アーガマへ帰投しても、僕はモニターに残っている二十五バンチの映像を何度も見返していた。整備員たちがZの脚部と推進器を確かめている。コロニーの大気系に異常は出ていない。それでも、白い噴流が外壁のそばに広がった光景は、まだ操縦席の中に残っている。
「カミーユ、機体を預けて。肩の駆動部も確認するわ。ジェリドに押し込まれた時、ずいぶん無理な姿勢になっていたでしょう」
「はい。……エマ中尉、あいつはタンクが壊れたのを見ても、僕を追ってきました。自分の任務が失敗したのに、まだ戦うことしか考えていないんでしょうか」
「本人にしか分からないわ。ただ、あのまま戦っていれば二十五バンチのそばでまた撃ち合うことになった。引き返したのは間違いじゃない」
エマ中尉はそう言ってMk-IIの方へ戻った。僕は機体を降り、渡された飲み物を口にした。冷たいはずなのに、ほとんど味がしなかった。
その時、艦内警報が鳴った。整備員が僕の手から空の容器を受け取り、今度はヘルメットを差し出してくる。通信からブライト艦長の声が響いた。
『敵巡洋艦からMSが再出撃した。ラーディッシュ側へ高速機一機、アーガマへ向かう部隊も確認している。全機、再出撃に備えろ。各艦からの位置情報は順次回す』
格納庫で機体の点検が続いている。肩の方は大丈夫だと言われたが、僕は整備員が最後の固定具を外すまで待った。外へ出ている仲間がいる。そこへ急いで出るためにも、発進時に事故を起こすわけにはいかなかった。
◇
レイブンの艦橋から届く映像に、あのギャプランが映っていた。アルコルの発進準備を始めた俺に、ノエルさんが敵の進路を説明する。
『ラーディッシュの外側を通り、こちらへ向きを変えています。別のMSが巡洋艦の周囲から散開中。敵の数はまだ増える可能性があります』
「クリスさんとクスコさんは?」
『両機とも発進可能です。マウアー少尉がアルビオンとの連絡を引き継いでいます。向こうもMS隊を出すとのことです』
俺はクリスさんとクスコさんにレイブンの周辺防衛を頼み、シーマ中佐には俺と一緒に高速機の対応を依頼した。四人とも同じ方向へ向かうつもりはない。艦が狙われれば、俺たちがヤザンと戦っている間に取り返しのつかないことになる。
『大佐、アルコルで深追いして艦から離れようとは思わないでね。こっちはクスコさんと守るけど、敵が一機とは限らないんだから』
「はい。クリスさんも無理しないでください。クスコさん、艦の反対側をお願いします」
『ええ。見えないところがあればノエルさんに確認するわ。感覚だけで追いかけたりはしないから、そちらは目の前の相手に集中して』
艦外へ出ると、ギャプランの加速が目に入った。先ほどのタンク運搬隊とは違う。こちらの反応を見ながら進路を細かく変え、ラーディッシュの方へ近づいていく。ヘンケン艦長からは、高速機を艦砲で捉えきれないため距離を取るという連絡があった。俺が正面へ回った途端、相手は機体を変形させて角度を変えた。
『よう、黒いガンダム。今度はお前もいるな。前みたいに途中で帰るんじゃねえぞ』
「ヤザン。こっちは遊んでる暇はないんですけどね」
『そいつは残念だ。俺はたっぷり相手をしてもらうつもりだったんだがな!』
ギャプランが突っ込んでくる。速い。機首を合わせて撃つと、相手は大きく旋回せず、加速を落として俺の射線をやり過ごした。次の瞬間には角度を変え、レイブンの側面へ向かっている。俺が追えば艦の前を空けるし、追わなければ攻撃を通される。あいつはさっきから、こちらに二つの選択を突きつけていた。
『レン、右へ回りな! あたしが艦との間へ出る!』
シーマ中佐のガーベラ・リファインがギャプランの脇へ上がった。ヤザンは機首を向け直して撃ち、ガーベラが回避した側へ回り込む。反撃を避けながらも、中佐は艦の方へ抜ける位置を空けない。俺はその間に位置をずらし、ギャプランが逃げる先へ回った。
一瞬、相手の後ろ姿が照準に入る。しかしヤザンはそこでも減速した。こちらの一射をかわし、アルコルとガーベラの間から抜けようとする。ライフルを追わせるより早く俺は機体をひねり、側面からサーベルを振った。ギャプランの装甲をわずかに削った手応えが伝わる。相手はそのまま距離を取ったが、次は俺の背後で照準が光った。
後ろにいたハイザックが撃ってきたのだ。ヤザンばかり見ていたら、まともに食らっていた。避けるために大きく機体を動かしたところへギャプランが戻り、すれ違いざまに腕を伸ばしてきた。アルコルの脇を装甲がかすめ、警報が鳴る。俺は危うく姿勢を立て直した。
