ブライトさんから合流位置が届いたのは、レイブンが次の警戒区画へ移る前だった。こちらの三人はいったんアーガマへ移り、六人の使節と合流してからグワダンへ向かう。先方が指定してきた連絡艇の接近経路も、すでに届いていた。
「大佐、人数と所属の最終確認が来ています。先ほどの名簿で返答しますね」
「はい。俺とシーマ中佐、マウアーで変更なし。ノエルさんには引き継いであります」
「レイアム大尉にも出発時の位置を確認していただきました。こちらの準備は終わっています」
艦橋へ顔を出すと、ノエルさんはもう次の当直の話をしていた。レイアム大尉も予定航路の修正に取りかかっている。シーマ中佐が二人に短く声をかけ、俺も出発を伝えた。こちらがあれこれ念を押すより、もう仕事を始めている二人に任せた方がいい。
◇
アーガマの発着区画には、ブライトさんたち六人が揃っていた。ウォンさんは手元の書類から顔を上げず、レコアさんがその隣で確認事項を伝えている。カミーユとアポリーは連絡艇の入口近くにいて、俺たちが着くと通路を空けてくれた。
「レン、予定どおりだな。向こうから経路変更の連絡はない。皆が乗ったら出る」
「こちらも準備できています。留守中のことは任せてきました」
「よし。グワダンから経路変更を指示される可能性もある。乗ってからも連絡には注意してくれ」
連絡艇に乗り込み、俺はブライトさんとクワトロ大尉の近くに腰を下ろした。マウアーとシーマ中佐は少し後ろ、ウォンさんたちは反対側の席を使っている。発進すると船体の振動が床から伝わり、アーガマの船体が窓の外をゆっくり流れていった。
グワダンの影が大きくなり始めた頃、ブライトさんが前かがみになって、クワトロ大尉に低い声で話しかけた。会談の場では口にしにくい話だからだろう。俺が隣にいるのを見て、ブライトさんはそのまま話を続けた。
「クワトロ大尉。向こうで頼りにできる人間はいるのか?今日になって初めて会う者ばかりだと、交渉の進め方も変わる」
「顔を見れば分かる者はいるかもしれないが…。しかし、私の名を出して便宜を図ってもらえるとは思わない方がいい」
「以前、離れ方がよくなかったとは聞いた。それだけでは判断しづらいんだ。どんな立場で何をしていたか、もう少し聞いておきたい」
クワトロ大尉はすぐに答えなかった。向こう側の席ではウォンさんがレコアさんと何か話している。大尉はその方を一度見てから、さらに声を落とした。
「立場、と呼べるほどのものはなかった。あの頃は、かなり自堕落に暮らしていてね。仕事らしい仕事も引き受けず、ただ日を過ごした時期が長かった。今になって旧知のつもりで訪ねていっても、向こうには迷惑だろうな」
……え?
あのシャアが、アクシズで? 自堕落に暮らしていた?
顔を上げた俺と目が合い、クワトロ大尉はわずかに眉を動かした。しまった。別に本人が何をしていようとおかしくはないが、あまりに想像していた姿と違う。
「……君には、そんなに意外だったかね」
「ええ、まあ。今のクワトロ大尉からは、ちょっと想像できませんでした」
「私にも、胸を張って話せない時期くらいあるということさ」
ブライトさんはそこで追及をやめるかと思ったが、まだ一つ確認したいことがあるようだった。
「では、旧公国の関係者とのつながりも薄いのか。ザビ家に近い者との交流はどうだった?」
「当時、アクシズの最高責任者を務めていたのはマハラジャ・カーンという人物だった。旧公国軍の残党をまとめ、ミネバ様を保護していた方だが、私はそのカーン家とはほとんど関わりがなかった。娘さんとも顔を合わせた程度だな」
……は?????
いや待て。カーン家とほとんど関わりがなかった? ということは、ハマーンともまともな付き合いがなかったってことか?俺の覚えているシャアとハマーンは、そんな関係じゃなかったはずだ。あの二人の過去がまるっきり違うとなると、今のハマーンは一体どうなっているんだ?
