サイド2での一件から数日が過ぎた。中央へ送る記録の確認がようやく一段落し、レイブンは補給のために立ち寄った港で短い休みを取ることになった。事件そのものは片づいたわけじゃない。回収した残骸の調査も、周辺の船への説明も続いている。ただ、俺が書類を握り続けたところで、分析結果が早く出るわけでもなかった。
そんなところへ、シーマ中佐から声がかかった。
「レン、今夜は空いてるかい。せっかく港に出られたんだ。たまには一杯付き合いな」
「空いてますけど、俺でいいんですか? 中佐なら酒の相手に困らないでしょう」
「困ってないから、あんたを誘ってるんだよ。仕事の話ばかりの相手と飲みたくないだけさ」
「それ、俺が一番まずくないですか」
「自覚があるなら結構。ノエルには引き継いである。何かあれば連絡を回してくれるさ」
俺たちが艦を離れている間も、ノエルさんが艦橋の判断を引き受け、レイアム大尉が航法と操艦を見てくれる。もちろん、どうしても判断が必要なら連絡は来る。それを確かめてから、シーマ中佐と港の飲食区画へ出た。
案内されたのは、人の出入りが激しい通路から少し奥へ入った店だった。照明は控えめで、仕事帰りらしい客があちこちで談笑している。中佐が奥の席を選び、慣れた様子で酒を二つ頼む。俺が食べ物の方を見ていると、何も言わないうちに皿も一つ追加された。
「どうせ食べてないんだろ。先に腹へ入れときな」
「昼は食べましたよ。マウアーが時間を空けてくれたんで」
「へえ。ようやく副官の言うことを聞くようになったか」
「聞いてますって。たまに予定が詰まるだけです」
「その『たまに』で、あの娘の仕事が増えるんだろうさ」
酒が届き、二人で軽く杯を合わせた。中佐は一口飲んでから、肩を回して背もたれへ体を預けた。制服を着ていないせいもあるのか、艦橋で見る時より少し気楽そうだった。
「アルコルの傷はどうなったんだい。ジョブがずいぶん渋い顔をしてたじゃないか」
「内部は無事でした。ただ、装甲の交換に手間がかかるみたいで。次にヤザンと会うなら、もう少し離れて戦ってくれって言われました」
「無茶な注文だね。あの男が大人しく射線に入ってくれるなら、こっちも苦労はしないよ」
「でしょう? そう言ったら、ジョブに『でしたら部品もそちらで用意してください』って」
「ハハッ、そりゃ言い返せない。腕が立つ男を何人乗せたって、帰ってきた機体を直す人間がいなきゃ話にならないからね」
中佐もガーベラ・リファインの点検で細かい注文を出しているらしい。おかげで整備側に顔をしかめられることがあると聞き、俺も笑った。戦っている最中は互いの背後を見るので精一杯だったが、帰ってからこうして文句を言えるのはありがたい。
杯が半分ほど空いた頃、中佐は旧シーマ隊の連中から時折近況が届くと話した。民間で仕事を見つけ、軍とは無関係の暮らしを続けている者が多いという。何をするにも人数と燃料の心配をしていた頃とは、ずいぶん違う。
「みんな元気なら何よりです。あの頃の連中がそれぞれ仕事を見つけて暮らしてるって聞くと、嬉しいですよ」
「そりゃそうさ。あの連中にまで、いつまでもあたしの尻についてこいとは言えないよ。せっかく好きに暮らせるようになったんだ。文句の一つもなく平穏に働いてもらいたいもんだね」
「中佐は、そういう暮らしを選ばなかったんですね」
「今さら港で荷を数えてるあたしを想像できるかい? 柄じゃない。それに、あんたたちと一緒なら退屈もしないからね」
「退屈しない代わりに、しょっちゅう撃たれてますけど」
「そういうところは、もう少し退屈でいいさ」
注文していた料理がなくなり、俺が次の皿を選んでいると、中佐がふと思い出したように尋ねた。
「そういや、アムロのところは子供が生まれたんだって?」
「はい。アニラって名前で、写真も見せてもらいました。あいつ、会えてもいないのに顔が緩みっぱなしで。ララァさんも元気みたいです」
「へえ。あのアムロが父親とはね。ずいぶん早いもんだ。ブライトだってもう立派に父親をやってるし、初期のレイブンを知ってる身には妙な気分だよ」
「俺もですよ。写真を見せられた時は、嬉しいけど何だか不思議で」
「で、レン。あんたの方はどうなんだい。人の家の話じゃなくてさ」
何のことか分からず顔を上げると、中佐は呆れたように俺の杯を指した。
「そういう相手の一人もいないのかって聞いてんだよ。何年もあんな艦で暮らして、仕事だけで一日終わらせてるわけじゃないだろう?」
「……いや、終わってますね。休みがあれば寝るか、機体を見に行くか。最近はそれもできてないですけど」
「胸を張って言うことじゃないね。自分の休みくらい考えな」
「考えた結果、今は中佐と飲んでるんですが」
「そういうことを言ってんじゃないよ」
中佐は噴き出しそうになって杯を置いた。俺もようやく話の向きが分かってきたが、答えは大して変わらなかった。好きな人はいるか、と聞かれたら、仲間の顔ならいくらでも浮かぶ。けれど、その中の誰かと恋人になりたいかとなると、どうもぴんとこない。
