休暇を終えて勤務に戻ると、机の上に新しい報告が一件増えていた。マウアーが差し出した端末には、サイド2・二十五バンチから届いた通信記録の整理結果が開かれている。タンクの残骸や戦闘映像とは別に、現地側が保管していた交信の内容をまとめたものだった。
「管制側で記録の整理が済んだそうです。追加報告に載せられる部分を分けてあります」
「現地側からですか。内容は?」
「はい。ティターンズが毒ガス使用を通告し、二十五バンチ側が降伏を申し入れた交信です。それでもティターンズ側は作業を止めていません。両方とも現地の通信記録に残っています」
俺は画面を開き直した。短い報告の中で「降伏」という二文字が妙に目立つ。俺たちがタンクを止めようとしていた時、コロニーの中では、相手に頭を下げてでも攻撃をやめさせようとしていたのだ。現場でレイブンへ届いていたのは軍による交通規制と設備作業の情報が中心で、このやり取りは事件のあとに取り寄せた記録で初めて分かった。あの時に知っていたところで、接続までの猶予が増えるわけでもなかったが。
「そこまで追い込まれていたんですね。ノエルさんにも、映像の時刻と突き合わせてもらえますか」
「すでにお願いしています。大佐には追加報告に載せる表現を確認していただきたいんです。『毒ガス使用の脅迫を受けた』ことと、『実際に積んでいた物質が毒ガスだった』ことは、書き分けています」
「その区別なら問題ありません。中身の分析を待つ必要はありますが、実際に脅されたことまで伏せる理由はないですから」
マウアーが頷き、別の書類を開いた。補給の受領記録にはもう俺の印が入っている。休んでいる間も仕事は進んでいたらしい。ノエルさんのところへ行くと、現地管制とアーガマ側の戦闘記録を並べた画面が置かれていた。
「接続作業が続いたことは、こちらの映像にも映っています。降伏申し入れの後の時刻とも合いますね」
「はい。提出する記録には、交信と映像の時刻をそれぞれ明記します。ただ、脅迫がどの指揮官の判断だったかは、これだけでは分かりません」
「そこは別ですね。今分かることを先に出しましょう。通告を受けた側の記録があるなら、後から『そんな話はしていない』では済まなくなる」
ノエルさんは俺の言葉を聞くと、確認済みの箇所だけを別の画面に移した。残骸の分析結果が来なくても、報告できる事実はある。逆に、疑いが濃いというだけで命令者まで決めつければ、その報告自体が攻撃されるだろう。
艦橋に顔を出すと、レイアム大尉が港側の交通状況を見ながら、補給後の出港候補を示してくれた。急ぐ事情はないので、民間船の出入りとぶつからない時間を選んでもらう。シーマ中佐は警戒表示を確認していたが、俺に気づくと軽く口元を上げた。
「昨日はちゃんと休めたみたいだね、レン」
「おかげさまで。中佐も少しは息抜きできたでしょう」
「まあね。それより、二十五バンチの方で何か出たんだって?」
「現地側の交信記録です。毒ガスを使うと脅されて、降伏まで申し入れていたそうで。それでもタンクは運び込まれてます」
「……そいつはひどい話だ。軍の設備作業なんて言い訳も、もう通りそうにないね」
「少なくとも住民に何を告げていたかは残ってます。中央へ追加報告を送るつもりです」
「そうしな。あとは、何も聞かされていなかった連中まで一緒くたにしないことだ。そこを間違えると、相手に逃げ道をくれてやるよ」
中佐らしい言い方だった。昨夜、酒場で聞いた話が少しだけ頭をよぎったが、向こうはもうレイアム大尉と航路の相談を始めている。俺もマウアーにゴップさんとの連絡時間を確かめ、艦橋を後にした。
◇
通信画面の向こうで、ゴップさんが手元の資料を閉じた。
「久しぶりだな、レン。二十五バンチを守ったそうじゃないか。報告はまだ全部見ておらんが、妙な話になっているらしいな」
「積み荷の分析は終わっていません。ただ、現地から新しい記録が出てきました。ティターンズは毒ガスを使うと脅していたそうです。二十五バンチ側は降伏を申し入れたのに、タンクの接続作業は続けられています」
「脅迫の方には記録があるのか?」
「現地側の交信記録に残っています。こちらの映像でも、降伏申し入れの後まで作業を続けていたことが確認できます。整理が終わった部分から中央へ送ります」
ゴップさんは椅子へ背を預け、少し考えてから口を開いた。
「それなら話が違ってくるな。危険物の疑いがあるタンクを運んでいた、というだけではない。住民が脅迫を受けたうえ、降伏を申し出ても作業が止まらなかった。そこの説明は、少なくとも求められるだろう」
