十一月十二日、研究艦を離れて二日後に、俺はマウアーと連絡艇に乗った。短期の試験を終えたコウとキースはアルビオンへ戻り、残りの評価は研究艦側とクリスさんたちに任せてある。レイブンはシーマ中佐に預けてきた。戻る時刻は出発前に伝えたが、念のためマウアーがもう一度、艇の操縦士に確かめていた。
グワダンで案内されたのは、前に通された謁見の間よりずっと小さな会議室だった。ハマーンはアクシズ側の担当者と話していたが、俺たちが入ると席を立った。
「よく来てくれた、レン大佐。今回は貴官と直接話したかった。マウアー少尉にも、日程を合わせてもらった礼を言おう」
「ありがとうございます。こちらも、アクシズがあれからどう動くか気になっていました」
目が合うと、初めて会った時と同じように、向かいに立つ人の気配が急に近くなった。もう一言つなぐつもりだったが、出てこない。ハマーンは椅子を引いた手を止め、俺の方を見ていた。先に座ったのは彼女だった。
俺たちも腰を下ろす。ハマーンは、開いていた資料を自分の側へ少し引いた。
「ティターンズから、協力の話が来ている」
マウアーが端末に触れた手を止めた。ハマーンは俺が何か言うまで、続きを話すつもりはないらしい。聞きたいことを先に選んだ。
「具体的な条件も出ているんですか? あちらが何を求めて、そちらへ何を出すつもりなのか、話せる範囲で聞かせてください」
「補給の便宜と、地球圏で我々が活動するための扱いについてだ。向こうも戦力が欲しい。少なくとも、艦隊を働かせたあとで条件を決め直せという話ではない。エゥーゴとはそこが違う。ただ、何を引き受けることになるか、まだ見ているところだ。艦隊を先に使わせる約束はしていない」
ハマーンは資料から目を上げ、卓へ片手を置いた。
「この話は中央へ持ち帰ってもらって構わん。ティターンズだけが連邦の窓口というわけではないのだろう。貴官が今日ここへ来られた以上はな」
「その話は、こちらでも考えてみます。ただ、中央から別の条件を出せると、今ここで約束はできません」
「分かっている。その返事も前に聞いた。では、私がティターンズと手を組んだ場合、貴官はどうする?」
その問いだけは、初めて聞くものだった。マウアーの方を見ると、彼女は端末へ目を戻している。アクシズ側の担当者も、ハマーンの言葉を書き留めたところだった。俺が口を開くまで、二人とも端末に触れずにいた。
「どんな作戦に加わるのかで変わります。相手を決めたというだけで、こちらからアクシズの艦へ撃つつもりはありません。でも、民間人への攻撃に加わるなら止めます。うちが攻撃された場合も同じです」
「こちらの事情を聞く余地もない、と?」
「話せる状況なら聞きます。その時に、どこへ連絡すればあなた方に届くのかは決めておきたいです。ただ、目の前で攻撃が始まっていたら、返事が来るまで待つとは言えません」
ハマーンは椅子へ背を戻した。卓に置いた手は、まだそこにあった。
「貴官は連邦軍の大佐だ。それでも、そう答えるのだな」
「同じ軍の連中も止めてきました。グラナダへ落ちるコロニーを見ながら、味方がやっているから仕方ないとは思えませんでした。アクシズが関わっても、そこは変わりません」
「……私が相手でも、か」
ハマーンはそう言って、しばらく俺を見ていた。目をそらしたくなかった。返事を変える気もなかった。
「ハマーン殿。俺も、あなたと戦う話をしたくて来たわけではありません。ただ、今ここで曖昧に答えたら、次に艦が近づいた時に困るでしょう」
「それでよい。今だけ聞こえのいいことを言われても、次に何をするか分からなくなる。では、艦の方から決めよう。近くへ来たものが貴官の艦だと、こちらはどうやって確かめればいい?」
俺はマウアーへ、接近時に使える連絡先を出してもらった。艦が近づく前に所属と進路を知らせ、相手の応答を受けてから互いの進路を調整する。艦名を出せない便なら、先に通過する位置と時刻を窓口へ入れる。位置と時刻だけでも分かれば、こちらで通る船の道を空けておける。
アクシズ側の担当者が受信先を照合し、マウアーと短い確認の文面を作った。俺は手元でそれを読み、ハマーンも自分の方で読んだ。ティターンズとの条件について、そこから先の話は出なかった。次に艦が出会った時、どうすれば連絡がつくか。それだけは決まった。
会談が終わり、担当者は帰りの便を確かめに行くと告げて席を立った。俺も椅子を引きかけたところで、ハマーンに呼ばれた。
「大佐。帰るまでに、もう少し時間をもらえるか? 用件は済んだが、貴官と二人で話したい」
「ええ、まだ余裕があります。マウアー、帰りの便を先に確かめてもらえますか。時間が変わるなら、俺にも知らせてください」