膝の上で握った手に力が入った。向こうの席からマウアーがこちらを見ているのに気づき、慌てて指をほどく。声をかける代わりに目で問いかけられたので、小さく首を振った。クワトロ大尉も、それ以上は話すつもりがないらしい。ブライトさんは短く頷いて身を戻した。
操縦席から、グワダンへの最終接近に入るとの連絡があった。正面の窓には、これまで離れた位置でしか見ていなかった巨大な船体が広がっている。とりあえず気持ちを切り替えなければ、相手の艦に降りて最初の挨拶すら危うい。
◇
グワダンの下部へ回り込むと、窓の外が大きな船体の陰に入った。案内された開口部へ速度を落として進み、連絡艇が着艦する。降りた先にはアクシズ側の案内役が待っていた。ブライトさんが訪問者の代表として名乗り、人数を確認してから九人で歩き出した。
通路の内装は、俺たちの艦とはずいぶん違う。壁の装飾も照明の置き方も、この船を単なる軍艦としてだけ使っていないことを感じさせた。シーマ中佐が俺の隣へ来て、歩調を緩める。
「レン、さっきから少し顔が変だよ。連中に会う前に戻しときな」
「そんなに顔に出てました?」
「何を聞かされたかまでは知らないけどね。グラサンと話したあとからだろ。ま、あの男には驚かされることもあるさ」
「……気をつけます。もう大丈夫です」
中佐はそれ以上聞かず、案内役の方へ視線を戻した。俺も歩く速度を合わせる。少なくともクワトロ大尉の話を、ここで九人全員へ広める必要はない。
案内された部屋は艦内とは思えないほど奥行きがあり、正面の少し高い位置に少女が座っていた。その傍らには、まだ若い女性が立っている。少女は硬い表情で使節団を迎え、女性は近づく九人を順に見ていた。
案内役が二人を紹介した。ミネバ・ラオ・ザビ。そして、アクシズの政務と軍務を取り仕切るハマーン・カーン。
ミネバとハマーン。やはり二人が出てきたか。
その名が告げられると、クワトロ大尉の姿勢が少し変わった。俺の横から、シーマ中佐の声が漏れた。
「……あんな小娘が、アクシズを仕切ってるってのかい」
俺に届くかどうかの声だった。中佐はすぐ口を閉じ、相手の振る舞いを見ている。驚くほど若いのは確かだが、誰かが一言命じたわけでもなく、部屋の人間たちはハマーンの動きに注意を向けていた。
ウォンさんとブライトさんが順に名乗り、アーガマからの随行者も紹介された。レイブン側の番になって、俺は一歩前へ出た。
「地球連邦軍BLACK RAVENのレン・イズミ大佐です。同行しているのは、シーマ・ガラハウ中佐と副官のマウアー・ファラオ少尉。アーガマとは協力して行動していますが、別の部隊として参加しています」
ハマーンの視線が、こちらへ移った。
視線が合った瞬間、驚くほど強い感応が返ってきた。数歩離れているはずなのに、相手の存在がすぐそばにあるようにはっきりと感じられる。これほど鮮明な感応は珍しい。しかも、初めて会う相手だというのに、どこか不思議な親しみまであった。俺は思わずハマーンの顔を見つめ返した。
ハマーンは口を開きかけたまま止まり、脇の椅子の背へ指をかけた。すぐ傍にいた人物が顔を上げる。彼女はその視線に気づくと手を離し、改めて俺を見た。
「……レン・イズミ大佐、か」
「はい」
「連邦軍の大佐がエゥーゴの使節と共に来るとは、少々意外だった。事情は追って聞こう。まずは、遠路ご苦労」
頭を下げて元の位置へ戻る。先ほどの感応が、まだ妙に印象に残っていた。ハマーンはもうほかの使節へ向き直り、何事もなかったように客を迎えていた。さっきの沈黙が周囲にどれほど長く見えたのか、それすら分からない。
ミネバが立ち上がり、覚えてきた言葉を確かめるように訪問への礼を述べた。緊張しているのは分かったが、最後には少し表情を緩めた。
