モブの災難 作:キュウリ大好き人間
俺の名前はモブ。今年で三十路、三十歳を迎えたごく普通の男だ。
普通の家に生まれ、普通に仕事をこなす。
そこまではいい。
問題は、俺の身体に抱える、あまりにも切ない現実だった。
「はぁ……なんで俺だけ、こんな目に遭うんだよ」
鏡を見るたび、ため息が出る。
俺の身長は、わずか百四十センチ。
悲しいかな、これが現実だ。
男のくせに一般的な女性よりも低い。
せめて見た目だけでも男らしくしようと、髪を思い切り短くカットしてみたものの、結果は無残なものだった。
元々の強烈な童顔が災いし、短髪にすると余計に「活発な小学生」にしか見えないのだ。
どこへ行っても子供扱い。
昨日だって、会社帰りにコンビニに寄ったら、新人の店員に「僕、お母さんにおつりちゃんと渡すんだよ」と頭を撫でられそうになった。
三十歳の大人の男として扱われたことなど、ただの一度もない。
そして何より悲惨なのが、この身長と童顔のせいで、信じられないほど女性にモテないということだ。
恋愛対象として見てもらうどころか、スタートラインにすら立たせてもらえない。
だが、俺の日常の狂気はそれだけでは終わらない。
時折、何かに強く呼ばれたような気がして、ふらりと近くの森へ足を踏み入れることがある。
すると、信じられない現象が起きるのだ。
ガサガサ、と草むらが揺れる。
現れたのは、どう見ても普通の獣じゃない。
ワニとトカゲを足して巨大化させたような、狂暴極まりない「猛獣」だ。
(うわ出た! 死んだ、絶対に食われる……!)
俺の心臓は破裂しそうなほどバクバク鳴り響く。
しかし、その猛獣は俺を見つけた瞬間、ピタリと動きを止めた。
突進してくるどころか、なぜかガタガタと全身を激しく震わせている。
そして、その巨大な口から、これでもかというほどヨダレをダラダラと床に垂らし始めた。
バケツをひっくり返したような量のヨダレだ。
目は完全に血走っていて、じっと俺を凝視している。
完全に「めちゃくちゃ美味そうなご馳走」を前にして、食欲を限界まで狂わせている奴の目だ。
(な、なんなんだよ一体……!?)
襲ってこない。
ただ、ヨダレを滝のように流しながら、限界まで身体を震わせて俺を見つめているだけ。
一歩も近付いてはこない。
理由なんてわからない。だが、そんなことはどうでもいい。
――顔のすぐ近くで、巨大な猛獣がヨダレをダラダラ流しながら凝視してくるんだぞ? 襲われなくたって、怖いもんは、めちゃくちゃ怖いのだ。
「もう無理! 引き返す!」
呼ばれた感覚なんて一瞬で吹き飛び、俺は全速力で森の出口へと引き返す。
背中に突き刺さる、ヨダレまみれの熱い視線と、なぜか地響きのような猛獣の荒い息遣いを感じながら。
女性からは一瞥もくれず子供扱いされるのに、森の食材たちからはヨダレを垂らしながら熱烈に見つめられる。
これが、百四十センチの男・モブの、あまりにも理不尽で恐怖に満ちた日常である。