アレキサンドリアと交戦した宙域を離れてから、アーガマはラーディッシュと合流を保ちながら航路を変えた。指揮艦の一つは確実に落ちたはずだが。ヤザンのギャプランは逃してしまった。あの不自然な機動について、俺がブライトへ伝えられたのは見たことだけだ。
その報告を終えた翌日、地球側からクワトロ大尉の帰還予定が届いた。ブレックス准将の件で現地に残っていたが、こちらへ戻れる段取りがついたという。打ち上げ時刻は決まっていても、宇宙へ出たシャトルがどこで迎えと会えるかは別の話だった。ティターンズも動いている。俺たちが迎えに行くと分かれば、そこを狙われる可能性もある。
作戦区画ではブライトが地球側から送られた航路を広げ、ヘンケン艦長と回線をつないでいた。シャトルにはクワトロ以外にも乗員がいる。艇を分離したあとは帰路に就く予定だが、合流がもたつけば、その分だけ危険な場所に長く留まらせてしまう。
『ラーディッシュは先行して回収宙域の外側を押さえる。敵が来れば時間を稼ぐが、接近しすぎたら艦を下げるぞ』
「それでお願いします。アーガマはシャトルとの接触を優先します。こちらが動く先は逐次知らせますが、無理に合わせる必要はありません」
『分かった。クワトロには、今度こそ無事に帰ってきてもらわんとな』
ヘンケンの通信が切れると、ブライトは別の回線を開いた。アルビオンのシナプス少佐は、すでに周辺を警戒するため艦を動かしていたらしい。
『本艦は予定どおり外縁を担当します。回収宙域に大型火器を持ち込まれれば厄介ですから、ライラ隊もこちらで待機させます』
「助かります。ただ、アルビオンの警戒範囲を空けてまで援護に出てもらうつもりはありません。そちらの判断を優先してください」
『承知しています。異常があれば、こちらから連絡します』
ブライトは通信を終え、俺とカミーユに向き直った。
「シャトルは途中まで自力で上がり、最終的には小型の帰還艇を分離して接近する予定だ。大きな船体のまま寄せるより、その方がこちらで拾いやすい。ただし帰還艇は速度を変える余裕が少ない。会合点をずらされたら、アーガマが迎えに動くしかなくなる」
「なら、敵はシャトルを落とさなくても邪魔ができるな。俺たちが回収に手間取るだけでいい」
「ああ。アムロは帰還艇の近くへ出てくれ。カミーユは進入してくる敵を迎撃、エマ中尉には艦の前を見てもらう。敵に引っ張られて回収地点を空けるのは避けたい」
カミーユが航路を見つめながら、口を開いた。
「敵が最初からこちらの回収地点を知っていたら、僕らが着く前に待たれることもありますよね。迎えに行く方が目立つから」
「そうだ。だから三隻を同じ場所へ集めない。お前も深追いはするな。戻る場所は分かってるな?」
「分かっています。クワトロ大尉を迎えに行くのに、こっちが帰れなくなったら意味がないですから」
言葉はいつもより硬かった。カミーユはクワトロの腕を認めているが、それであの男を好きになったわけではない。俺もそのあたりに口を挟むつもりはなかった。
◇
地球の縁が視界の下を占める頃、帰還シャトルからの通信が届いた。打ち上げそのものは成功している。こちらの予測よりわずかに早く軌道へ乗れたらしく、ブライトは接触点を小さく修正した。
デルタ改で先行していた俺には、青白い地球を背に、シャトルの小さな光点が見えた。まだ距離はあったが、識別信号が合う。これなら予定どおりだと思ったところで、ラーディッシュから警告が入った。
『敵MS、四機。こちらの前を横切るつもりらしい。アーガマ、進路を変えるなら今のうちだ』
『こちらでも捕捉した。アムロ、帰還艇との距離を維持しろ。カミーユとエマ中尉で迎撃する』
ブライトの声に重なるように、アルビオンからも報告が来た。外側に、別の熱源が二つ。ほとんど動いていないが、出力だけが上がっているという。
『こちらライラ。接近してくる四機とは別口だね。長射程の装備を展開している可能性がある。こっちで調べる』
『了解した。情報を共有してください』
ラーディッシュの前へ出たカミーユのZが、先頭の敵へ向けて加速した。ガブスレイが一機、変形を解きながら迎え撃つ。すれ違いざまに双方のビームが走った。Zは旋回し、ガブスレイの背後へ回ろうとするが、もう一機のハイザックが間に入ってくる。カミーユは追撃をやめて両方の射線から離れた。
