アルコルをレイブンへ戻してから間もなく、コロニーの追加補正が終わり、グラナダへの衝突予測線は完全に外れた。敵も後退し、追撃はせずに損傷機と作業機を回収する。アルコルは左肩と脚部を中心に修理へ入り、失ったビームライフルも予備へ交換されることになった。
格納庫へ降りると、クリスさんが戦闘ログを確認していた。
「先行動作は記録に残ってる。今回は回数もあるから、該当部分だけ切り出してナナイさんたちへ回すわ」
「分かりました。ここで再現試験は?」
「しない。原因がバイオセンサーなのは分かってるんだから、今必要なのは条件を調べること。機体の修理を先にするわよ」
それなら俺から付け足すこともない。アルコル自体は普通に運用できる。記録が取れたなら、詳しい話は研究する人間に任せればいい。
サラさんの脱走についても、アーガマから新しい確定情報は来ていなかった。
◇
研究艦へ向かう前に、俺はブライトさんへ一つだけ進言した。
「今後ティターンズの内情を探る時でも、相手の懐に潜り込ませるやり方は、避けた方がいいと思います」
『理由を聞こう』
「問題なのは今ティターンズの中枢の一人であるパプテマス・シロッコ大佐ですね。彼は強いニュータイプだというのがわかっています。だからって頭の中まで読めるわけじゃないですが。強い相手なら緊張や敵意、不自然さくらいは拾うことがある。本人の懐へ入って看破される危険を負うより、別の方法で情報を取った方がいいです」
ブライトさんは少し考えてから答えた。
『シロッコについて、何か確証があるわけではないんだな』
「はい。俺自身の経験から、軽く見ない方がいいと思ってるだけです。相手を探るために、戻れなくなる場所まで入る必要はないでしょう」
『分かった。そういう案が出ても、潜入を前提にはしない。別の手段と支援を先に考える』
「お願いします」
これ以上具体的に言えば、理由の説明がつかなくなる。今の段階ではこれで十分だろう。
◇
それから数日、レイブンは大きな戦闘に遭わず航行を続けた。アルコルの修理と武装補充もその間に終わり、予定していた研究艦が正面モニターへ入った頃には、格納庫の作業も一段落していた。
「……思ってたより大きいですね」
コロンブス改を基礎にした船体が複数つながり、その間へ居住区画や研究区画が増設されている。輸送艦を改造したというより、いくつかの船を一つの施設へまとめたような姿だった。MS用のハンガーも見える。
連邦の正式予算と設備だけで作ったものではない。議会内で協力してくれた人間が予算確保に動き、居住や生活基盤にはセイラさんの出資も入っている。A.E.からは研究機材や通常のMS技術が入り、旧研究所からも正式に使える資料や協力可能な人員を受け入れている。
普通なら、これだけ違う経路を一つへまとめるのは難しい。今の連邦が割れているから通せた部分も大きかった。
それでも作る必要はあった。ニュータイプも、強化人間も、サイコミュも、研究所を閉じれば消える技術じゃない。なら、人を壊すやり方から切り離して、理解し管理できる場所を残しておいた方がいい。ほっとくと何するかわからない。
接近中、研究艦の周囲を警戒するMSが何機か見えた。A.E.から出ている初期試験班が、試作装備の評価と護衛を兼ねている。情報にはペッシェの名前もあった。BLACK RAVEN直属ではないが、ここを無防備なままティターンズにいかれるよりはずっといい。
レイブンが接舷すると、アルコルはそのままMSハンガーへ運ばれた。ここなら整備だけでなく、試作部品の加工や装着、制御調整と初期評価くらいまではできる。新型MSを一から作る工廠ではないが、今の俺たちには十分だった。
戦闘ログは通常評価分と分け、バイオセンサーに関する記録だけアクセスを絞った研究区画へ回した。A.E.の技術者も出入りする以上、最初から区切っておく方がいい。
ハンガーへ入ると、アルコルの横に細長いシールドが一基置かれていた。裏面には可動部と小型の推進器が収まり、先端近くには小型ビーム砲らしい開口部もある。
「これ、前から進めてた追加装備ですか?」
「ええ。アルコル本体の評価と並行していたものです」
技術担当が簡単な表示を出した。
「防御用のシールドに、姿勢変更を助ける補助推進とビーム砲をまとめています。普通の追加装備ですよ」
「考え方はギャプランのバインダーに近いですね」
「開発を始めたのは、その戦闘より前ですからね」
「分かってます。数日でこれを出された方が怖いです」
