この滅びかけの世界で、人々はいつだって
後世にて、初代虚狩りと呼ばれる者たちは、群衆の願うソレに相違なかったはずである。
だがあの日……沈黙の日を皮切りに、エリー都は落日を迎えることになったのだと思う。
それから一人、また一人と姿を消した虚狩りを見てきた人々は気付く。
英雄もまた只人であるのだと。
そして世界は今日も英雄を求める。
俺の名はオキタ・リンドウ。映えある杖の軍の少佐である。生まれてこのかた二十年、ホロウなんていうとんでも災害がひしめく壊れた世界で、少しでも自分が生きた痕跡を残してやろうと当時勢いのあった『杖の軍』に入隊。
ひいこら言いながら上官のご機嫌を伺い、部下とのコミュニケーションを欠かさず、同じ釜の飯を食らって苦楽を共にした仲間の死にも挫けず、やっとこさ少佐である。
俺と同期だったはずの、自由と奔放に翼が生えて飛んでいるようなレミエール・ダンは中佐だぞ?……いや、ベリオラ・ヴァイクに至っては大佐なのだが……彼女に関しては、まぁ妥当だろうという感想だ。
レミエール・ダンとベリオラ・ヴァイク。
先にも述べた通り、彼女達とは杖の軍に入った時の同期だ。年齢こそ彼女達の方が上のような気がする(怖くて聞けない)が、同期として接する内に、そういったものは気にならなくなっていった。
「叙勲式の新聞、見ましたよ中佐。なかなかに面白い見出しでした」
手にした新聞へ視線を落としたまま、膨れっ面を浮かべるレミエールにそう告げる。
彼女が持つ新聞には、先日の虚狩りの叙勲式における一幕が切り取られていた。
見出しとなった写真には、司会の話を遮ってマイクを奪い取った満面の笑みのレミエールと、その後ろで頭を抱えるベリオラさんが大きく写っている。
……実にイイ写真だ。
「……あーあー! リンドウまで馬鹿にするんだー」
レミエールが椅子に深く腰掛けたまま、背中から伸びた純白の翼をばたばたと揺らす。
どうやら相当にご立腹らしい。
「上官を馬鹿にしているだなんて、とんでもない。俺はただ、ダン中佐殿には人を笑顔にする才能があるのだと申しているのです……ブフッ」
堪えきれず、口元を押さえる。
我ながら説得力がない。
新聞に載っているのは、どう見ても「人を笑顔にする才能」などという上品なものではなく、司会からマイクを奪って好き勝手に喋った挙句、一番大事なところでセリフを止められた情け無い姿なのだから。
「馬鹿にしてるよねぇ?はーい!大佐!ここに上官を笑い者にする不届者がいまーす!」
レミエールはこちらへ歩いてきていたベリオラさんを見つけると、待ってましたとばかりに声を上げる。
まるで教師に言いつける子供だ。
「こんな時だけ上官扱いしないでもらえますか?」
ベリオラさんは呆れたように眉を寄せながら、レミエールの手にある新聞へ目を落とす。
そして写真を一瞥すると、
「少佐も流石に笑いすぎですよ……ックフ」
小さく肩を震わせた。
「ちょっと!ベリも笑ってるじゃん!」
「……いえ。これは、その」
口元を手で隠しながら、視線を逸らす。
どうやら堪える気はあるらしい。
「ほら!ベリも笑ってる!」
「笑っていません」
「今笑った!」
「気のせいです」
「絶対笑った!」
……なんともまぁ、平和な光景である。
二人は今となっては虚狩り。杖の軍の階級を抜きにしても、俺と同期二人の間には隔絶した差ができてしまった。
二人に対して憧れがあるかと問われれば、ある。
それと小さな劣等感も。
幼い頃に憧れた物語の英雄のような存在。
ホロウを踏破し、エーテリアスを屠り、文字通り世界を救う者達。
虚狩りたる意味を何一つ理解していなかった俺は、自分もその隣に並び立ちたいだなんて、不遜にも思ってしまっていた。
ひとしきりじゃれあいが終わると、ベリオラさんは改めて俺に向き直った。
先ほどまで浮かべていた柔らかな笑みは消え、軍人としての顔に戻っている。
「少佐……いえ、リンドウ」
改めて名前を呼ばれるとなんだかむず痒いが真面目な話らしい。
「その新聞にもある通り、私たちはこれから例の共同実験に向かいます。私たちの不在の間、部隊のことは任せましたよ」
「わかってますよ、ベリオラさん。レミエールが変なことしないように、ちゃんと見張っといてくださいよ」
「ええ、当然です」
少しふざけて返してみれば、ベリオラさんは腕を組んで頷いた。
「ねぇ?二人の中で私はどれだけお転婆なのかな?」
横から不満そうな声が飛んでくる。
レミエールは頬を膨らませながら、俺とベリオラさんを交互に見ていた。
どうやら先ほどの会話が気に入らなかったらしい。
「そういえば、リンドウはなんで私にはレミエールって呼び捨てなのに、ベリにはさん付けなわけ?」
「あ、それは私も気になっていました」
ベリオラさんまで乗っかってくるとは珍しい。
……何故?
