契約書にシーマ中佐側の認証が入った翌日、さっそく面倒な問題が出てきた。
食料や医薬品、推進剤なんかの補給そのものはゴップ大将のところで手配が進んでいたけど、それを受け取るリリー・マルレーンとパプワは、昨日まで連邦から追われる側だった艦だ。IFFも識別信号も旧ジオン側のままで、そんな二隻を連邦軍の補給拠点へそのまま入れたら騒ぎになる。
結局、最初の補給はレイブンと軍の輸送艇を間に挟んで行うことになった。
「食料、医薬品、推進剤。要求にあった分は全部来てます。整備部品は一部だけ後送ですね」
ノエルさんが確認した一覧を見せてくれる。横ではジョブが整備側の担当者と部品番号を照合していた。ジオン系の機材は連邦側の在庫だけで何でも代用できるわけじゃないらしく、そこだけは少し時間が掛かりそうだった。輸送艇がリリー・マルレーンへ入ってしばらくすると、シーマ中佐から通信が来た。
『本当に全部持ってきたね』
「契約しましたから」
『分かってるよ。ただ、連邦軍が海賊との約束を律儀に守るとは思ってなかっただけさ』
「俺たちも、中佐たちが本当に商船を襲わなくなるかはまだ見てますよ」
『言うじゃないか』
相変わらず口は悪い。でも前みたいに、一言ごとにこっちの裏を探っている感じは少し減っていた。
『で、次は何だい。これで晴れて連邦軍の制服でも着ろって?』
「その前にIFFです。あと識別塗装」
『……塗装?』
そこだけ露骨に嫌そうな声になった。
話を詰めるため、シーマ中佐には一度レイブンへ来てもらった。映像越しでは何度か話したけど、直接顔を合わせるのは初めてだ。付き添いを連れてくるかと思ったら一人で来た辺り、度胸があるのか、こっちが今さら何かするとは思っていないのかは分からない。
ブリーフィングルームには俺とブライトさん、クリスさんも入った。
「先に言っとくけどね。艦を連邦色に塗れって話なら断るよ」
「そこまでは要求しませんよ」
クリスさんが端末をシーマ中佐の方へ向ける。
「問題なのは友軍識別です。IFFを書き換えても、目視確認で旧ジオン軍章が残っていれば現場が混乱します。特にMSは戦闘中に一瞬で判断されるので、識別帯と登録番号くらいは入れてください」
「ジオンの印を消して、連邦の犬だって印を付けろって?」
「味方だと分かる程度でいいです。全面塗装をする必要はありません」
「撃たれるのはあたしの部下だからね……そこまでならいいさ」
不満そうではあるけど、理由が友軍誤射なら話は早かった。リリー・マルレーンとパプワは旧ジオン軍章を消し、指定された識別帯と登録番号を追加する。MSも同じ扱いになった。元の機体色までは変えず、連邦軍の正規MSとは明確に違うままだ。
もう一つ詰めなければならなかったのが指揮系統だった。
「艦隊の航行と安全管理は俺が判断する」
ブライトさんが先に言った。
「艦内指揮まで口を出すつもりはない。ただ、隊形、航路、発進時刻、撤退についてはレイブンに合わせてもらう。勝手に離脱されると艦隊全体が危険になる」
「そこは構わないよ。けど、あたしの連中に直接命令を飛ばすのはやめてもらう。何かやらせたいなら、あたしに言いな」
「通常はそうする。緊急時だけは別だ。数秒を争う時に中継はできん」
「『緊急時』を便利に使わなきゃ、それでいい」
ブライトさんもそこで頷いた。俺が入るまでもなく、大体まとまってしまった。元は敵同士とはいえ、二人とも一年戦争を生き残った軍人だ。必要な線引きが分かっているなら、俺が間に立って余計なことを言わない方が早い。
「何だい、隊長さんは黙ってるのかい?」
「まとまってる話に口を挟むと怒られそうなので」
「多少は学習するらしいな」
ブライトさんに言われて、シーマ中佐が笑った。最初の共同任務は、それから間もなく入った。物資を運ぶ輸送船団の護衛だった。最近その航路で旧ジオン系MSによる襲撃が続いていて、ちょうど近くにいた俺たちへ回ってきたらしい。
話を聞いた時、シーマ中佐は通信の向こうで嫌な笑いをした。
『昨日まで襲う側だったあたしらに、今度は商船を守れって? 連邦もいい趣味してるじゃないか』
「契約したばかりで海賊退治なら、もっと趣味悪いですよ」
『それもそうだね。まあ、金と飯の分は働くさ』
敵は旧式MSが五機。輸送船団を左右から挟もうとしてきたところを、俺たちとシーマ隊で迎えた。
