モブの災難 作:キュウリ大好き人間
俺だって、たまには一人で酒を飲んで現実逃避したくなる夜くらいある。
会社帰りのある日、俺は無性にアルコールを欲していた。くたくたの身体を引きずりながら、近所のコンビニへと滑り込む。
棚から缶ビールを取り出し、意気揚々とレジへ向かった。
運が良いことに、レジを担当していたのは信じられないくらい可愛い女性店員だった。これは今日の疲れも吹き飛ぶというものだ。
俺は少しだけ背筋を伸ばし、彼女の前に並んだ。
「はい! 次の方どうぞー」
天使のような笑顔に迎えられ、俺は商品を差し出す。
「これを……お願いします」
その瞬間、女性店員の動きがピタリと固まった。
彼女は俺が差し出した缶ビールと、俺の顔を何度も交互に見つめる。その瞳には、明らかな困惑と親のような全き慈愛の光が宿っていた。
「あのーー……申し訳ないですが、お子様はお酒を飲めないので買えませんよ?」
「…………」
時が止まった。
俺の脳内も完全にフリーズした。
……あぁ、クソっ! 忘れていた!
酒を買うときに必ず発生する、この世で最も理不尽なイベントのことを!
俺は慌てて両手を振りながら弁明する。
「い、いや! 俺はちゃんと成人してる! こう見えても三十歳なんだ!」
「ふふっ、よくいるんですよねー、そうやって嘘ついちゃう男の子。大丈夫ですよ! もうちょっと成長して、本当の大人になったらいくらでも飲めますからね」
お姉さんは優しく微笑み、俺の頭をポンポンと叩かんばかりの勢いだ。駄目だ、完全に『背伸びしたいお年頃の小学生』だと思われている。
「いや、違うんだ! グルメiDを見てくれ! これだ!」
俺は懐から必死の思いでグルメiDを引っ張り出し、彼女の目の前に突きつけた。そこにははっきりと【年齢:30歳】の文字が刻まれている。
しかし、お姉さんはグルメiDと俺の顔を見比べ、さらに怪訝そうな顔をした。
「うーん……確かに似ていますね。でも、これ本当にあなたの物ですか? お兄さんのを借りてきちゃったりしてない?」
「俺のだって!! どこからどう見ても俺の顔だろ!!」
必死の抗議が実を結んだのか、お姉さんはようやく「あっ」と察したような表情になり、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「あ、すみませんね。疑ったりして……。あんまりにも小さくて可愛らしかったもので、つい」
「……あ、はい。大丈夫です……」
お会計を済ませ、缶ビールの入った袋を受け取る。
背中に向けられた「小さくて可愛い」という言葉の刃が、俺の心に深く突き刺さっていた。
家路を歩きながら、俺は本気で泣きそうになっていた。
身長が百四十センチのせいで。そして、この呪わしいほどの童顔のせいで。
もし俺の顔が少しでもおっさんらしく老けていれば、お酒を買うくらいでこんなに疑われることはなかったはずだ。
何が悲しくて、ただビールを一本買うためだけに、必死の形相でグルメiDを提示しなければならないのか。
情けなさと悲しさが押し寄せ、視界がじんわりと滲む。
家に帰ったら、このビールを一気に煽って、泥のように眠ってやる。
そう固く心に誓いながら、俺はトボトボと夜道を歩くのだった。
【コンビニ店員視点】
「はぁ……心臓が止まるかと思った……」
あの「モブさん」という男性が店を出て行った後、私はバックヤードに駆け込んで、激しく波打つ胸を必死に押さえていた。
最初は、ただの可愛い男の子がお酒を買いにきたのだと思った。
だから、ちょっとからかうような気持ちで注意したのだ。
だけど、彼が懐から『グルメiD』を取り出して突きつけてきた瞬間、私の全身に鳥肌が立った。
そこに記されていたのは【年齢:30歳】。
――嘘、だ。
あの若々しい容姿で、私よりもはるかに年上の大人の男性……!?
その瞬間、私の頭の中に、ある『噂』がフラッシュバックした。
世界には、究極の食材を摂取し続けた結果、細胞が若返り、子供のような容姿のまま数百年の時を生きる『伝説の美食屋』や『生ける神話』のような存在がいるという話を。
彼は自分の正体がバレたというのに、一切声を荒らげることなく、ただ「俺のだって」と静かに、だけど重みのある声で私を諭した。
あの底の見えない落ち着き。あれは数々の修羅場をくぐり抜けてきた本物の
それを私は「嘘ついちゃう男の子」だなんて……! もし彼の機嫌を損ねていたら、このコンビニごと消し飛ばされていたかもしれない。
「小さくて可愛いだなんて、私、なんて恐れ多いことを……っ!」
私は自分の無礼を深く恥じながら、夜の闇に消えていった「若き老仙」のような彼の後ろ姿に、心の中で何度も深くお詫びを繰り返すのだった。