side~宏壱~
頭が痛い、背中がすごく痛い。最初に感じたのは痛み、次に女の声が聞こえた。傍でふたつの声だ。ひとつの声が離れていく。残った声、この二週間で慣れ親しんだ声。遥か昔に感じたことのある母を思わせる、そんな声だった。
「わたし…………いれば…………には」
断片的に途切れて声が聞こえる。後悔するようなそんな声が、この人が悲しむ声を聞きたくない、そう思った。
「ごめん、なさい」
その言葉が妙に響いてカッと頭が熱くなった。
「なめ、るな……そう言った筈、なんだけどな」
体を起こし痛む頭を右手で押さえながらそう言う。
「……宏壱、君?」
「リンディさん。舐めるなってそう言ったでしょ」
「え?」
「だ~か~ら~、その謝罪も俺を、俺たちを舐めてかかってるって言ってんだよ」
リンディさんは俺の言葉に困惑しているが構わず続ける。
「いいか? 確かに人数を削ったのはそっちだ、けど最終的にそれを了承したのは俺で調査班のメンバーなんだよ。少ないの分かってて現場に向かったんだ。なら落ち度は油断した俺らにある、あんたが悔やむのはお門違いだ」
「でも」
「でももだけどももしもも要らねぇよ! 今、こうして俺は生きてる! なら、するべきことは現地であったことの報告と、これから先を考えること、この二つだ。いいな?」
「……」
そう言ってやるとリンディさんは黙り込み目を瞑る。数秒間そうしていただろうか、次に目を開いたときのリンディさんは強く迷いのない目をしていた。
「ありがとう。宏壱君、私は貴方を信じます」
「……おう」
なんか、少し照れんぞ今の。顔が熱い。
「でも、本当に大丈夫なのかしら?」
「頭打って、背中ぶつけただけだろ? 問題ないって」
「いえ、そうじゃなくて」
リンディさんの言っている意味がいまいち理解できない。何が言いたいんだ?
「聞いたわ、目の前で人が」
「あ、ああ、そういうことか。何だそんなことか」
合点がいった。つまり、目の前で人が木っ端微塵になる瞬間を見た俺の心理状況が心配だったわけだ、リンディさんは。さっきの「ごめんなさい」にはその意味もあったのか。納得いった。
「そんなことって……目の前であんなことがあったのに!」
少しスッキリした俺とは裏腹にリンディさんは憤りのようなものを感じているらしい。
「目の前で人が死ぬのは初めてじゃないからな」
「え、それってどういう?」
「俺の家族は、俺の目の前でテロリストに殺された」
「っ!?」
リンディさんの表情は憤りから驚愕に変わり悲観に変わる。
「な~んであんたがそんな顔するかな。もう終わった話だって」
「……終わった?」
「そ、終わった。テロリストどもはもうこの世にいない」
「え?」
「……俺が殺したからな」
「っ!?」
リンディさんの表情がさっき以上の驚愕に染まる。
「復讐ってのは虚しいもんでさ、後にはなんも残らねぇってよく聞くけど、実際そうなんだよな」
「じゃあ、貴方にはなにも?」
「いんや、知ってんだろ? 俺のレアスキル」
「……『蜀伝の書』?」
俺の問いに少し考えてからそう答えるリンディさん。
「そ、今はアイツらが俺の家族。俺を愛してくれる。普段は照れ臭くて言えねぇけど俺もアイツらを愛してる」
少し顔が熱くなってるのが分かる。ちょっと赤くなってんだろうな。
〈主! 私も貴方を愛しています!〉
枕元からそんな声が聞こえた。
「刃」
〈主〉
「私お邪魔かしら」
刃を見つめ、一言思ったことを言う。
「……居たのか」
〈ひ、酷いです! 主を心配してずっとここに居たのに……〉
「あらあら」
俺と刃のやり取りを見てリンディさんは苦笑を浮かべる。苦笑でも笑ってくれたならよかった。まぁ、多分に照れ隠しが含まれていることは否定できないけどな。刃もそれが分かっているのか、それ以上文句を言わない。
「ま、今はそんな感じだからさ、気にしなくてもいいって」
「そう」
一瞬沈黙が室内を支配する。するとリンディさんが思い出したように管理局の制服のポケットを探り、紙片の山を取り出す。
「宏壱君、これなんだけど」
「ん? 何だこれ?」
所々に文字が書いてあるように見えるが細切れで読み取れない。
「貴方の服のポケットに入っていたの。ただ何かの衝撃で細切れになっていて、復元もできないのよ」
「あー、あれか。その事について、他の調査班から何か聞いたりは」
「いえ、宏壱君に聞いてほしい、としか」
「ん、了解。今から話すことは他言無用で頼む」
「?……ええ、分かったわ。誰にも話さないと約束しましょう」
