雲を抜けると、正面の映像が急に明るくなった。降下中に途切れていた地上側の誘導が戻り、デルタ改の画面に着陸地点が表示される。俺は速度を落としながら、先行するZの位置を確かめた。ウェイブライダーの翼が傾き、指定された方角へ機首を向けている。
『アムロ少佐、地上からの誘導を受信しました。予定の地点でいいそうです』
「了解。カミーユ、合流地点の手前で速度を合わせてくれ。百式も来てる」
降下装備を切り離した百式が、少し遅れて雲の下へ出た。俺も切り離しを済ませ、外装の状態を確認する。警告はない。地上用に合わせた制御でも、機体を傾けた時の手応えは宇宙とは違った。推進を抑えて姿勢を整え、目標地点までの高度を確かめる。
眼下に、滑走路と、その端へ寄せた車両が見えてきた。カラバが一時的に確保した受入れ地点だ。アウドムラもすでに着いている。Zが先に降り、俺は空いた場所へデルタ改を下ろした。足裏に荷重がかかり、少し遅れて脚部の表示が落ち着いた。
機体を固定してもらってから操縦席を出ると、タラップの下にハヤトがいた。整備員へ何か指示していたが、俺を見つけると手を上げる。
「お帰り、アムロ。三機とも揃ったな。すぐ収容するから、機体の不具合があれば先に聞かせてくれ」
「今のところ大きな問題はない。デルタ改は地上の設定をもう少し合わせたい。そっちで整備員を一人借りられるか」
「担当を待たせてある。クワトロ大尉とカミーユにも話してくれ。ここで長く留まるつもりはないんだ」
ハヤトは受入れ作業の方へ戻った。俺もデルタ改の足元で待っていた整備員へ、降下中の記録を渡した。可変機二機分の作業が増えたせいで忙しいらしいが、調整したい箇所を伝えると、先にそこを見ると言ってくれた。
アウドムラの格納庫へ移された機体を追っていくと、奥に見慣れないMSが立っていた。背部へ大きく張り出した装備が目につく。その前でシイコが整備員と話し、少し離れたリック・ディアスの操縦席からはバーニィが降りてきた。
「資料で見たのは、それか。ディジェだったな」
「ええ。慣熟は済ませたわ。今は細かいところを直してもらってるの。前の機体はバーニィに渡したから、戻してとは言えないしね」
「もう返しませんよ。俺の方も、だいぶ合わせてもらったんですから」
バーニィは手にしていた端末を整備員へ返すと、ディアスの脚部を見上げた。
「ネモと同じつもりで動かすと、止める時に少し残るんです。最初はこっちの入力まで変えてしまって。シイコさんに、機体の方も合わせろと言われました」
「慣れれば動くからって、そのままにするのは損でしょう。人が替わったんだから」
「それはそうだな。俺も上で設定を変えてきたばかりだ。地上の記録を見せてもらえるか。こっちの調整にも使いたい」
シイコは近くの整備員を呼んでくれた。バーニィも自分の記録を出してくる。Zを固定し終えたカミーユもやってきて、バーニィに場所を空けてもらうと、同じ画面を覗き込んだ。
◇
アムロたちの降下完了が届いたあと、俺はレイブンの艦橋でシナプス少佐と次の配置を確かめた。レイブンは研究艦へ向かい、アルビオンは宇宙側に残る。アーガマ側にも予定を伝え、受け持つ警戒区画を改めて合わせた。
『この範囲なら、今の補給予定で回せます。ただし、敵がまとまって動いた場合は、哨戒を切り上げて迎撃を優先しますぞ』
「お願いします。研究艦への航路と、途中の連絡予定はこちらから送ります。そちらで補充が必要になったら、早めに知らせてください」
『承知しました。ライラたちの評価記録も、そちらへ回しておきましょう。整備側に確認しておきたいことがあります』
連絡を終えると、マウアーが研究艦側から届いた受入れ予定を開いた。必要な荷を揃え、レイブンはアルビオンと別れた。航行中にも中央から照会が入った。博士の件は、所在の確認に必要な分だけ返答をまとめる。研究艦の運営費についても、届いた書類から順に目を通していった。