『あんた、一機だけを見てると危ないよ!』
「すみません。そいつは見落としました」
『謝るのはあとさ。あたしが護衛を離すから、あんたはあの男を頼むよ』
中佐が敵の護衛を押さえる。そのころレイブン側でも、クリスさんとクスコさんが接近してきた二機に対応していた。
『こちらクリス。敵の一機がレイブンの推進器側へ回ろうとしてる。クスコさん、そっちの射線は?』
『艦から離れれば撃てるわ。ビットを一基、外側に回す。クリス、少し下がって』
ネティクスIIのビットが敵の側面から射撃し、ハイザックが照準を外して逃げる。だが相手は旋回してビットを狙い返し、クスコさんはすぐに引き戻した。その隙にクリスさんのレゾルートが敵の懐へ寄り、ライフルを持つ腕を撃った。武器を手放したハイザックが距離を取り、二機目もレイブンへの接近を諦める。
『こちらノエル。艦の後方は確保。ただし護衛が離れると再び接近してくる可能性があります。レイアム大尉、今の進路で艦の向きを変えられますか』
『可能です。艦を一度外側へ振ります。発進したMSの帰投路は残します』
『ではその航路でお願いします。こちらで敵の動きを追います』
俺が返答する前に、艦橋の二人が必要なことを進めていた。これなら一度ギャプランの前へ出られる。アルコルを加速させ、ヤザンの機首とレイブンを結ぶ直線から外れた位置へ移る。あいつの射撃が俺を追ってくるが、当たる角度ではない。次の進路を先に押さえれば、さっきよりこちらが撃つ機会を作れる。
その時、両艦で共有している戦術連絡回線にアルビオンからの報告が入った。
『こちらライラ。巡洋艦の外側で敵MS三機を確認。アルビオンの前を抜けて、アーガマへ向かうつもりらしい。こちらで止めます。ユウは先頭機、コウとキースは私について。離れすぎるな』
深緑のガルバルディβが先に出る。濃紺のユウ機が右側の敵へ上がり、レゾルート二機はライラ大尉と間隔を保った。敵の一機が速度を上げてアルビオンの脇をすり抜けようとしたが、ユウ大尉が行く先へ出て射撃を当てた。敵は腕を押さえて後退する。残る二機は散って逃げようとしたが、コウ少尉とキース少尉は追い過ぎず、それぞれ別方向からライラ大尉へ近づく敵を押し戻した。
『キース、そいつを追うな。こっちへ回り込んできた方を止めてくれ!』
『了解! コウ、お前の右側へ出るぞ!』
『頼む。ライラ大尉、こっちはまだ持ちます!』
ライラ大尉は答えを聞くと、外側へ出てきた敵を自分で引き受けた。アルビオンから逃げる方向に追い立てるのではない。敵がアーガマへ向かって加速できる姿勢を取らせず、隊列を崩さないように戦っている。シナプス少佐の艦もその動きに合わせて距離を変え、ライラ隊をむやみに敵巡洋艦へ近づけなかった。
こちらが一機ずつ相手をしていた間にも、敵は何度か進入方向を変えてきた。ヤザンはその合間を逃さず、急に進路を巡洋艦側へ向ける。俺が追おうとした時、レイブンから通信が入った。
『大佐、敵巡洋艦が本艦の方へ艦首を向けています。近づきすぎれば、援護砲撃の射程に入ります』
ヤザンの狙いはそこか。俺を艦から引き離し、追ってきたところを撃たせる。今なら追いつけるかもしれない。それでも、シーマ中佐を残して巡洋艦の前へ出れば、あいつが再びレイブンへ折り返した時に間に合わない。
「シーマ中佐、俺は追いません。中佐もいったん艦の外側へ。ヤザンが戻ってきても、こっちの防衛を崩さず迎えます」
『ああ。それでいい。あの男に付き合って艦を空けたら、何を守ってるのか分からなくなるからね』
ギャプランは俺たちが追わないのを見て、一度だけ旋回した。何か仕掛ける気かと身構えたが、向こうにいるライラ隊が敵の増援を押さえ、クリスさんとクスコさんもレイブンの後ろを守っている。ここからでは艦へ抜けても、さっきのように一機で押し込めない。ヤザンは追撃を諦め、今度こそ巡洋艦の方へ加速した。
『ちっ。今日はこれ以上は遊べねえか。次はもっと近くでやろうぜ、黒いガンダム』
共通周波数から声が消えた。俺は照準を外さずに見送り、レイブンへの帰投航路を確かめる。遠くでアーガマからも戦闘警報が続いていた。あちらはまだ終わっていない。
◇
