アーガマの食堂は、夕食の時間を過ぎたわりに人が残っていた。奥では整備員らしい二人が遅い食事を取っている。俺とアムロは飲み物を受け取り、窓際の空いた席に座った。
「それで、何が聞きたかったんだ? ヤザンのことなら、さっき話した以上のことは分からないぞ」
「そっちはもういいよ。ララァさんと赤ちゃんのことを聞きたかったんだ。三日に生まれたって連絡はもらったけど、顔を合わせてからまだちゃんと話してないだろ。改めて、おめでとう」
「ああ、ありがとう。二人とも元気だよ。ララァはこっちの心配ばかりしてるけどね。出産のあとくらい自分のことを考えてくれって言ったら、『私のことは自分で分かっています』って返された」
「はは、ララァさんらしいな。で、娘さんの名前は?」
「アニラ。アニラ・レイにした。安直かもしれないけど、俺とララァ、二人の名前を入れたかったんだ。いろいろ考えたけど、それが一番しっくりきた」
「いい名前じゃないか。二人で決めたなら、それで十分だろ」
「ララァも気に入ってる。画面越しだからまだよく分からないけど、肌と鼻は俺に似ていて、髪や目元はララァに似てる気がするんだ。親のひいき目かもしれないな」
そう言うアムロの顔を見て、少し安心した。ここへ来てから戦闘続きだったし、疲れがないわけではないだろう。それでも、娘の話をしている間は、いつもより表情が柔らかい。
「写真くらい見せてくれよ。せっかく会ったんだし」
「ああ、ララァが送ってくれたのがある。ほら」
差し出された端末には、小さな毛布に包まれた赤ん坊が映っていた。目は半分閉じていて、どちらに似ているかなんて俺にはまだ分からない。ただ、アムロが何度も見返したらしく、同じような写真が並んでいる。
「……お前、結構撮ってもらってるんだな」
「ララァが送ってくれるんだよ。僕がいない間に変わっていくからって。実際、三日と今じゃ少し違って見えるんだ」
「そりゃ毎日見たくなるよな。帰ったら本人に言ってやれよ、その話」
「言うさ。直接抱くのもまだだからな。……早く会いたいよ」
アムロは端末をしまい、冷めかけた飲み物を口にした。俺もそれ以上は茶化さなかった。
「そういうレンはどうなんだ。キョウは研究艦に残ったんだろ?」
「うん。本人が選んだ場所だし、あとは向こうに任せるだけなんだけどな。いざ艦を離したら、食堂が妙に静かに感じたよ」
「連絡は取れるんだろ。なら、そのうち向こうから何か言ってくるさ。お前が心配してる間にも、キョウは自分のことをやってると思うよ」
「そうだな。あいつのことだから、返事が遅いって怒られるかもしれない」
「それなら、早めに返してやれよ」
気づけば食堂に残っている人も少なくなっていた。時計を見たアムロが、ようやく席を立つ。
「そろそろ戻ろう。明日も早いんだろ?」
「ああ。今度は飯が出る時間に来るよ」
「そうしてくれ。飲み物だけじゃ、長話するにも腹が減る」
俺たちは食器を返し、食堂を出た。
◇
翌日の午後、レイブンへ戻っていた俺をノエルさんが呼んだ。アーガマから届いた情報を、彼女がすでに戦術表示へ整理している。
「大佐、アーガマから至急の照会です。スウィートウォーター側の観測情報がフォン・ブラウン経由で届きました。サイド2へ向かうティターンズのアレキサンドリア級が、ガス専門の補給艦と接触しています」
「船の種類は確かなんですか?」
「識別記録があります。ただ、何を受け渡したかまでは確認できていません。接触後も巡洋艦はサイド2へ向かっています」
表示には観測された時刻と、二隻が接近した場所だけが示されている。細部が分からないのは当然だ。それでも、場所と相手の組み合わせは十分に嫌だった。
サイド2の25バンチを狙ったG3作戦。俺が知っている元の流れでは、ティターンズは三十バンチのあとも毒ガスを使おうとした。先の事件では食い止められた。そして今回のは元々は止められる事件。だけど前の事件を止めたからこっちが止められませんでしたとなる可能性も捨てきれない、だからこそ今回の情報を見逃す理由がなかった。
「ブライトさんには直接話します。接続してもらえますか」
「はい。先方も大佐の判断を聞きたいとのことです」
すぐにブライトさんの顔が映った。後ろの表示には同じ航路情報が開かれている。
『レン、資料は見たな。ガスを積んでいたかどうかはまだ分からんが、どう思う?』