俺とクリスさんが正面を押さえ、シーマ側の三機が側面へ回る。機体の識別表示には昨日登録されたばかりの友軍符号が出ていた。見慣れた連邦機の反応とは違うけど、敵として警報が鳴らないだけでずいぶん楽だ。
『右の二機はこっちで止めるよ。そっちは船団へ寄せるんじゃないよ』
「分かってます」
シーマ中佐のゲルググMが一機を追い込み、後続が退路を塞ぐ。荒っぽいけど無茶ではない。敵の一機が武器を捨てたところで、その機体への攻撃もきっちり止まった。残った二機が船団とは逆へ逃げ始める。
『追えば取れるね』
「護衛優先だ。深追いするな」
ブライトさんの声が通信へ入る。
『聞こえてるよ、艦長さん。契約初日から逃げる気なんざないさ』
シーマ隊はそのまま反転した。戦闘が終わってみれば、輸送船に被害はなく、敵は二機撃破、一機投降、二機離脱。特別すごい戦果でもない。でも、そのくらいでよかった。シーマ隊は勝手なことをしなかったし、こっちもあの三機を危険な場所へ押し付けたりはしなかった。
最初の仕事として確認したかったことは、それで十分だった。
その後もリリー・マルレーンとパプワはレイブンの後ろを飛び続けた。何度か護衛をやり、投降した残党の武装解除に付き合い、小さな拠点を一緒に押さえた。最初の頃は作戦前に細かく確認していたことも、何度か繰り返すうちに必要なところだけ話せば通じるようになった。
シーマ中佐は相変わらず連邦を信用してはいなかった。補給品の数量は毎回きっちり確認するし、連邦施設へ部下を降ろす時は必ず自分の側で人数を把握していた。ただ、契約を破るようなこともしない。こちらが約束した物を出せば、向こうも約束した仕事をする。
少なくとも一緒に任務をやる分には、それで困らなかった。そんな状態が続き、気づけば0080年の終わりが見え始めていた。
その頃、ミライさんから話があると言われた。ブライトさんも一緒だったので軍務の話かと思ったけど、二人の様子がいつもと少し違う。
「レン君、次の寄港で私、レイブンを降りることにしたの」
「え?」
思わずブライトさんを見る。
「俺を見るな」
「いや、急だったので」
「急なのは俺も同じだ」
ミライさんが少し困ったように笑った。
「妊娠していることが分かったの。医務室とも相談したけれど、このまま前線艦で勤務を続けるのはやめた方がいいと思って」
「……ああ」
そこまで聞いて、やっと意味が全部つながった。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「ブライトさんも」
「ああ。ありがとう」
ブライトさんの返事だけ妙に硬い。
「艦の仕事を放り出すつもりはないわ。引き継ぎは済ませるし、必要な手続きも進めてる。でも、今回は私も降りるべきだと思ってるの」
「それなら、俺から言うことはないです。無理して残ってくださいなんて絶対言えませんし」
「そう言ってくれると思ってたわ」
次の寄港で、ミライさんはレイブンを降りた。大げさな送別会はしなかった。必要な人間が集まって見送り、ブライトさんは最後まで艦長として振る舞っていた。まあ、その後まで同じ顔だったかは俺の知るところじゃない。
ミライさんがいなくなっても任務は続いた。年が変わり、U.C.0081に入ってからも、やることは大して変わらない。終戦から一年が過ぎても、宇宙から武器を持った連中が消えるわけじゃなかった。
ただ、しばらくしてノエルさんが持ってきた報告は、いつものものとは少し違っていた。
「複数方面で残党部隊の活動が確認されています。単独で逃げ回っている集団ではなく、いくつかの部隊が連動している可能性があります。軍からも複数部隊へ出動準備が出ました」
「うちは?」
「周辺宙域の残党戦力と補給経路の確認、それと必要なら掃討。正式命令はまもなく来ます」
表示された資料を眺める。艦艇、MS、補給の痕跡。まだ全部が一つにつながっているわけじゃない。でも、今まで相手にしてきた数隻、数機の残党とは少し様子が違う。
ブライトさんも同じところを見ていた。
「準備だけは早めに始めておこう。命令が出てからでは遅い」
「ですね」
俺は端末を閉じた。
どうやら今度は、いつもの残党狩りだけでは済まなさそうだった。
シーマさんは口調を荒くして強く見せてるだけ(物理的には強い)でめちゃめちゃ安定タイプの人なので約束守ってちゃんとするとちゃんと返してくれるタイプ。
OVAと漫画と掘れば掘るほどいい人なんですよね