レイブンへ戻って艦橋に上がると、ノエルさんが席を立った。艦橋はいつもと変わらない様子だった。アクシズの艦隊はまだ周辺宙域にいる。監視画面には、アクシズ側の機影がいくつも表示されていた。
「お帰りなさい、大佐。中央から、アクシズとの接触結果を知らせてほしいと照会が来ています」
「分かりました。マウアーと確認してから返します。それと、留守中はどうでした?」
「こちらは変わりありません。アルビオンのシナプス少佐からも、落ち着いたところで会談の様子を聞きたいと連絡がありました」
アルビオンは今回の会談には直接関わっていない。アーガマと同じ宙域で協力してきたのだから、結果を聞きたいのも当然だろう。シーマ中佐はノエルさんから警戒状況を引き継ぎ、俺はマウアーと執務室へ向かった。
机の端末には、グワダンで交わした話が順に残されていた。マウアーがまとめてくれたものだ。エゥーゴとアクシズの協力は成立せず、どちらからも敵対は宣言されていない。そのあとには、クワトロ大尉の件とハマーンからの勧誘も続いている。
「アクシズの成果物の件も、聞いたまま残してあります。研究施設の記録までは確認していませんが」
「それでお願いします。最後の誘いも、俺が断ったところまで」
「はい。そちらも入っています」
俺は該当する箇所を読み返し、端末を机へ置いた。今の中央じゃ、これを誰が読むか分かったものじゃない。聞いた話を全部預ける気にはなれなかった。
「中央には、協力はまとまらなかったことと、敵対には至っていないことを返してください。俺たちが無事に戻ったことも。それ以外は、今はうちで持っておきます」
「承知しました。送る分を分けます」
短い返答を確かめてから送ってもらい、会談の記録は手元に残した。シナプス少佐には、このあと直接話せばいい。そう考えて通常の警戒へ戻るところで、中央から別の連絡が届いた。今度は照会ではなく、新しい任務の要請だった。
◇
「ガルマ首相、ですか」
レイブンの艦橋へ戻った俺に、マウアーが中央からの文書を開いて見せた。アクシズの帰還に関連して、ジオン共和国との直接協議を行うよう求める正式な要請だ。共和国側の認識と対応、これまでの情報共有経路を通じた連絡の扱いが主な議題になっている。
「訪問はBLACK RAVENとして。レイブンとアルビオンの移動を想定しています。面会の受け入れと日程は、共和国側への照会が必要です。こちらで一方的に決められるものではありません」
「分かりました。前にも会ってますし、連絡の窓口はあります。ただ、俺が連邦政府の外交方針を決めに行くわけじゃない。そこは間違えないようにしましょう」
「文書上も、協議と情報交換が目的です。新しい協定を締結する権限は書かれていません」
ガルマとは何年か前、サイド3で顔を合わせている。あの時から共和国との情報のやり取りは続いてきたが、今度はアクシズが戻ってきた。ミネバもハマーンもいる艦隊を、ガルマの共和国がどう受け止めているのか。連邦中央が気にするのも不思議じゃない。
「シナプス少佐につないでください。アルビオンの事情を聞いてから、こちらの航路も決めたいです」
「はい。先に任務文書の該当部分を送っておきます」
通信がつながると、アルビオンの艦橋が映った。シナプス少佐の手元にも、こちらから転送した文書がある。
『サイド3への転進、ですな。中央がアクシズの帰還を重く見ていることは分かります。しかし、我々が今いる位置をそのまま離れれば、アーガマ側の警戒配置にも影響が出ます。先方とは話をされましたか』
「まだです。要請を確認したばかりなので、まず少佐と相談したかったんです。アーガマへはこれから伝えます」
『では、アルビオンは向こうと警戒の引き継ぎができるまで現在の任務を続けます。艦を動かすには、周辺の確認も必要です。共和国方面へ向かうとしても、レイブンに合わせて急に速度を上げるつもりはありません』
