レイブンに戻ると、格納庫ではアルコルの脇腹にできた傷をジョブが調べていた。ヤザンのギャプランとすれ違った時についたものだ。装甲を削られただけで済んだが、俺が覗き込むと、ジョブは工具を持ったまま眉を寄せた。
「大佐、今度はもう少し余裕を持って帰してくださいよ。中まで調べなきゃ、明日動かせるか分からないんですから」
「申し訳ない。ヤザン相手だと、こっちの都合を聞いてもらえなくてな」
「相手のせいにするなら、整備の時間も相手から取ってきてください」
めちゃくちゃだけど気持ちはわかる。艦橋ではシーマ中佐が警戒を引き継ぎ、ノエルさんがサイド2側の管制記録と各艦の戦闘映像を突き合わせている。二十五バンチの大気系に異常は報告されていないが、破壊したタンクの内容物は分析待ちだ。証拠の確保も、周辺の船を元の航路へ戻す判断も、まだ終わっていない。
「アーガマから連絡です。ブライト少佐が、時間が取れるなら直接話したいそうです。中央向けの提出文書は、先方の記録がそろってから照合するようにしてあります」
「分かった。こっちのことは頼む。シーマ中佐にも、出かける前に声をかけてくるよ」
「その必要はありません。すでに伝えています。ただ、帰艦が遅れるようなら連絡はお願いします」
俺は苦笑し、連絡艇へ向かった。
◇
作戦室へ入ると、ブライトさんは卓上の映像を止めて顔を上げた。空いた椅子を指されたので、俺は向かいへ腰を下ろした。
「タンクの接続口は開いていなかった。それは管制の映像でも確認できている。だが、積み荷が何だったかは、まだ断定できん。お前の方の記録も貸してほしい」
「もちろん。中央へは未確認のまま出します。あれが毒物だったとしても、成分が分からないうちは対策も決められませんから」
「ああ。住民からの問い合わせも多い。現地に説明する者は大変だろうな」
事件の話を一通り終えると、ブライトさんがアーガマの損傷記録を開いた。艦そのものは航行に支障なし。Zの右肩は整備中で、ほかの機体も帰投後の点検を続けているという。
「カミーユは大丈夫ですか。ジェリドと相当やり合っていたようですが」
「本人は無事だ。そのジェリドだが、カミーユが奴のガブスレイを撃墜した。機体識別も記録に残っているし、爆散するところも映っている。脱出は確認できていない」
「……えっ。ジェリドが? あいつ、そこで落とされたんですか?」
「そうだ。敵側の正式な戦死通知があるわけではないが、現場で確認できたのはそこまでだ。お前がそこまで驚くとは思わなかったな」
「いや……何度も逃げ延びてた奴だから、今回も撤退したものだと」
「なるほど。カミーユの方は報告を済ませたら整備員とZの話をしているよ。顔を見てくるといい」
あのジェリドが、ここでやられたのか。もっと先までカミーユと戦い続け、マウアーに庇われて生き延びたはずだった。そのマウアーは今や俺の副官だ。違う経過になるとは分かっていたが、ここで決着がつくとは思わなかった。
「ありがとうございます。あとで一つ、保護のことでブライトさんにも聞いてもらいたい話があります」
「保護? 分かった。片づけておくから、帰る前に寄ってくれ」
◇
格納庫ではGディフェンサーがMk-IIの近くに置かれ、エマ中尉が整備員と使用記録を確認していた。彼女は俺に気づくと、手元の画面を閉じてくれた。
「エマ中尉、あのタンク、うまく撃ち抜いてくれて助かりました。外壁がすぐ後ろだったから、こちらは撃ちようがなくて」
「こちらも簡単ではありませんでしたよ。ロング・ライフルを使うにしても、射線の先にコロニーを置くわけにはいきませんから。最後に運搬機を引き離してもらえたのが大きかったです。それに、射撃の後は姿勢を戻すのにも神経を使いました」
「結合したままのMk-II、実戦で扱うにはやっぱり癖がありますか」
「あります。でも、あの射程と威力を必要とする場面は確かにありますね。使えるからといって毎回あの形で出るかは、任務次第です」
整備員が呼びに来たので、エマ中尉は記録の続きを見に戻った。俺はその隣のZへ向かう。肩の装甲が開かれ、カミーユが作業台の上の部品を指さしていた。
「カミーユ、肩はどうだった?」
「ああ、レン大佐。まだ調べてます。動作確認の時は普通だったんですけど、帰ってからログを見ると、右肩に妙な負荷が残っていて。相手に押された時、姿勢を戻すために何度か無理に動かしたのが原因かもしれません」
「変形して追いかけた直後だったろ。操縦で補正できる範囲にも限界があるよな」
「そうなんです。Zは変形すれば移動は速いけど、MS形態に戻ったあとすぐに近接戦をするなら、どこで減速するかも考えないと。僕の方も、まだ機体に合わせ切れてないところがあります」
