんの返答の直後、右側へ回ろうとした敵機が軌道を変えた。ネティクスIIのビットが横へ出ていた。クスコさんは敵を追い回さず、作業側へ寄ろうとする時だけ別方向から射線を作っている。その隙にエマ中尉のMk-IIと後続機がコロニーへ距離を詰めた。

 

 外周では別の敵反応が増えたが、中央まで流れ込んではこない。少し遅れてアルビオンから交戦開始の報告が入り、戦術表示の端でライラ大尉たちの反応が広がった。そちらへ意識を割く必要はなかった。増援が中央へ来ていないなら、それで十分だ。

 

 俺も正面へ戻ろうとする一機を追い払い、さらにコロニーへ近づく。こちらが一機を止めている間に別の味方が前へ出て、その前へ来た敵をまた誰かが受ける。派手な突破口が開いているわけじゃない。それでも、コロニーへ向かう機体の位置は少しずつ前へ動いていた。

 

 その流れを断つように、一つの反応が正面から急速に近づいてきた。細く畳まれた可変機が、他の護衛機とは明らかに違う加速で突っ込んでくる。両腕のシールドから二本のビームが続けて伸びた。一本目を沈んでかわし、二本目に合わせて横へ振る。すれ違いざまにライフルを返したが、相手はそのまま抜けず、バインダーの推力で軌道だけを大きくずらして射線から外れた。

 

「ギャプランか」

 

 俺がコロニーへ向き直るより早く、ギャプランはもう一度進路へ割り込み、今度は変形しながら速度を落とした。MS形態へ移ったところでサーベルが振り下ろされる。

 

 こちらもサーベルで受け、正面から押し合う前に力を逃がして斬り返した。ギャプランは片側のバインダーで受けると、その衝撃が残っているうちに反対側を噴かして横へ滑る。姿勢を立て直すための間がほとんどない。そのまま距離を取りながら、男の声が共通周波数へ割り込んできた。

 

『黒いガンダム。さっきから見てたが、お前だけ動きが違うな。BLACK RAVENのレン・イズミか? 面白い。やっぱりただもんじゃねえな』

「人の名前を聞くなら、そっちも名乗ってくださいよ。それと、こっちはあなたと遊びに来たわけじゃないんですが」

『ヤザン・ゲーブルだ。これで文句はねえだろ。任務だってんなら、俺を振り切って行ってみろ!』

 

 言葉が終わる前にギャプランがMA形態へ戻った。真正面から来ると見せて途中で横へ滑り、こちらが回避へ入った側へ二射目を重ねてくる。さらに外へ逃がして追撃へ転じようとした時には、もう距離を取られていた。コロニーへ向けば先回りされ、ギャプランへ向き直れば自分から離れる。単純に速いのではなく、俺がどこへ行きたいかを見て、自分の位置を決めている。

 

 これが最強のオールドタイプ筆頭といわれる男か。

 

 二度、三度と進路を変えても同じだった。振り切るために加速すれば追いつき、こちらが捕まえようとすれば射撃へ戻る。戦術表示の中央では作業側が前進を続けているのに、俺だけが少しずつ外へ押し出されていた。

 

「シーマ中佐、ギャプランに捕まりました。こいつは俺が受けます。そっちはそのまま進めてください」

『見えてるよ。あんたが一機にここまで付き合わされるのも珍しいね。こっちは気にしなくていい、戻ろうとする奴はこっちで止める』

「助かります。無理なら言ってください」

『そっちこそね。強がって落ちられたら後が面倒だ』

 

 シーマ中佐の言葉どおり、左側の敵は中央へ戻れていない。クリスさんたちの側でもコロニー外壁へ近づく反応が前へ動いている。それなら、ここでヤザンを引き受けておく方がまだいい。

 

 俺は一度大きく加速し、ギャプランを外へ引いた。追ってきたところで速度を落とし、振り返りざまに二射する。ヤザンは一発目を避けながら二発目の射線まで外し、そのままMS形態へ変わって距離を詰めてきた。こちらがサーベルへ持ち替える時間まで見ていたような踏み込みだった。

 

 刃を受けて横へ逃がす。斬り返した時にはヤザンはもう引き、離れ際にバインダーから一射を置いていった。かわし切れず、ビームが左肩の装甲表面を焼く。動作に支障はないが、警告表示が一つ増えた。

 

『今のを外すか。いいな、お前。機体が速いだけじゃねえ。こっちが合わせても、まだ次が出てくる』

「そっちこそ、初見でここまで合わせてくる人は久しぶりですよ。正直、かなりやりづらい」

『はっ!そいつは光栄だな。ならもっと付き合え!先へ行きたきゃ、俺を退かしてからにしろ!』

 

