プロローグ~赤鬼散る~
果てしなく広がる荒野に、激しく金属と金属のぶつかり合う音が辺りに鳴り響く。それと同時に刃物で肉を切り裂くような、貫くような音が聞こえる。
地面には赤い血の海が広がり元の色は判らない。その上多くの元はヒトであったモノであろうものが転がっている。上半身の繋がっていない下半身、本体と切り離された首、根本から切り離された腕、或は足。そのどれもがスッパリと綺麗な切断面をしていて血の海を作り出す、それはまさに地獄のような光景だった。
「死ねぇぇェェッ!!!」
一人の鎧兜を身に纏った筋骨隆々の大男が目の前の白髪の老人に斬りかかる。
老人はそれを体を半身にすることで躱し――ザンッ!――振り抜かれた大男の剣を持つ腕を斬り飛ばした。
「ギアアァァァァ!!!!??――ドシュッ!!――ガァッ!!」
腕を斬られ叫ぶ大男の喉に老人が右手に持つ漆黒の刀を突き刺す。――ドシャ!!――老人が刀を引き抜くと事切れた大男が地に倒れる。そして、老人が周りを見渡すと周囲にいる地に倒れている大男、そのほかのヒトであった物と同じ鎧兜を身に付け、剣や槍・盾或は弓などを手に持つ者達に緊張がはしる。
「次に、死にたい奴は誰だ。誰でもいい、掛かってこい! 殺してやるぞ!」
その言葉を合図に周囲に居た男たちが恐怖に駆られた表情で一斉に老人に斬り掛かる。
「死ねぇぇぇぇ!!」
「くたばれぇぇぇぇ!!」
一斉に斬り掛かってくる男達を静かに見据える老人に焦りの色は見えず、淡々と躱し、防ぎ、反らし、両手に持つ刀で突き、凪ぎ、袈裟懸けに、ときには蹴りを交えて男達を確実に殺していく。
「ば、化け物めっ!」
「つ、強すぎるあれほど居た仲間たちが」
「十万っ!? 十万だぞっ!? それをたった一人で!! たった一刻半(約3時間)で!! もうこっちには百人もいねぇぞ!!?」
男たちをは口々にそう叫ぶ。だが老人の方もすでに余裕はなかった。
(歳には勝てねぇな。俺も立ってるのがやっとか…今まで受けた傷が疼きやがる。麻酔が切れたか)
当然ながら十万もの訓練された兵士達を相手にして無傷で居られるわけもない。老人の身体には幾つもの切り傷や打撲痕、さらには背中には数十本もの矢が刺さっていた。それを老人は痛覚を一時的に自ら麻痺させることによって耐え続けていたが、それも限界のようだ。
(早く決めにゃならんな、これは)
老人が足を踏み締めると、男達の緊張感が高まり、老人の一挙一動を見逃すまいと集中力を高めていく。男たちの間にある緊張感が最高潮まで高まった瞬間。
「剃ッ!!」
風を切る音と共に老人の姿が男達の目の前から消えた。
「なにっ!? 消えた!?」
「ど、どこにっ――『インパクト!!』――ガハァッ!!」
「なんだと!?」
「い、いつのまに!?」
男達が声のした方向に顔を向けると、比較的後方に居た男の一人が、血を目から鼻から口から爪の間からと、吹き出しながら倒れている姿と、右足を前に出し左足を後ろにやり手を開き右腕を前に押し出している老人の姿があった。
「一瞬だ」
その言葉と共に再び老人の姿が消える。
「ギアッ!?」
「ヒギェッ!?」
「グアァッ!?」
男達の悲鳴と、肉を切り裂く音だけが荒野に響き渡る。
「はぁはぁはぁっ……うぐ……すぅぅ…はぁぁ」
それが鳴り止んだ頃、その場に立っていたのは血を体の至るところから流している老人だけだった。
老人の前方から土煙が上がり黒い影が接近しているのが見えた。その影はどんどん大きくなり数も増えていく。だが老人に焦りの色は見えない、寧ろ先程まで見せていた気迫は見えず微笑みさえ浮かべている。
「やっと……来たか、遅いぞ……ガキども、はぁ、はぁ……ダメ……だなこりゃ、後のことは……若いもんに任せるかね」
そう言いながら老人は後ろに倒れた。倒れる瞬間複数の人影が息を切らせながら走りよってくるのが見えた。
「大爺様!? 何をしている!! 早く五斗米道を扱える者に大爺様の治療にあたらせろっ!!」
「は、はい!!」
そんな声を聞きながら老人の意識はどんどん薄れていく。
(二度目の人生だったが……かなり楽しめたな)
意識外の声を聞きながらそんなことを思う老人。
(桃香……愛紗……みんな、今…そっちに……)
「おおじい――!!――じ―さま!!」
その後、まもなく老人は息を引きとった。これが《赤鬼》