開始前に必要なのは探索者について一つだけです。このシナリオでは、探索者は自分自身についての記憶を失っていますが、「イデオロギー/信念」だけは残っています。
新規探索者なら、
「この人が、記憶を失ってもなお持っている信念」
を一つ決めてください。
たとえば「約束は守る」「自分の人生は自分で決める」くらいの短さで十分です。名前や職業などは、思い出せない状態から始まるので、今は決めなくても遊べます。
信念を一つ教えてもらったら――その瞬間から、セッションを始めます。
了解。
あなたの探索者に残っている信念は――
「選択する」
それだけです。
何を選ぶのか。
正しい方を選ぶのか。
自分のために選ぶのか、誰かのために選ぶのか。
それすら、今のあなたには分かりません。
⸻
では、始めます。
『カタシロ』
意識が浮上する。
最初に感じたのは、ひどい頭痛だった。
ズキ、ズキ、と頭の奥で脈打っている。
目を開ける。
白い天井。
鼻につく消毒液の匂い。
あなたはベッドに横たわっている。
起き上がろうとして――身体が鉛のように重いことに気付く。指先くらいなら動かせるが、それ以上はひどく億劫だ。
周囲を見れば、ここは普通の病室ではない。
無機質な照明。見慣れない医療機器。ベッドの脇にはいくつもの器具。
手術室だ。
「――おや」
足音がする。
白衣を着た男が、あなたの視界へ入ってくる。
男はあなたが目を覚ましていることを確認すると、少し安堵したように笑った。
「気が付いたようだね。私は医者だ」
そして、あなたの目を覗き込みながら言う。
「君は落雷に遭って、病院に運ばれた」
少し間を置く。
「……覚えているかい?」
→「覚えていない」
医者はあなたの返答を聞くと、少し眉を寄せる。
「……そうか。落雷のショックが原因かもしれないな」
男は手元の記録に何かを書き込みながら、続ける。
「では、いくつか確認しよう」
ペン先が止まる。
「君の名前は?」
「どこに住んでいた?」
「家族や友人――誰かの顔は思い出せるかい?」
問われて、あなたは自分の記憶を探る。
言葉は分かる。「医者」も「病院」も「落雷」も、それが何なのか理解できる。社会の常識だって残っている。
なのに。
自分自身のことだけが、綺麗に抜け落ちている。
名前も。
住んでいた場所も。
誰と生きてきたのかも。
何一つ、出てこない。
医者はあなたの表情から察したらしい。
「……君自身に関する記憶を、失ってしまっているようだね」
「検査が必要だ。身体もまだ本調子じゃない。しばらくすれば動けるようになるだろう」
そして、少しだけ声を柔らかくする。
「約束はできないが、記憶もそのうち戻ると思う」
「念のため、三日間はここにいてもらうよ」
あなたが周囲を見れば、やはりどう見ても手術室だ。
医者もそれに気づいたのか、苦笑する。
「ここが手術室なのは……他に部屋がなくてね。物々しくて申し訳ない」
少し沈黙したあと、医者は椅子を引き寄せ、あなたのベッドの横に腰掛けた。
「ところで」
「少し、私とお喋りをしないか?」
「記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない」
男は紙とペンを手に取る。
「――囚人のジレンマという話を知っているかい?」
→「言葉だけは知っているが、どんな内容かまでは知らない」
医者は「ああ」と頷く。
「なら、ちょうどいい。簡単なゲームだよ」
彼は紙に表を書きながら説明する。
「君と私が、ある犯罪の共犯者として捕まったとしよう。別々に取り調べを受けていて、相談はできない」
「選べるのは二つ。黙秘するか、自白するかだ」
彼は書き終えた紙を、あなたに見せる。
あなた 医者 あなたの懲役 医者の懲役
黙秘 黙秘 2年 2年
黙秘 自白 10年 0年
自白 黙秘 0年 10年
自白 自白 5年 5年
「つまり、お互い黙っていれば二年で済む。だが、自分だけ自白して相手が黙っていれば、自分は無罪になる」
医者はあなたを見る。
「逆に――相手だけが自白すれば、自分は十年だ」
そして、紙をベッド脇に置いた。
「私がどちらを選ぶかは、君には教えない。君の答えも、選ぶまでは私には分からない」
少し楽しそうに目を細める。
「さて」
「君は、黙秘する? それとも自白する?」
医者は一瞬きょとんとして、それから小さく笑う。
→「何の罪かにもよる」
「なるほど。そこが気になるか」
「確かにそうだね。殺人と万引きでは、同じ懲役を提示されたとしても気分が違うだろう」
少し考えてから首を横に振った。
「だが、このゲームでは罪の内容は分からないものとしよう。少なくとも、君と私が共犯であり、二人とも罪を犯したことだけは確かだ」
医者は椅子の背にもたれる。
「そのうえで、相手が何を選ぶか分からない」
「――君ならどうする?」
