共和国からの返事は、サイド3へ向かう途中で届いた。面会は受け入れられ、両艦の接近についても調整がついた。指定された宙域へ入ってからはそれぞれの艦で航行を進め、俺はマウアーを伴って首相府へ向かった。シーマ中佐にはレイブンを任せ、シナプス少佐もアルビオンに残っている。
案内された部屋へ入ると、ガルマは卓上の資料を脇へ寄せて立ち上がった。出迎える顔には、思っていたよりずっと気楽な笑みがあった。
「お久しぶりです、イズミ大佐。アクシズが戻ったと聞いてから、道中は気になっていました。無事に来てくださって何よりです」
「こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございます。急なお願いになってしまって」
「アクシズが戻ってきたのですから、話が必要なのはこちらも同じです。どうぞ、お掛けください」
マウアーを紹介して席につくと、ガルマは俺の襟元へ一度目をやった。前に会った時とは、階級章が変わっている。
「今度は大佐として来られたわけですね。以前の会談以降も、あなたの部隊の名前はよく聞いています」
「できれば、もう少し静かな仕事で名前が出るといいんですけどね。何か起きるたび、書類まで増えるので」
「それは私も同じですよ。もっとも、最近は帰宅してからも報告を聞くことになります。娘が三歳になりましてね。その日にあったことを話してくれるんです。こちらは聞き漏らすと叱られますが」
ガルマが小さく笑った。報告を聞くと言いながら楽しそうなので、こちらまで少し頬が緩む。
「三歳だと、もうそんなに話すんですね」
「ええ。私の返事が曖昧だと分かるようでね。今日は近くで妻と待ってもらっています。お帰りになる前に、少し紹介させてください」
「それはぜひ。イセリナさんにも、ご挨拶できればと思います」
茶が運ばれてきたところで、ガルマは脇へ置いた資料を手元へ戻した。こちらを迎えた時の穏やかさは変わらないまま、話がグワダンでの会談へ移る。
「アクシズ側と直接話されたそうですね。まずは、その時の様子を聞かせていただけますか」
俺はエゥーゴ側と同行した経緯から話した。ティターンズとの戦闘にアクシズのMS部隊が介入し、その後に会談を申し入れてきたこと。ミネバが使節団を迎え、実際の交渉はハマーンが進めたこと。共同戦線の条件が折り合わず、協力は成立しなかったことを、順に伝える。
「向こうは、補給や安全の保証をかなり気にしていました。それから、他所に従うために戻ったわけではないとも。少なくとも、あの場ですぐエゥーゴに加わる様子ではありませんでした」
「共和国についても、何か話は出ましたか」
「出ました。物資の供給について、共和国と交渉する選択肢もあるのではないかと。ハマーンは、こちらとの関係は自分たちで判断すると答えていました。共和国の政権が安定していることも承知していましたよ」
ガルマは頷き、少し考えてからカップへ手を伸ばした。すぐには口をつけず、俺へ視線を戻す。
「ミネバは、どのような様子でしたか」
「緊張はしていたと思います。最初に訪問への礼を述べて、その後はこちらに怪我がないか尋ねてくれました。交渉中も席にはいましたが、条件を話していたのは主にハマーンです」
「そうですか。皆さんの心配までしていましたか。直接会った方から様子を聞けて、少し安心しました」
ガルマはようやく茶を飲んだ。俺もつられてカップを持ったが、ミネバがハマーンの顔を見て言葉を引っ込めた様子が頭に残っていた。あの一場面だけで、普段の暮らしまで分かるわけじゃない。
「ただ、俺が見たのは会談の間だけです。普段どう過ごしているかまでは聞けませんでした」
「ええ。それは承知しています。元気そうだったと聞けただけでもありがたい。できれば私も、いずれ顔を見て話したいと思っています」
カップを置くと、ガルマはアクシズの艦隊が今後どこへ動くか尋ねた。俺は追えている範囲を示し、艦艇の総数も、帰還後の具体的な目的も掴めていないと答えた。
「戦闘ではティターンズを攻撃しましたが、それで今後も敵対し続けるとは言い切れません。エゥーゴへの協力も断りましたし、次に誰と話すかは向こうが決めることです」
「自分たちがどこへ動くかも、誰と話すかも、自分たちで決めるというわけですか」
「共和国としては、やはり警戒していますか」
「しています。ミネバが一緒だということは気になりますが、艦隊の目的を聞かずに迎え入れるわけにはいかない。ハマーンが共和国に何を求めるのか、こちらの暮らしや安全をどう考えているのか。それを確かめる必要があります」
ガルマは、俺が示した艦隊の航跡をもう一度見た。しばらく資料へ目を落としていたが、やがて顔を上げる。
