side~宏壱~
「いらっしゃいましぇっ!」
玄関の方から雛里が盛大に噛んだ声が聞こえた。ましになったとは言え、人見知りの気が治らない雛里にはキツかったか。
「分かってたんなら行かすなよ」
俺の左隣に座る栗色の髪を高い位置でポニーテールにした少し眉が太めの女性、翠が呆れたようにそう言ってくるが、無視して茶を啜る。
「お、お連れしましゅた」
「「お邪魔します/お、お邪魔します」」
淡い紫色の髪をツインテールにした小柄な少女雛里が居間にやって来て、それに続いて二人の訪問者が姿を見せる。
「おう、座ってくれ」
雛里が居間に連れてきた訪問者の二人、士郎さんと高町に俺の向かい側に座るように促す。そこには、既に座布団が二枚並べて置かれていた。二人が来ることは予定されていたからな。
「それじゃ遠慮なく」
「う、うん」
「雛里、茶を出してやってくれ」
「はいでしゅ!」
雛里のやつ、緊張しっぱなしだな。高町もだけど。
時刻は午後4時、今日は愛紗とのデートの翌日、士郎さん達との約束の日だ。昨日帰りの別れ際に、家の住所を書いた紙切れを渡しておいた。それを頼りに家に来た士郎さんと高町を、家に招き入れたって訳だ。
因みに今日は翠と雛里が非番で、愛紗は『蜀伝の書』に戻り、星(趙雲)と要(太史慈)がミッドチルダに出勤している。
士郎さん達が来る前に翠と雛里から、昨日、ゼスト隊が摘発したという違法研究所、戦闘機人生産プラントの詳しい話を聞いた。どうやら実験と称して攫ってきた人間に機械を埋め込んで、プログラムを打ち込み、強制的に命令に従うように設定されているようだ。その設定では、プログラムに登録されていない人間を排除する。というもので外部からの侵入者を攻撃するように設定されていたらしい。
雛里は本部で事務作業をしていて、ゼストさんが上げた報告書でしか見ていないそうだが、翠は縦隊して実際にその戦闘機人を見て戦闘を行ったらしい。実力は……翠が物足りないと言っていたが、魔導師ランクで言えばAランク程度、監理局の平均がC~Bらしいから並みの局員じゃ厳しい。被害者は皆病院に送られた。後は向こうの仕事でこっちは関与しない。
「そ、粗茶でしゅが」
「ありがとう」
「あ、ありがとうごさいます」
少し回想に耽っていると、お茶を入れてきた雛里が二人の前に容器を置き、ペコリとお辞儀をして持っていたお盆を胸の前で抱え、俺と士郎さん達との間にある机を避けて通り、翠とは反対の俺の右隣に座る。
「じゃ改めて、私立聖祥大附属小学校三年二組山口宏壱だ。士郎さんはこっちの姿は二度目になるか? この姿が俺の本当の姿だ」
「やっぱり、あの時の君がそうだったんだね」
今の俺は子供の姿だ。先日の『グロウ』は省エネモードで戦闘向きじゃない。その分疲れたりはしないが、意味もなく使用するようなものでもない。
「翠、雛里」
短く声をかければ二人はひとつ頷き、口を開く。
「「あたしは……/わ、私は……」」
「………はぁ」
これは俺が悪いのか?二人の名前を一度に呼んだ俺が……。
「ったく。俺が紹介した方が早いな」
「「ご、ごめん…/あわわ! しゅみましぇん!
」」
溜め息をついて前を見やれば、士郎さんは苦笑していて、高町は忙しなく視線を右往左往と動かしていた。
「俺の左に座るのが馬 翠だ」
「馬 翠だ」
「……他になにかないのか、お前は」
呆れて溜め息も出ねぇよ。
「何かって言われてもなぁ……あ、馬が好きだ。乗馬とか、手入れも好きだし。後は槍、くらいか?」
「槍?」
「ま、槍術ってやつだな」
そう言って翠は頭の後ろで両手を組む。もう話すことはない、その意思表示だろう。
「こっちは鳳 雛里」
雛里の肩に手を置いて勇気づけるように擦る。
「ほ、鳳 雛里でしゅ!」
雛里は抱えていたお盆で鼻から下まで隠して自己紹介する。そんな雛里に、よく頑張ったと頭を撫でてやる。
「………」
顔を赤くして「あわわ! あわわ!」と照れる雛里に和んでいると、左から棘のある視線を感じた。
「なんだ、羨ましいのか?」
「……話はいいのかよ」
言葉にも棘がある。ホント、素直じゃないねぇ。撫でてやりたいのは山々なんだけど、身長が……なぁ? 今の俺がやったら滑稽だろ?