ギャプランがレイブン側で交戦を始めたと聞いて間もなく、僕たちにも出撃許可が下りた。Zで外へ出た時、ガブスレイは既にアーガマへ射撃を始めていた。ブライト艦長は艦を少し下げ、艦首を振って攻撃を避けている。二機のハイザックが反対側へ回ろうとしていたが、アムロ少佐のデルタ改がその一機を引きつけ、エマ中尉のMk-IIがもう一機を押さえていた。デルタ改は射撃を避けるだけでなく、敵が艦へ戻ろうとするたび先に回り、こちらの発進口へ近づく時間を与えなかった。
『カミーユ、ガブスレイはお前が引き受けろ。アーガマは私が動かす。敵を艦の近くへ入れたくないが、お前まで艦に張りつく必要はない』
「了解。僕はジェリドを止めます!」
ガブスレイへ向けて加速すると、相手は変形して進路を変えた。こちらを誘っている。ライフルを一発撃つと、ジェリドは機首を戻さずに避け、そのままアーガマの横へ向かった。僕が追えば艦の背後へ回る。そこで撃つわけにはいかなくなる。
『カミーユ! 今日こそ貴様を落としてやる。二十五バンチで邪魔をした分まで、まとめて返してもらうぞ!』
「だったら僕に向かって来い! アーガマを狙っても、僕はお前を逃がさない!」
『口で言うだけなら誰にでもできる。守りたきゃ止めてみろ!』
ガブスレイのビームが艦の近くをかすめる。ブライト艦長は進路を変え、敵の狙いを外させた。僕はその動きを見てから、艦の方へ戻ろうとするジェリドの横へ上がる。しかし相手は待っていたように減速し、変形を解いて撃ってきた。Zの肩をかすめた光が警告灯を赤く染める。反撃しようにも近すぎた。サーベルを出した途端、ジェリドも抜いて受け止める。
力任せではなかった。ガブスレイは僕の腕を横へ押し、空いた方の腕でライフルを向けてきた。こちらが上体をひねった瞬間、装甲に熱が走る。撃ち抜かれたわけではないが、右肩の警告が消えない。僕は一度距離を取った。
あいつは、僕が艦を守ろうとするたびにそこを狙ってくる。僕が怒れば正面から来ると思っているのかもしれない。ここで無理に追いかけても同じことを繰り返すだけだ。
『カミーユ、肩の駆動が鈍いなら無理に接近しないで。私はハイザックを引き離したわ。少しなら援護できる』
「エマ中尉、こっちはまだ動きます。あいつが艦へ向かう前に、僕が外側へ引き出します」
デルタ改の方からも通信が入った。
『カミーユ、アーガマはもう一度進路を変える。ブライトもそのつもりだ。敵機が艦を狙おうとする瞬間に、こちらの空いた方へ出ろ。艦に近づきすぎて自分の射線を潰すな』
僕は艦との距離を確かめた。ジェリドはZへ向き直ったあと、再びアーガマへ加速する。僕はすぐには追わず、変形して大きく外側へ回った。ブライト艦長が艦の針路を少し変える。敵が射撃のために機首を戻した時には、僕は艦を背負わない位置から接近できていた。
ガブスレイが気づき、変形を解いた。ジェリドの射撃は速かったが、今度はこちらも撃てる。Zのライフルを一射し、相手が回避したところへ距離を詰めた。サーベルを抜いて腕を狙う。相手は受けたが、その動きで艦への射線が消えた。
『貴様、本当にしつこい奴だな!』
「そっちこそ! 僕を倒したいなら、ちゃんと僕を見ろ!」
ジェリドは機体をひねり、空いた腕を振り上げた。サーベルで切りかかると見せて、Zの側面へ銃口を向ける。僕は一度押し込まれたが、そこで引けば相手はまた艦へ向かう。踏みとどまってガブスレイの腕を弾き、さらに一歩、機体を寄せた。
相手が後退しようと噴射した瞬間、Zのサーベルを突き出した。光がガブスレイの胸部へ深く入り、機体の動きが止まる。僕は抜こうとして、ジェリドの腕がまだ動くのを見た。最後まで撃とうとしている。機体を引き離すためにスラスターを吹かすと、サーベルが胸部を裂いた。
ガブスレイの中央から光が漏れ、爆発が広がった。コックピットのある胴体が破れ、破片が周囲へ飛ぶ。脱出する機体は見えない。敵の識別信号が消えたあとも、僕はしばらく照準を外せなかった。
『カミーユ、聞こえる? こちらの敵は退いたわ。アーガマも無事よ。あなたの肩は早く確認した方がいい』
「……聞こえています。ガブスレイを撃墜しました。戻ります」
エマ中尉のMk-IIが近づいてきた。僕は機体を帰投方向へ向けたが、さっきまであそこにいた男の声がまだ耳に残っている。何度も敵として出会い、何度も撃ち合った。今度は、相手がどれだけ待っても戻ってこない。
遠くに二十五バンチの灯が見える。あそこへ向かうタンクはもうない。アーガマも無事に動いている。僕は確認したかったものを順に見てから、格納庫への誘導信号を受け取った。
ジェリド本当に特攻