「先ほど戦いがあったと聞きました。皆さん、お怪我はありませんでしたか」
「お気遣いありがとうございます。私たちは無事に参りました」
ブライトさんが答えると、ミネバは頷いて腰を下ろした。ハマーンはその様子を一度確かめ、ウォンさんへ目を向ける。俺もそちらへ視線を戻したが、ほどなくまたハマーンと目が合った。さっきとは違い、今度は何も起きない。ただ、相手の目はなかなか離れなかった。
「では、皆に席へ着いてもらおう。エゥーゴが我々に何を求めるのか、まずは聞かせてもらいたい」
ウォンさんが席に着くと、アクシズ側の者が薄い資料をそれぞれの前へ置いた。軍艦の中にしては立派な部屋だが、机を挟んで顔を合わせれば、結局は誰が何を引き受けるかという話になる。ハマーンはミネバの椅子に一度目を向けてから、自分も席に着いた。
「まず、先ほどの介入には礼を言っておこう。ティターンズに砲火を向けた以上、我々と利害が重なるところはあると考えていいのかな」
ウォンさんが切り出すと、ハマーンは少し首を傾けた。
「我々が砲火を向けたのはティターンズだ。だが、それだけでエゥーゴの味方になったと考えられては困る。今日、諸君を招いたのは、こちらにも話を聞く理由があるからだ」
「ならば率直に言おう。ティターンズの横暴を止めるためには、今の戦力だけでは足りん。アクシズの艦隊が加われば、戦局は大きく変わる。双方に利益のある協力ができるはずだ」
「利益か。それは結構な言葉だな。では、こちらが艦と人員を危険にさらす代わりに、エゥーゴは何を用意できる?」
ウォンさんは待っていたように資料の一枚を示した。月方面での物資調達や取引先への紹介、情報交換。軍事行動を共にする場合の連絡についても、相談に応じるという話だった。相手の要求を聞く前に白紙の約束をしないのは当然だが、ハマーンは一つ一つの言葉を聞き終えると、指先で資料を戻した。
「紹介と相談、か。エゥーゴに協力したあとで物が届かなくなっても、誰も責任を取らずに済む言い方だ」
「我々には月での調達手段がある。空約束をしに来たわけではない」
「調達できることと、継続して運べることは別だろう。輸送を妨げる者が現れた時は? アクシズがティターンズに狙われた場合、諸君は防衛に加わるのか。それとも、手の空いた艦があれば助けに来るという程度なのか」
答えにくいところを先に突かれた。アクシズが欲しいのは、今日一度の補給ではなく、動き出したあとも孤立しないための足場なのだろう。もっとも、エゥーゴ自身がティターンズと戦っている最中だ。よその艦隊をいつでも守ると約束すれば、今いる仲間の命まで勝手に賭けることになる。
「無条件の護衛を引き受けるとは言えん」
ブライトさんが答えた。
「我々の艦も戦闘を続けている。だが、共同で行動するなら、互いの船を危険に置き去りにしないための取り決めは必要になる。私がここで話せるのは、実際に指揮する艦の運用についてだ」
「艦長としては誠実な返事だ。しかし、それでアクシズ全体の安全を測れると思うか?」
ハマーンの問いはブライトさんを責めるというより、出された約束の大きさを測っているようだった。ウォンさんは資料を引き寄せ直し、取引の経路から話を詰めようとしたが、ハマーンはその前に一つ確認したいと言った。
「交易の話はまだできる。問題は我々を何として扱うかだ。アクシズは自分たちの判断で地球圏へ戻った。今さら他所の軍へ編入されるために来たのではない」
「こちらもアクシズをエゥーゴの一部にしろとは言っていない。共同戦線を組もうという話だ」
「ならば、その共同戦線から離れる時にも我々の意思が認められるのだな。エゥーゴに不都合な判断をしたからといって、補給を止めたり通行を妨げたりはしないと?」
「敵と手を組まれてまで便宜を図れと言われても、それは無理だ。そこは協力の中身次第だろう」