「ええ。二艦が同じ航路で固まる必要もないでしょう。こちらもレイアム大尉に検討してもらいます」
画面の端にバニング大尉がいた。シナプス少佐はそちらを振り向き、少し考えてから声をかけた。
『バニング大尉、今の話を聞いてどう思う』
『俺なら、警戒の引き継ぎと整備の見通しを先に確認します。艦の移動とMSの即応を同時に変えるなら、どこかで無理が出るでしょう。ただ、共和国へ着くまで同じ配置を引きずる必要もない。状況が変わったところで組み直せばいいかと』
『悪くない。だが、引き継ぎ先の配置が決まるまで動けないという点も忘れるな。我々の都合だけで、アーガマの外側を空けるわけにはいかん』
バニング大尉は顎を引いた。先ほどまで手元の資料を眺めていたが、今度はシナプス少佐が見ている航路図へ視線を移している。MSの編隊を動かす時とは、気にかける範囲が違うのだろう。
『MS隊の準備はライラ大尉に任せています。大佐、少し待っていただけますかな』
シナプス少佐が呼ぶと、ほどなくライラ大尉の声が回線に入った。
『艦長、状況は聞きました。航行中の警戒を厚くするなら、小隊を出しっぱなしにするより交代の幅を取らせてください。出先で機体の整備待ちが重なっても、すぐ穴埋めはできません』
『その判断は小隊長に任せる。艦の発着予定とはこちらで合わせよう。バニング大尉には訓練の予定を調整してもらう』
『了解しました。私の方は、出せる機体と人員を確認します』
「ライラ大尉、お願いします。戦闘のためにサイド3へ行くわけじゃありませんが、道中で何があるかは分かりませんから」
『分かっています。友好的な訪問でも、護衛をなくしていい理由にはなりません』
シナプス少佐はライラとの通話を終えると、こちらへ向き直った。
『アルビオンは私の判断で移動準備を進めます。現地への接近方法については、共和国側から返事が来てから相談しましょう。そちらも今すぐ出る必要はありますまい』
「了解です。ブライトさんたちと話して、こちらから改めて連絡します」
『アーガマには世話になりました。離れる前に、連絡を途切れさせないようにしたいものですな』
回線が切れると、俺はアルビオンから届いた警戒配置を開いた。シナプス少佐の言うとおり、いま二艦が離れれば、アーガマ側の外周に空白ができる。先にブライトさんと話をつける必要があった。
◇
ブライトさんとの連絡には、少し時間を取った。アーガマだけでなくラーディッシュとも警戒情報を共有していたところで、アルビオンが離れる位置を確かめる必要があったからだ。
『共和国へ向かうのか。上からの正式な要請なら、お前たちがここに留まる理由はないな』
「はい。アルビオンも一緒に別行動になります。ただ、シナプス少佐は引き継ぎが済むまで警戒を続けると言っています。急に穴を空けるつもりはありません」
『それは助かる。こちらもラーディッシュと配置を相談する。お前たちの分まで何もかも抱えるつもりはないが、今の戦域で動かなければならない艦はこちらにある。別の仕事なら、そちらを優先してくれ』
ブライトさんの後ろで、誰かが戦闘記録を運んでいた。アクシズが現れたからといって、ティターンズが大人しくしているわけじゃない。アーガマの仕事は続く。
『そういえば、アムロがお前と話したがっていた。ちょっと待ってくれ』
ブライトさんが席を譲ると、画面にアムロが現れた。こちらを見ると、手元に置いていた端末を脇へ寄せた。
『レン。グワダンでは大変だったらしいな。ブライトから話は聞いたよ』
「大変だったよ。まさか最後にハマーンから勧誘されるとは思わなかった」
『それは僕も驚いた。会ったばかりの連邦軍大佐を誘うなんてな。断ったなら、今はそれでいいさ。僕はクワトロの方も気になってるんだ。本人はどう言ってた?』
