研究艦からの第一報が届いた時、俺は共和国との会談を終え、レイブンへ戻っていた。ローレン博士と連絡が取れない。調べてみると、居室にも姿がないという。報告を読み返している間に書き置きの発見が伝えられ、次いで資料や実機の照合が始まった。
「大佐、現地から続報です。研究資料と実機の持ち出しはありません。通信記録にも、資料を外部へ送った形跡は見つかっていないそうです」
マウアーが報告を開いた。ナナイさんからの説明も添えられている。博士は前日まで普通に作業へ加わり、翌日の仕事についても話していたらしい。
「……資料を持っていかなくても、あの人の頭には残ってるんだよな」
思い浮かんだのはアクシズだった。俺が覚えているローレン・ナカモトは、あちらで強化人間の研究に関わっていた。ハマーンが地球圏へ戻ってきたこの時期に姿を消したとなれば、考えずにはいられなかった。
手元の報告には、まだ行き先を示すものがない。俺は書き置きの画像を閉じ、博士を研究艦へ受け入れた時のことを思い返した。条件をつけ、監査を続ければ、ここで研究をさせられると思っていた。不満も聞いていた。それで、いつか本人が納得するところへ落ち着くだろうと期待していたのかもしれない。
「中央には、博士が無断で離れたことと、資料の持ち出しは確認されていないことを知らせてください。所在の照会もお願いします。受け入れた時の経緯や研究の記録は、こちらで残しておきます」
「承知しました。行き先は未確認として照会を出します」
「博士を引き受けると決めたのは俺です。そこは必要になったら俺が説明します。それと、研究艦には手伝えることがあるか聞いてください。ナナイさんたちの作業まで、一律に止めるつもりはありません」
マウアーは頷き、照会に必要な情報を確かめ始めた。俺は研究艦へ返す連絡に目を通した。キョウたちの生活や、フォウの治療に急を要する問題は出ていない。そこまで読んでから、ナナイさんへの返信を書いた。博士が前日にどんな話をしていたか、もう少し聞きたかったが、今すぐ向こうへ戻れる距離ではなかった。
共和国任務の報告もその日のうちにまとめた。ガルマから聞いた共和国としての返答を記し、中央へ送る。共和国側への挨拶と離脱の調整を済ませると、レイブンとアルビオンは再びアーガマ方面へ航路を取った。
帰路でも研究艦からの報告は届いたが、博士の所在は分からなかった。
◇
「アムロ、レンから帰路に入ったと連絡があった。合流する位置はまだ先になる。それまでは、こちらの二隻で動く」
ブライトに呼ばれて作戦室へ入ると、卓上には次の補給予定と周辺の観測情報が広げられていた。クワトロも同席している。俺が席につくと、ブライトは別の通信を表示した。
「カラバから、キリマンジャロ攻略への協力要請も来ている。詳しい話は補給先で詰めるが、地上へ人と機体を戻す必要がある」
「ハヤトからか。今度はあの基地を攻めるんだな」
「ああ。クワトロ大尉には地上側との協議にも加わってもらう。カミーユとお前も降下する方向で準備してくれ。デルタ改の地上運用については、整備側と確認しておけ」
クワトロは地上から届いた資料をこちらへ回した。示されているのは、カラバ側の攻撃計画と、こちらへ求める支援の範囲だった。どこで合流し、何を受け持つか。まだ相談しなければならないことは残っていたが、俺も準備を進めると答えた。
話を終えて通路へ出ると、レコアがクワトロを待っていた。俺は整備側へ渡す資料を選んでいたので、二人の横をすぐには離れられなかった。
「大尉、地球へ降りるんですって?」
「ああ。まだ日程は詰めているところだがね。しばらく艦を離れることになる」
「そう。じゃあ、その前に少し時間をもらえないかしら。次の寄港では、二人で過ごせるかと思っていたんだけど」
「今回は準備がある。時間が取れるとしても、そのあとになるだろう」
レコアは一度唇を結び、それから笑おうとした。だが、クワトロが手元の資料へ目を戻すと、その表情も消えた。
「私は、空いた時間の使い方を聞いているんじゃないのよ。あなたと一緒にいたいと言っているの。私の方から訪ねていく時には会ってくれるのに、こちらから時間を作ってほしいと言うと、いつもそうなのね」
「レコア。今は、これからの行動を決めなければならない時だ。君と会うことを嫌がっているわけではない」
「それなら、そう言うだけで済ませないでほしいわ」
クワトロは返事をしなかった。こちらに気づいていないわけではないだろう。俺も資料を選び終え、脇へ寄ったが、レコアはもう次の言葉を待っていなかった。
「……引き留めて悪かったわね。お仕事を続けて」
彼女は俺へも軽く会釈して歩き去った。クワトロはその背を見ていたが、呼び止めず、資料を抱え直した。
「大尉。話すなら、今なんじゃないのか」
「何を話せばいいと、君は思う?」