「では、結局は諸君に都合のいい時だけ独立を認めるということになる」
ウォンさんの口元が硬くなった。どちらの言い分にも理由がある。味方だと確認できない相手に補給を保証するのも危険だし、一度協力したら抜けられないようでは、アクシズにとって同盟ではなく従属だ。俺が口を挟める話ではなかったが、ハマーンはこちらへ視線を向けた。
「レン・イズミ大佐。貴官は地球連邦軍の人間だな。エゥーゴの艦と共に戦い、シーマ・ガラハウ中佐まで率いているという。連邦軍にはティターンズもいるはずだが、どういう立場でここへ来た?」
視線が合う。またあの鮮明な感覚があった。先ほどほど強くはないが、言葉を交わす相手が不思議なほど近く感じる。少し驚いて、返事が遅れそうになった。ハマーンも一拍待ったが、その目は真剣だった。
「俺たちBLACK RAVENは連邦軍の正式部隊です。シーマ中佐も、今はその一員です。ただ、同じ連邦軍だからといって、ティターンズの行動をすべて正しいと認めているわけではありません。民間人を巻き込む行動も見ていますし、こちらへの攻撃も受けています。アーガマとは、いま共に対処すべき相手がいるから協力しています」
「では、貴官がここで我々との協定を結ぶこともできるのか?」
「いいえ。自分の部隊で引き受けられることは判断しますが、連邦政府の約束はできません。ジオン共和国のことも同じです。連邦やジオン共和国の立場まで、俺が決めることはできませんから」
「できることと、できないことをはっきり言うのだな」
「曖昧な返事をして、あとで部下に責任を負わせるわけにはいきません」
ハマーンは少しだけ表情を変えた。笑ったわけではないが、それまで資料を眺めていた時とは目つきが違う。隣でマウアーがやり取りを記録しているのを見て、俺はそれ以上の説明をせずに口を閉じた。ハマーンの視線はしばらくこちらに残っていたが、ウォンさんが話を引き取った。
「共和国の話が出たところで言わせてもらおう。アクシズが物資の安定供給を望むなら、同じジオンの流れを汲む共和国との交渉も選択肢ではないのか。ガルマ首相の政権は安定している」
「そうだな。四年ごとの議会選挙を経て、ガルマ・ザビは二期続けて首相の座にある。国民の支持を得て政権が安定していることも、承知しているさ」
ハマーンはミネバの方を見た。少女は二人の話を静かに聞いていたが、自分の名前が出るかもしれないと感じたのか、背筋を伸ばす。
「だが、あの国の政権が安定しているからといって、ここにいる者たちの暮らしや判断まで預ける理由にはならん。アクシズはアクシズだ。ミネバ様のお立場も、共和国の首相職と同じものではない」
「我々は共和国へ従えとは言っていない。頼れる窓口が増えるなら、それは悪いことではないはずだ」
「窓口を持つことと、その相手に生殺与奪を握られることを同じにしないでもらいたい。共和国との関係をどうするかは、我々自身が判断する」
ミネバが口を開きかけたが、ハマーンの横顔を見て口をつぐんだ。まだ幼い彼女には難しい話も多いだろう。それでも、自分が無関係ではないことは分かっているらしく、二人の顔を交互に見ていた。
ウォンさんも、共和国の話をこれ以上続けるつもりはないらしかった。代わりに、アクシズがこちらへ差し出せる協力の範囲を尋ねる。ハマーンは偵察情報や戦域での行動調整なら議題になると答えたが、共同作戦への参加となれば、先に保証の話へ戻った。こちらが出せないものを相手は欲しがり、相手が今出せると言うものでは、こちらが求める戦力に届かない。
そのやり取りを聞いているうち、クワトロ大尉が初めて長く口を開いた。
「互いに疑うばかりでは何も始まらない。今ここで全ての条件を決める必要はないはずだ。まず限られた範囲からでも協力し、互いに信用を築くことはできる。アクシズにもエゥーゴにも、そのための時間は残されている」