『アムロさん、こっちの先頭はガブスレイです。前に出させませんが、すぐには片づきません』
「分かった。シャトルはこちらで見てる。君は無理に二機とも相手にするな」
残る二機はエマ中尉が受け持った。MkⅡのロング・ライフルが遠くから火を噴き、敵が回避へ移る。その隙にラーディッシュが艦首をずらし、アーガマへ向かう航路を空けた。エマ中尉も一度撃っただけで位置を変える。機体が大きいぶん、同じ場所に居座れば狙われやすいのだ。
敵に引き寄せられるような戦い方を避けているのが、見ていて分かった。問題は外側にいる二機だった。アルビオンからの観測値が送られ、そこに長い砲身を抱えたハイザックの映像が重なる。砲は艦から離れた位置にあったが、帰還艇が予定どおり進めば、まっすぐ射線上へ入ってしまう。
「ブライト、外側の砲がこっちを向いてる。シャトルにも知らせてくれ。予定の進路に乗せたままじゃ危ない」
『もう連絡している。向こうは帰還艇を分離した。会合点を変更するぞ。アーガマを少し下げる』
ほどなく、シャトルから小型の帰還艇が離れた。母船は乗員を乗せたまま予定の退避航路へ移り、帰還艇だけがこちらの艦に向けて姿勢を変える。すぐにクワトロ大尉本人から回線が入った。
『アムロ少佐、聞こえるか。こちらは予定の艇に移った。操縦は問題ないが、そちらが動いたぶんだけ到着は遅れる』
「聞こえている。敵が待っているらしい。艇の推進剤は?」
『多少は残してあるが、君のデルタ改ほど自由には動けんよ。迎えは任せる』
「簡単に言うな。こっちも敵を抱えてるんだ。勝手に近道するなよ」
『承知した。今回は君の方が詳しい立場だからな』
冗談を言える余裕はあるようだ。俺はデルタ改を変形させ、帰還艇の外側へ回る。艇そのものは小さく、武器もない。近づきすぎればこちらの噴射で姿勢を崩させる。速度だけを合わせ、間に割り込んでくる機体を見張った。
警報と同時に、ガブスレイがカミーユのZを振り切ろうと加速した。俺たちを狙い直すつもりだ。Zが追いつき、背後から牽制したが、敵は変形を繰り返して距離を稼ぐ。カミーユは無理に後を追わず、俺たちとガブスレイの間へ回った。
『ここから先は通しません。アムロさん、帰還艇を先へ!』
「頼む。こっちはもう少しで合わせられる」
艇の進路を確認しようとした時、左下の警報が変わった。外側の長射程砲が発射準備に入っている。狙いはアーガマではない。回収のため速度を合わせたばかりの小さな艇だ。
『こちらライラ。射撃機を捕まえたけど、もう撃つ気だ! アムロ少佐、そちらの艇を逃がして!』
帰還艇が避けられる角度を確かめ、すぐに通信を開いた。
「帰還艇、いまの進路は危険だ。右側の補助噴射を使えるか?」
『使える。どの程度ずらせばいい?』
「今から指示する。……三、二、一、噴射!」
帰還艇が向きを変える。俺も隣で減速し、迫ってくる敵機の方へ機首を向けた。射撃位置を確保するために動いていたもう一機のハイザックが、こちらへ銃口を上げる。撃たれる前に一射した。相手は避けるしかなくなり、追いかける動きを止めた。
長射程砲の光が走ったのは、その直後だ。先ほどまで艇がいた場所を太いビームが抜けていく。帰還艇との間に距離はあったが、直撃していれば小さな艇など残らなかっただろう。艇の識別光が消えていないのを確認して、ようやく機首を戻した。
外周から別の閃光が上がった。ライラ隊の一機が射撃機の背後へ回り、その護衛を押し退けている。長い砲を抱えたハイザックは装備を切り離し、護衛機とともに離脱した。
『こちらアルビオン。長射程火器の脅威は排除。逃走機の追撃は行いません。アーガマ、回収を続けてください』
『了解。助かりました』
俺が振り返ると、カミーユとエマ中尉も距離を詰めていた。ガブスレイはZとの正面戦を避け、他の敵機と合流しようとしている。カミーユは追いかけかけたが、すぐに進路を戻した。
『敵は引いていきます。アムロさん、そっちは?』
「艇は無事だ。あと少しでアーガマへ入れる。君たちも戻ってくれ」
アーガマが速度を落とし、帰還艇を受け入れる姿勢を取った。誘導信号を確認したクワトロは、無理な噴射もせずに艇を滑らせていく。俺はその外をついて飛び、格納庫側から回収完了の連絡が入るまで目を離さなかった。
