医者の表情が、止まる。
「…………弔う」
想定していなかった言葉だったのだろう。
あなたは目の前のシリンダーを見る。
ついさっきまで、「治ったら医者になりたい」「たくさんの人を助けたい」と話していた少年。
医者は息子を見つめたまま、低く言う。
「だが、この子は生きている」
「考えることができる。話すこともできる。記憶もある。私のことを父親だと分かっている」
「……それを、死者として弔えというのか」
彼はあなたへ視線を戻す。
怒ってはいない。
むしろ――あなたの答えを理解しようとしている。
「君はさっき、記憶を失えば以前とは違う人間になると言った」
「この子には、その記憶が残っている。それでも……事故に遭った時点で、息子はもう死んだものとして扱うべきだと?」
医者は静かに問う。
「なぜ、そう思う?」
「じゃあ貴方が逆の立場だとして、息子さんのしたことを嬉しいと思いますか?」
「生き返らせてくれてありがとうと喜べますか?心の底から」
医者は――答えない。
ほんの数秒だが、今までで一番長い沈黙に感じられる。
やがて、シリンダーへ視線を落とした。
「…………」
「もし、私が事故に遭って」
「この子が、私を救うために……誰かの身体を奪っていたら」
そこで言葉が途切れる。
あなたが先ほど言った言葉が、そのまま返ってくる。
――そんな犠牲、何も嬉しくはない。悲しい。
医者は目を閉じた。
「……『ありがとう』とは、言えないだろうな」
静かな声だった。
「少なくとも……心から喜ぶことは、できない」
それでも、しばらくして顔を上げる。
「だが」
「だからといって、私はこの子を諦められなかった」
「親だから、という言葉で許されるとは思っていない」
ベッドに横たわるあなたの身体を見る。
「君が見つかるまで、ずっと探した。息子の脳を受け入れられる身体と――その代わりとなる人形に順応できる脳。その両方を持つ人間を」
「君が、そうだった」
そして、あなたが当然抱くだろう疑問について、先に答える。
「今の人形の身体から、君の脳を元の身体へ戻すこともできる」
「失敗はしない。100%、元に戻せる」
医者はもう誤魔化さない。
そして最後に、あなたへ頭を下げる。
「息子のために――君の身体が欲しい」
「君には、その機械の身体を譲る」
「お願いだ」
「君の身体を、息子に譲ってくれないか」
強制する様子はない。
あなたの目の前には、自分の元の身体。
その傍らには、何も知らず眠らされた少年の脳。
そして――答えを待つ父親がいる。
→「駄目です、私も息子もどっちとも弔ってください。それがあなたの罪なので」
医者は――動かなかった。
「…………私も?」
あなたの言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかったようだった。
「君の身体を息子に渡すのでもない」
「君を元の身体に戻して、この子をこのままにするのでもない」
視線が、あなたからシリンダーへ移る。
「……二人とも、終わらせろと」
医者の声が掠れる。
あなたは今の身体を指すことができる。
これは作られた身体だ。
元の身体は、そこにある。
そして少年は、脳だけの姿で「いつか治る」と信じている。
医者は長い間、何も言わなかった。
やがて。
「それが……私の罪」
ぽつりと繰り返す。
「君を襲い、記憶を奪い、身体を奪った」
「この子には、自分がどうなったのかさえ告げず……いつか治るのだと信じさせ続けた」
シリンダーに手を置く。
「そして最後には、その責任を君の善意で埋め合わせようとした」
医者は俯いた。
「……そうか」
しばらくして、あなたを見る。
「君は最初から、一貫していたんだな」
「相手の選択によって生じたものは、合理性だけでは消えない」
「記憶を失えば、以前と同じ人間ではない」
「そして――誰かを救うための自己犠牲など、救われた側にとって幸福とは限らない」
「だから君自身も、息子にも、私の選択の後始末をさせない」
医者は目を閉じる。
「…………分かった」
彼は、あなたの答えに逆らわなかった。
「最後くらいは――君の選択に従おう」
あなたの視界が、ゆっくりと暗くなっていく。
最後に見えたのは。
眠る自分の身体と。
緑色の液体の中に浮かぶ少年と。
その二人の間に立つ、父親だった。
SESSION END
探索者:LOST
最終選択:
『私も息子もどっちとも弔ってください。それがあなたの罪なので』
信念:『選択する』――完遂。