「三十バンチで何を運ぼうとしたか、俺たちは知っています。今回の積み荷が同じものかは分からない。でも、サイド2へ向かう軍艦にガス専門の補給艦が近づいたなら、放っておけません」
『私もそう考えている。向こうの動きだけで行き先のバンチまでは特定できていないが、住民のいる宙域だ。アーガマは接近して確かめるつもりだ』
「BLACK RAVENも向かいます。民間人への攻撃の恐れがあるなら、こっちも放っておけません。こちらで確認できた情報は全部共有します」
『助かる。ヘンケンには私から話す。お前たちも動くなら、出発時刻と航路を知らせてくれ。到着するまでに確認したことは、こちらからも送る』
「はい。現地で艦やMSが重ならないよう、位置だけは早めに合わせましょう」
通信を切ると、ノエルさんが新しい表示を開いた。接触した地点からサイド2までの推定航路だ。数字にまだ幅がある。それでも到着前に追いつけるかどうかを考えるには、十分な材料だった。
「ノエルさん、観測の続報を追ってください。それとサイド2の民間管制へ、アーガマ側から警戒を伝えられるか照会を。軍の連絡だけで済ませたくないんです」
「分かりました。ただ、民間管制に伝える情報は絞った方がいいですね。受け取る側の体制もまだ分かりませんから」
「ええ。不審な補給の観測があったことと、住民保護に必要な警戒の要請だけで。こっちの進路や戦力の話は出さないでください」
「了解しました。軍への速報には観測記録を添えます」
俺の知っている25バンチという数字を、この段階で軍の確定情報に書き込むことはできない。けれど、警告が一つのバンチにしか届かないのも困る。サイド2方面の居住区へ広く知らせる手段を探しながら、こちらも急がなければならなかった。
◇
レイブンの艦橋へ戻ると、レイアム大尉はすでに航路の候補を開いていた。ノエルさんから先に情報が回っているらしい。マウアーは中央への連絡文書を確認し、シーマ中佐は外部から送られた観測記録を見ていた。
「サイド2かい。やっと一息つけると思ったところなのに、困ったもんだね」
「まだ間に合ううちに行きたいんです。向こうが何もする気じゃなければ、それで済む話ですから」
「レン、現場に着いた途端に突っ込むんじゃないよ。疑わしいだけなら、まず相手の出方を見るんだ」
「はい。ただ、住民へ危害を加えようとしていると分かったら、その時は止めます」
シーマ中佐は頷き、艦橋の端へ移った。レイアム大尉がこちらを見た。
「大佐、最短航路には民間の船が多い区域があります。減速や迂回を考えると、図のとおりには進めません。こちらの経路なら少し距離は延びますが、航行は安定します」
「そちらでお願いします。現地へ行く前に事故を起こしたら意味がないですから」
「了解しました。離脱に必要な間隔を取ってから加速します」
マウアーが端末を差し出す。
「大佐、中央への緊急報告をまとめました。観測記録を添付し、民間人保護のためサイド2方面へ向かうことも明記しています。ご確認を」
俺は内容を読み、修正の必要がないことを確かめて返した。
「ありがとう。送ってください。アルビオンへも俺から連絡します」
シナプス少佐につながると、相手は短い説明で事情を把握した。アルビオンは前日からアーガマ側の外側を警戒している。今はすぐにレイブンへ寄ってくる位置にはいない。
『本艦も報告を受けています。こちらは現在の警戒位置から進路を取ります。部隊の合流位置については航法側で調整させますが、MS隊の出撃準備は始めておきます』
「お願いします。シナプス少佐の判断で無理のない航路を取ってください。状況が変わったらすぐ共有します」
『承知しました。航行上の制約が生じた場合はこちらから連絡します。現地での接近方向は、続報が入り次第相談しましょう』
通信を終えた頃、アーガマからも出航時刻と推定航路が届いた。ヘンケン艦長のラーディッシュも同行する。四隻で隊列を組むわけではないが、互いがどこを通るかは分かった。
レイアム大尉が艦橋の各席へ航路を伝えていく。アーガマも動き始めていた。俺は補給艦との接触記録をもう一度確認し、表示を閉じた。あとは進みながら情報を集めるしかない。
「レイアム大尉、出航しましょう。サイド2へ」
「了解。レイブン、進路を変更します」
艦がゆっくり向きを変えた。窓の外でアーガマの船体が移動し、遠くにラーディッシュの灯が見える。レイブンはそのまま加速に移り、サイド2へ向けて航路を取った。
アムロ無事パパになりました。