 ヤザンの声は楽しそうだったが、攻撃はむしろ慎重になっていった。接近しても無理に押し切らず、こちらが反撃へ移る瞬間だけ距離を外す。射撃へ持ち替えれば、その間に自分の得意な距離へ戻る。最初の数合でアルコルの速さを見た後は、機体性能へ張り合うのではなく、俺が操作を切り替える瞬間を狙い始めていた。

 

 こっちもギャプランの変形とバインダーの使い方には慣れてきている。それでも差が縮まらない。俺が相手の一つを読めるようになる間に、ヤザンもこちらの一つを拾ってくる。いつもなら数回の応酬で作れるはずの余裕が、いつまで経っても生まれなかった。

 

『作業班、第一候補区画へ到達。外壁の状態確認に入ります』

 

 ノエルさんの報告が入った。ほぼ同時に中央へ向きを変えた敵反応が増えたが、そちらへ意識を向けた瞬間、ギャプランのビームが正面を掠める。

 

『余所を見る余裕があるのか、レン・イズミ! 俺を相手にしながら他まで見るなら、その分も動いてみせろ!』

「あなたが任務を忘れて俺に付きまとってるだけでしょう!」

 

 距離を取ろうとしても、今度はヤザンが離さなかった。MA形態で追いつき、こちらが迎撃へ向けばMS形態へ戻って間合いを潰してくる。何度も加減速を繰り返したせいでアルコルの推進剤も普段より早く減っていたが、ギャプランも同じだけ無理をしているはずなのに攻めの精度が落ちない。長引けば先に崩れるとは期待できそうになかった。

 

 再び踏み込んできたギャプランが右のサーベルを振る。受けた直後に左腕が動いたが、さっきまでのヤザンにしては素直すぎる。俺は下がらず、二撃目を待った。案の定、左の刃は途中で止まり、代わりにバインダーがこちらを向く。撃つならもっと早い。照準を合わせるための動きにしては、左腕を隠す位置が良すぎた。

 

 ヤザンがバインダーを引いた瞬間、その陰から左のサーベルが走った。だが、そこまでは読めている。俺は刃が振り切られる前にアルコルを沈め、外へ逃げるのではなくギャプランの懐へ潜り込ませようと操縦桿を倒した。

 

 その入力より、機体の方が僅かに早かった。

 

 想定していたより一瞬早くアルコルの高度が落ち、サーベルが頭上を抜ける。その分だけ姿勢を戻す必要がなくなり、俺はすぐに右腕を振り上げた。返した刃へヤザンがバインダーを割り込ませ、ギャプランが火花を散らしながら後ろへ逃れる。

 

『……今の返してくるか!』

 

 ヤザンの声を聞きながら、自分の右手へ一瞬だけ目を落とした。今の攻撃は読めていたし、回避も俺が選んだ。だが、その通りに動き始めたのは、俺が入力を終えるより先だった。

 

 バイオセンサーの反応が出ている。

 

 考える暇もなく、ヤザンが距離を取り直した。さっきの返しでバインダー表面を浅く削ったが、ギャプランの動きは鈍っていない。むしろ、こちらの反応が変わったことを確かめるように一度MA形態へ移り、今度は真正面を外して大きく回り込んでくる。

 

『今のは何だ。急に返しが早くなったな』

「俺にも説明できませんよ。気になるなら、少し離れて見ててください」

『冗談じゃねえ。分からねえなら、なおさら近くで確かめる!』

 

 左から来ると見せた機体が途中でバインダーを噴かし、下へ滑る。俺は機首ではなく移動方向を追い、アルコルを半歩遅らせてからサーベルを振った。ヤザンはそれを読んでMS形態へ戻り、刃を受けずに身を捻る。そこまでは今までと同じだったが、反撃へ移ろうとした瞬間、アルコルの右肩がまた入力より僅かに先に動いた。

 

 俺が決めた軌道から外れたわけではない。ただ動き出しだけが早く、その分だけヤザンの切り返しへ余裕を残して追従できる。だからといって相手が急に遅くなるわけでもなく、次の瞬間にはギャプランのバインダーがこちらへ向いていた。至近距離からの一射を完全には外せず、ビームがライフルの先端を弾き飛ばす。照準表示が乱れたのを見て、俺は使えなくなった武器を捨ててサーベルへ持ち替えた。

 