「承知しました。艇が出せる時刻を確認して、戻ります」
マウアーは端末を閉じ、担当者と出ていった。扉が閉まるまで、ハマーンは卓に残った資料を揃えていた。
◇
茶が運ばれてきた時には、二人の間にあった資料は脇の台へ移されていた。ハマーンは卓の向こうの椅子を指した。さっきと同じ席だったが、座ってから何を聞かれるのか、今度は見当がつかなかった。
「最初に会った時も、こうして話せたらと思っていた。あの席では皆に用があったし、君が帰る前に何か言わねばと思って、最後に妙な誘い方をした」
「驚きましたよ。あの時は、挨拶を済ませたら帰るつもりでしたから」
「ああ。考えた末の発言ではなかったことは認めよう。今日は、あの時に聞けなかったことを聞きたい」
ハマーンはカップを手に取ったが、飲む前に卓へ戻した。俺も茶へ手を伸ばすのをやめ、彼女を見た。
「前に目が合った時、君にも何か感じるものがあったか?」
「ありました。初めて会ったのに、知っている人に会ったみたいで。うまく言えませんけど、嫌な感じじゃなかったです。今日も、部屋に入った時に似たことがありました」
「そうか。私だけではなかったのだな」
ハマーンは小さく息をつき、今度は茶を飲んだ。俺もひと口飲んでから、カップを口元から離した。思っていたより苦い。熱さのせいかと思って、確かめるようにもう一口飲んだ。
窓の外を、作業用の小さな機体が横切った。二人とも少しの間そちらを見ていた。今度は、何か言わなくてはと思わずにいられた。
「君はいつも、ああいう返し方をするのか。前に来たシーマ中佐も、君に何か言う時はずいぶん遠慮がなかったな」
「今回も、試験の途中で艦を動かすなら先に日程を決めてくれと言われました。おかげで俺もここへ来られたんですけど。ジョブなんか、整備で困るところがあれば、俺が機体に乗ってる最中でも普通に言ってきますよ」
「それで君は、そういう相手にも同じように敬語で話すのか?」
「昔からの調子で話してしまいますね。役職が変わったから急に違う言い方をしろと言われても、そっちの方が落ち着かなくて」
ハマーンは少し笑った。仕事以外では何をするのかと聞かれ、答えようとして手が止まる。機体の調整のことならいくつも出てくるが、それは数に入らないだろう。ようやく思い出したのは、妹に見せた絵だった。
「この前、妹にMSの絵を描きました。前から約束していたんです。持っていったら、横から見たところも欲しいって注文が増えましたけど」
「妹がいるのか。君が絵を描くというのも、少し意外だな」
「上手くはないですよ。部品を描き込みすぎて、あとから消すのに時間がかかりました。隣で同じものを描いた妹の方がずっと早くて、それでも一目で何の機体か分かったんです」
「どこを描くか、妹の方がよく分かっていたわけだ。君が何を残したのかも、見てみたいものだな」
ハマーンは言いながら、卓の上を指で一度なぞった。俺の絵は紙いっぱいに描いてある。ここで広げたらカップをどかすことになりそうだと考えたところで、彼女のことはまだ一つも聞いていないと気づいた。
「あなたは、仕事が終わったら何をするんですか? 俺の方ばかり聞かれてしまいましたけど」
「音楽を聴くことはある。途中で止めて席を外したまま、どこまで聴いたか忘れてしまうことも多いがな」
「それはもったいないですね。最初から聴き直すんですか?」
「気に入った曲ならそうする。短い曲でも、好きなところまで来る前に呼ばれると、途中からでは物足りないからな」
どんな曲か聞くと、俺が知らない演奏者の名が出てきた。どこが好きなのか尋ねたら、低い音が残るところだと教えてくれる。話すうちに彼女の指が、卓の上でゆっくり二度動いた。音の間を取るような動きだった。
俺はそろそろ艇の時刻だと思い、端末を手元へ戻した。ハマーンはその動きを見てから、今までより少し声を落とした。
「こうして話す時まで、大佐と呼ぶこともないな。レンと呼んでも構わぬか?」
「ええ。俺も、その方が話しやすいです」
「ではレン。絵を見せに来てくれるか? 私も、さっきの曲を聴かせたい。連邦の使節としてではなく、君が自分で都合をつけられる日にだ」
端末を持ち上げたまま、俺は彼女を見た。さっきまで話していた絵も曲も、ここへ来る前の予定にはなかった。どの絵を持っていこうか、返事をする前から考えていた。
「ええ。俺もまた話をしたいです。絵は持ってきます。都合がついたら、俺からも連絡します」
ハマーンは頷き、俺が椅子を戻すのを待って扉まで来た。廊下にはマウアーがいて、帰りの艇が用意できていると教えてくれた。案内役のあとについて歩き、曲がり角で一度振り返る。ハマーンはまだ扉のところにいた。俺が軽く頭を下げると、彼女もこちらへ小さく頷いた。
あ、甘い