カミーユは整備員へログを示し、肩の動作を一つずつ確認していた。
「ブライトさんから聞いたよ。ガブスレイ、撃墜したんだって?」
「はい。アーガマの方を狙い続けていたので、止めました。逃げようとしたところにサーベルがうまく入ってそのまま機体を爆散できました」
「そうか。よく艦を守ってくれたな」
「僕だけじゃありません。エマ中尉もアムロ少佐も、艦の周りの敵を止めてくれていましたから」
カミーユは外した肩の部品へ目を戻し、次の動作確認でどこを調べるか話し始めた。
「そういえば、大佐。フォウは今どうしていますか? 研究艦へ移ったんですよね。治療の方は……」
「うん。今は研究艦で落ち着いてるよ。健康状態は良好だって報告が来てる。強化される前の状態に近づける治療も、順調に進んでるそうだ」
「良好、ですか。じゃあ、記憶は? フォウ、ずっと気にしてたから」
「記憶の方も見込みがある。身体を元の健康な状態へ戻していく過程で、失われた記憶が戻る可能性は高いだろうという話だ。まだ思い出したわけじゃないし、いつ戻るかは分からないけどね」
「……そうですか。よかった。自分の昔のことを知りたがっていましたから。会えるようになったら、また話をしたいです」
「その時はフォウにも聞こう。今は無理に急がせたくないからな」
カミーユは頷き、顔つきが少し明るくなった。そこで俺は、ずっと考えていたことを切り出した。
「カミーユ。ちょっと真面目に聞いてほしい。エマ中尉も、手が空いたら聞いてもらえますか」
いつもより強く呼びかけたせいか、二人がこちらを見る。ちょうどデルタ改の点検を終えて歩いてきたアムロも、何事かと足を止めた。
「今後、記憶を消されたり精神を調整されたりしている疑いのある人が出てきたら、捕まえられる状況ならできるだけ確保してほしい。説得して投降してもらうのが一番だが。説得に応じないからといって、簡単に逃がさないでくれ」
「……本人が帰りたいと言っても、ですか?」
「そうだ。そこは甘くしないでほしい。相手が嫌がっても、武装を使えなくするなり、機体を動けなくするなりして押さえる。必要なら拘束して無理やりにでもだ、医療と保護の担当へ安全に引き渡すまでは手を離さないでほしい」
カミーユの顔が険しくなった。
「でも、フォウは自分でサイコ・ガンダムを止めたんです。無理やり押さえつけたら、こっちまであの研究所の連中と同じように見えませんか」
「フォウは自分で止めることができた。そこは大事なことだよ。でも、次に出会う相手が同じように判断できるとは限らない。強化のために薬を使われて記憶までいじられていたら、自分で帰る場所を選べないこともある。そこで『かわいそうだから』と放したら、敵の研究所へ戻ってまた調整されるかもしれないんだ」
「それは……分かりますけど」
「嫌われても構わない。抵抗されても、確保できるなら押さえてほしい。捕まえたあとも、帰りたいと言われただけで拘束を解かないでくれ。医療・保護担当へ引き渡すまでが必要なんだ。フォウのように、助けてから治療できる可能性があるんだから」
エマ中尉が割って入った。
「その考えには賛成です。ただ、MSの推進器を撃ち抜くのは、搭乗者の命を奪う危険もあります。相手がどんな状態なのか確認できないまま、捕獲に固執するわけにはいきません」
「分かっています。手段は現場で判断してください。味方や民間人を危険にさらしてまで、絶対に捕まえろとも言わない。でも、捕まえられる状況なのに、本人が嫌がったから、説得できなかったからと、そのまま帰すことだけは避けてほしいんです」
「レン。俺も敵機を止める危険は知ってる。特に相手が混乱していたら、予想外の動きをする。それでも、確保できた後のことはどうするんだ。アーガマには、研究所の被験者を継続して診る設備はないぞ」
「その時はこっちへ連絡してほしい。研究艦の医療担当に受入れを相談できるし、必要なら別の保護先も探す。ずっと拘束しておきたいわけじゃないんだ。本人が自分で判断できる状態に戻るまで、敵の手に返さず、責任を持って引き継いでほしい。そこまで含めてお願いしたい」
カミーユは少し考えてから、俺を見た。
「僕は、できるなら最初に声をかけます。でも、本人が何をされているのか分からないような状態なら、放してしまうのが正しいとは限らないんですね」
「そうだ。言葉が届くならそれが一番いい。ただ、届かなかった時の手段も残しておいてほしい。本当に頼む」
アムロが腕を組み直し、「ブライトには俺からも話すよ」と言った。俺は礼を言ったが、ブライトさんには自分で説明するつもりだった。アーガマの判断に関わる以上、本人に直接頼まなければならない。
