沈黙の日から約五年。
ホロウ災害への派兵、讃頌会との武力衝突などを乗り越え、今となっては大佐である。
大佐になって記念すべき初の任務はレイエス准将の執務室への呼び出しである。
沈黙の日当時にぶつかった事もあったが、年月とともに口にはせずとも、お互いに水に流せているような気がする。少なくとも、今さらあの日のことを持ち出して互いに傷を抉るような真似はしなくなった。
そんなこんなで執務室の前に着いた俺は扉をノックする。
「レイエス准将、オキタ・リンドウ大佐です」
「入れ」
「失礼します」
扉を開けてまず目に入るのは整理された机、壁際に整然と並べられた資料棚、そしてその奥に座るレイエス准将。少し白髪が増えたのでは?
「まぁ、座りたまえ……まずは大佐への昇進、おめでとう。と、言っておこうか。貴官はまだ納得していないといった顔だが」
「ありがとうございます。……結局のところ俺は、あの二人の穴を埋めることは出来ていません」
向かいの椅子に腰を下ろしながら答える。大佐という肩書きを手にしてから、そう時間は経っていない。それ故か、未だにその階級が自分のものだという実感は薄い。
「フム、謙遜も過ぎればなんとやら、だ」
「実際、俺が指揮を取るようになってから死傷者の数は増えてしまいました」
「それまで抱えていた虚狩りという人類の最高戦力を二人も失ったのだ。多少の被害は皆予想していた事だ。あの当時は穴埋めで中佐に昇進させたのは事実だが、今回の大佐昇進については間違いなく貴官自身の力で勝ち取ったものだ」
「准将にしては珍しく饒舌ですね」
茶化したようにそう返すと、准将は僅かに眉を動かした。どうやら余計な一言だったらしい。
「私は君の勘違いを正してやろうと思っているだけだ。よく考えてもみたまえ、観測部門と科学部門との協力体制を整え、中小規模に留まる名もなきホロウとはいえ、7つのホロウを消滅させたのは誰だ?讃頌会との大規模な武力衝突において、司教を名乗る者と交戦しながら部下達の撤退時間を稼いだのはどこの誰だ?」
「…結局、司教とかいう奴とは引き分けましたけどね」
「あれだけの戦闘を生き延びておいて、よく言う」
准将は呆れたように息を吐いた。
「私の記憶が正しければ、讃頌会の司教と出会してかつそれを斃すことができた者はかの星見家の虚狩りだけだった筈だが?」
「………」
返す言葉も無く、俺は黙り込む。
「賢者は自らを賢者とは名乗らない、とは言うが貴官は愚者の振りが過ぎる。他の賢者に失礼というものだ」
「他の賢者って?」
「貴官と共に戦ってきた者達に決まっている。貴官が卑屈になればなるほど貴官の部下達が低く見られると言うことを忘れるな」
「…!」
「誇りたまえよ、
やはり准将なだけはある。俺よりも二回り以上年上だからか、人の上に立つ者として敵わないと思った。
「…とにかく、今回貴官をわざわざ呼び立てたのはこんな当然の事を言うためではない。これを」
そう言って、准将は机の引き出しから一通の上質な封筒を取り出した。手渡された封筒には厳重な封蝋が施されており、その紋章にはどこかで見た覚えがある。
「これは?」
「見ての通りメイフラワー閣下からの直通の手紙だ。内容は、端的にいえば貴官を虚狩りへ任命したいとの打診だ」
「!何ですって!?」
「…何を驚く事がある?貴官の戦果はそれだけの価値があると言う事だ」
驚く俺を他所に准将は淡々と続ける。
「…沈黙の日を境に、彼女たち以外の虚狩りも姿を消していってしまった。留まる事を知らないホロウ災害、活発化する讃頌会に姿を消した虚狩り。民衆の不安はかつて無いほど高まっている。市政はそこに一石投じたいらしい」
「だからって俺を虚狩りに?」
「無論、厳正なる審査の下での、あくまで打診だ。虚狩りやその戎具に関してはある程度知っているな?」
「中佐になってすぐ、権限を使って情報は見ました。ある程度どう言うものかは理解しているつもりです」
虚狩る戎具を持つことの意味。
そして、それに付きまとう代償についても。
「であればこそ、貴官にはこの打診を拒否する権利がある」
「意外ですね…てっきり命令だと思っていました」
「あくまで打診。と、言ったはずだ」
准将は一度言葉を切ると、僅かに目を伏せた。
「優秀な若い兵士をそう何人も易々と使い潰されるのはいい加減腹に据えかねる」
普段は冷徹、冷静沈着で、あまり感情を表に出さないタイプの准将。その男の口から、ほんの僅かではあるが、憤りの感情が漏れた。
それが誰に向けられた怒りなのかは、聞かずとも分かる気がした。
「……この件、謹んでお受けします」
「……では聞こう。一切の偽りなく答えたまえ」
准将は俺を真っ直ぐ見据える。
「その返答は軍属から来る使命感によるものか?」
「いいえ」
「虚狩りという称号に優越を感じてのものか?」
「いいえ」
「戎具を扱うという事がどういう事か理解しているか?」
「はい」
「いかなる代償を払う事になろうと人類の守護者で居続ける事が出来るか?」
「はい」
「最期の瞬間まで、君はこの選択を後悔しないと誓えるか?」
「誓います」
短い問答が終わる。
それからしばらく、部屋には沈黙が流れた。准将は何かを考えるように目を伏せ、やがて小さく息を吐いた。
「………そうか…よろしい。ならば私から言うことはあるまい」
その声には、安堵とも諦めともつかないものが混じっていた。
「では、付いてきたまえ。君が虚狩りになるにあたって必要な戎具について、詳しい者を呼んでいる」
「やけに準備が良いですね。俺が断ってたらどうするつもりだったんです?」
准将は拒否権があると言っていた。この場で俺が断っていた場合、その詳しい者とやらは待ちぼうけを食らった上で出番なしでお帰りいただく事になっていたわけだが。
「正直に白状すれば、君が断るとは微塵も思えなんだ」
准将はどこか毒気を抜かれたように薄らと微笑む。
「断って欲しいとは思っていたがね」
その言葉の意味を考えながら、俺は准将の後を追った。
基地でもいっそう人気のない区画に入ってしばらく歩く。
普段の俺ならまず立ち入ることのない場所だった。廊下の照明も必要最低限しか点いておらず、足音だけが妙に大きく響いている。
やがて准将が一つの扉の前で立ち止まった
「ここだ、入りたまえ」
促されるまま、暗い部屋へと足を踏み入れる。
室内には薄い照明が灯っており、その中心に一本の刀が置かれていた。刀身は鞘に収められたままだが、妙に存在感がある。
そしてその前には、眼鏡をかけた白衣の中年男が一人。
男はこちらを振り返ると、薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。
「ようやくかね、待ちくたびれたよ。訳あって身分は明かせないが、私のことは仮に、
「………准将」
「………何だ大佐」
「賢者は自らを……何でしたっけ?」
「………よせ」
「「……ブフッ」」
「?……何かね?」
「「いえ、何も」」