side~三者視点~
時刻は朝の9時、ここは海鳴市にある大学病院。この地域では一番の規模を誇る病院だ。その病院の一室に一人の男性が寝かされている。高町士郎、宏壱が出会った少女、高町なのはの父親である。
彼は数ヵ月前にとある仕事で大怪我を負い意識不明の重体となった。
コンコン
病室の戸を叩く音が響いた。が、人工呼吸器と電子音が響くだけで答える者はいない。
「士郎さん、失礼します」
「「お父さん、おはよう」」
「……」
病室の戸が開き一人の女性と二人の少女、一人の青年が部屋に足を踏み入れる。
女性の名は高町桃子。高町士郎の妻で二人の少女と青年の母親で喫茶・翠屋のパティシエでもある。
一人目の少女は高町美由紀。高町家の長女でなのはの姉である。
もう一人の少女は、宏壱が出会った高町なのは。以前宏壱が出会った時のような哀しそうな雰囲気は感じられず、その瞳からは強い意思が感じられた。
最後の青年は高町恭也。高町家長男にして、古流剣術御神流の使い手でその腕っ節は並みの武術家では敵わない。
「なのは、ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! コウくんは嘘つかないもん!」
「あはは、ごめんごめん。疑ってる訳じゃなくて、えっと、ほら早くしよっ」
「うぅ~~」と唸るなのはの背を押して士郎が寝ているベッドまで近づき備え付けてあった丸椅子に座らせる。
今日はなのはが宏壱から授かった力を使って士郎を目覚めさせるためにこうして来たのだ。
「恭ちゃん、魔法って本当かな?」
「……分からん」
なのはは魔法のことを家族に話している。これは宏壱が口止めをしなかったのが原因だ。と言っても、宏壱自身が忘れていた訳ではなく、家族に伝えさせた方が話もスムーズに進むのではないか?と考えたからだ。
ただ、そういった異能の力に触れたことのない彼等に信用しろ、と言う方が無茶ではある。
桃子は藁にもすがる思いで話を聞いていた。美由紀は信じて損がないなら疑う意味もないと、疑い9:信用1で信じてみてもいいといった態度だった。だから宏壱となのはが再会の約束をして別れた翌日に力を使う、予定だったのだがそこに待ったをかけたのが恭也だった。「信用できない」と一刀両断した。その説得に一週間もの時間を浪費したのだ。説得の結果は今この場に恭也がいることで言わずとも分かるだろう。
「えっと、確か、お父さんの手を握って、念じる」
丸椅子に座ったなのははその小さな両手で士郎の手を握り目を閉じる。
「なのは、お母さんもいい?」
「どうだろ……うん、大丈夫だと思うの」
「ありがとう」
桃子はなのはの横で膝立ちになり、なのはの手の上から両手で包むように優しく握る。
(お父さん、みんな待ってるの。お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、なのはも。だから起きて)
思う言葉は多くはない。だからこそその想いは純粋で、汚されることのない潔白さがあった。
(士郎さん、貴方がいないとダメなの。なのは達のために笑おうとしても上手くできないんです。これじゃ母親失格ですね。だから、強い母でいたい。その為には私には貴方が必要なんです。起きてください。士郎さん)
夫を想う妻はただ起きて欲しいと願う。子供達のために、自分のために、ただただ願う。
(起きて、起きて、起きて、起きて)
(なのはの手が暖かい?)
