ところ変わって……。
六分街、ヤヌス区にあるこの下町は、同じくヤヌス区の中心に位置する、新エリー都でも屈指の大都会、ルミナスクエアからほど近く、人々の喧騒から少し離れつつも、田舎とは言い難い丁度良いくらいの落ち着いた雰囲気で、新エリー都の住みやすい街ランキング上位の常連となっている。
そんな六分街は小さいながらもサブカルチャーに富んだ街並みであり、麺屋「滝湯谷・錦鯉」、ホビーショップ「BOX GALAXY」、雑貨屋「141」、ゲームセンター「GOD FINGER」、ポンプカスタムショップ「TURBO」、喫茶店「COFF CAFE」、ニューススタンド「HOWL’S」、CDショップ「吟遊ニードル」などなど、ラインナップは様々。
今回はその中でも、レンタルビデオ屋「Random Play」を経営する、ある兄妹の一幕。
『ーーーニュースの時間です。本日から、アストラ・ヤオ氏のコンサートチケットの前売りが開始されーーー』
「わっ!そうだった、今日からだった!予約できた?お兄ちゃん」
「残念だが、既に予約サイトはどこもサーバーが落ちている。望み薄だろう」
「そんなぁ、今回もダメだなんて」
「これもアストラさんの人気が故、仕方がないさ」
「う”ーーー」
ソファに顔を埋めて唸る妹、リンを横目に、兄であるアキラは再びテレビに意識を向ける。
どうやら今回もチケットの確保には失敗したらしい。発売開始と同時にアクセスが集中し、予約サイトが軒並みダウンするのは、アストラ・ヤオほどの人気を持つアーティストともなれば珍しい話ではない。
とはいえ、毎回のように抽選や予約競争に敗れているリンとしては、そろそろ一度くらいは幸運に恵まれてもいい頃だと思っているのだろう。ソファから顔を上げる気配はなかった。
そんな妹をひとまず放っておき、アキラがテレビに視線を戻すと、ちょうど次のニュースへと切り替わったところだった。
『続いてのニュースです。旧都陥落以降、長らく活動の情報がなかった虚狩り、オキタ・リンドウ氏について、メイフラワー市長より公式に活動を一時休止する旨が発表されました』
オキタ・リンドウ。100年以上前から現在も尚、活動を続ける虚狩りである。公の場に姿を見せる際は常に旧都時代の黒い軍服を身に纏い、その素顔はヘルメット状の装甲に覆われ、誰も知らない。謎の多い人物として、現在に至るまで人々の関心を集めている。
「……まぁ、100年以上前から活動していたんだし、さすがに限界なのかもしれないな」
ニュースの内容を聞き、アキラは独り言のように呟いた。
「お兄ちゃんはどう思う?」
「どう、とは?」
「ほら、オキタ・リンドウの正体」
活動時、常に顔を隠してきたリンドウの素顔については、旧都時代からこうして度々民衆の話題の種となっていた。肌の露出が一切ない格好や、その活動期間の長さから、知能構造体なのではと噂する者もいれば、ある一説には、オキタ・リンドウとは世襲制であり、既に何度も入れ替わっているのではないかという説まで、様々な憶測を呼んでいる。
もっとも、本当のところは、ただ老いないことで起こるやっかみなど、不要な面倒ごとを避けるためにリンドウなりに考えた結果でしかないのだが。
「うーん、僕としては知能構造体だというのが一番有力だと思うけど。そうだとすれば、今回の活動休止の説明にもある程度納得がいく」
「世襲制説が本当なら、わざわざ活動を休止しなくても、新しい代役を立てればいいってことだよね?」
「その通り。でもその場合、後継者が見つかっていないだけ、という可能性もある」
「もーう、よくわかんなくなってきちゃった」
リンは考えるのを諦めたように、再びソファの背もたれに身体を預けた。そもそも、本人の素性がほとんど明らかになっていない以上、どれだけ考えたところで答えが出るはずもない。
「なんにせよ、実際に100年活動をしている記録はあるのだから、長期休暇があったって良いだろう」
「そうだね……あ、リンドウといえば、リンドウさん。最近お店に来てないね」
ふと、リンが思い出したように口にした。
彼女の言うリンドウとは、もちろんニュースで報じられていた虚狩りのことではない。少なくとも、二人にとっては。
一年ほど前から、ビデオ屋の近くにあるアパートに住み始めた人間の青年で、常に目の下に濃い隈があり、いつもどこか気だるげな雰囲気を漂わせている。黒髪に、やや不健康そうな顔色。初対面の相手であれば、まともに働けているのかと心配になるような風貌だが、本人は至って普通のつもりらしい。
Random Playにも時折顔を出しており、兄妹とはそれなりに親しい付き合いが続いていた。
「最後に見た時も、かなり体調が悪そうだったし、また家で寝込んでいるんじゃないか?」
「えぇ、また?心配だなあ」
「本人は、あれでしぶといほうだと豪語していたし、そのうちふらっとまた顔を見せてくれるさ」
アキラはそう言って、テレビの音量を少し下げた。
実際、リンドウが店に来なくなること自体は、これが初めてではない。数日程度ならまだしも、以前には一週間以上姿を見せなかったこともあった。そのたびに体調を崩していたという話を聞かされているため、二人としても多少は慣れてしまっている。