◇
格納庫を出た通路で、クワトロが待っていた。地上からそのまま上がってきたらしく、荷物は小さな鞄一つだけだった。軍服に目立つ乱れはない。こちらへ向けた顔も普段と変わらないが、少しだけ疲れが見えた。
「帰還早々、ずいぶん危ない目に遭ったな」
「君に迎えに来てもらえるなら、心強いとは思ったがね。あそこまで近づかれるのは予定外だった」
「俺たちにも予定外だったさ。ブレックス准将の件で地球側に残っていたんだろう。もう片づいたのか?」
「片づいたとは言い難い。警備の報告をまとめる人間は残してきたし、責任の所在もまだ調べている。ただ、私が地球に居続ければ何かが解決するという段階でもなくなった」
答えは慎重だった。准将の死を軽く扱っているわけではないだろうが、あの男が必要以上に悲壮な顔をして戻ってくる姿も想像できなかった。
「ブライトが待ってる。これからの話をするなら、俺より先に艦長のところへ行く方がいい」
「ああ。君には助けられた。……カミーユも無事かね?」
「無事だよ。すぐ戻ると思う。ただ、君に会って喜ぶかどうかは知らない」
「それは分かっているつもりだ」
そこで背後からカミーユが現れ、二人の顔を見た。クワトロが先に「迎えに来てくれて助かった」と言ったが、カミーユは小さく頷くだけだった。
「僕は任務で出たんです。クワトロ大尉が無事に帰れたなら、それでいいと思います」
「そうだな。君の言うとおりだ」
クワトロが先へ進むと、通路の向こうにレコアがいた。帰還の連絡を聞いて来たのだろう。大尉は彼女に軽く手を上げ、「戻ったよ。地上からの報告はあとで渡す」と声をかけた。レコアはほっとしたように笑いかけたが、続けて何か言う前に、クワトロはブライトのいる方へ歩き出した。
俺はカミーユと一緒に格納庫を離れ、それから作戦区画へ向かった。
ブライトは地球側から届いた情報と、クワトロが持参した報告を照らし合わせた。ブレックス准将を失ったことで、月の支援者や地上の協力者からは次の代表を早く決めるべきだという声もあるらしい。だが、その場で誰かを指名して終わる話ではなかった。
「現場の戦闘だけなら、俺たちが責任を持てる。しかし政治側の判断まで、アーガマの艦橋で決めるわけにはいかん」
「私も同感だ。准将がつないでいた相手は多い。あれを一人で引き継げと言われても、そう簡単な話ではない。彼らが何を望んでいるか、まず聞かなければならんだろう」
「そのために大尉へ連絡が集まるだろうな」
「便利な話だな。戻ったばかりの人間には、もう少し休息を認めてもらいたいものだが」
クワトロは口元だけで笑った。ブライトは笑わず、提出された報告の一つを指さした。
「ならば休む前に、地上側の引継ぎ先だけ教えてもらおう。これが分からないと通信が滞る」
「……やれやれ。君は相変わらず容赦がないな」
俺は二人を残して部屋を出た。廊下へ出ても、閉まりかけた扉の向こうではブライトが次の通信予定をクワトロに確認していた。
◇
その夜、艦内の連絡を済ませて居住区画を歩いていると、前方の扉が開いた。クワトロの私室だ。出てきたのはレコアだった。
夜も更けた時間だったし、手に資料や端末はない。レコアは扉を閉める前に髪を指で整え、俺に気づくと一瞬だけ立ち止まった。服装はいつもと同じだが、襟元を直す手つきに、こちらまで気まずくなった。
「……アムロ少佐。まだ起きていらしたんですね」
「ああ。ちょっと連絡が長引いて。レコアさんは?」
「私も、少し話をしていただけです。大尉は戻ったばかりですから、疲れているでしょうし」
後半は俺に説明するというより、自分へ言い聞かせているように聞こえた。扉の内側からクワトロの声がした。
「レコア、明日の報告は通常の回線に回してくれ。今夜はもう休む」
「……分かりました。おやすみなさい、大尉」
扉が閉まると、レコアは俺の前を通りすぎかけて、足を止めた。
「アムロ少佐。さっきのことは、別に……」
「何も聞いていませんよ。俺も部屋に戻るところです」
「……そうですね。お疲れさまでした」
レコアは小さく会釈し、通路の向こうへ歩いていった。俺は彼女が曲がり角を抜けるまで待ち、それから居室へ向かった。
ざわ…