「俺に聞くなよ。レコアが時間を作ってほしいと言ってたのは聞いただろう」
クワトロは少しだけ眉を動かした。やがて「そうだな」と答えたが、彼女が去った方へは行かなかった。俺は手元の資料を整備側へ渡しに行った。あの夜、私室から出てきたレコアの顔を思い出したが、本人がいないところで持ち出す気にはなれなかった。
◇
敵の接近が分かったのは、補給地点へ向けて航路を変えたあとだった。三機の可変MSが先行し、その後ろに別の機影も続いている。ブライトはラーディッシュと距離を取り直し、アーガマの発進口を敵から遠ざけた。
格納庫へ入ると、レコアはすでにメタスのところにいた。整備員との確認を終え、ヘルメットを受け取っている。百式へ向かいかけたクワトロが、その手前で足を止めた。
「レコア。無理に出ることはない。今日は艦に残っていても構わん」
「どうして? メタスは出せるし、私も動けるわ。出撃配置も聞いているのよ」
「君は、さっきから様子がおかしい」
「それを今ここで言うのね。仕事のことなら、心配しなくて結構よ」
レコアはそれ以上話さず、機体へ上がっていった。Zの足元にいたカミーユも二人の方を見ていたが、整備員に呼ばれて搭乗へ戻った。クワトロも百式へ向かう。俺はデルタ改へ乗り込みながら、艦橋から回された配置を確認した。敵が近い。二人に話を続けさせる時間は、もう残っていなかった。
先行していた三機のうち、一機が大きく外へ回った。残る二機はそのままアーガマ側へ来る。先頭の機体は、レンが交戦した映像にあった可変機と同じ形だった。後続にはマラサイもいる。こちらを一度に相手にするのではなく、艦へ向かう隊と、その前へ出るMSを引きつける隊に分かれていた。
『アムロは外側の一機を。クワトロ大尉、残る二機を艦へ寄せるな。カミーユとエマ中尉は後続に対応。レコアとアポリーは、抜けてきた敵を見てくれ』
「了解。ラーディッシュとの間隔を残してくれ。追い込まれると、こっちも撃てなくなる」
デルタ改を加速させると、外側の可変機がすぐに機首を向けてきた。こちらが一発撃つ間に相手は変形し、機体を薄く見せて射撃を避ける。すれ違ったあとに振り向く速さも、前に見たギャプランとは違った。追い越すつもりで前へ出れば、そこへ砲を向けられる。
俺は無理に追わず、艦との距離を保って向きを変えた。敵がもう一度加速してくる。ライフルを向けた瞬間に横へ逃げたので、先ほどの旋回より浅い角度へ照準を動かし、二射目を返した。光が背部の装甲を削り、相手が姿勢を崩す。
そのまま詰めようとした時、機体の下から細いものが伸びた。ワイヤーだ。サーベルを抜き、巻きつかれる前に払ってデルタ改を退かせる。敵は回収しながらこちらへ砲を向けていた。操縦者は機体を立て直したあとも退かず、艦へ戻ろうとする俺の脇へ回り続ける。
『アムロ少佐、もう一機がそちらへ向きを変えました!』
エマ中尉の警告を受け、視界を広げた。百式が追っていた二機のうち、一機がこちらの後方へ出ようとしている。俺の相手はそれに合わせて距離を詰めてきた。挟まれる前に一度下がり、百式の射撃が通る位置を空ける。クワトロもすぐに気づき、近づいてきた敵へ撃った。相手は進路を変え、合流を諦める。
その間にもマラサイ隊は艦へ近づいていた。Zが正面の一機を退かせ、Mk-IIが艦の側面へ回る敵を押さえる。アーガマも進路を変えていたが、発進した機体が戻る側を大きく振るわけにはいかない。レコアのメタスとアポリー機が、その手前へ出ていた。
『レコア、右側を一機抜ける。こちらで向きを変えさせるから、艦へ通すな!』
『分かったわ』
アポリーの射撃を避けたマラサイへ、メタスが撃つ。相手はすぐに後退した。しかし、マラサイを退かせたメタスの外側へ、あの可変機が一機回っていた。百式がもう一機へ対応した隙だった。敵はメタスを挟んで艦と反対側へ出る。
「レコア、外側に可変機! アポリーの方へ下がれ!」
返事がなかった。メタスの機首は動いている。敵を見ていないわけではないはずなのに、射撃が止まったままだった。
『レコア、撃て! そいつを寄せるな!』
クワトロが叫んだ。
『今下がるわ!』
メタスが撃ちながら横へ動いた。だが、相手はその射撃を避けた側からさらに回り込んでくる。変形を解いた機体からビームが走り、メタスの片腕が飛んだ。アポリーが援護へ向かったところへ、後退しかけていたマラサイが撃ち返した。
俺はデルタ改の推進を強めた。だが、目の前にいた敵もついてくる。ライフルの一射でそれを退かせ、レコアとの距離を確かめた時には、敵機とメタスの影が重なっていた。
『あっ……!』
短い声のあと、メタスの胴体から火が噴いた。片側の推進器が吹き飛び、姿勢を失った機体が回転する。次の閃光で周囲に破片が散った。俺は機体を振って飛んできた装甲をかわし、すぐに向き直った。胴体の残った部分が見えた気がしたが、続く砲火と破片の中で見失った。