俺の言葉に考えるようなしぐさをして了承してくれる。
「――――――」
「っ!?」
俺の放った言葉に驚愕の表情を浮かべ、次に刃が撮影、録画した紙片の原形の読み取れる部分、廃墟と化した一族の村の状況を交え説明する。リンディさんは顔色を青くしつつも俺の話を最後まで聞いてくれた。
「……そんなことが」
「気を付けろ、リンディさん。彼奴はアンタらに何かしている。その何かまでは分からない。でも用心しろ、あの男は信用ならない、信頼してはいけない。絶対に」
「……ええ、そう、ね」
そうリンディさんが返事をすると医務室のドアがノックされる。
「リンディ艦長いらっしゃいますか?」
ドアの向こうからウェイン・ボルクの声が聞こえた。
「よっと」
「宏壱君?」
刃を掴みベッドから下りた俺を不思議に思ったのか、リンディさんが声をかけてくる。
「俺はもう行くよ。アイツらも心配してるだろうしさ」
「そう? でも無茶はダメよ? 頭を打ってるんだから何かあったら言ってね? それと彼らなら食堂にいると思うわ」
「了解、リンディさんも気を付けろよ」
「ええ」
そうリンディさんと言葉を交わし俺は医務室の出入り口へと向かう。
「入りますよ」
ドアが開きボルクが姿を見せる。
「おや? ……目覚めていたのかね? 山口二等陸尉」
「ええ、残念ながら」
声をかけてきたボルクに嫌みで返す。
「なんのことだね。私は嬉しく思っているよ」
「そうですか。それはこーえーです」
そう返すとボルクは引きつった笑みを見せる。
「では艦長、これで失礼します」
「ええ、お大事にね」
一度リンディさんに振り返り頭を下げ、再びドアに向かい歩みを進める。ボルクの横を通りすぎる瞬間「――――」と少し覇気と殺気を乗せた言葉をかけ部屋を出る。
部屋から出た瞬間後ろで何かが倒れる音とリンディさんの驚く声が聞こえたが、俺は無視して調査班がいるであろう食堂に足を向け歩き出した。
俺はただ「調子ぶっこいてっと殺すぞ」って言っただけなんだけどな。まったく情けない。
〈(我が主ながらに恐ろしい)〉
「何か言ったか?刃」
〈いえ、なにも〉
「そうか? 俺の気のせいか」
〈はい(す、鋭い。迂闊なことは考えられませんね)〉
何を考えてるか何となく分かるけど、特に指摘する必要もねぇよな。
そのあと食堂に着き問題ないことを報告……しようとしたら、調査班で行動を共にしたやつらと偶然食堂にいたテミリアル伍長、ライラ(名前で呼んでほしいと言われた)とホーズマンに囲まれた。かなり心配をかけたらしい。本来、あの程度で気絶するはずはないんだが、打ち所が悪かったらしい。だから、もうあんなヘマはしない。そう伝えたが聞いてもらえず、今日はもう休めと言われ、食堂から追い出された。
食堂から追い出されたあと、自分の部屋に直で戻るんじゃなくて、負傷した二人のところに向かった。包帯を巻かれベッドに寝かされていたが元気そうだったな。ただ、全治二週間の怪我で当分訓練もできないらしい。しかし、あの怪我が全治二週間か、やっぱり地球よりも遥かに進んだ医療技術だよな。そんなことは置いといて、取り合えず大人しくしといてくれ、そう伝え医務室を後に自室へ戻った。
side~???~
アースラ艦内とある一室、完璧な防音を施された部屋、そこに一人の男がいた。
「何故だ!何故だナゼダナゼダナゼダナゼダナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼェェェェ!!!」
男は頭を掻き毟り、喚き散らす。
「どうして催眠が効かないぃぃぃ!! この一週間は上手くいっていたはずだ! なのにぃ! あの陸から来たガキがぁぁぁぁ!! アイツの所為で全て計画が水の泡だ!!」
既に目は血走り、喉はしゃがれていてダミ声で男の怒りの凄まじさが伝わってくる。
「何をした! 何を何を何を何を何を何をしたぁぁぁ!! このアースラのクルーも全て私の術中に嵌まっているたはずだ! あのガキが! 何故だ! ナゼ死んでいない! あの男! しくじりおって!! あのガキが死んでいればこんなことには!! リンディの前であんな醜態を晒すこともなかった!! このままでは終わらさん!! 殺してやる! 必ず! 必ず私の手で殺してやる!!」
部屋の中に男の呪詛が響き渡る。しかし、男は気づかない。自分の行動がとある少年を介して己が手に入れようとした女性に筒抜けであることを。
side out
短いですが切りがよかったのでここまで、ということで。
では次回お会いしましょう!ではでは。