「連邦中央は、ザビ家の者が戻れば共和国もそれに従うと考えているのでしょうか」
「少なくとも、俺が受けた要請は共和国の認識と対応を聞くことです。中央の全員がどう考えているかまでは分かりません。ただ、ミネバがいる以上、首相がどう受け止めるかは気にしていると思います」
「ならば、その点ははっきり伝えていただきたい。私がミネバを心配しているのは本当です。個人的にできる手助けがあれば考えたい。しかし、それを共和国としてアクシズを支援する約束にはできません」
声を強めたわけではなかった。ガルマは俺たち二人を見てから、言葉を続けた。隣では、マウアーが静かに記録を取っている。
「私が首相を務めているのは、選挙を経て、今の政府を任されたからです。ザビ家の都合で共和国の艦や資金を動かしてよいとは思っていません。ミネバに会いたいからといって、国民や議会に説明できないことをするわけにはいかないでしょう」
「分かりました。共和国はアクシズを無条件に歓迎しているわけではない。ミネバ個人への配慮と、国としての協力は分けて考えている。そのまま伝えます」
「お願いします。話を聞くことまで拒むつもりはありません。ただ、同じザビの名だから、それで話が済むと思われては困るのです」
マウアーが手元の記録をこちらへ向けた。今の返答は、個人としての話と共和国の方針に分けて残されている。俺が頷いて顔を戻すと、ガルマは資料を揃えながら言葉を続けた。
「ティターンズとエゥーゴの争いに、アクシズまで加わった。共和国としては、自分たちの知らないところで役割を決められるのが一番困ります。中央には、その点も分かっていただきたいですね」
「そこは俺たちも気をつけます。向こうで共和国の名前が出たことは伝えましたが、それに首相が応じるだろうとは返していません」
「ありがとうございます。顔を知っている相手だからこそ、そうしてもらえるのは助かります」
残っていた資料の確認を終えると、マウアーが端末を閉じた。俺はガルマへ礼を言い、受け取った資料をまとめた。すでに続いている情報のやり取りはそのままに、今日聞いた立場を持ち帰ることになる。ガルマは席を立ち、妻と娘の待つ部屋へ俺たちを誘った。
◇
会談を終えて隣の部屋へ移ると、イセリナが小さな女の子の手を引いて待っていた。俺たちが入った途端、女の子は母親の顔を見上げ、それからガルマへ手を伸ばした。
「お待たせ。ちゃんと待っていられたかい」
「待てましたよ。途中で何度か、お父様はまだかと聞かれましたけれど」
イセリナが笑って手を離すと、娘は父親のそばまで来て、その指を握った。ガルマは屈んで目を合わせてから、俺たちの方へ体を向ける。
「妻のイセリナと、娘のエレナです。エレナ、こちらはレンさん。お父様とお話をしに、遠くから来てくださったんだよ」
「こんにちは、エレナちゃん。レンです」
目の高さを近づけて挨拶すると、エレナはガルマの腕の陰へ少し隠れた。それでも母親に促される前に、小さな声で「こんにちは」と返してくれた。イセリナは娘の返事を聞いて微笑み、俺たちへ会釈した。
「初めまして、イズミ大佐。今日はお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ。お二人にも待っていただいて、ありがとうございます」
「私が紹介したかったんですよ。この機会を逃すと、またいつお会いできるか分かりませんから」
ガルマがそう言って娘の方を見ると、エレナは握った指を引いた。
「お父様、お話おわった?」
「ああ、終わったよ。待っていてくれてありがとう」
「じゃあ、もう帰る?」
「もう少ししたらね。まずはレンさんたちにご挨拶をしよう」
エレナは少し考え、それから俺を見た。帰ってほしいと言われたような気がして笑いそうになったが、本人は真剣だ。マウアーも隣で挨拶し、エレナがそちらへ向き直ったところで、俺は立ち上がった。
「すみません、せっかく待っていたのに、まだお父様を借りてしまって」
「家では私の帰りが遅いのでね。顔を見ると、もう仕事は終わりだと思うようです」
「あなた、昨日もそう言ってから、ずいぶん待たせたでしょう」
「……今日は、なるべく待たせないようにするよ」
ガルマの返事に、イセリナが少しだけ眉を上げた。俺まで余計なことを言えば本当に長引かせてしまう。マウアーと共に別れの挨拶をすると、エレナも今度は父親の後ろに隠れず、片手を小さく振ってくれた。
部屋を出る時、後ろから「もう少しって、どれくらい?」と声が聞こえた。ガルマが答えに詰まり、イセリナが笑っている。扉が閉まる前にもう一度振り返ると、ガルマは娘に指を握られたまま、空いた方の手をこちらへ上げた。