◇
地球へ降りた翌日、デルタ改の調整をひとまず終えた俺は、アウドムラの作戦室へ向かった。ハヤトが卓上へ広げた地形図には、キリマンジャロ基地と、そこへ近づく経路が記されていた。写真の撮影時刻は一様ではない。新しいものでも、建物の陰までは分からなかった。
「攻撃開始は二日。工作班を先に入れたい。MS隊には、基地側の目と戦力をこちらへ向けてもらう。地下へ入った連中が仕事を終えるまで、外で持ちこたえる必要がある」
ハヤトは地形図を指し、判明している対空陣地と、まだ確認しきれていない範囲を説明した。クワトロが工作班との連絡方法を尋ね、シイコは地上から機体を隠せる場所を確かめる。バーニィは別の写真を近くへ引き寄せていた。
「ここ、写真では通れそうですけど、退く時にも使えますか。車両まで一緒だと、詰まりそうなんですが」
「そこは偵察に確かめさせている。駄目なら一本南へ回す。機体を降ろす場所も、それに合わせて変える」
俺はデルタ改で飛んだ時の記録と、地形図を見比べた。上空からなら近く見える距離も、地面を伝って移動するとなれば違う。工作班を待つ間にアウドムラまで狙われれば、迎えに戻る余裕がなくなる。
「俺とカミーユは、飛行できる利点を使いたい。基地へ寄せる時と、引き上げる時だ。ただ、変形する場所は先に決めておこう。対空砲の前で減速したくない」
「分かりました。Zの方は、地上での変形も確認できています。さっきの偵察結果をもらえれば、候補を絞れます」
カミーユは資料を開き、ハヤトに二か所ほど尋ねた。クワトロが横から別の接近方向を示すと、少し黙ったあとで、その位置を自分の図にも書き込んだ。
打ち合わせが終わっても、俺たちはしばらく残った。部隊ごとの動きが重なる時間を確かめ、格納庫へ戻る頃には、窓の外が暗くなっていた。
◇
レイブンが研究艦へ着いたのは、アムロたちの降下から三日後だった。接舷作業を終え、俺はマウアーと向こうへ移った。前に来た時と同じ通路を歩いているのに、案内されたのは生活区画ではなく、警備担当が待つ部屋だった。
「博士が使ったのは、非常用脱出艇です。この取付部から、一隻なくなっています」
画面には研究艦の外側が映っていた。担当者が示した位置に艇はなく、接続部が露出している。博士がそこから出たことは確認できたという。だが、報告はそこで止まっていた。
「一人で艇を出したんですか。準備も、全部?」
「確認できる乗員は博士だけです。ただ、誰にも止められず、発進まで済ませられた経緯は説明できていません。艦内の移動と、艇の操作に関する記録を引き続き調べています」
博士の研究歴は知っている。だからといって、非常用脱出艇で飛び出していける人だとは思っていなかった。改めて画面を見たが、空になった取付部から分かることは何もない。艇のその後の行方も掴めていなかった。
俺は艇の情報を手元へ送ってもらい、警備担当から残りの説明を受けた。所在の照会に使う分をまとめ、艦内の記録は研究艦に残しておくよう頼む。調べが続いている区画を通る際の注意も聞き、その部屋を出る。マウアーは研究艦側との連絡を済ませるため、別の担当者のところへ向かった。
ナナイさんは研究室にいた。向かいの机からは資料が片づけられていたが、自分の手元には何枚も紙を広げている。俺が挨拶すると、彼女は椅子を引き、作業中のものを端へ寄せた。
「来ていただいて助かります。記録だけでは伝わらなかったこともあるでしょうから」
「脱出艇の説明は聞きました。博士がいなくなって、仕事の方はどうですか」
