「ヴァイク大佐とダン中佐が……殉職されたと…」
「………は?」
伝令兵から告げられた言葉を、脳が拒否するように世界が歪んでいく。意味は分かる。言葉の意味くらい、軍人であるなら嫌というほど知っている言葉。なのに、それが頭の中で上手く繋がらない。
あの二人が揃って殉職?ありえない。
虚狩りだぞ。何度もホロウへ赴き、俺たちが想像するより遥かに危険な場所を生きて帰ってきた二人が?実験でいったい何があったというのだ。
「……准将が隊を集合させろと……オキタ少佐?」
心配そうに顔を覗き込む伝令兵を他所に、ふらふらとおぼつかない足取りで司令室へ向かう。自分の足で歩いているはずなのに、身体だけが勝手に目的地へ向かっているような妙な感覚があった。
「……ああ、わかった。すぐに向かう」
どうにかそれだけを返す。酷く腑抜けたような自分の声がやけに響いたような気がした。
司令室の扉を開けると、中には既に大隊の兵士たちが集まっていた。普段なら整然と並んでいるはずの兵士たちも、今日はどこか落ち着きがなく、小声で言葉を交わす者や俯いたまま黙り込む者が目につく。部屋の空気そのものが重かった。
集団の先頭には、俺たちをまとめる上官に当たるレイエス准将が立っている。いつも通り厳格な表情を浮かべているが、その眉間には僅かに皺が寄っていた。
「来たか、オキタ少佐。貴官で最後だ」
こちらを一瞥した准将がそう告げると、次は全体へ向けて声を張る。
「既に聞き及んでいるものも多いだろうが、我が大隊の最大戦力たるヴァイク大佐とダン中佐両名が殉職したとの通達があった」
その言葉が落ちた瞬間、兵士たちの間にどよめきが走った。分かっていたはずなのに、改めて他人の口から聞かされると胸の奥が重く沈む。
聞きたいことが山ほどある。気がつけば、俺は手を挙げていた。
「静粛に!……オキタ少佐、質問なら後にしてくれ」
「……二人の死因は?何者かの襲撃ですか?」
准将の静止を無視して問い詰める。声が震えていないのが、自分でも不思議だった。
「オキタ少佐!……ハァ、秘匿事項だ」
「例の実験が関係しているんですか?」
「……秘匿事項だ。質問は以上かね?」
「……な、にが……秘匿事項だ……!」
胸の奥から、抑えきれないものが込み上げてくる。
「ふざけてんのか!?」
「少佐!流石にまずいです!」
「落ち着いてください!」
気づけば准将へと詰め寄っていた。周囲にいた部下たちが慌てて駆け寄り、両肩を掴んで俺を止めようとする。
部下達のやけに震えた手が、俺の思考から少しだけ熱を奪ってくれた。
あの二人が死んだ。
ショックを受けているのは俺だけじゃない。そう思うと少しだけ冷静になれた。
「……フン、緊急時に免じて、今の狼藉は見なかった事にしよう」
襟元を正しながら、息を整えた准将はさらに続ける。その声音には怒りも憐れみもなく、ただ軍人として必要な言葉だけを並べているように聞こえた。
「オキタ・リンドウ少佐、現時点をもって貴官を中佐へと昇進させる。ヴァイク大佐とダン中佐の穴埋めとして、当面の間部隊指揮を引き継げ」
「………」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
中佐。
俺が?
少佐になった時だって、嬉しくなかったわけじゃない。あれだけ苦労して、ようやく掴んだ階級で、いつか2人に追い付いて並び立つための目標で……それがこうも簡単に。
「………承知しました」
口から出たのは、それだけだった。
「……よろしい、後のことは追って通達する」
言い残して、レイエス准将は部屋を後にした。重い扉が閉じる音が司令室に響き、その音を最後に、しばらく誰も口を開かなかった。
「……オキタ少……中佐。これからどうなるんでしょうか?」
やがて、一人の兵士がおずおずと声をかけてくる。さっきまで少佐だった俺を、もう中佐と呼んでいる。その事実に、妙な違和感と寂しさを覚えた。この隊で中佐といえばレミエールの事であったはずなのに。これから階級を呼ばれる度に嫌でも彼女達のことを思い出す事になるような気がして。
「……当面の作戦行動に変更は無いはずだ。一週間後の遠征についてもおそらく……」
一度言葉を切る。二人がいない以上、これまでと同じやり方では到底立ち行かない。それでも俺たちがやるしかない。
「二人がいない以上、俺たちでやるしかない。万全以上の準備が必要、か……頼んだぞ」
「「「はっ!」」」
部下達の返事が司令室に響く。それから一人、また一人と部屋を退出していき、最後には俺だけが残された。
さっきまで大勢の兵士がいたとは思えないほど静かだった。静寂の中で、机の上に残された資料へ視線を落とす。そこには二人が参加するはずだった作戦資料も混じっている。
俺はそれを手に取ることもできず、ただしばらく眺めていた。
「……こんな形での昇進は望んじゃいませんでしたよ」
「……クソ」