『撃つ物が減ったな。どうする、そのまま斬りに来るか?』

「そうしてほしそうですね」

『来いよ。さっきの動きがまぐれじゃねえなら、もう一度見せてみろ!』

 

 挑発へ乗るように踏み込み、途中で推力を切る。ギャプランは正面から受けずに上へ抜け、俺が追うと見て射線を落としてきた。そこで追わずにコロニー側へ機体を返すと、ヤザンもすぐ意図に気づき、再び進路へ回り込んでくる。

 

『第一候補の推進区画、制御系の一部が生きています。核パルス推進器を軌道変更に使える可能性あり。作業班は接続を継続しています』

 

 ノエルさんの報告へ、シーマ中佐の声が続いた。

 

『こっちはまだ持つ。中央へ戻ろうとしてる連中はクリスたちが押さえてる。作業を止めるな』

 

 戦術表示へ一瞬だけ目をやると、外周から中央へ寄ろうとしていた増援は途中で進路を崩していた。アルビオン側の反応が広がり、随伴艦から出た機体を外へ押し返している。細部まで追う必要はない。あちらが持っているなら、俺は目の前を持たせればいい。

 

 ヤザンも作業側の動きには気づいていた。ギャプランが一度だけコロニーへ向きを変えたため、俺は前へ出てその進路へ入る。だが相手はその反応を待っていたらしく、すぐに機首を返してこちらへ突っ込んできた。作業側へ行く気があるのか、俺を動かすために見せているだけなのかを最後まで曖昧にしたまま、サーベルとバインダー射撃を切り替えてくる。

 

『任務が気になるんだろ。だったら俺から目を離すな。どっちか一つにしろ!』

「嫌ですよ。両方やるために来てるんですから」

 

 返した直後、ギャプランがMS形態のまま距離を詰めた。俺もサーベルを正面へ出し、二合、三合と打ち合わせる。ヤザンは力押しに見せながら、接触のたびにバインダーの噴射で軸をずらしてくる。まともに受け続ければこちらだけ姿勢を崩されるため、二撃目を流し、三撃目は受けずに下へ抜けた。

 

 抜けると決めた瞬間、アルコルの腰がまた先に沈む。今度は驚かなかった。俺が選んだ動きを勝手に変えているわけではない。なら、その僅かな先行まで含めて使う。

 

 下へ抜けた勢いを殺さず、ギャプランの背後へ回る。ヤザンは振り向くより先に片側バインダーを噴かし、機体ごと横へ逃がした。こちらの斬撃は装甲を浅く削っただけだったが、初めて回避に余裕がない。

 

『はっ、そう来るか! さっきまでより早えぞ!』

「こっちも慣れてきたんですよ」

『その程度じゃねえだろうが! まあいい、まだ追いつける!』

 

 言葉どおりヤザンは離れず、むしろ間合いを詰める時間を短くしてきた。こちらの反応が早くなったなら、その前に判断そのものを急がせるつもりらしい。アルコルが俺の代わりに答えを選んでくれるわけではない。迷えば、その間まで勝手に埋めてくれるものでもなかった。

 

 それを知るはずもないのに、ヤザンは戦いながら一番嫌なところを突いてくる。

 

 俺は無理に速度を合わせるのをやめた。ギャプランの機動へ付き合って同じだけ推進剤を吐く必要はない。コロニーと作業側を背負わない角度だけを維持し、相手がこちらへ来る時だけ短く動く。ヤザンが大きく回れば、その分だけ俺は中央へ戻る。何度目かの接近では射撃間隔が少し伸び、バインダーの噴射も最初ほど長く続かなかった。こちらも余裕はないが、向こうも無限に動けるわけではない。

 

『点火準備、最終確認に入りました。推進方向は計算値に合わせます』

 

 ノエルさんの報告に続いて、ブライトさんの声が共有回線へ入る。

 

『各隊、作業区画への接近を許すな。点火後すぐに軌道を再計算する』

 

 その直後、コロニー後方の噴射光が一度途切れ、数秒置いて別の位置から強い光が伸びた。巨大な構造物が目で分かるほど急に曲がるわけではない。それでも戦術表示の数値は更新され続け、グラナダへ重なっていた予測線がゆっくりずれていく。

 

 ヤザンもそれを見たらしく、通信に一瞬だけ舌打ちが混じった。

 

『……やりやがったか』

 その声が消えるより先に、ノエルさんから再計算結果が入った。

『暫定計算出ました。現在の推力が維持されればグラナダへの直撃コースを外れます。追加補正は必要ですが、都市部への衝突予測線は外れました』

 

