あなたは装置の前まで歩いていく。
病院にある、患者の体温が下がらないよう温風を送り込むための加温装置に見える。
だが――近づいてみると、妙だ。
作動している。
にもかかわらず、吹き出し口に手をかざすと。
冷たい。
温風どころか、明らかな冷気が流れている。
さらによく調べてみよう。
〈目星〉70で判定。
1D100 → 17
ハード成功。
あなたは冷気だけではないことに気付く。
吹き出し口から、何か――別の気体も一緒に放出されている。
何の気体なのかまでは分からない。
ただ、少なくとも普通の「患者を温める装置」ではない。
昨日見つけた医療器具に混じった工具。
身体に繋がっていないモニターの97・98。
「両方の適性を持った人間」を探していたという資料。
この部屋に来た患者が、揃って記憶を失っていたという少年の話。
そして、この改造されたらしい装置。
……この病院――少なくともこの手術室には、明らかに何かある。
あなたはさらに装置を調べる。
外装、吹き出し口、操作部分――目につくところを一通り確認してみるが、今のあなたに分かるのはここまでだ。
この装置は本来なら身体を温めるためのもの。
しかし実際には、冷気と、正体不明の気体を放出している。
何のために改造されているのか。
その気体が何なのか。
そこまでは判断できない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
故障して冷風が出ている、という単純な話ではなさそうだ。
そして今のあなたなら、もう手術室の中をかなり自由に動ける。
ふと目をやると――
隣の部屋へ続く扉がある。
あの少年の声は、ずっとそこから聞こえていた。
昨日、あなたは彼と約束した。
「元気になったら、会おう」と。
今なら。
その扉を開けられそうだ。
あなたは扉に手をかける。
開く。
隣の部屋は薄暗かった。
中央付近だけが、ぼんやりと照らされている。
そこには――ベッドが一台。
誰かが横たわっている。
近づいて、顔を見る。
…………。
あなた自身だ。
ベッドの上にいるのは、どう見てもあなたの身体だった。
だが、おかしい。
あなたは今、そのベッドの横に立っている。
立ったまま、自分が横たわっている姿を見下ろしている。
二人いる。
では――。
ここに立っている自分は、何だ?
理解が追いつかない。
正気度喪失 1/1D10。
現在SAN45なので、まず〈正気度〉判定。
1D100 → 63
失敗。
1D10 → 6
SAN:45 → 39
頭の中で何かがひっくり返るような感覚。
そのとき。
「――あれ?」
聞き慣れた声がする。
「もう動けるようになったの?」
あの少年だ。
「よかった!」
「いいなあ。もう退院できそう?」
そして嬉しそうに、
「約束、覚えてる?」
「僕も元気になったら、絶対遊ぼうね」
――だが。
声は、ベッドからではない。
あなたは声のする方を見る。
ベッドの脇に、機械の取り付けられた銀色のシリンダーが置かれている。
中は緑色の液体で満たされている。
そして、その液体の中に。
人間の脳が浮かんでいる。
少年の声は――そのシリンダーに取り付けられた機械から聞こえていた。
その一言が、薄暗い部屋に落ちる。
「ああ、そういうこと」
「……え?」
シリンダーから、少年の声。
「何が?」
彼は――自分がどんな姿でそこにいるのか分かっていないらしい。
そのとき。
背後で扉が開く。
「――もう、そんなに動けたのか」
医者だ。
彼はあなたと、ベッドに横たわるもう一人の「あなた」を見て、立ち止まる。
「体を自由に動かすには、まだ調整が必要だと思ったんだが……」
医者はシリンダーへ歩み寄る。
「お父さん?」
「少し眠っていなさい」
カチリ。
機械のスイッチを切る。
「……お父――」
少年の声が途絶えた。
静寂。
医者はしばらくシリンダーを見つめてから、あなたへ向き直る。
「……見てしまった以上、説明しなければならないな」
「息子は交通事故に遭った。身体は、原形を留めないほど損傷した」
「私は……脳だけでも保存しようとした」
彼はシリンダーに手を添える。
「幸い、私には交流があった。人間には到底不可能なことを可能にできる――そういう種族とのね」
そして、ベッドを指す。
そこには、あなたが眠っている。
「ベッドにいるのは、君自身の元の身体だ」
次に――あなたを見る。
「そして今、そこに立っている君の身体は作り物だ」
「人形の身体に、君の脳を移した」
医者は淡々と告げる。
「息子はこの人形には順応できなかった。事故から時間が経ちすぎていたらしい」
「だが――君を見つけた」
「君の身体と息子には、非常に高い適性がある。そして君の脳と、この人形にも」
あなたの脳裏に数字が浮かぶ。
97。98。
医者はあなたをまっすぐ見る。
「……ここまで聞いて」
「君は、何を思う?」
→「息子さんを人として弔うべきだ」