サイド2が近づくにつれて、レイブンの艦橋には民間管制からの連絡が立て続けに入るようになった。軍艦に近寄りたがらない輸送船が航路を変え、事情を知らない小型船がその空いたところへ入り込む。レイアム大尉は艦を不用意に加速させず、管制の指示と周囲の交通を確かめながら接近を続けていた。
「大佐、二十五バンチ周辺でティターンズが船舶の通行を制限しています。民間側への説明は『軍の設備作業』だけです。管制から許可を出した記録はありません」
ノエルさんの報告に、俺は表示を見直した。二十五バンチ。予想していた数字が本当に出てきたのに、少しも嬉しくない。
「例の巡洋艦は?」
「コロニーの外側で減速しています。そこから出たMSが何機か二十五バンチへ向かっています。観測画像はまだ不鮮明ですが、二機が大きな物体を運んでいるようです。アーガマにも送ります」
「ありがとう。民間管制には、作業区域の居住区側に異常がないか調べてもらってください。毒物と決めつけた報告にはしないで」
ノエルさんが頷いて通信へ戻った。三十バンチで同じ真似をさせなかったからといって、ティターンズが諦めるとは思っていなかった。前世で覚えている流れでは、二十五バンチへG3を送り込もうとしていた。今回もそうなのか。証拠がそろうまで待っていたら、確かめる相手がいなくなるかもしれない。
ブライトさんへつなぐと、向こうでも出撃準備が始まっていた。アーガマはコロニー側から、レイブンは巡洋艦との間にある外縁から接近する。ラーディッシュは二十五バンチへ向かう民間船の退避を妨げない位置を取り、アルビオンは別方向から敵艦の動きを警戒するという。それぞれの艦長が決めた進路が戦術表示に重なっていた。
『レン、カミーユとエマ中尉を先に出す。アムロは外側の護衛だ。お前の方で運搬しているものが確認できたら教えてくれ。こちらも管制から返答があり次第知らせる』
「分かりました。俺とシーマ中佐が近づきます。ただ、あの物体がコロニーの設備につながりそうなら、確認のために待つのはやめます」
『ああ。私も同じ判断だ。住民を危険にさらす作業だと分かれば、止める。民間側には隔離できる設備の確認を求めている』
通信を切ったところでシーマ中佐が声をかけてきた。
「あんたが考えてるものなら、タンクを撃てば済むとは限らないよ。外壁のすぐ脇で破裂させれば、こっちが余計な被害を出すかもしれない」
「分かっています。壊すなら、まだ外壁から離れているうちに。中佐には護衛をお願いします」
「だったら急ぎな。敵だって、あんたたちに見せるために運んでるわけじゃないんだから」
俺は艦橋をノエルさんたちに任せ、シーマ中佐と格納庫へ向かった。
◇
アルコルで外へ出ると、コロニーの巨大な円筒が視界の半分を埋めた。外壁の向こう側には街がある。こんな位置から眺めても、その中で暮らす人間の姿は見えない。あれだけ大きな街が、たった一本の管で壊されるかもしれないのだ。
運搬物はすぐに見つかった。ハイザック二機が細長い大型タンクの両側に取り付き、速度をそろえて外壁へ寄せている。少し先には作業機が一機、外壁の接続設備のそばで待っていた。護衛のハイザックも別にいる。外側の蓋はまだ閉じたままだが、タンクの先端から伸びた太い管が、そこへ向けて位置を合わせていた。
「こちらアルコル。大型タンクを確認。二十五バンチ外壁へ接近中。管の接続はまだです。アーガマ、映像を送ります」
こちらから現場の部隊へ作業停止を要求すると、返事の代わりに護衛機が銃口を上げた。シーマ中佐のガーベラ・リファインが先に距離を詰め、そいつの注意を引く。俺はタンクの前方へ回り込んだ。運搬機に牽制を入れると、一機がとっさに腕を引く。タンクの向きがわずかに乱れ、進行が止まった。