とはいえ、慣れていい話でもないのだが。
そんなことを話していると、ビデオ屋の入り口から来客を知らせる音が鳴った。
「ほら、噂をすれば何とやら、だ」
「あ、いらっしゃい!」
リンがソファから立ち上がり、店のカウンターへ向かう。
そこに立っていたのは、今しがた話題に上がっていた青年だった。いつも通り黒い髪は少し乱れており、目の下には濃い隈がある。服装も特に変わったところはないが、リンの目には以前より幾分か顔色が悪いようにも見えた。
「……店長たち、久しいな」
「リンドウさん!久しぶり!」
リンが嬉しそうに声をかける一方、アキラもカウンターへ出てきて青年を迎えた。
「しばらく顔を見なかったけれど、体調は大丈夫だったのかい?」
「ああ、今日はかなりマシなほうだ。近頃は仕事のことで少しな」
「仕事?」
アキラが聞き返すと、リンも興味を示したように首を傾げる。
「あー、確か仕事サボってバカンス?みたいな感じなんだったっけ」
「だいぶ違うが……まあ、そんなところだ。身体のことで治療の目途が立って、最近正式に休職扱いになったから、晴れて自由の身だ」
「えっ、じゃあしばらくお休みなの?」
「そういうことになるな。もっとも、休みだからといって特別やりたいことがあるわけでもないが」
リンドウはそう言って、店内を軽く見回した。
やりたいことは無い。とは言いつつもリンドウの目は既に借りる映画を吟味し始めている。本人は意識していないが、このビデオ屋をはじめ、ゲームセンターやホビーショップ、果ては大都会ルミナスクエアを近郊に要すこの六分街に引き寄せられるように居を構えたのは、在りし日の約束があってのことだっただろうか。
「僕たちも仕事を頼もうと思っていたのだけれど……そういうことならやめておこう」
アキラは一度リンの方へ視線を向けてから、少し声を落として切り出した。
「うん?……ああ、
リンドウもすぐに察したらしく、店内を軽く見回す。もっとも、今この場に他の客がいるわけでもない。念のためといったところだろう。
「いや、最近は調子もいいし、少しなら構わない」
「本当かい?すまない、助かるよ」
普段のレンタルビデオ屋の店員と客という関係だけでは、少々説明のつかないやり取りではあるが、これも彼らの間では珍しいことではなかった。
Random Playを経営するアキラとリンには、もう一つの顔がある。ホロウ内部の案内人、プロキシ。表向きの商売とは別に、危険なホロウに関わる依頼を請け負う彼らにとって、リンドウは以前から何かと頼りになる協力者だった。
「リンドウさんがいれば、イアスも安心できるしね!」
「ンナタ!!」
「ふふっ、そうか……そうか」
「ンナ!」
イアスと呼ばれたボンプを撫でてやれば、嬉しそうにリンドウの手に身体を寄せる。
しかし、しばらくしてリンドウの手が止まった。
眉間に皺が寄り、撫でていた手がイアスの頭から離れる。呼吸が乱れ始め、片手で胸元を押さえながら、もう片方の手を床についた。
「……っ」
「ンナ?ンナワタ?」
異変に気付いたイアスが声を上げる。
リンドウは返事をしようとしたようだったが、声にならなかった。数秒ほどその場で呼吸を整えようとした後、どうにか身体を起こそうとする。
「ちょっと、大丈夫?」
リンが慌てて駆け寄る。
「リンドウさん、聞こえるかい?家まで送ろうか?」
アキラもすぐに近づき、彼の肩に手を添えた。
「……いや、すまない。仕事の話はまた後日改めて聞こう」
どうにかそう答えたリンドウは、二人の手を借りることなく立ち上がった。
もっとも、その足取りは明らかに不安定で、少し歩くだけでも身体を支える必要がありそうだった。
「でも……」
「大丈夫だ。少し…休めば……」
そう言って、リンドウは二人に軽く手を振ると、ふらふらと店を後にした。
入り口の扉が閉まり、リンドウの姿が消える。
残された二人と一匹は、しばらくの間、誰も何も言わなかった。
「ホントに大丈夫かな?」
先ほどまでの明るい調子とは違い、リンの声には心配が滲んでいた。
「僕が前回会った時よりは確実にマシだとは思うよ。あの時は、会話もままならない様子だったから」
「それって、全然大丈夫じゃないと思うんだけど……」
「まあ、そうだね」
アキラは苦笑しながら、リンドウが出ていった入り口に目を向ける。
以前から体調を崩しやすい人物ではあったが、ここ最近は特に調子が悪いようだった。仕事のことが原因だと言っていたが、それだけで片付けていいものなのかは分からない。
「今度来たら、ちゃんと病院に行くように言わないとね」
「治療の目途は立ったそうだから、大丈夫だとは思うけれど」
「だと、いいけど…」
リンは小さく息を吐き、カウンターの上に置かれた店内用の端末へと視線を戻した。
「……とりあえず、次に来た時にはちゃんと話を聞いてみよう」
「うん。そうしようか」
そう言って、二人はひとまず店の仕事へと戻ることにした。
※主人公の調子は日によって乱高下しています。前回は最低、今回はほぼ上限