研究艦から戻って数日、レイブンの勤務はいつもの調子に戻っていた。サイド2の報告には相変わらず照会が入り、整備班からはアルコルの交換部品について確認が来る。机の端には、キョウとの約束を思い出して描きかけたMSの絵が置いてあった。脚部を描いたところで関節の可動範囲が気になり、結局、絵というより整備資料の下書きになっている。
描き直す前に引き出しへしまったところで、マウアーが端末を持ってきた。
「大佐、アーガマから情報が届きました。サラ・ザビアロフがティターンズ側で活動を再開したと見られるそうです」
「戻っていたんですか。本人と確認できるものは?」
「複数の情報を照合した結果です。ただ、活動場所までは確認されていません。脱走時の経路も不明です」
「分かりました。ノエルさんと共有しておいてください。俺も確認します」
サラがアーガマを出ていった事情は、今でも分かっていない。グラナダに向かうコロニーのことを知らせてくれたのは彼女自身だった。あの時の判断と、今ティターンズにいるらしいという報告は原作のような動きをとったと個人的には考えている。
ノエルさんは既に報告を読んでいて、艦内の警戒情報に加える範囲を選んでいた。
「顔と名前、それから再活動が確認されたという点は周知できます。脱走時の協力者や現在の任務については、根拠がありません」
「それでお願いします。仮に現場で出会っても、こちらの知ってるサラだと分かるようにしておきたい。向こうから接触してくる可能性もありますし」
「警戒を続けます」
「ええ。そこまで重要でもないので気に掛ける程度でいきましょう」
俺が席へ戻って間もなく、ブライトさんから通信が入った。回線を開いたブライトさんの顔は別のことで忙しそうだった。
「レン、サラの報告は受け取ったな。そちらで特に新しい情報がなければ、今はそれでいい。もう一つ伝えておくことがある」
「何か起きたんですか?」
「アクシズだ。地球圏へ帰還してきている。月側からの情報とこちらの観測を照合した。間違いないと見ている」
画面が切り替わり、離れた位置から続く観測記録が並んだ。目標がどこへ向かっているのか、確実に追えている範囲は限られている。アクシズの帰還か。
アクシズ独自のMS、ミネバ・ザビを掲げるハマーン・カーン。俺が覚えている戦いでは、アクシズはエゥーゴとティターンズの間に割り込んできた。いずれはこの近くに見慣れない機体が現れるかもしれない。しかし、ガルマが生きてジオン共和国の首相を務めている今、あの記憶どおりの顔ぶれが同じ目的で来たとは限らない。思い出せることは多いが、目の前の航跡だけでは何も確証が得られない。
「帰還したのは分かりました。向こうの戦力については、どこまで確認できていますか?」
「まだまとまった数も種類も掴めていない。帰ってきた理由についても分からん。こちらから接触した者もいない」
「ジオン共和国側とは連絡を取っているんでしょうか。元は同じジオンでも、今は事情が違うはずですよね」
「こちらには分からん。向こうが共和国とどういう関係を保っているのかさえ不明だ。むろん、ティターンズ側も気づくだろう。みながそれぞれ関心を持っているだろうな」
ブライトさんは資料の一部を拡大して見せてくれた。近づいていくのか、様子を見るのか。仮に偵察を出すにしても、いきなり相手の進路へ割り込むわけにはいかない。アーガマがいま抱えている戦力と周囲の状況からしても、無用な接触で火種を増やす余裕はないはずだった。
「クワトロ大尉は何か言ってます?」
「呼んである。少し待ってくれ」
ほどなく画面へ入ってきたクワトロ大尉は、ブライトさんの横で資料に目を通した。いつもの落ち着いた表情だったが、最初の言葉が出るまで少し間があった。
「久しぶりに聞く名だな。帰還自体は、あり得ない話ではなかった。だが、こうして実際に動き出したとなると話は別だ」
「大尉があそこにいた頃と、今とでは相当違っているでしょうね。どのくらいの戦力を持ってると思います?」
「正直に言えば、見当がつかん。私が知っている頃の艦や設備の話をしたところで、今の軍備は分からない。何年も経てば人も変わるし、彼らが何を優先してきたかも確かめようがないからな」
「その頃の指導部については分かっても、今誰が動かしているかまでは分からないわけですね」
