モブの災難 作:キュウリ大好き人間
今日はいつもより仕事が早く終わり、明るいうちに帰宅することができた。
「はぁ、疲れた……」とため息をつきながら、アパートの自室のドアを開ける。
――そこには、あり得ない光景が広がっていた。
「よっ!」
「お邪魔してます」
「…………」
俺は声も出ず、ただ口をぽかんと開けることしかできなかった。
我が家の狭い居間に、あの巨体の青髪男・トリコと、童顔の料理人・小松が当然のような顔で座っている。
そもそも、なんで俺の家を知っているんだ? 鍵は閉めていたはずなのに、どうやって入った?
怖い。
怖すぎる。
しかも、ちゃっかり自分たちで淹れたお茶を飲んでくつろいでいる。
「な、なっ、なんで……なんで知ってるんだ、俺の家……っ!」
俺は恐怖でガタガタとどもりながらトリコに訊ねた。
「あー、あんたの匂いを辿って来たらここに案内されたぜ!」
なんて鼻をしてやがる。ただの人間を匂いだけで追跡して家にたどり着くなんて、どんな警察犬だよ……。
「すみませんね、モブさん。勝手にお茶までいただいちゃって……」
「え? あ、まあ、お茶はいいんだけど……」
困惑する俺の視線が、部屋の隅で静かに佇む「もう一人の男」へと向いた。
そう、そこにはさらにもう一人、見覚えのない超絶イケメンが座っていたのだ。
高そうなスーツを身に纏い、いかにも知的で心優しそうな、大人の色気を放つ男だ。
「ごめんね、勝手に入っちゃって。えっと……君の名前は?」
「い、いや、大丈夫です! 俺は……モブと言います」
俺が名乗った瞬間、その心優しそうな男の目がスッと鋭くなった。
何かに深く驚いたような表情を見せる。
「……君がモブくんかい。トリコから聞いたよ。プリンの隠し味に『ハニードラゴン』の蜂蜜を使ったという……」
(また出た、ハニードラゴン……!!)
この前から気になっていたが、一体何なんだその名前は。
そもそも、なんでこの男もそんな有名人のお約束みたいな言い方をするんだ。わけがわからない。
「え? トリコがなんて言ってたのかは知らないが……確かに蜂蜜は入れたけど……」
俺がそう答えると、その男は何かを確信したかのように、真剣な顔で何度も深く頷いた。
……なんだその、すべてを見透かしたような真剣な顔は。普通に怖いんだけど。
「あぁ、すまない、自己紹介が遅れたね。僕はココ。よろしくね?」
「あぁ……よろしく、おねがいします……」
とりあえずペコリと頭を下げた。
(ココ……? どこかで聞いたことがあるような……。っていうか、トリコと知り合いってことは、まさかこの人もとんでもない有名人なんじゃ……!?)
なぜか四天王の二人、そして一流の料理人に自宅を特定され、完全に囲まれてしまった。
モブの平穏な日常が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
【ココ視点】
トリコから「ハニードラゴンを従える140センチの男がいる」と聞いて半信半疑で連れてこられたが……。
目の前にいるモブくんと対峙した瞬間、僕は背筋が凍るような衝撃を受けていた。
僕の目は、生き物の発する『電磁波(オーラ)』を見ることができる。
普通、彼ほどのレベルの強者であれば、どれだけ隠そうとしても凶悪なオーラが周囲に漏れ出すものだ。
だが、モブくんからは――人間としての気配すら、完全に『ゼロ』なのだ。
気配を極限まで遮断する暗殺の達人か、あるいは自身の力を分子レベルで完全にコントロールしきっている超大物。
僕の挨拶に対しても、彼は一切の覇気を見せず、ボソリと呟いた。
「あぁ……よろしく、おねがいします……」
声に動揺はない。
その瞳の奥は、僕たちの奇襲(訪問)を最初から予期していたかのように、冷徹なまでに静かに凪いでいた。
(……モブ。底が知れない人間だ。トリコの目に狂いはなかったね。もし彼が敵に回れば、四天王総出でも勝てるかどうか……)
僕は手のひらに冷や汗が流れるのを必死に抑えながら、この未知の人物を決して刺激しないよう、慎重に言葉を選ぶことを心に誓うのだった。