ハマーンの視線が、クワトロ大尉へ向いた。さっきまでの冷静な調子は変わらない。それなのに、次の一言だけは部屋の隅までよく通った。
「信用、か。盗人がよくもそのようなことを言えるな」
小さなどよめきが起きた。アクシズ側の者たちが顔を見合わせ、こちらではカミーユがクワトロ大尉を見た。ウォンさんの手が資料の上で止まる。ミネバまで驚いたようにハマーンを見上げていた。
「……ずいぶんな言いようだな。だが、私個人への非難なら、場を改めてもらいたい。今は両者の交渉中だ」
クワトロ大尉は声を荒らげなかった。だが、その言葉にハマーンの目が細くなる。
「交渉の場だからこそ言っている。アクシズの研究施設から、承認も得ずに成果を持ち出したことを、どう説明する?」
成果。ガンダリウムγか。
ああ、そういうことか。アクシズを離れる時に筋を通せなかった、というのは。艇の中で聞いた自堕落な暮らしだけでも十分驚いたのに、今度は研究所からの持ち出しか。俺はクワトロ大尉の横顔を見た。さっきのように目をそらすでもなく、しばらく黙ってハマーンを見返している。
「……持ち出したことは否定せん。あれは私の判断だった。だが、今ここで私を責めても、エゥーゴとの交渉が進むわけではあるまい」
「随分と都合のいい話だな。アクシズの研究成果を無断で持ち去った男が、今度は我々に信用を求めている。そのことを棚に上げろと言うのか?」
「そうは言っていない。私を信用できんというなら、それも仕方あるまい。しかし、私個人の過去と、エゥーゴが提示している協力の条件は別の話だ」
「だからこそ、私はその条件を聞いた。だが、こちらが求める保証は何一つ得られていない。そこへ信用を築こうなどと言われてもな。貴様の言葉だけで、私が艦隊と兵の命を預けるとでも思うか?」
クワトロ大尉は言葉を継がなかった。レコアさんが何か言いかけて口をつぐみ、アポリーは入口近くに控えるアクシズ兵へ一度視線をやった。ブライトさんは、ここで言い争いを始めても得るものはないと判断したのか、静かに椅子から身を起こした。
「過去の件について、こちらが知らないことがあるのは分かりました。だが、いまその責任を私が引き受けるとも、なかったことにするとも言えません。我々としては、この場で共同戦線が組めるのかを確かめに来ています」
「その答えは、初めから諸君にも見えているのではないか? 供給の継続も、安全も、我々の独立した判断も保証できない。それで艦隊を差し出せと言われても、承知はできん」
「艦隊を差し出せとは言っていない。共同で戦おうという提案だ」
「言葉を変えても、我々が背負う危険は同じだ。違うと言うなら、何を引き受けられるか、具体的な話を持ってきてもらいたい」
ウォンさんはしばらく黙っていた。反論したくなる気持ちは分かる。アクシズの戦力を味方につけたかったはずだし、そのためにここまで来たのだ。だが、さっきから問われているのは、アクシズが損害を被った時に誰が責任を持つのかということだった。答えを持たずに強い言葉を重ねても、相手は動かない。
「……今日のところは、条件を持ち帰るしかないようだな。協力の余地がないと言い切るつもりはないが、こちらにも出せるものと出せないものがある」
「それでよい。こちらも、今日ここで諸君を敵と決めたわけではない。だが、先ほどティターンズを退かせたことを、今後の同盟の約束と思われては困る」
ハマーンが資料を閉じると、ブライトさんも帰投の手順を確認し始めた。受入れ側は連絡艇までの案内を申し出たが、あちこちで交わされる視線は来た時より厳しい。政治的な話し合いとして終わったことに、少しだけ安堵した。
席を立つ前に、ハマーンが俺を呼び止めた。