「まあ、あんたが無理して相手を作る必要もないさ。ただ、周りがみんな同じ気分だとは思わない方がいいよ。クリスなんか、あんたに随分気安くしてるじゃないか。あれが年下の戦友を可愛がってるだけなのか、ほかにも何かあるのか、あたしにも分かりゃしないけどね」
「クリスさんは昔からあんな感じですよ。機体の話になるとすぐ怒られるし」
「それで、あんたも楽しそうに言い返す。そういうところを言ってるんだよ。まあ、本人がどう思ってるかは本人に聞きな。あたしが決めることじゃない」
俺が返事に困っていると、今度は中佐が「マウアーにも世話をかけてるねえ」と続けた。
「あの娘はあんたの判断をずいぶん買ってる。敬意は確かにあるさ。ただ、あんたの顔を見る時の感じは、それだけでもなさそうだね。もっとも、仕事ではそういう素振りを見せないから、あたしの見当違いかもしれないが」
「副官として信頼してます。俺が抜けてるところをきちんと埋めてくれるんで、本当に助かってますよ」
「うん。今のはあんたの感想だろうね」
「違うんですか?」
「いや、違やしないさ。そうやって何でも仕事の話に戻せるのが、あんたらしいってだけさ」
話がそこで途切れたので、水を飲んだ。中佐も今すぐ俺に誰かを選ばせるつもりはないらしく、つまみを一つつまんでいる。
「じゃあ、クスコさんのこともそういう話になるんですか。あの人だって、俺に何でも従うわけじゃありませんよ」
「誰がそう言ったんだい。クスコのあんたに対する忠義は相当なもんさ。だからって、惚れた腫れたと一緒にする気はないよ。ノエルだって、あんたの判断を買ってるけど、根拠がなけりゃちゃんと止めるだろ。あの子のは上官への敬意だ。相手によって違うって話さ」
「……俺、そんなに何も分かってません?」
「むしろ、何も考えてないのさ」
言い返そうとしたが、思い当たるところはあった。何年先にどんな戦いが起きるか、誰が巻き込まれそうか。そういうことは考えてきた。けれど自分がこの先どこで、誰と、どんな毎日を送るかと聞かれると、とたんに答えがでない。この世界へ来てから、他人の行く末にばかり目を向けていたのかもしれない。そんな事情まで、中佐に話せるわけはなかった。
「今の暮らし、結構好きなんですけどね。みんな無事で、仕事があって。将来のことは……考えてないわけじゃないんですが、何をしたいかと言われると難しいですね」
「あんたが休んでる間だって、ノエルもレイアムも自分の仕事をしてる。みんなそれぞれ勝手に暮らしてるんだよ。あんたもたまには自分のことを考えりゃいい」
「……今日くらいは、もう仕事の話をしない方がいいですかね」
「そうしてくれりゃ、誘った甲斐もある。休みの日まで艦長と相談したくはないからね」
中佐は頷き、空いた杯に酒を足した。こちらにも注ごうとしたので、まだ残っていると首を振る。
「しかし、そういうシーマ中佐はどうなんです? 昔の仲間も落ち着いたなら、中佐にも何か予定とか」
「なんだい、藪から棒に。さっきまで自分の話から逃げてたくせに」
「散々聞かれたんで、こっちも聞き返しただけです。嫌ならいいですけど」
「別に嫌じゃないさ。あたしはもう、暮らす場所を選ぶくらいは自由にできる。誰に義理立てするでもなく、自分が気に入ったところにいればいいんだよ」
「それで、レイブンですか」
「そういうこと。……まあ、レン。あんたの下なら、添い遂げてやってもいいさ」
酒を飲もうとして、手が止まった。中佐はこっちを見ている。いつもの皮肉っぽい顔なのに、笑い飛ばしていいのか少し迷う。
「それ、軍で最後まで働くって意味ですか?」
「さあね。どっちの意味だと思う?」
「どっちって……中佐、絶対わざと言ってますよね」
「当たり前だろ。あんたがたまには自分で考えるかと思ってね」
「ひどいなあ。人が真面目に聞いたのに」
「何も嘘は言っちゃいないよ。あんたがどう取るかは知らないけどね」
からかわれているのは間違いない。それなのに、中佐が最後の一言を言う時、こちらから視線を外さなかったのが妙に気になった。俺は返し方を探したが、何も浮かばない。中佐はそれを見て、もう一度笑った。
「そんな顔すんじゃないよ。今日は飲みに来たんだ。答えを出す会議じゃないんだから」
「会議だったら、もう少し準備できたんですけど」
「準備したって、あんたのその手の話は大して変わらない気がするねえ。ほら、酒がぬるくなるよ」
俺が杯を持ち直すと、中佐も自分の杯を上げた。どこかで誰かが笑い、店員が新しい皿を運んできた。
「そういや、この料理、あんたが頼んだんだろう? 悪くないじゃないか。次はこれに合う酒を選ばせな」
「いいですけど、俺の分まで勝手に強いのを頼まないでくださいよ」
「心配しなくても、酔いつぶれた大佐を担いで帰るほど暇じゃないさ」
「それなら安心です。中佐に借りを作ったら、後が怖いですからね」
「言うようになったね、レン。そいつは覚えとくよ」
シーマ中佐が空いた皿をこちらへ押してきたので、俺は新しい料理を二人分に取り分けた。
色々考えないといけないかも…でもよくわからないしな…って感じです