そんなもの決まっている。
「尊敬の念の差」
「違うよね?」
即答だった。
いや、違わないが。
何を言っているんだこの人は。
暗に、そんな面白くない理由は許さないということなのだろうが。
「あ!わかった!ベリのことが好きだから緊張しちゃってさん付けなんでしょ!?」
「いや違うが」
本当に何を言っているんだ。
ついに髪の毛だけじゃなくて頭の中もピンク色になってしまったのだろうか。
「レミエール、その理論が通るなら、逆に貴女に気があって、少しでも距離を詰めたくて呼び捨てにしているという可能性もあるのでは?」
「え!?そ、そうだったの?」
いや、違うが。
そうとノータイムで答えたいところではある。
しかし、このまま揶揄われ続けるのは気に食わない。
ここは敢えて、逆転の発想!
「そうですが?何か?」
「……へっ!?」
「……は?」
予想通り、調子を崩されたレミエールは目を丸くしたまま固まっている。
……ベリオラさん?
なんでそんな恐ろしい顔してるんですか?
先にからかったのは貴女達ですからね?
真に受けないでください。
「……冗談ですよ」
「な、なぁーんだ!冗談なんだぁ……ふーん」
上擦った声を落ち着かせるように、レミエールが胸を撫で下ろす。
「……良かった。杖の軍にはまだ貴方の力が必要ですから……」
「ベリオラさん?俺に何をするつもりだったんですか?」
……え?俺、命の危機だった?もしかして。
ふざけるのもこのくらいにして、改めて二人に向き直る。
「……とにかく、こっちのことは俺に任せてください。留守の間くらいどうとでもなります」
一度言葉を切る。
喉の奥に、妙な引っ掛かりがあった。
「実験がどんなものかは規定で知ることはできませんが……どうか、ご無事で」
ヘーリオス研究所と虚狩りのアーチ教授、そしてミス・サンブリンガーが主導する実験。
詳しいことは情報統制されていて知ることが出来なかった。
俺が分かっているのは、レミエールとベリオラさん。二人が参加すると言うことだけ。アーチ教授やミス・サンブリンガーと違ってこの二人にそんな専門知識があるとはお世辞にも言えない。つまりは虚狩りを対象とした人体実験と予想できる。……碌なものではないと思う。
それはおそらく二人も理解しているはずだ。
無事に帰る保証はないことも。
だからこそ、ベリオラさんは俺に部隊を任せると念押ししたのだろう。
もっと言うべきことがあるはずなのに、何を言ったらいいのか分からない。
二人ならきっと無事に帰ってくると信じている。
……なのに、どうにも胸騒ぎがして仕方がない。
「そう不安そうな顔しないでください。私たちなら問題ありません」
ベリオラさんが、いつものように穏やかに笑っている。
「そうそう、なんてったって『虚狩り』なんだから!」
レミエールもそう言って笑った。
彼女達の笑顔が、妙に眩しく見えた。
二人はそのまま俺の横を通り過ぎる。
すれ違いざま、二人の手が俺の肩を軽く叩いた。
「じゃあね、リンドウ」
「それでは、後を頼みますね、少佐」
「……ええ」
俺は、それだけ答えた。
そして二人を引き止めなかったことを、後悔することになる。
……いや。
引き止めたとて、いったい俺に何ができたというのか。
結局、俺はなんの力もない只人で、自分の無力さを思い知らされるだけだったのだろう。
「……佐……!」
遠くから、誰かの声がする。
「……少佐!」
肩を掴まれ、ようやく意識が現実へ引き戻された。
目の前には、息を切らした兵士が立っている。
顔色が悪い。
彼の目に映る自分の顔はもっと酷い顔をしている
「聞いていますか?報告します!ヴァイク大佐とダン中佐が―――」
「……は?」
皆さんレミエールは引きました?
私はもちろん完凸
14万…