「担当していた照合をこちらで引き継いでいます。当時の装置を知っていた人ですから、聞けなくなって困る箇所はありますね。ただ、博士の指摘や書き込みは残っています。それを使って確かめ直しているところです」
ナナイさんが一枚をこちらへ向けた。違う筆跡の印があり、その横へ新しい記録の番号が書き足されていた。先に届いた報告にも、博士の指摘が役に立っていたとあった。ここでは、それを一つずつ埋め直しているらしい。
「そのために、ナナイさんの仕事が止まっている?」
「予定はずれています。測定装置を使って確かめられれば早いのですが、まだ揃っていないものもありますし。人手だけ増えても解決しません」
「では、必要なものを挙げてください。医療側と、生活区画の分も一緒に出してもらいます。請求をまとめて中央へ持っていきたいんです」
ちょうど戻ってきたマウアーが、受け取ってきた一覧を開いた。消耗品や交換部品のほかに、これから必要になる機材も入っている。ただし、幾つかには見送った印がついていた。
「これは、どうして外したんです?」
「前回の配分では収まらなかったそうです。先方へ再照会するものと、次の補給まで待つものに分けてあります」
「戻してください。予備が要るものは予備も。運営をうちで持つんですから、費用も黒鴉隊からまとめて要求しましょう。中央の担当が落ち着くまで待っていたら、また後回しになります」
ナナイさんは一覧を覗き込み、一項目を指した。
「これを入れるなら、接続する側の部品も要ります。前は両方を揃えられないので、外したはずです」
「なら、両方です。必要なものを減らす相談は、断られてからにしましょう。今は通せるところへ通します」
マウアーが説明を聞きながら書き足していく。ナナイさんも自分の端末を持ってきて、装置の一覧を開いた。もうしばらくここにいられると伝えると、後で現物も見てほしいと言われた。俺だけでは分からないところは、ジョブにも入ってもらうことにした。
そのジョブから、工作区画へ来てくれと連絡が入った。移動すると、彼は研究艦の担当者と図面を広げていた。見慣れたレゾルートの姿に、普段とは違う武装が描き込まれている。
「こっちで支援用の追加兵装を検討してる。手持ちの部品で、まず取付部の試験から始めたいそうだ。コウとキースにも意見を聞きたいんだが」
「二人にはこっちの話を回そう。アルビオン側の記録も来てるから、使えそうなら見てくれ。研究艦で試す分の予定も合わせよう」
担当者が、機体へ付ける部分を模した治具を見せてくれた。まだ兵装を載せて動かす段階ではないが、図面の上だけの話でもない。ジョブは取付位置を確かめたあと、レイブンから持ち込む工具を幾つか挙げた。
◇
生活区画へ顔を出す頃には、キョウの授業も終わっていた。通路で俺を見つけるなり近づいてきたが、手にしていた鞄を途中で抱え直している。
「お兄ちゃん、来てたんだ。今日はもう帰るの? ミシェルたちにも、後で来るって言っておいたんだけど」
「今回はしばらくいるよ。向こうで機体の試験もあるから。それと、これを持ってきた」
レイブンで描いたアルコルの絵を渡すと、キョウは近くの机へ広げた。途中で何度も描き直し、結局、細かいところまで線を入れてしまったものだ。彼女は機体の顔を眺め、それから盾のところへ指を移した。
「格好いい。でも、こっちの腕が見えないね。私も描いてみたいから、盾がないところも見たいな。後ろからだと、どんな形なの?」
「後ろも要るのか。じゃあ、別の紙に描こうか。今なら少し時間がある」
キョウが鞄から紙を出し、自分も椅子へ座った。俺が盾を外した姿を描き始めると、隣から覗き込んでくる。肩の線を引いたところで、彼女も同じようにペンを動かし始めた。
非常用なので急に使えなくすることもできず…
博士の行動力に脱帽ですね
金出す側がNOと言うまでは何でも要求しちゃえ