「レン大佐。ひとつだけ聞いておきたい。貴官は、今日ここで我々と何か約束をするつもりはなかったのか?」
「アクシズの皆さんが何を考えているのか、それを直接聞きたかったんです。俺が決められないことまで約束しても、後で困らせるだけでしょうし」
「そうか。では、次に会う時も、同じように話すのだな」
「立場が変わっていなければ、たぶん。少なくとも、できないことをできるとは言いません」
「私の元に来る気はないか?」
不意を突かれて、返事が出なかった。ウォンさんが資料を片づける手を止め、ブライトさんも顔を上げる。シーマ中佐は隣で眉をひそめた。聞き間違いかと思ったが、ハマーンはほかの誰でもなく、まっすぐ俺を見ていた。
「……俺を、ですか?」
「そうだ。連邦軍に籍を置きながらティターンズに抗い、エゥーゴとも手を組む。なかなか面白い立場ではないか。それに、貴官は自分にできることを心得ている。私の傍らで、その力を生かしてみる気はないか」
つい先ほど、協力の条件が折り合わないと確認したばかりだ。それなのに、今度は連邦軍の大佐を直接誘うのか。アクシズ側の者も少し驚いているようで、室内にはささやき声が起きていた。ハマーンはそれを制しもせず、俺の返事を待っている。
「ハマーン殿。それは、我々との交渉の続きとして受け取るべきなのか?」
ブライトさんの問いに、ハマーンは首を振った。
「違う。今のは私からレン大佐への誘いだ。諸君に何かを要求しているわけではない」
そう言われても、こんな場で尋ねられた方は困る。俺は小さく息をついてから、言葉を選んだ。
「評価していただけるのはありがたいですが、お断りします。俺は今、連邦軍のBLACK RAVENを率いています。あそこには俺と一緒に戦ってきた連中がいますし、やるべきことも残っています。簡単にそこを離れるつもりはありません」
「連邦軍という組織への忠誠からか?」
「それだけじゃありません。自分で引き受けた仕事と、部下に対する責任があります。俺一人が気に入られたからといって、投げ出すわけにはいきません」
ハマーンはすぐには答えなかった。向けられた視線は相変わらず妙に近く感じられたが、さっきの会談で見せていた鋭さとは少し違っていた。やがて彼女は軽く顎を引いた。
「そうか。では、今はその答えを受け取ろう。だが、私の申し出を冗談と思われては困る。覚えておいてもらいたい」
「……はい。ですが、返事は変わりませんよ」
「構わん。無理に引き留めるつもりもない」
ハマーンはそこまで言うと席を立ち、今度こそ使節団全員に向き直った。
「諸君の帰路の安全は、こちらで確保する。今日の話はここまでだ」
◇
グワダンの通路へ出てからも、何となく居心地が悪かった。交渉がまとまらなかったことより、最後の一言の方が頭に残っている。隣を歩くシーマ中佐は、俺の顔を見て小さく笑った。
「あの場でいきなり引き抜きとはね。随分思い切った女だよ」
「いや、笑い事じゃないですよ。さすがにあれは予想してませんでした」
「断ったんだからそれでいいさ。あんたが妙な気を起こしたら、こっちは仕事が増えてたまらないからね」
「起こしませんって」
中佐はそれで気が済んだらしく、先を行く案内役へ顔を向けた。あの申し出の真意を考えてみたが、初めて会った相手のことだ。答えが出るはずもなかった。
発着区画へ近づいたところで、ウォンさんがクワトロ大尉を振り返った。
「研究施設から技術を持ち出したとはな。あの場で初めて聞かされるような話では困る。戻ったら詳しく聞かせてもらうぞ」
「……承知しています」
クワトロ大尉はそれだけ答えた。ウォンさんはまだ不満そうだったが、アクシズの案内役が待っている場所で言い争いを続けるつもりはないらしい。ブライトさんも余計な話はせず、連絡艇が予定どおり使えることを確かめた。
