「ほぅ? お前が右腕かァ。丁度良かった、雑魚ばかりで飽きてきた所だったんだよ。なぁ志島!!」
「同意を求められても……君と遭遇したのはつい先程だし。それに滅却師は殆ど齋藤が殺しちゃうから、僕の出番がさっきから無いんだけどな」
齋藤は刀を軽く振るい、付着していた血液を振り払う。ザイドリッツは彼女の言葉にも気分を害した様子を見せなかった。むしろ僅かに口元を緩めると、胸元へ片手を添えて丁寧に頭を下げる。
「それは何より。私も陛下の右腕を名乗る以上、退屈な戦いをお見せするつもりはありません。ですがその前に、お二人のお名前を伺っても?」
「あぁ? 死ぬ奴に名乗ってどうすんだよ」
「命を懸けて刃を交える相手の名も知らぬままというのは、些か寂しいでしょう」
「……齋藤、不老不死だ」
「四番隊隊長、志島知霧」
「齋藤殿に、志島殿ですか。覚えておきましょう」
ザイドリッツは二人の名を確かめるように一度繰り返し、それから静かに長剣を抜いた。
「では——参りましょうか」
「しっかり構えとけよッ!!」
返事と同時に齋藤が斬り掛かる。
——ギィンッ!!
真正面から振り下ろされた刃を、ザイドリッツは半身になりながら長剣で受け流した。
「おっと」
「ハハハ!! いいなァ!!」
「お褒めに与り光栄です」
言葉遣いこそ穏やかだが、ザイドリッツのその剣筋には一切の遠慮がない。返す刃が齋藤の喉元を正確に狙い、齋藤も笑いながらそれを弾き返す。
そんな2人の様子を、志島は見つめる。甲高い剣戟だけが、絶え間なく戦場へ響き渡っている。別に志島も参戦しようと思えば出来るだろう。しかし、ザイドリッツと打ち合う齋藤の刀が告げていたのだ。今はまだ、オレの獲物を奪うな、と。
齋藤が上段から振り下ろせば、ザイドリッツは僅かに身体をずらしながら受け流す。返す刀で脇腹を狙えば、今度は齋藤が柄頭で軌道を逸らし、そのまま肩から体当たりを叩き込む。
「ッ!」
ザイドリッツが二歩下がる。
その距離を齋藤は一歩で潰し、横薙ぎ、袈裟斬り、突きと息つく暇もなく攻め立てていく。対するザイドリッツもその全てを捌きながら、僅かな隙を見つけては正確に刃を差し込んできた。
「ふーん? やるじゃねぇか」
「お褒めに与り光栄です」
「だが——」
再び刃がぶつかり、鍔迫り合いになる。
齋藤は目の前のザイドリッツを見つめていたが、やがて少しだけつまらなそうに眉を下げた。
「
「……おや」
「お前はいつまで打ち合っても同じ答えが返ってくるだけで詰まらん。そろそろ死んでくれ」
齋藤は鍔迫り合いを蹴りで強引に解き、大きく後方へ跳ぶと、刀身を眼前へ掲げた。
「——酔い痺れろ、
その瞬間、バヂィッ!!と銀色の雷電が弾けた。
刀身を這った銀雷は齋藤の腕へ絡みつき、さらに肩から全身へと迸る。足元の瓦礫が弾け飛び、焦げ臭い煙が立ち昇る。
銀色の雷光に照らされ、齋藤の長いピンク色のツインテールがふわりと宙へ舞う。白い肌を這うように幾筋もの雷電が迸り、刀を携えて佇むその姿は、普段の粗暴な振る舞いからは想像もつかないほど美しかった。
その様子は舞姫という名の通り、銀雷を衣のように纏い、戦場へ舞い降りた一人の姫のようであり、焼け焦げた大地と血煙の中にあってなお、否、そんな場所だからこそ、その姿は一層鮮烈に映る。
「……美しい、良い刀だ……。」
「感想を言ってられンのも今のうちだ。精々惚けて死ね!!」
齋藤は雷の如く地面を蹴り、ザイドリッツの目前まで一息に肉薄して舞姫を振るうと銀色の雷電は空気を切り裂きながら彼へと殺到した。
「——ッ!」
ザイドリッツは飛廉脚で横へ逃れる。しかし齋藤は既にその先へ回り込んでいた。
「遅ェ!!」
銀雷を纏った一閃。
ザイドリッツは咄嗟に長剣を合わせるが、刃同士が触れた瞬間、舞姫から雷電が流れ込んだ。
「ぐッ……!」
右腕が痺れる。
咄嗟に反応しようとするが、その一瞬を齋藤が見逃すはずもなく、即座に蹴りを腹へと叩き込む。ザイドリッツの身体が瓦礫の中へ吹き飛び、立ち上がった時には軍服の肩口が焼け焦げ、頬にも一筋の傷が刻まれていた。
「……なるほど」
それでもザイドリッツは穏やかだった。
頬の血を指で拭い、自らの長剣へ視線を落とす。
「剣一振りでお相手するのは、些か礼を欠くようですね」
「何だ? 何かあんのか?」
「ええ。私は剣士である以前に——滅却師ですので」