これで少しは時間が稼げる。そう思ったのは早かった。
運搬機はもう一機を前へ出し、乱れたタンクの姿勢を力任せに直した。護衛もガーベラに付き合うのをやめ、俺へ向けて射撃を重ねてくる。こちらが離れた側からタンクを運ぶつもりらしい。射線を切って近づき直した時には、さっきより外壁との距離が縮まっていた。
『こちらカミーユ。タンクが見えました。僕が運搬機を止めます!』
横合いからZが入ってくる。俺は進路を空けたが、その直後、巡洋艦側から高速で飛び込んできた可変機がZの前に出た。ガブスレイが変形を解き、カミーユへビームを放つ。
『ジェリド! どけ、そこを通してくれ!』
『カミーユ、また貴様か! こちらの作戦を邪魔するな!』
声は共通周波数へ向けたものだった。ガブスレイはZを追い回すのではなく、タンクへ向かう進路を横切り、カミーユが迂回すればその先へ出る。以前のように目の前の相手へ闇雲に突っ込んではこない。しかも、ガブスレイが動いた直後、運搬機と護衛の位置も一斉に変わった。
ジェリドが指揮しているのか。相手の回線は聞こえないが、偶然にしては動きが合いすぎている。
『あの中には人がいるんだぞ! こんなものを取り付けて、何をする気だ!』
『貴様に答える義理はない! 俺の邪魔をするなら、ここで落とす!』
カミーユがガブスレイの射撃を避けて距離を詰める。ジェリドは近接戦に付き合いかけたものの、すぐに変形してタンク側へ戻った。Zが追えば、二機とも運搬機のいるところへ突っ込むことになる。カミーユは急な減速で進路を変えたが、その一瞬にタンクがまた進んだ。
俺は護衛を片づけるべきか、運搬機へ戻るべきか判断しかねた。接近するハイザックの脚を撃って退かせても、タンクの両側にはまだ機体が残る。そこを狙えばタンクまで巻き込む。そもそも外壁が近すぎた。
『レン、タンクの前を空けろ! 運搬機が何を狙ってるか見えるだろう!』
シーマ中佐の声に視線を戻す。二機が押しているのはタンクの中央ではなかった。片方は接続口側へ先行して管を受けるつもりらしい。もう片方がタンクの後端を押し、多少傾いても構わず前進させていた。姿勢を整える余裕を捨て、接続だけを急いでいる。
先ほどまで必要だった慎重さを、敵の方から捨てたのだ。
「ブライトさん、運搬機が強引に接続を急いでいます! タンクの前へ出ても押し込んでくる。もう時間がありません」
『こちらでも見ている。エマ中尉にはタンクの破壊を指示した。ただ、今は護衛機に射線を切られている。カミーユ、援護に回れ!』
Gディフェンサーを装着したMk-IIが外壁の縁をなぞるように位置を変えた。ロング・ライフルを構えるが、撃てない。タンクの後ろにはハイザック、さらにその向こうにはコロニーの外壁がある。ビームが貫通すればどこへ抜けるか分からない。
『エマ中尉、角度を変えてください! もう少しこちらへ回れば外壁に当たらない!』
『見えているわ。でも、そこへ出れば護衛機の正面になる。あなたもガブスレイを離せないでしょう』
エマ中尉の判断は正しかった。ガブスレイはZを狙うのをやめ、Mk-IIの方へ向きを変えた。エマ中尉がタンクを撃つために出てくる場所を先回りしたらしい。敵は俺たちの狙いを分かっている。
俺は一度ライフルの照準をタンクへ向けた。横からなら壊せる。しかしその位置では噴き出した中身が接続口付近にかかる。蓋を開けられてしまえば、俺たちが手を貸したようなものだ。撃てなかった。
『大佐、民間管制から! 二十五バンチ側で該当区画の隔離操作を開始しました。完了の確認は取れていません!』
ノエルさんの報告が届く。遅い、とは言えなかった。管制だって何が運ばれているか知らされないまま動いている。民間側が間に合わせるのを待つより、俺たちが止める方が早いはずだった。