「ああ……あれは本人から説明してもらった方がいいと思う。俺もあの場で初めて聞いたんだ」
『そうか。ブライトも詳しく聞くつもりらしいし、そっちは任せるよ』
アムロは少し考えてから、話を変えた。
『それで、レイブンとアルビオンは共和国へ向かうんだってな』
「ああ。ガルマ首相とアクシズの件で話をしてこいってさ。しばらく別行動だな」
『二隻とも抜けるのは痛いな。こっちはブライトと配置を考え直さないといけない』
「悪いな。ティターンズもまだ近くにいる。共和国の方で何か分かったら、そっちにも連絡するよ」
『お前が謝ることじゃないだろ。配置はこっちで考える。共和国の方もアクシズが戻ってきたら放っておけないだろうしな。ガルマ首相とは前に会ってるんだろう?』
「何年か前にな。ただ、アクシズを今どう見てるのかは、本人に聞いてみないとな」
『そうだな。顔見知りだからって、何でも話してくれるわけじゃない。……政治の話は、やっぱり面倒だ』
「だからグワダンにも行かなかったんだろ?」
『否定はしないよ。ああいう席はクワトロの方が向いていると思ったんだが……今回はそうでもなかったみたいだな』
「まったくだよ」
俺が苦笑すると、アムロも少し笑った。
『まあ、気をつけて行ってこい。こっちも状況が変われば知らせる』
「ああ。アムロも気をつけろよ。また戻ってきたら一緒に出よう」
『そうだな。それまでにデルタ改の調整も進めておくよ。お前だって、アルコルにまだ弄りたいところがあるだろ?』
「あるよ。そう言われると、帰るまでに俺の方も直したくなるな」
アムロは「じゃあ、またな」と言って席を立った。こっちが手を上げた時には、画面の向こうからもうブライトさんが椅子を引く音がしていた。
次に一緒に出られる日を聞きそびれた。俺たちの航路がまだ決まっていないんだから、聞いてもアムロには分からなかっただろうけど。
◇
離脱の準備が整った頃、レイブンの艦橋では別々の航路が重ねて表示されていた。レイアム大尉は共和国側との連絡が取れるまで進路変更の余地を残し、アルビオンから届いた予定も無理のない範囲で反映している。
「シナプス少佐から、向こうの警戒引き継ぎは済んだと連絡がありました。アルビオンは準備が終わり次第、こちらと別の進路からサイド3方面へ向かうそうです」
ノエルさんが報告する。シーマ中佐は位置表示を見比べ、航路図の方へ顎を向けた。
「四隻で見てたところから二隻抜けるんだ。向こうの連中も忙しくなるね。まあ、こっちが居残ったところで共和国の返事は聞けないか」
「そうですね。こちらはこっちの仕事をします。レイアム大尉、転進できそうですか?」
「はい。ただし、共和国側が接近条件を提示すれば修正が必要です。現段階では安全な航路を優先します」
「それでお願いします。ノエルさん、アーガマとの位置情報の共有は、離れてからも連絡できる範囲で続けてください」
「了解しました。向こうからも、新しい連絡先を受け取っています」
マウアーが共和国側への面会照会を送信したと告げた。向こうからの返事はまだない。俺は確認した時刻だけ控え、艦の出航が済んでから連絡を受けることにした。
「レイブン、進路変更。サイド3方面へ向かいます」
レイアム大尉が航路を確かめ、ゆっくりと艦首を振った。モニターの上でアーガマとラーディッシュの位置が一方へ移り、こちらの航跡とは角度を変えていく。アルビオンの進路も別に表示されていたが、目指す先は同じだ。
シナプス少佐からも、アルビオンが動き始めたという短い連絡が届いた。俺は返信してから、机に置いた共和国向けの資料を開く。アクシズ艦隊の帰還情報と、会談で求められた協力の条件を抜き出したものだ。ガルマに聞きたいことも、その下へ書き足していった。