クリスさんは横から接続部を確認し、特に構える様子もなく言った。
「固定と制御が通れば、あとは実際に動かして合わせればいいでしょ。補助推進だけ先に確認するわよ」
「了解です」
装備は予定していた位置へ取り付けられ、コックピットの表示に項目が一つ増えた。機体を固定したまま入力すると、シールドが指定した範囲で動き、補助推進にも正常に指令が通る。
「問題なさそうですね」
『今のところはね。細かい調整は動かしてからでいいわ』
「じゃあ、それで」
確認を終えてコックピットを降りると、整備員たちはもう次の作業へ移っていた。俺もアルコルを任せ、研究区画へ向かう通路へ足を向けた。
研究区画はハンガーより静かだった。扉を二つ抜けた先で、ナナイさんが端末を開いて待っている。レイブンから送ったログはもう届いていた。
「受け取りました。今回は記録量がありますけど、条件を一つに絞れるほど単純ではなさそうです」
「急がなくていいです。A.E.へ渡す分とは分けてますよね?」
「もちろん。通常の機体評価に必要な範囲だけです。こちらは権限を持つ人間しか見られません」
「それならお願いします」
見る人間を増やせば答えが早く出るものでもない。そこはナナイさんに任せ、俺は研究艦の運用状況を聞いた。
「医療も機体関係も、元の所属が違う人ばかりなので最初は手続きの方が大変でした。ただ、今は同じ場所で相談できる利点の方が大きいですね」
「普通なら同じ研究所にいない人たちですもんね」
「ええ。その分、考え方まで同じではありませんけど」
「そこは私も確認しておきたい」
振り返るとローレン博士が立っていた。博士は俺たちの端末を覗こうとはせず、そのまま続ける。
「研究歴なら私はナナイ君より長い。それでも新しい案件は彼女へ先に回り、私の提案には確認が一つ多い。必要な措置なら従いますが、基準は知っておきたい」
「年数だけで任せる範囲は決めてません。ナナイさんには、これまで任せて問題なかった範囲を続けてもらってます。博士にも必要な仕事があるから、ここへ来てもらったんです」
「では、私にも裁量が増える可能性はあると?」
「もちろん。実際の仕事を見て広げます。ただ、本人の意思を無視して研究を進めることは、誰に任せる場合でも認めません」
博士は少し考えてから頷いた。
「分かりました。私も研究を止めるつもりはありません。内容を確認しながら続けますよ」
「お願いします」
不満が全部消えた顔ではなかったが、博士はそれ以上食い下がらず、自分の端末へ視線を戻した。
◇
居住区へ回ると、研究区画とは空気が違った。本棚と机が並び、問題集を広げる子の横で別の子がカードをしている。医療スタッフが通っても、誰も特別に身構えなかった。
「レンだ」
一人に見つかると数人が寄ってきた。
「ここ、前より飯が多い。でも野菜も増えた」
「そこは我慢してください」
「検査も、何するか先に言ってくれるよ。嫌だったら今日はやめるって言っていいって」
「勉強は増えたけど」
「それは俺に言われても減りませんよ」
文句と報告が混ざっているくらいがちょうどいい。礼を言うために並ばれるより、ずっと普通に見えた。
少し離れた机にはキョウがいた。年下の子に本を見せていたが、俺に気づくとこちらへ来る。
「お兄ちゃん、もう仕事終わったの?」
「まだ。ちょっと見に来ただけ。ここはどう?」
「悪くないよ。レイブンより広いし、同じくらいの子もいる。人が多いから、たまにごちゃごちゃするけど」
それなら聞いておいていいだろう。
「キョウ。ここで暮らすっていう選択肢も考えてみないか?」
「私だけここに残るってこと?」
「残らなきゃいけないって話じゃない。レイブンに戻ってもいい。ただ、あそこは軍艦だし、俺たちが戦闘に出れば一緒に動くことになる。ここなら同年代もいるし、生活や勉強の場所もある。今までより選べるようになったから聞いてみただけだよ」
キョウは少し考えてから俺を見た。
「お兄ちゃんはレイブンに戻るんでしょ?」
「俺は戻るよ」
「じゃあ今すぐは決められない。ここは嫌じゃないけど、レイブンも嫌いじゃないし」
「今すぐじゃなくていい。ここにいる間に考えて。戻りたいなら一緒に戻ればいい」
「うん。それなら考える」
奥からキョウを呼ぶ声がした。さっき一緒にいた子が、本を持ったまま手を振っている。
「続き読んでって」
「行ってきな」
「あとでね、お兄ちゃん」
キョウは子供たちのところへ戻った。俺も次の予定が残っている。返事は、レイブンへ戻るまでに聞けばいい。