「ああ。……それに、私はあそこを離れる時、向こうに対して筋を通したとは言えん。仮に以前の知人が残っていたとして、私の言葉を信用しない理由はある」
クワトロ大尉はそれ以上言わなかった。あの言い方なら、向こうに恨まれても仕方のない事情があると本人も考えているのだろう。ここで詳しく聞くつもりはないがもしかして原作のようなことしてるのか? 相手の現在の顔ぶれすら分からないのに、昔の事情だけを掘り返しても判断材料にはならないが不安しかない。
「接触するなら、まず相手が何を求めているか、そこからですね」
「ああ。交渉の前に、こちらが相手を決めつけてしまっては始まらん。ただ、私が前へ出れば済むという話でもない。過去の縁を役に立てられるかどうか、それすら今は分からないのだから」
ブライトさんが、そこで話を引き取った。
「月側とは、何を確認してから接触するか相談している。私はアーガマを不確かな情報で危険な場所へ出すつもりはない。ただ、相手がこちらへ動いてくるなら、放っておくわけにもいかん。監視は続ける。接触するかどうかは、その後だ」
ブライトさんの言葉に頷いた。アーガマの安全を考えれば、こちらが警戒を勧めるだけで済む話ではない。具体的に何が近づいているかを知らないまま偵察を出しても、危険を増やすだけになるかもしれない。
「こちらでも観測と警戒を続けます。連邦軍への報告はレイブンの責任で出しますが、まだ分かっていない戦力や意図まで断定はしません。何か確認できたら共有します」
「助かる。こちらも同じようにする」
通信が切れる直前、クワトロ大尉は表示されていた航跡へもう一度目を向けた。以前そこにいた人間にとって、帰ってきたという知らせは、俺たちの受け取り方とはまた違うのだろう。
◇
レイブンの艦橋では、レイアム大尉が通常航路と周辺の観測可能範囲を重ねて表示していた。俺がアクシズの件を伝えると、ノエルさんがアーガマからの資料を自艦の情報と分けて取り込む。今のところ、レイブン側で独自に確認できるものは多くない。
「現行の航路を維持したままなら、周囲の交通と干渉せずに観測を続けられます。ただ、アクシズ側を追うために進路を変えるとなれば、別の計画が必要です」とレイアム大尉が言った。
「追いかけるつもりはありません。こちらから接近する必要が出るまでは、このままでお願いします」
シーマ中佐は少し離れたところで資料を眺めていた。アクシズの名が出てから、普段ならすぐに聞こえる皮肉が出てこない。俺が声をかけると、中佐は画面を指で軽く叩いた。
「……アクシズ、か。あたしらが行き場をなくしてた頃、あそこへ入れないかって残党の連中を頼ったことがある。返ってきたのはお断りだったよ。今さら帰ってきたと聞いても、懐かしいなんて気分にはなれないね」
「……それじゃ、帰還を歓迎する気にはなれませんよね」
「歓迎する義理はないさ。でも、それと今の連中を敵と決めつけるのは別だよ。あたしが門前払いを食った頃と同じ顔ぶれかどうかも分からない。ただ、同じジオンを名乗ってりゃ話が通じる、なんて期待はしない方がいいね」
中佐はそこで昔話を切り上げた。旧隊の連中は今、それぞれ民間で暮らしている。彼女があの頃へ戻りたいはずもなかった。表示を覗くと、ノエルさんが現行の識別情報とアーガマから届いた分を分けていた。
「ノエルさん、識別できない機体は、識別できないまま報告するんですよね」
「ええ。所属が分かる前から敵に仕立てても仕方ありません。逆に、友軍みたいに扱うのも駄目でしょうけど」
「その通りさ。知らない機体が出たからって、慌てて撃つ必要はない。でも、向こうが何をしても見てるだけで済むとも限らない。距離と逃げ道は考えておきな」
レイアム大尉が航路と退避先の候補を示し、ノエルさんは未識別の接近目標を表示する際の手順を確認した。シーマ中佐は警戒配置について二、三の意見を残して持ち場へ戻る。俺はマウアーに中央向けの報告を頼み、サラの件とは分けて提出するよう伝えた。
報告を送る前に、アーガマから届いた資料をもう一度開く。航跡の線は確かにこちらへ伸びているのに、その先にいる人間の顔も、持っている機体も分からない。レイアム大尉がいつもどおり航路の最終確認を求めてきたので、俺は端末を伏せ、艦橋の表示へ目を戻した。