◇
ブライトさんのところへ戻り、格納庫で話したことを伝えると、彼は最後まで黙って聞いた。
「言いたいことは分かった。だが、誰に記憶処理の疑いがあるのか、戦闘中に見分けるのは簡単じゃない。それに、こちらの艦には人を長期に保護する体制もない。確保した後のことまで考えなくてはな」
「ええ。疑いが持てるだけの情報があれば先に送ります。確保できた場合も、研究艦側や医療機関に受入れを打診します。アーガマの戦闘判断に俺が命令できないのは分かってます。それでも、そういう相手が現れたら生かして押さえる手段を最初から諦めないでください」
「分かった。情報が届いた場合は、そうした可能性を含めて指示を出す。ただし、危険が迫れば艦と乗員を守る判断を優先する。それでいいな」
「はい。それを分かった上で、強くお願いしています」
ブライトさんは端末に短いメモを残し、カミーユたちにも話が行っていると聞いて頷いた。彼が机へ向き直ったところで、俺は作戦室を出た。
◇
食堂へ行くと、アムロが先に座っていた。トレーを持った俺を見て、空いた席を顎で示す。
「レン、食べる前にもう一度確認しておくが、ああいう言い方をされるとカミーユも驚くぞ。お前、普段はそこまで強引に言わないだろ」
「自覚はある。嫌な役を押しつけたかもしれないけど、今回はちゃんと伝えたかったんだよ」
「それは伝わったと思うよ。あいつも、人に言われたからと何でも従うような奴じゃない。自分で考えて動くだろうさ。それより、お前のアルコルはどうだった?」
「ジョブに怒られた。ヤザン相手に装甲を削られたくらいで済んだけど、整備時間を増やしたのは間違いない」
「僕のデルタ改も点検項目が増えたよ。最近は整備員に会うたび、何か言われてる気がする」
アムロとそんな話をしているうちに、レコアさんが通りかかった。資料を抱えていたので席を空けようとすると、「今から食べるところなのに」と笑って隣へ座った。
「サイド2の管制からまた問い合わせが来ているんです。あのタンクが壊れたのに、なぜまだ航路が制限されているのかって。無事だと分かったところは少しずつ戻せるでしょうけど、回収の作業が終わらない場所もありますから」
「こっちの艦からも、破片の位置を更新してます。現地の船が通れないのは申し訳ないですけど、まだ漂っているものに当たられても困りますからね」
「ええ。住んでいる人たちにしてみれば、軍の都合で一日がつぶれたんです。助かったからそれで終わり、という顔もできません」
レコアさんはそう言って、今度はアムロの機体の話を聞きたがった。デルタ改の変形を実際に見たのは遠目だったらしい。アムロが航行時の使い勝手を話し始めると、彼女は意外と細かいところまで質問していた。
そこへクワトロ大尉が入ってきて、卓上の資料へ目を向けた。
「君が探していた管制側の一覧は、ブライトのところにも届いたそうだ。後で突き合わせておこう」
「分かりました。こちらで印をつけた部分もありますから、そのまま持っていきます」
レコアさんが立ち去ると、大尉は空いた席に腰を下ろした。
「レン大佐、君たちの報告は中央へも届くのだろう。ブレックス准将が亡くなってから、地上と月の連絡が以前ほど滑らかではない。今回のような件は、記録が残るだけでも助かる」
「こちらとしても、何が運ばれていたか分からないままでは困ります。エゥーゴ側にも結果が届くようにしますが、元の記録を抜粋する時は確認をお願いします」
「もちろんだ。こちらにも伏せておけないことがある。ただ、今は誰が責任を持って返答するのか、それさえ決まらない相談も多くてね」
「クワトロ大尉が全部引き受けるわけにもいかないですからね」
「そう言ってもらえると助かるよ。もっとも、引き受けずに済む話ばかりでもないが」
アムロは横で黙って聞いていたが、話が途切れると、空になった俺の皿を指さした。
「レン、今度は飯もちゃんと食べたな。あとはレイブンへ戻って少し休めよ。整備員まで徹夜につき合わせるな」
「お前に言われたくないな。デルタ改の調整で夜更かししたこと、何度あるんだよ」
「そういう話は覚えなくていいんだ」
連絡艇へ戻る前にもう一度格納庫を通ると、カミーユが整備員と肩の動作確認を始めるところだった。本人はまだ作業を続けるつもりらしい。俺が手を振ると、カミーユは作業台から顔を上げ、「レン大佐、気をつけて」と返した。
レイブンからはマウアーの連絡が来ていた。中央提出分の文書に、俺の確認が必要な箇所が残っているという。連絡艇の席に座り、赤い印のついた項目から確認を始めた。