レイブンが別行動に移ってからも、アーガマの周囲が静かになったわけではなかった。グラナダへ向かっていたコロニーは落下軌道を外れたが、アレキサンドリアは戦力を残したまま退いている。ラーディッシュとは連絡を取り続け、BLACK RAVENのアルビオンも警戒を分担していた。
俺が格納庫へ降りたのは、次の出撃に使う装備の話を聞くためだった。エマ中尉のガンダムMk-IIの前で、整備員がGディフェンサーの運用表を広げている。エマ中尉自身は黙って聞いていたが、表示を見て少し眉を寄せた。
「別々に発進して、合流後に結合するんですね。で、Gディフェンサーを動かす人員は?」
「まだ調整中です。専任で出せる者が決まれば、この案で進められます。ただ、戦闘に入ったあとで合流できなかった場合は、Mk-II単独で対応してもらうことになります」
「それで本当に結合する機会があるのかな?」
俺が横から言うと、整備員が表示をこちらへ向けた。機体の問題ではなく、発進から合流までの手順が気になった。実際の戦場では、二機が近づいて姿勢を合わせる間にも敵が撃ってくる。Gディフェンサーの護衛を別に出せば、その分だけ他の場所が手薄になる。
「専任の操縦者もまだいないんだろう? だったら最初からMk-IIに結合して出せないのか?」
「発進前に、ですか?」
「ああ。エマ中尉が一人で装備ごと使えるなら、戦場で待ち合わせる必要はない。もちろん、発進と回収ができることが前提だけど」
整備員はすぐには頷かなかった。機体を見上げ、今度は出撃経路の表示を開く。エマ中尉もそこへ寄った。
「Mk-IIだけの時より大きくなるわ。操縦の反応も変わるし、発進時に無理がないかは確かめておきたいです。それに、状況によっては単独の方が動きやすいでしょう」
「だったら両方選べるようにすればいい。今日は一緒に出るか、別々に出るか。その判断を毎回整備班と決めればいいんだ」
「なるほど。結合を前提に出る時だけ、先に準備を済ませておくのね」
エマ中尉は少し考えたあと、整備員に向き直った。
「確認をお願いできますか。結合した状態で出せるなら、私は一度その形で動かしてみたい。難しいなら無理には進めません」
「了解です。まず発進側と回収側に確認します。機体の方も接続部を見ておきます」
そこへカミーユがやってきた。話の終わりだけを聞いたらしく、GディフェンサーとMk-IIを交互に見ている。
「最初からくっつけて出すんですか? それなら出撃直後からロング・ライフルを使えるわけですね」
「使えることと、撃っていいことは別よ。あなたが近くを飛ぶなら、なおさら射線を見なきゃいけないわ」
「分かっています。でも、射撃を待つために合流する必要がないなら、その分だけ僕も自由に動けます」
「自由に動くのはいいけど、味方から見える位置にいてくれ。君のZは思ったより動くからな」
「アムロさん、そんなに勝手に飛び回るつもりはありませんよ」
自分の機体のこととなると、カミーユはすぐに言い返してくる。エマ中尉が小さく笑ったところで、俺は二人に任せて格納庫を出た。運用を変えるならブライトにも話しておかなければならない。使うのはエマ中尉だし、最後は本人が納得できるかどうかだ。
◇
発進と回収の条件が整ったあと、エマ中尉は結合した機体を一度動かしてみた。帰投後、格納庫で俺を見つけると、開口一番こう言った。
「単独のMk-IIより姿勢の戻し方に気を遣うわ。でも、最初からこの状態で出られる利点は確かにある。これなら私が使えると思います」
「無理に勧める気はなかったけど、エマ中尉がそう判断するならいい。整備班の方は?」
「発進と回収は問題なしだそうです。ブライト艦長にも話して、今後は結合して使う任務なら事前に準備してもらうことになりました」
それなら俺から付け足すことはない。エマ中尉は整備担当へ次の出撃予定を伝えに戻った。
アレキサンドリアの動きを捉えたという報告が届いたのは、その頃だった。