「レン、今日の内容はそれぞれ持ち帰ろう。アーガマからはエゥーゴ側へ報告する。そちらは連邦軍の経路で頼む」
「了解です。交渉の結果も、最後の誘いも、確認できた事実として報告します」
「そうしてくれ。向こうは協力を約束しなかったが、敵対を宣言したわけでもない。艦に戻ってから、今後の動きを考えよう」
艇に乗ると、マウアーが使節団の人数を確かめ、記録端末を開いた。話しかけられたのは、グワダンが窓から遠ざかり始めてからだった。
「大佐、ハマーン・カーンからの勧誘についても、発言どおり記録してあります。特別な条件や正式な招聘の提示はなく、大佐が断ったという理解でよろしいですね」
「それで合ってる。俺も、まさかあそこで誘われるとは思わなかったけど」
「承知しました。報告書では、会談の協力不成立とは分けて記載します」
マウアーは端末を閉じ、帰投後の連絡先を確認し始めた。俺もレイブンの状況を問い合わせておく。艦ではいつもどおり仕事が続いているはずだ。
窓の外で巨大な艦が小さくなる。先ほど目が合った時の感覚を思い出すと、今も相手の姿が妙にはっきり浮かんだ。強い感応だった。それも、嫌なものではない。けれど、初対面の相手が突然あんな話を持ちかけてきた理由までは分からなかった。
アーガマが近づく頃には、ブライトさんもウォンさんも報告について話し始めていた。俺はマウアーにレイブンへの帰投予定を送るよう頼み、着艦の準備に入った。
◇
使節団を送り出したあとも、ハマーンはしばらく謁見の間に残っていた。卓上には交渉で用いた資料がある。エゥーゴの提示した条件は足りず、共同戦線への参加は見送った。それは自分で下した判断だ。
それでも、最後に口にした言葉が頭から離れなかった。
あれほどの人の前で誘う必要などなかった。しかも相手は連邦軍の大佐だ。断られるのは当然だと、冷静に考えれば分かる。それでも、あの男が席を立つ前に声をかけずにはいられなかった。彼は一瞬驚き、そして部下と自分の仕事を理由に断った。
不思議と、腹は立たなかった。
初めて目が合った時の感応を思い返す。近くにいるだけで相手の存在が鮮やかに伝わってきた。こちらの考えを知られたわけではなく、彼の心を読めたわけでもない。それなのに、ずっと前から出会うことが決まっていたような、奇妙な確信に近い感覚があった。
運命、か。
自分で思いついておきながら、ずいぶん大げさな言葉だと思った。だが、あの男を目の前にすると、そう呼ぶほかない気もした。だからこそ、もう一度会って確かめたい。もちろん、今日の交渉結果を変えるつもりはない。ミネバ様とアクシズの行く末を、そんな感覚だけで決めるわけにはいかなかった。
ハマーンは資料を閉じ、控えていた者を呼んだ。使節団が帰ったのなら、次にどこと話をするかを考えなければならない。仕事は山ほどある。
それでも、レン・イズミという名だけは、しばらく忘れられそうになかった。
実はかなり前から決まっていた設定ではあるんです
シャアのアクシズでの流れは
恨みのある相手は大体死亡したし残してた金塊を利用し自堕落生活
ふとこれでいいのかと考える(とある日の賢者モード)父の思想 地球のために人々を宇宙にあげるための動きをしよう
手土産が必要 アクシズの独自の研究で新素材がどうこう聞いたな(大佐的コネクション)
肩書を使い侵入 盗難 地球圏逃亡 手土産にして原作の流れ
摂政就任約1年のハマーン「シャアが、研究成果を持ち出して行方不明だと!?」
原作では アクシズからわざと持っていかせたとか盗難とか色々ありますが本作では盗難です
超有名人がなんの力も貸してくれずに遊び惚けてたのにいざ何かしたと思ったらこれなので激おこです
アンチ・ヘイトはこれのためといっても過言ではない