ザイドリッツが片手を掲げる。
「
途端、周囲の景色が青白く輝いた。瓦礫が、建物が、大気中に漂う霊子までもが引き寄せられ、ザイドリッツの周囲へ集束していく。そうして集められた霊子は一つに固まることなく、彼を中心として戦場の至る所へ散っていった。空中、瓦礫の隙間、齋藤の背後。青白い光が瞬く度に、長剣、槍、斧、弓と形の異なる武器が次々と形成されていく。
「へぇ……手数を増やすのは王途川みてぇだな。武器屋でも始めるつもりか?」
「生憎、どれも売り物ではありませんよ」
もしこの場に王途川が居れば、
ザイドリッツが飛廉脚で踏み込み、長剣を振るう。齋藤がそれを舞姫で受け止めた瞬間、彼はあっさりと柄から手を離した。
「な——」
直後、背後に生成されていた槍を振り向きざまに掴み、その勢いのまま齋藤の脇腹目掛けて薙ぎ払う。
「チッ!」
齋藤が身を沈めて躱す。だがザイドリッツは槍さえ捨て、頭上に浮かんでいた霊子の弓を掴み取ると、着地するより早く弦を引き絞った。
「そこです」
放たれた光矢を舞姫が叩き落とす。銀雷と青白い霊子が弾ける中、ザイドリッツは既に次の武器へ手を伸ばしていた。
剣で斬り込み、槍で間合いを制し、距離が開けば弓を引く。齋藤が懐へ潜れば、今度は身の丈ほどもある大剣を掴み、膂力任せに振り抜いて強引に押し返す。使い終えた武器には一切執着せず、その場その場で最適な一振りへ持ち替えていく。
「ハハッ!! 面白ぇな!!」
「恐縮です。武器というものは——」
ザイドリッツは大剣を手放し、すぐ傍の空間に形成された細身の剣を掴み取った。
「使い分けてこそ、意味があるものですから」
それは決して、聖隷によって大量の武器を作り出せるから成立する戦法ではない。剣、槍、斧、弓、大剣——ザイドリッツはその全てを、ただ扱えるという域を遥かに超えて修めていた。
一つの武器を手に取れば、その瞬間から立ち姿も間合いも変わる。剣ならば剣士として、槍ならば槍兵として、弓ならば射手として、その得物に最適な身体の使い方へ寸分の迷いもなく切り替わる。
ユーハバッハの右腕を任されるに至るまで、どれだけの年月を武へ費やしてきたのか。生来の才だけでは到底辿り着けない、気の遠くなるほどの研鑽。その積み重ねがあるからこそ、無数の武器を次々と取り替える戦い方が、一つの完成された武術として成立していた。
——————————
総隊長の霊圧を目印に、鹿取が瓦礫の上を駆け抜けていた、その時だった。
——ブォンッ!!
横合いから巨大な片手斧が飛来する。しかし鹿取は足を止めることすらなく、当たり前のように僅かに身を屈めて躱す。すると斧はそのまま背後の建物へ突き刺さり、轟音と共に壁を粉砕した。
「…………ほう、なかなかやる女だな」
声の方向へ鹿取が視線を向けると、もう一本の斧を肩に担いだ大男が瓦礫の向こうから姿を現した。
「俺は陛下直属の親衛隊が一人、アルゴラ・ララウだ。その羽織に霊圧、相当の強者とお見受けする。
「そうですかぁ」
鹿取はいつもの柔らかな笑みを浮かべ、腰の刀へ手を添える。
「私は八番隊隊長の、鹿取抜雲斎ですぅ。私としても、この先に向かわなきゃならないので、お互い様、ですねぇ」
——————————
「……器用な野郎だな」
志島は彼の様子を見てそう独りごちる。その言葉はザイドリッツの耳に入ったようで、彼は感謝を述べた。
「ありがとうございます。私は少々長く、生きておりますのでね」
「——ッ!」
ザイドリッツは言葉を言い終えると同時に、姿が掻き消えた。
齋藤も反射的に舞姫を振るうが、銀雷が捉えたのはザイドリッツが手放した細剣だけ。彼は刃を弾いた僅かな隙に齋藤の懐へと滑り込み、腰の高さに浮かんでいた短剣を掴む。
「——まず、一つ」
彼が狙ったものは肉でも骨でもない。刃先は齋藤の右手首、その奥を走る腱だけを正確に断ち切った。
「ッ……!」
舞姫を握る指から一瞬だけ力が抜ける。齋藤が左手で刀を持ち直しそうとした瞬間、ザイドリッツは短剣を捨てて背後に生成していた長剣へ持ち替えた。振り向きざまの一閃が今度は左手首を裂き、続けざまに飛廉脚で齋藤の側面へ回り込む。
「二つ……」
「テメェ……ッ!」
齋藤が蹴りを放つ。ザイドリッツはそれを紙一重で躱すと、空中に浮かんでいた槍を引き抜き、その穂先を振るった。
——ザシュッ!!