「黙秘するか、自白するか」
医者は、あなたの答えを聞いた。
→「自白する」
そして、ほとんど同時に口を開く。
「――自白する」
同じ答えだ。
結果として、二人とも懲役五年。
医者は紙に視線を落としたまま、しばらく黙っている。
「……君も、自白か」
やがて顔を上げる。
「一つ聞かせてほしい」
「相手も自白するかもしれない。黙秘していれば十年になる危険もある。だが、相手が黙秘していたなら――君だけが自白することで、相手に十年を背負わせて、自分は無罪になれる」
「それでも君は、自白を選んだ」
医者は静かに尋ねる。
「どうしてだい?」
医者は口を挟まず、あなたの言葉を最後まで聞いている。
→「疑心暗鬼になるし、共犯というからにはお互い関係値があるはずだ」
「どちらかが警察の尋問に耐えかねて自白し、どちらかが黙秘した場合、黙秘した側にとってそれは裏切りとも捉える事ができる」
「……なるほど」
「君にとって問題なのは、単純に『何年刑務所に入るか』だけじゃないんだね」
指先で、二人とも黙秘した場合のマスを軽く叩く。
「共犯になる程度には関係を築いた二人だ。なのに、相手を信じて黙秘するという選択には――相手が同じように自分を信じてくれることを期待する部分がある」
「そこで片方だけが自白すれば、結果だけ見れば合理的でも……黙秘した側には『裏切られた』という感情が残る」
少し考え込む。
「だから最初から自白する。少なくとも、自分の選択を相手の選択に預けないために」
医者はそこであなたを見る。
「……面白いな」
「じゃあ、もう一つだけ聞こう」
「もし君が自白して、私が黙秘していたら――君は無罪、私は十年だ」
「そのとき君は、自分が私を裏切ったと思うかい?」
医者は、ゆっくりと頷いた。
→「罪悪感は残るのでは」
「……罪悪感、か」
「自分にとって合理的な選択だったとしても、相手が十年を背負うことになれば、それで綺麗さっぱりとはいかない」
紙の上の「0年」と「10年」を見つめる。
「結果として得をしたからといって、自分の選択に伴ったものまで消えるわけじゃない――ということかな」
医者はペンを置いた。
「ありがとう。君がどう考えているのか、少し分かった気がするよ」
椅子から立ち上がる。
「さて……私は外来の患者を診なければならない」
扉へ向かい、途中で一度だけ振り返った。
「身体もまだ重いだろう。無理はしないように」
そう言い残して、医者は手術室から出ていった。
静寂が戻る。
あなたはベッドの上にいる。身体はまだ思うように動かないが、手の届く範囲なら調べられそうだ。
すぐそばには――
ベッド脇のモニターと、
台の上に並べられた器具がある。
さて、どうする?
→調べる
あなたは身体を起こそうとする。
……重い。
まだベッドから降りるほどではないが、腕を伸ばせば、傍らの台には届く。
そこにはいくつもの器具が整然と並べられていた。
あなたは一つずつ眺める。
少なくとも――刃物の類はない。
しかし、それ以上のことが分かるかどうか。
ここは手術室だ。ならば当然、手術に使う道具が置かれているはずなのだが……。
〈目星〉を振ってみましょう。
1D100を振って、出た数字を教えてください。
技能値が分からなければ、今回は私のほうで処理できます。
了解。〈目星〉70。
では技能値を記録して――さっきの場面に戻ります。
あなたはベッド脇に並んだ器具を注意深く観察する。
〈目星〉70で判定。
1D100 → 42
成功。
一見すれば医療器具に紛れているので気付きにくい。
だが、あなたは違和感を拾う。
「……これ、手術道具じゃないな」
そこに置かれているものの一部は、どう見ても人体を切開したり縫合したりするためのものではない。
むしろ――
工具だ。
何かを締めたり、調整したりするためのもの。
ここは手術室のはずなのに。
身体は相変わらず重い。
さて――工具をさらに調べる? それともモニターを見る?
→モニターを見る
あなたは工具から視線を外し、ベッド脇のモニターへ目を向ける。
病院で見かける、心拍数や血圧などを表示するベッドサイドモニターらしい。
画面には、二つの数字が表示されている。
「97」
「98」
……だが、何の数値なのかを示す表示は見当たらない。
妙だ。
もう少し詳しく調べてみよう。
〈目星〉70で判定。
1D100 → 28
成功。
画面そのものではなく、配線へ目をやって――気付く。
モニターから伸びているコード。
その先を辿る。
あなたの身体には――
繋がっていない。
心拍や血圧を測っているように見える機械なのに、現在のあなたから情報を取得できる状態ではない。
それなのに画面には、
97 98
という数字が表示され続けている。
そのとき。
隣の部屋から、不意に声がした。
「……誰かいるの?」