ブライトのいる作戦区画へ行くと、正面の表示に三隻の位置が出ていた。アーガマとラーディッシュ、その外側にアルビオン。アルビオンの進路は俺たちとは離れていたが、索敵結果は共有されている。ラーディッシュの前には、旧ジオン軍のグワジン級の残骸が大きく表示されていた。
「アレキサンドリアは退くはずじゃなかったのか?」
「そのつもりなら、こちらへ進路を変える必要はない。あの残骸を挟んでラーディッシュに寄ってきている」
艦体の大半を失ったグワジンの周りには、大きな破片がまだ残っていた。艦砲の射線を遮るには十分な大きさだが、MSなら隙間へ入り込める。ラーディッシュがあれを避けて大きく回れば、今度は敵との距離を詰められる。
『こちらラーディッシュ。残骸には深入りしない。敵のMSが出てくるようならこちらでも迎撃する』
「了解しました、ヘンケン艦長。アーガマからもMSを出します。こちらは残骸の外側から援護します」
『頼む。あの残骸、見た目以上に厄介だ』
続いてアルビオンのシナプス少佐から連絡が入った。外周を回る敵機の反応があり、ライラ隊を出せるよう準備しているという。
『こちらの警戒範囲は本艦で受け持ちます。ラーディッシュ側へ増援を回されそうなら知らせます』
「お願いします。アーガマはラーディッシュの前を押さえます」
ブライトが通信を終えると、俺たちに目を向けた。
「アムロ、ヤザンのギャプランが出てくるかもしれん。レンとの交戦記録は読んだな」
「読んだ。あの腕なら、修理が終われば出てくるだろう」
「出てきたら頼む。ただし、敵を追いかけるためにラーディッシュを空けるなよ」
「分かってる。カミーユには外側を見てもらう。エマ中尉は射撃支援に回ってくれればいい」
◇
発進した時、ラーディッシュは残骸の外縁をかすめる航路へ移っていた。大きなグワジンの船体が視界の片側を塞いでいる。壊れた艦は動かないが、その周りに散ったものまで止まっているわけじゃない。互いの相対速度を考えると、迂闊に破片の間へ入る気にはなれなかった。
『敵MS、残骸側から接近。二機、確認』
「カミーユ、外の一機を頼む。俺は残骸寄りを押さえる」
『了解です。アムロさんも気をつけて』
『エマです。こちらはラーディッシュの前を見ます。二人とも、私の射線に入る時は知らせて』
「分かった」
エマ中尉はすでにラーディッシュ側へ位置を取っていた。合流を待つ必要がないのは思った以上に都合がいい。ハイザックの接近方向を見ながら、撃てる位置へゆっくりと移っている。
最初のハイザックへライフルを向けた時、別の機影が残骸の向こうから飛び出した。畳んだ機体に大きなバインダー。ギャプランだ。横から飛んできたビームをかわすと、ギャプランはそのまま俺の外側を通り、ラーディッシュへ寄る角度を探った。
俺が先にその間へ入ると、相手は一射だけ残して上へ逃れた。速いが、逃げる方向までは自由にならない。次に撃つために向きを変える間へ、こちらから短く二発返す。ギャプランはバインダーを振ってかわし、射撃を中断した。
そこへ突然、共通周波数から男の声が入った。
『おい、レン・イズミはどうした? あの黒いガンダムは出てこねえのか』
ヤザン・ゲーブル。交戦記録の声と同じだった。わざわざ外へ聞かせるように送っている。
『……なんだ、いねえのか。あれだけやり合って、もう顔も見せねえとはな』
「レンはいない。ここを通りたいなら俺を相手にしてもらう」
『ほう。あんた、ずいぶん言うじゃねえか。名前くらい聞かせろよ』
「アムロ・レイだ」
『アムロ・レイ……。へえ、そうかい。あのアムロか。こいつは面白くなってきたな』
ヤザンの声に笑いが混じる。その余裕とは逆に、ギャプランの動きが変わった。先ほどはラーディッシュへ抜けようとしていたのに、今度は俺の射撃を誘うように細かく方向を変える。機首は別へ向けたまま、バインダーの噴射だけで位置を変える。こちらが撃てばその瞬間を狙うつもりだ。
付き合わずに、ギャプランがラーディッシュへ戻れる位置だけを塞いだ。ヤザンは二度攻める角度を変えたが、どちらも撃つ前にこちらの照準を受けることになり、攻撃を切った。三度目は残骸を盾にして姿を消す。その向こうでハイザックが動き、俺の右を抜けようとする。