「……三つ」
右足の踵、その腱が断たれる。踏ん張りを失った齋藤の身体が大きく傾き、それでも左脚一本で強引に地面を蹴ろうとしたところへ、ザイドリッツは既に回り込んでいた。
「そして——四つ」
最後の一閃が、残った左脚の腱を正確に断つ。
「ぐッ……!」
四肢を奪うためだけの四撃で、遂に齋藤の両膝が地面へ落ちた。腕に力は入らず、脚も動かない。にもかかわらず、ザイドリッツが斬った箇所はいずれも必要最低限で、致命傷には程遠かった。
ザイドリッツは血の付いた剣を軽く払い、膝をついた齋藤を前にしても勝ち誇ることなく、ただ静かに剣先を下げた。
「申し訳ありません、齋藤殿。貴女ほどの剣士を殺すには——これが最適かと思いまして」
ザイドリッツは動けなくなった齋藤を見下ろしながら、ふと一つの疑問が頭を過ぎった。
「……しかし、解せませんね。貴女ほどの死神であれば、当然その先があるのでしょう。何故、卍解という技を使わなかったのです?」
「あー、そうかよ。……お前は分かってねぇようだな」
「……?」
「必要ねェから使ってねえんだよ。お前じゃあオレを殺せねぇ」
齋藤は可笑しそうに口角を吊り上げながらそう言い切る。四肢の腱を断たれ、刀を握ることすら出来ない女の言葉とは思えずザイドリッツが僅かに眉を寄せる中、齋藤は背後へ声を飛ばした。
「おい志島ァ!! いつまで見てやがる!! さっさとアレやれ! アレ!」
「……はいはい、分かってますよ……」
その言葉で志島が動いた。猫背のまま気怠そうに歩み寄ると、刀を抜き、切っ先を齋藤へ向ける。
「まったく……こういう時だけ僕を頼るんだから——起き上がれ、
刀身の表面がぬらりと濡れる。刃先から透明な液体がとろり、とろりと溢れ出し、志島が刀を振るうと、それは飛沫となって齋藤の身体へ降り掛かる。
その液体が降りかかった所で傷が塞がったわけではない。断ち切られた腱もそのままだ。しかし、
「…………な」
ザイドリッツの目が、初めて大きく見開かれた。
動くはずのない指は舞姫の柄を握り、力の入らないはずの脚が地面を踏み締め、断たれた腱から血を滴らせながら、齋藤がゆっくりと立ち上がっているではないか。
「だから言ったろ?」
バヂィッ!! と、再び銀雷が齋藤の全身を駆け巡る。
齋藤はその場で何度か手を握っては開き、続けて軽く跳ねるように地面を蹴った。そうして先程まで四肢を封じられていたとは思えないほど元気に舞姫を振り回し、齋藤は満面の笑みを浮かべて口を開く。
「お前じゃオレを殺せねぇってよ」
志島はそんな彼女の様子を見て、呆れたように小さく溜息を吐いた。
志島の斬魄刀・骸奉子の能力は治癒ではない。対象の体内へ働きかけ、アドレナリンを限界まで放出させ続ける能力だ。それにより、例え手足が切れようと一時的に動かせるようになり、痛みも疲労も、肉体が発する制止の信号さえも無理矢理に踏み越えさせ、本人に戦う意思がある限り、その身体を限界の先まで動かし続ける。
その性質故に、骸奉子は卯ノ花を始めとした護廷に所属する数々の戦闘狂から妙に人気が高い。致命傷を負おうが身体が壊れようが、まだ戦う意思さえ残っていれば戦闘を続行出来るのだから当然と言えば当然だろう。
ただし骸奉子は、あくまで無理矢理身体を動かしているに過ぎない。傷が治るわけでも失った血が戻るわけでもないのである。心臓が止まるなど、生命そのものが限界を迎えれば、骸奉子の力を以てしてもそこで生命活動は停止する。
言ってしまえばそれは、死ぬその瞬間まで戦わせ続けるための斬魄刀だ。
「さァもう一度、やろうじゃねェか!!」
火曜日ではないですが、この前☆10評価頂いて嬉しかったので投稿。
オリジナル斬魄刀
齋藤不老不死の斬魄刀:舞姫
解号:酔い痺れろ
銀色の雷電を発生させ、自在に操る斬魄刀。刀身や肉体に雷を纏わせるほか、触れた相手を感電させ、その動きを鈍らせることも出来る。
志島知霧の斬魄刀:骸奉子
解号:起き上がれ
刀身から溢れる液体に触れた者の肉体を強制的に活性化させ、負傷や疲労を無視して動かし続ける斬魄刀。治癒能力はなく、本人に戦う意思がある限り、死の間際まで戦闘を続行させることが出来る。