「ええ。タンクの中身が何だったかは調べるしかない。でも、ガスを使うと脅した事実は別です。そこをまとめて『未確認』にされるわけにはいきません」
「そうだな。そこを一緒くたにするなよ。ただし、現場で脅迫した者と、その作戦を上から命じた者が同じとは限らん。どこまで報告が上がっていたかを掴むには、また別の証拠が要るぞ」
「分かっています。こちらも同じ連邦軍のMSと撃ち合っていますから、そこだけを切り取られたくないんです」
画面の向こうでゴップさんが鼻を鳴らした。
「切り取ろうとする者はいるだろうさ。ティターンズを守りたい者もいれば、こんなやり方を放置したくない者もいる。軍の内部と議会では、気にする順番も違う。だが、住民側が何を告げられ、どう応じたかまで残っているなら、少なくとも現場の交戦だけで片づけるのは難しくなる」
「三十バンチの時も、残されたものを集めてようやく話ができました。今回は現地側も交信の記録を出してくれています。提出した後も、照会があれば示せるようにしておきたいんです」
「そこはお前たちが責任を持ってやれ。私は軍へ命令を出せる立場じゃない。ただ、議会側でこの件がどう扱われているか、聞けることは聞いておこう」
「お願いします。こちらの動きを決めてもらおうという話ではないので」
「分かっておる。昔よりは頼み方が上手くなったな」
「無理を言って困らせた分、少しは覚えました」
ゴップさんは声を出して笑った。そのまま雑談に移るかと思ったが、今度は少し表情を改めた。
「ただ、レン。向こうがどんな非道を働いたとしても、連邦軍の中で使える経路まで自分から捨てるなよ。ティターンズの味方ばかりではないとはいえ、こちらに都合よく全員が動いてくれるわけでもない。お前たちが今の立場にいる意味を忘れるな」
「はい。BLACK RAVENは連邦軍の正式部隊です。ティターンズと戦ったからといって、その立場を投げ出すつもりはありません」
「なら結構。そういうところは頑固でいい。何か分かったら連絡してやる。ただし、私に何でも聞こえてくると思うなよ」
「期待しすぎないようにします。それでも相談できるだけ助かってます」
「まったく、若いくせに堅苦しい男だ。次はもっと面白い話でも持ってこい」
笑いながら通信を終えた。中央に味方がいるからといって、書類が勝手に進むわけじゃない。そんなことはゴップさんも俺も分かっている。俺に必要なのは、手元の報告をきちんと仕上げ、何か言われた時に記録を示せるようにしておくことだった。
◇
マウアーの席へ戻ると、ノエルさんから送られた照合結果が新しい報告に付いていた。脅迫を受けた時刻、降伏を申し入れた時刻、その後も動いていたタンクの映像。すべてが同じ画面に押し込まれているわけではないが、どの記録を見れば確かめられるかは分かるようになっている。
「追加の部分、確認しました。現地側の記録は提出用に整理済みです。分析待ちの項目は別にしてあります」
「ありがとう。脅迫を受けたことと降伏申し入れ、それから作業の継続は、この形で出してください。相手の上位指揮官については推測を書かないで」
「承知しました。管制側にも受領の連絡を返しておきます」
ノエルさんは記録を再生しながら、残骸の追跡情報に不足があると話していた。こちらが追った破片と管制側の観測に、まだ突き合わせが必要な部分があるという。全部が揃うまで提出を延ばす必要はない。未照合の箇所はそのまま区別し、追加できる時に追加すればいい。
そこへレイアム大尉から、港側の交通が落ち着く時間帯に出港できそうだという連絡が入った。艦橋で最終確認することにして端末を置くと、マウアーが別の定期連絡を差し出した。
「研究艦からです。急ぎではありませんが、受領確認が必要な項目があります」
向こうでは治療も生活も続いているようだった。フォウの健康状態は引き続き良好で、子供たちの授業にも急を要する問題はない。添えられていた生活面の報告は、仕事を終えてからゆっくり読もう。
「落ち着いたら一度顔を出したいな。向こうの都合もあるだろうけど」
「訪問されるなら、先に日程を照会しておきます。今のところ急ぎの用件はありませんから」
「うん、お願いします」
マウアーに端末を返し、艦橋へ向かった。通信口の向こうではシーマ中佐がレイアム大尉と航路について話していた。俺が来ると、レイアム大尉が港の管制表示をこちらへ送ってくる。俺はその内容を確かめてから、出港準備を進めてもらうことにした。
降伏の申し入れの通信記録はありますがティターンズは無視してます。
主張としては届いてなかったと言い張るでしょうけど