「カミーユ、残骸側に一機回ってる。そっちから見えるか?」
『見えます。でもこっちにも一機います。すぐには行けません』
「分かった。俺の方で押さえる」
ハイザックは前へ出てきたものの、射撃する前にこちらへ気づいて向きを変えた。撃墜するまでもない。追わずにギャプランへ機首を戻す。そこへヤザンが突っ込んできた。
ビームの発射光が見えるより前に、何かが近づいてくる嫌な感覚があった。どこへ来るかまで分かるわけじゃない。だが、ギャプランのバインダーが向き直るのを見た時には、もう俺は回避へ動いていた。二本のビームが機体の脇を抜ける。俺はそのまま相手の切り返す位置へライフルを置き、短く撃った。
ギャプランが機体を沈める。完全には避けきれず、片側のバインダーの外装が弾けた。追撃へ移ると、ヤザンは射撃を切って残骸の向こうへ逃れた。
『……へえ。いいじゃねえか。今のを返してくるとはな』
感心したような声だったが、もう真正面から来る気配はない。戦いを楽しんでいても、不利な勝負を続ける男じゃないらしい。俺は外へ出るのをやめ、ラーディッシュの方へ戻った。
その判断が間に合ったのは、エマ中尉が一機を牽制してくれていたからだった。MkⅡの長い射撃が、艦へ近づこうとしたハイザックの横を通る。相手は機体を大きく振り、照準を捨てて逃れた。エマ中尉は追撃せず、もう一機の接近へ備えて砲口を移す。
『カミーユ、あなたの側へ一機回るわ。残骸の陰から出るところよ』
『見えました。こっちへ来るなら受けます』
カミーユのZが飛び出した。ハイザックは気づいて先に射撃したが、Zは速度を落とさず残骸の側面を抜け、上から一射を返す。撃たれた敵は姿勢を崩し、二射目を避けるためにラーディッシュから離れた。カミーユもそれ以上は追わず、次の敵を探している。
外周には別の敵機が三つ映った。アルビオンの表示と重なり、ライラ大尉たちが迎撃へ出ているのが分かる。外側の一機はアルビオンへ近づこうとするたびにライラ機へ向きを変えさせられ、援護の僚機から射撃を受けて退いた。そこを別の敵が通ろうとしたが、ライラ機は無理に追わず位置を保ち、アルビオンへの接近だけを断ち切った。
『こちらライラ。外周の三機はこっちで見る。そちらへ一機でも抜けたら知らせるよ』
「助かる。こっちはラーディッシュを下げるところだ」
『了解。こちらも艦から離れすぎないようにする』
アルビオンからラーディッシュへの連絡が共有された。シナプス少佐は、自艦の回収位置を変えながら外周警戒を維持するという。戦術表示上ではアルビオンがアーガマとは別の進路を取っていた。俺たちも同じところへ集まるわけにはいかない。
残骸の向こうから、アレキサンドリアの反応が大きくなってきた。ラーディッシュが避ける方へ進んだのに、敵艦まで進路を寄せている。艦砲を通す角度を探しているのか。
『アムロ、敵艦の動きが変わった。ラーディッシュを外へ逃がす。前方のMSを押さえてくれ』
「了解。エマ中尉、ラーディッシュの後ろへ回ってくれ。俺とカミーユで前を見ます」
『分かったわ。艦の進路に射線が重ならない位置へ移る』
エマ中尉が下がるのを見て、俺は敵MSへの距離を詰めた。ギャプランの反応は残骸の陰へ消えている。まだ帰投したわけじゃない。ヤザンがこのまま引くとは思えないが、だからといって俺が探し回るわけにもいかなかった。
次の瞬間、グワジンの裂けた船体の向こうが明るくなった。アレキサンドリアの砲撃だ。ビームが残骸の一角を破壊し、大きな装甲片がラーディッシュの進路へ飛び出す。味方のハイザックまで巻き込まれかけ、一機が慌てて回避した。
「ブライト、敵艦が撃ってきた。ヘンケンの前が塞がれてる!」
『確認した。ラーディッシュには進路変更を伝えた。アムロはMSを近づけるな』
「分かった!」
Zが破片の外側へ回り、残ったハイザックを牽制する。俺はラーディッシュとの間へ滑り込み、再び攻撃しようとした機体へ一射した。敵が離れてくれれば、それで十分だった。