父の目覚めを願う少女は気づかない。自分の手が熱を持ち始めていることに。それは熱くはなく、まるで日溜まりのような暖かさを持っていた。
「起きて、起きて、起きて」
いつの間にか想いはなのはの口から自然と零れ出ていた。
「起きて! お父さん!」
なのはの想いがいっそう強くなった。そのとき、握っていた手が深紅に輝き病室内を満した。
そこは何もない真っ白な空間、そこに男性が一人佇んでいた。
「……ここ、は? 僕は、確か」
記憶が曖昧なのかこれまでの経緯を思い出そうとする男性。
「稲沢さんの護衛で……そうだ、その帰りに襲撃を受けて」
稲沢とは日本の外交を担う男性で、日本の首相の信頼も厚く、日本経済を支える人物の一人である。
「人にコウモリの羽のようなものが生えていて、あれはいったい……?」
「今、気にしても仕方ないだろう。高町士郎」
「っ!?」
突然話しかけられた男性、士郎は咄嗟に腰に手を伸ばす、がそこには何もない。
「あ……」
「ん? どうした?」
「い、いや、それより君は?」
士郎は誤魔化すように声をかけてきた主に問う。
「俺か? 俺は山口宏壱だ。山口でも宏壱でもどっちでもいいぞ」
「じゃあ、宏壱君と呼ばせてもらうよ。僕も士郎で構わない」
いつの間にか目の前にいた男、宏壱と話す士郎。これも仕事柄多くの人間を見てきたからだろう。宏壱の目的がなんであれ、士郎は彼に敵意や悪意のようなものは感じなかった。
「おう、士郎さん」
「それで、ここはどこだい?」
「士郎さん、あんたの心理世界だ」
「僕の心理、世界?」
聞き慣れない単語が飛び出して士郎は鸚鵡返しする。
「心の中、って解釈してくれ。それが一番しっくり来る」
「なるほど。それは分かったけど、何もないところだね」
士郎は周囲を見渡しながらそう言う。
「士郎さんが昏睡状態だからな。思考のできない人間の心の中が“無”なのは当然のことだ」
「そういうものなのかい?」
「ああ。ただ善人か、悪人かの違いは出る」
「違い?」
「悪人の場合は闇だ。こんなに光に満ち溢れていない」
そう言って笑う宏壱は非常に嬉しそうだ。
「何だかむず痒いね。……そういえば、どうして宏壱君はここへ?」
士郎は思い出したように言う。
「ああ、言ってなかったっけ」
「うん、聞いてないよ」
「友達の笑顔が見たいから、だな」
「友達?」
「そ。高町なのは、あんたの娘だ」
士郎は目を見開いて驚く。自分の娘、まだ10歳にもなっていない娘が20代半ばの男と友人関係など信用できるはずもない。と言うか信じたくないだろう。
「あー、いや、現実の俺は7歳のガキだ。今月で8歳になるけどな」
何に驚いているのか察した宏壱は、慌てて訂正を入れる。
「そうか。よかった、危うく切るところだったよ」
「こえーな、おい」
はは、と笑う二人。士郎も宏壱も冗談だと分かってやっている。
「さて、話を戻すぞ」
宏壱は士郎が聞く姿勢になるのを見て話を続ける。
「泣いてたんだよ。なのはが一人でな」
「泣いて、いた?」
宏壱の言葉は士郎にとって信じがたい話だった。自分の妻が、息子達がそんなことを許すだろうか? 否である。泣いている娘を、末っ娘を放っておくほど家族の絆は弱くはないし、思い遣りのない家族でもない。
「どうして、桃子達は……」
「翠屋が安定し始めたからだろ。今が一番重要な時期なんじゃないのか?」
「そうか。店、か」
「みたいだな」そう頷いて宏壱は、何処からか取り出した水の入ったコップを傾け中の水を溢す。溢れた水は飛び散ることなく薄く広がり円を作る。
「何を?」
宏壱は士郎の問いには答えず水を溢し続ける。
コップが空になり二人の足下に水溜まりが出来上がる。そこに宏壱は手を翳した。すると円の中心から色が広がり始める。円全体に広がったものはまるで……。
「鏡?」
対面にあるものを映す鏡だった。そこに映るのは当然宏壱と士郎だ。
「これで何を?」
「ま、見てれば分かるさ」
一言そう言って宏壱は膝を折り、鏡になった水溜まりに顔を近づけ「ふぅー」っと軽く息を吹き掛けた。
水面が揺れていく。揺れは大きくなりゆっくりと収まっていった。
「これはっ!?」
「これが、今のあんたの家族の現状だ」
士郎が驚くのも無理はない。揺れの収まった水面に映っていたのは自分の姿、ではなく病室で眠る自分に話し掛ける家族の姿だった。
「僕は、桃子達にこんな顔をさせているのか!」
士郎は自分の家族の顔を見て憤りを感じていた。それは、他の誰でもない自分自身への怒りだった。
「だから俺が来たんだ」
「え?」
「今のあんたは精神、肉体共に弱りきってる。だから、俺があんたの弱った精神と肉体に活を入れる」
「活?」
「ああ」そう頷き宏壱は『氣』を高めていく。
『氣』とは宏壱が生きた前世で多くの武将が会得し使いこなした技術。嘗て大陸の覇権を賭けて戦った女性達が身に付け多くの敵を討ち取り、多くの仲間を救った力のことである。
「すぅ」
宏壱は短く浅く息を吸う。
「ああああああーーーーーーーーっっっっっ!!!!」
「っ!?」
突然の咆哮。空間が震え軋む。宏壱の周囲に陽炎のように深紅のオーラが現れる。それと同時に、鏡に映る病室が深紅に光った。
「これはっ!?」
鏡の中から溢れだした深紅の光が帯となり士郎の体に絡んでいく。
「くっ! 引っ張られっ、うわあああぁぁっ!!」
帯は士郎の体を鏡の中へと引き込んでいく。抵抗も虚しく、士郎の姿は光り輝く鏡の中に消えた。
ピシィッ!!