 作戦としては、そこで大きな山を越えた。だがギャプランは離脱へ向かわない。残った推力を叩き込むように、こちらへ真っ直ぐ加速してくる。

 

『コロニーは外れたらしいな。だが、お前との決着まで終わったわけじゃねえ。ここまでやって途中で引けるか、レン・イズミ!』

 

 俺もサーベルを構え直した。さっきまでと違って、もうギャプランを振り切って前へ出る必要はない。これまでヤザンは、その必要を利用して先回りし、こちらの進路を縛っていた。なら今度は、前へ行かなくていいことをそのまま使える。

 

 正面から来るギャプランへ一度だけ加速する。ヤザンも速度を上げ、すれ違う直前にMA形態からMS形態へ移った。斬り合いへ入ると思ったのだろうが、俺はそこで推力を切った。

 

 相対速度が崩れ、ギャプランだけがわずかに前へ出る。ヤザンはすぐ片側のバインダーを噴かし、横へ逃げようとした。その動きはこの戦闘の中で何度も見ている。同じ位置関係から行き過ぎた時、ヤザンが先に使っていた側も覚えていた。

 

 追いかけず、アルコルを止めた位置からサーベルを振る。腕を動かそうとした瞬間、機体の肩が僅かに先に回り、刃が横へ逃げ始めたバインダーの付け根へ入った。装甲が裂け、噴射光が乱れてギャプランの姿勢が大きく崩れる。

 

『くっ……! そこを狙ってたか!』

 

 ヤザンは壊れた側をかばうように機体を振り、残ったバインダーだけで強引に姿勢を戻した。普通ならそこで離れるところだが、サーベルを持つ腕はまだこちらへ伸びてくる。

 

 俺は下がらず、振り下ろされる刃を外すと決めた。その瞬間にもアルコルは入力より先に上体をずらしたが、今度はその余裕をそのまま反撃へ回す。こちらのサーベルを短く返し、ギャプランの肩口を斜めに抜いた。腕そのものを落とすほど深くは入らなかったが、サーベルを振る動きが止まり、機体の姿勢もさらに乱れる。

 

 片側バインダーを大きく損傷し、腕部まで傷めた状態では、さっきまでと同じ戦い方はできない。ヤザンもそこは誤魔化さず、残った推力で距離を取りながらこちらへ正面を向けた。

 

『……レン・イズミ。覚えたぞ。次は必ず潰す』

「別に忘れても構いませんよ。ヤザン・ゲーブル」

『また会おうぜ!』

 

 ギャプランは片側の姿勢制御を補いながら向きを変え、随伴艦側へ離れていった。速度は落ちているが、自力で戻れるだけの推力は残っている。こちらも推進剤には余裕がなく、主目的はすでに達成している。完全に目をつけられてしまった。正直面倒くさい。

 

『作業区画、追加補正を継続中。敵護衛は後退を始めています』

 

 ノエルさんの報告とほぼ同時に、シーマ中佐たちも敵との距離を広げ始めた。外周の反応も後退へ移り、アルビオンは追わずに回収位置へ戻っている。ブライトさんからも、作業機と損傷機の回収を優先する旨が共有された。

 

 俺もアルコルをレイブン側へ向けた。左肩と脚部の警告に加え、ビームライフルは失った。推進剤もかなり使っているが、帰投には問題ない。それより気になるのは、戦闘中に何度も出たあの先行反応だった。

 

「ノエルさん、アルコルでまた例の反応が出ました。今回は一度じゃないです」

『了解しました。帰投後にクリス少佐と整備班にもログを確認してもらいます。今はそのまま戻ってください』

「そうします」

 

 そこで別回線からブライトさんの呼び出しが入った。戦闘後の確認にしては声が硬い。

 

『レン、こちらで問題が起きた。サラ・ザビアロフが管理区画からいなくなっている。艦内記録と出入りを確認中だが、脱走と見ている』

「いつです?」

『まだ確定していない。戦闘中のどこかだ。方法も分からん。分かり次第共有する』

「了解しました。こちらから推測で話を広げるのはやめておきます」

 

 通信が切れたあと、最初に引っかかったのは、どうやって脱走できたのかということだった。俺が覚えている元の流れでは、サラが逃げる時にはカツが関わっていたはずだ。だが、今のアーガマにカツはいない。それでも管理区画から姿を消したというなら、俺が知っている経緯とはもう違う。誰かの手を借りたのか、自力で抜けたのか、それすら今は分からなかった。

 

 レイブンの誘導灯が正面に入る。俺は残量表示を確認して速度を落とし、アルコルを着艦進路へ乗せた。

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