その時、ギャプランが残骸の向こうから再び現れた。俺へ来るかと思ったが、今度は違う。加速する先には、ラーディッシュの後ろへ移ったエマ中尉のガンダムMkⅡがいた。
俺が進路を変える間にも、ヤザンはMkⅡへ射撃を浴びせた。エマ中尉が一度横へ逃れ、ロング・ライフルを構えると、ギャプランは残骸とは反対方向へ大きく旋回した。こちらへ戻るでも、ラーディッシュへ突っ込むでもない。エマ中尉の注意を引いたまま、アレキサンドリアへ向かっている。
『アムロ少佐、ギャプランがこちらへ来ています。ラーディッシュとの間は私が押さえます』
「分かった。ただ、あいつは射撃の切れ目を狙ってくる。無理に追うな」
『ええ。分かっています』
俺も追おうとしたが、残骸の際から出たハイザックがラーディッシュへ向けて撃ち始めた。放っておけば、航路を変えている最中の艦へ当たる。俺はそちらへ一射返し、敵が回避する間にラーディッシュとの間へ入った。カミーユが横から助けに来ると、ハイザックは二機を相手にできず、銃を下ろして退いていく。
『アムロさん、ギャプランがアレキサンドリアの方へ抜けています!』
「見えてる。カミーユはラーディッシュを頼む。俺はエマ中尉の方へ回る」
デルタ改を加速させたところで、ギャプランが突然速度を落とした。逃げるなら不自然な動きだった。アレキサンドリアの艦影がその向こうに入る。ヤザンはエマ中尉の射界から外れるわけでもなく、こちらの出方を待つように向きを変えた。
何をする気だ。さっきまで俺の前では、一度もこんな止まり方をしなかった。
『こちらエマ。ギャプランがこちらへ向き直ったわ。ラーディッシュに近づける前に撃ちます』
MkⅡが姿勢を安定させた。狙いを定めた時には、ギャプランがまた動き始めていた。バインダーの砲口がこちらへ向く。エマ中尉のロング・ライフルが光ったのは、その直後だった。
ビームの発射を見たギャプランが、横へ跳ねるように避けた。機体を外した光は、さらに奥へ走る。アレキサンドリアの艦首を越え、艦橋のある場所で激しい閃光が上がった。艦影が一瞬白くつぶれ、次に見えた時には艦橋の上部がなくなっていた。
『敵艦、艦橋に被弾! アレキサンドリア、主砲の発射を中断しました!』
アーガマから報告が来る。俺はデルタ改の速度を落とし、炎と破片を噴き出している敵艦を見た。あそこには敵の指揮官も乗っているはずだ。いま誰が生きているのか、こちらには分からない。
エマ中尉から、少し遅れて通信が入った。
『アムロ少佐、ギャプランには命中させられませんでした。あの機体、撃つ瞬間だけ……』
「見てた。エマ中尉はラーディッシュへ戻ってくれ。まだ敵のMSが残っている」
『……了解しました』
ヤザンのギャプランは爆発した艦橋の方へ機首を振り、しばらくその場にいた。帰投するわけでも、こちらへまた攻めてくるわけでもない。妙だと思った時、共通周波数から低い笑い声が聞こえた。
『……ふっ。まったく、よく撃つじゃねえか』
通信はそこで切れた。ギャプランが向きを変え、残骸の向こうへ消える。俺は追うのをやめ、ラーディッシュの前方へ戻った。敵艦が砲撃を止めても、残ったMSの動きまで止まったわけではない。
『こちらアルビオン。敵増援が後退へ転じています。本艦は現在位置を維持し、回収中の機体を援護します』
シナプス少佐の声が入る。戦術表示ではライラ隊がアルビオン寄りへ戻り始めていた。ラーディッシュも残骸の外へ抜けつつある。
アレキサンドリアの艦橋で上がった火はまだ消えていない。俺は戦術表示に残ったギャプランの航跡を開いた。あの位置から離脱する道は、ほかにもあった。それでもヤザンは、アレキサンドリアを背にした角度までエマ中尉を引きつけている。
『アムロ、ラーディッシュの回収位置が決まった。そちらへ戻ってくれ』
「了解。今戻る」
ブライトへの返事を終えても、俺はもう一度だけギャプランの航跡を見た。それから表示を閉じ、ラーディッシュへ向けてデルタ改を加速させた。