「レコア、応答してくれ。レコア!」
回線からは何も返らなかった。敵の可変機が戦域の外へ向かう。追おうとした俺へ別の一機が撃ち、そちらを避けている間に、見えていた機影が散り散りになった。
カミーユのZが俺の横へ出た。
『メタスは? レコアさんはどこです!』
「最後の位置を送る。カミーユ、敵を追うな。俺と残骸を調べてくれ!」
敵は間隔を取りながら後退していた。アーガマへの攻撃も弱まり、百式とMk-IIが艦の近くへ戻ってくる。ブライトは無理に追撃させず、ラーディッシュへもメタスの捜索を要請した。
俺たちは大破した位置の周囲を何度か往復した。メタスの装甲と分かるものはある。だが、呼びかけても応答はなく、人の姿も見つからなかった。クワトロの百式も少し離れた位置を探していたが、聞こえてくるのは確認できなかったという短い報告だけだった。
燃料の残量が減り、敵が引き返してくる可能性も残っていた。ブライトが帰投を指示しても、カミーユはすぐには戻ろうとしなかった。
『まだ、見ていないところがあります。もう一度だけ回れば……』
『カミーユ、帰投しろ。お前まで戻れなくなるぞ。観測は艦でも続ける』
Zが捜索を切り上げ、艦へ機首を向けた。俺も最後に残骸の位置を更新して送り、艦へ向かった。帰る途中でもレコアを呼んだが、一度も返答はなかった。
◇
格納庫へ戻ると、メタスを受け入れるはずだった整備員が発着口を見ていた。俺はデルタ改を固定してもらい、ヘルメットを外した。髪が額に張りついている。記録を渡すため端末を探していると、カミーユがクワトロの前へ立った。
「大尉は、レコアさんの様子がおかしいって分かっていたんですよね。出撃前にも言っていたでしょう。それなのに、どうして……」
「私も止めた。だが、彼女は出ると言った」
「そういうことを聞いてるんじゃありません! 何かあったなら、ちゃんと話しておくべきだったんじゃないんですか!」
クワトロはヘルメットを持つ手を下げた。カミーユを見ていたが、すぐには答えない。俺は二人のそばへ寄り、手元の端末をカミーユへ差し出した。
「カミーユ、お前の最後の記録も見せてくれ。こっちでは、爆発のあとの胴体が一瞬しか映ってない。別の角度から見えているかもしれない」
カミーユは俺を見て、それから端末へ視線を落とした。Zの記録を開くと、途中までは敵機に隠れてメタスが見えない。映ったのは大きな閃光と、飛び散った破片だった。
「……僕の方でも、これだけです」
「分かった。艦の記録とも合わせよう」
クワトロが自分の記録も渡した。俺はそれを受け取り、カミーユと作戦区画へ向かった。背後で百式の点検が始まり、整備員が大尉へ機体の状態を尋ねていた。
レコアの姿は見つからないまま、アーガマは補給地点へ向かった。ブライトは周辺で拾われた人間がいないか照会を続けたが、手掛かりになる返答は来なかった。
◇
補給先で機体の点検と修理を進めている間に、レイブンとアルビオンが戦線へ戻ってきた。レンとの連絡では、共和国の任務を終えたことと、研究艦で研究者が一人姿を消したことを聞いた。俺からはレコアの撃墜と、まだ発見できていないことを伝えた。
レンはしばらく黙っていたが、最後は「分かった。こちらでも、何か情報が入れば知らせる」と答えた。二隻が戻ったことで、俺たちが地上へ向かう間の戦力にも余裕ができる。ブライトは各艦と警戒配置を調整し、こちらの降下準備も進めた。
地上から届いた計画をカミーユと確認し、降下後の合流地点を機体へ入れた。カラバ側にはハヤトだけでなく、シイコとバーニィもいる。届いた一覧では、シイコの機体がディジェへ変わっていた。それまでのリック・ディアスをバーニィが引き継ぎ、向こうも攻略戦に備えているらしい。
「アムロ少佐、ディジェって、この機体ですか。カラバ側の資料に図が付いてます」
「ああ。俺も実物はまだ見てない。地上へ着いたら確かめよう。デルタ改も大気中の調整へ戻さないといけないから、向こうの整備員とは先に話しておく」
カミーユは頷き、Zの準備へ戻った。クワトロは地上側との協議に出ていて、格納庫にはいなかった。俺は受け取った降下装備の確認を終え、デルタ改の操縦席へ上がった。
カミーユから、Zを先に動かすと連絡が来た。俺は了解を返し、誘導員の指示に従って移るZを見送った。空いた場所へデルタ改を進め、整備員が上げた手を見て機体を止める。俺は最後の点検結果を画面に呼び出した。
端末の持ち出しはシステム的に不可能にしてメモは手書きではできないようにしてました(筆記用具無しタブレット運用) 最新機器設備という名目の持ち出し抑制
持ち出す気がなければ慣れればストレスもそんなありません
カミーユ視点のクワトロの評価一生落ちてるんですよね。
あ、アムロのことは尊敬してます。伝説のパイロットは実際もすごい人だ!