なのに、まだ手を出せない。
管の先が接続口へ重なった。わずかな距離しかない。俺が無理に割り込めば自機をぶつけて壁を傷つける。タンクも同じだ。相手が人を殺すために運んでいるものを、こちらが壊す場所まで選ばなければならない。腹が立った。
『カミーユ、エマ中尉を見て! 俺が運搬機を引き離す!』
Zがガブスレイから離れた。ジェリドは追いかけると見せてMk-IIへ機首を向けたが、カミーユはそれを見て進路を変え、ガブスレイの前へ回り込んだ。二機の距離が詰まり、ジェリドはサーベルを抜いて迎え撃つ。カミーユも抜いた。短い斬り合いでZが押し込まれたが、カミーユはそこで引かず、機体をひねってガブスレイの腕を弾き、次の突進を止めた。
『エマ中尉、今なら撃てます! 僕のことは構わないで!』
その声に合わせて俺も動いた。接続口側にいるハイザックへ突っ込み、腕を取って引きはがす。敵は銃を捨ててタンクの管にしがみつこうとしたが、アルコルの推進で外側へ引っ張り出した。そこへシーマ中佐が入ってきて、もう一機の運搬機を押さえる。タンクを支える機体がなくなった瞬間、円筒はそれまでの速度のまま前へ進もうとした。
「エマ中尉、接続前です。撃てるなら今!」
Mk-IIが射線を変えた。コロニーを背負わない、外側へ抜ける角度だった。ロング・ライフルの光がタンクの胴を貫き、厚い外装が裂ける。管は接続口に届く前に千切れ、白いものが真空へ吹き出した。押し込む力を失った残骸が回転していく。破片の一部は外壁側へ向かったが、管を受け入れるはずだった設備の外側の蓋は閉じたままだった。
俺は漂う破片の軌道を追いながら、二十五バンチの方を見た。外壁への直撃は見えない。だが、これで終わったと考えるにはまだ早い。管制側が何を確認できたか、返答を待った。
『こちらレイブン。タンク破損、接続は確認されず。民間管制が区画の隔離を完了したと報告しています。大気系の異常は現在報告されていません』
ノエルさんが続報を伝えてきた。俺は短く返事をして、まだ動いている敵へ意識を戻す。
ガブスレイがMk-IIへ向かおうとしたが、Zがその正面に入った。カミーユはもうタンクの方を見ていない。ジェリドも、破壊された円筒を一度振り返っただけでZへ向き直る。
『……カミーユ! 貴様ら、何をしたか分かっているのか!』
『分かってないのはお前だ! あのコロニーには人が住んでいるんだぞ!』
ジェリドは応えず、ビームを放った。Zが避けて反撃し、互いの機体が急速に離れる。敵の巡洋艦側から増援の反応が出たため、アムロが二機の間へ寄った。無線がつながると、いつもの落ち着いた声が聞こえた。
『カミーユ、追うな。タンクは止まった。こちらの任務は終わっている。戻れるうちに戻れ』
『……分かっています。でも、あいつはまだ戦おうとしている!』
『それは見えてる。だから僕らがここで付き合う必要はないんだ』
Zはもう一射して相手との距離を広げた。ジェリドのガブスレイは追いかけようとしたが、巡洋艦の方へ引き返すハイザック隊を見て、最後は自分もそちらへ向きを変えた。タンクを失った作戦をこのまま続けることはできない。
シーマ中佐が戻ってきた。
『レン、破片はレイブンと現地管制に追わせるよ。あたしらがここに残っても、もうやることは少ない。さっさと戻ろうじゃないか』
「はい。……中佐、助かりました」
『礼なら、ちゃんと艦に帰ってから聞いてやる。こんな場所で立ち止まられると、あたしが困るんだよ』
俺は残骸から目を離し、帰投に移った。カミーユのZが少し遅れて同じ方向へ動くのが見えた。タンクから吹き出した白いものは、もう形も分からなくなっていた。民間管制から環境異常なしという続報が届く。俺はそれを聞いてから、ようやく二十五バンチを背に向けた。