空間に皹が入りそこから世界が崩れていく。
「さて、後は士郎さん、あんたの頑張り次第だ」
士郎が消え、崩れていく世界に残された宏壱はそう呟くと光の粒子へと姿を変え、世界に溶け込むように消えた。
「「お母さん!/なのは!」」
場所は戻りここは士郎が眠る病室。恭也と美由紀の母と妹を心配する声が響く。
「大丈夫、お母さんは大丈夫よ。なのはは?」
「なのはも大丈夫なの」
「良かった」
「しかし、今のはいったい……」
二人の大丈夫だと言う声にホッと胸を撫で下ろす美由紀。恭也は今の現象が何だったのか考える。
「……ん……く……」
「え?」
未だに士郎の手を握るなのはの手が軽く引かれた。
「……も……も……こ……、……な……の……は……」
「士郎さん!」
「お父さん!」
「うそ」
「……」
士郎が目を覚ました。自分の手を握るなのはの手を握り返し、涙を流す家族に微笑んだ。そして口を軽く動かし「心配かけてごめん」それだけを言いまた眠った。今度は、いつ目覚めるかも分からないようなものではなく、非常に穏やかで静かな寝息。
「美由紀、誰か呼んできてくれ」
「あ、うん」
目の前で起きた事態に、驚きの表情で固まっていた美由紀にそう声を掛けた恭也の視線は、病室を出ていく美由紀にでも涙を流し士郎に縋り付く桃子、なのはにでもなく病室の窓に向けられていた。
「……」
無言で近付き窓を開ける。恭也達のいる病室は三階、当然なにもない。見えるのは病院の敷地内に植えられ秋に葉を落とした落葉樹だけだ。
「ん?」
一瞬その木の枝の一つに影が見えた。そこに目を向ければなにもない。
「恭ちゃん! 先生連れてきたよ!」
「ここは病院だ。静かにしろ」
「あ、ごめん」
(視線を感じたが、気のせい……か?)
こうして高町士郎は家族に支えられ回復した。それは有り得ない早さで、医者も首を捻ったが理由が分からず、取り合えず考えることをやめた。その二日後に士郎は退院した。どこも異常が見当たらず、置いておく訳にもいかないと。
(いつか、この現実で君に会いたい。宏壱君、なのはの友達になってくれてありがとう。もし会えるときがあるのなら、改めてお礼を言わせてほしい)
「あ、あの、士郎お父さん?」
「いや、何でもないよ。咲、ここが今日から君の家だ」
それは士郎が退院して二ヵ月経った三月のこと、高町家に一人存在するはずのない少女が現れた。彼女の名は咲、今この時から高町咲となる孤児の少女。原作の主人公、高町なのはの姉になり、恭也と美由紀の妹になり、士郎と桃子の娘になり、そしてこの作品の主人公、山口宏壱の親友になる少女。
(私が関わって原作がどうなるか分からないけど、助けられる人たちは助けたい)
この少女もまた、転生者だ。
side out
新たなキャラクターの登場ですね。
ここでちょっとした高町咲ちゃんのプロフィール公開です。
姓:高町 名:咲
性別:女
年齢:8歳
身長:122cm 体重:22kg
容姿:背中の半ばまである長い栗色の髪の毛を三つ編みにして先をリボンで結び肩から体の前に流している。瞳は黒。線が細く華奢、でも痩せすぎという感じではない。
こんなとこですかね。原作開始前に一度簡易的な人物紹介をしようと思うので性格等に関してはそっちになると思いますが。
さて、次回からの話を少し。えー、ここからどんどんキャラクターが増えていきます。決定事項です。オリジナルもそれぞれの原作もタグに乗ってない他作品キャラも含めて増えていきます。自分でもどれだけ出るのか把握していません。←(オイ
そんな作品ですが、暇潰し程度によでいただければ幸いです。では、また次回お会いしましょう。