「じゃあ今度はそっちの番だ。俺は知ってるけど、二人は知らないからな」
「そうだね。僕は高町士郎。商店街にある喫茶店、喫茶・翠屋のマスターをしています」
「た、高町咲です! 山口君のクラスメイトをやらせてもらっています!」
クラスメイトをやらせてもらっているってなんだよ。別に許可なんかいらんだろ。
「さて、これでお互いの名前も分かったことだし、本題に入ろう」
俺は雰囲気を変え居住まいを正す。
「昨日俺が言った言葉を覚えてるか?」
「なのはに魔法を教えるのは危険、という話だね」
「ああ」
ちゃんと覚えてたんだな。まぁ、自分の娘のことだ、当然か。
「俺が魔導師だって事は話したな?」
「聞いたよ。君たち魔導師にはリンカーコアと呼ばれる器官があって、なのはにもそれがある」
「んじゃ、昨日話した危険な連中ってやつを話そうか」
軽く確認をとって、この地球に存在する人ならざる者達の話をするため茶で喉を潤す。
「気になった事があれば随時質問してくれ、確りと答えるから」
二人が頷くのを確認して俺は口を開いた。
「この世界には人知を遥かに上回る頂上の存在がいる。彼らは神と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、天使と呼ばれ、堕天使と呼ばれる。俺が会ったことがあるのは妖怪だけどな」
一度茶を飲んで喉を潤し、以前八坂に聞いた話を語る。
「危険ってのは、悪魔が一番の理由だな」
「どうしてだい?」
「さっき言った妖怪の大将に聞いた話なんだけどな。悪魔には『
「『いーびるぴーす』?」
「ああ、なんでも大昔に悪魔、天使、堕天使、その三勢力による戦争があったんだと。その戦争で悪魔、天使、堕天使に大きな被害が出た。天使は聖書の神が生み出すもの、堕天使はその天使が堕ちた存在。なら、悪魔は?」
「普通に男女の営みで出来るもの、かな?」
「し、士郎お父さんっ!?」
臆面もなくそう言った士郎さんに、高町は頬を赤らめて抗議の声を上げる。
「そうだ。だがな、悪魔の出生率は人間のそれに比べて遥かに低い。このままでは悪魔は数を減らす一方だ。そこで産み出されたのが」
「『いーびるぴーす』、か」
「ご明答」
これだけの情報量でよく導き出せたもんだな。思った通りのキレ者だな、士郎さんは。
「でも、そうだとして、その『いーびるぴーす』の効果は?」
「悪魔に転生させる」
「………転生?」
なにも言わず黙っている高町の眉がピクリと動いた。転生って言葉に思うところでもあるんだろうか。
「そうだ。まぁ、眷属にするって言い方が正しいのかもな。『悪魔の駒』はチェスをモデルにしてあってな。『
「丸っきりチェスみたいだね」
「だな。まぁ、それぞれの駒にある程度の効能があるらしいが、今は省略しよう」
特に関係のない話は省く。今重要なのは何が危険かってことだからな。
「『悪魔の駒』は悪魔以外の種族を悪魔に転生させる力がある………らしい」
「悪魔に転生、か。つまりそれは、人じゃなくなる、ということかな?」
「みたいだな。『悪魔の駒』で転生した者達は転生悪魔なんて呼ばれ方もしているらしいし、純潔悪魔を重んじる風習もあるんだとさ」
「その言い方だとまるで……」
「士郎さんが考えている通りだろうさ。例外もいるらしいが、殆どの純潔悪魔は転生悪魔を軽んじる。転生悪魔だけじゃない。混血児、所謂ハーフなんかもその対象らしい」
「ハーフ、そんな存在もいるんだね」
「当然だな。敵対していようが感情がない訳じゃないんだ。堕天使と悪魔で恋に落ちることもある。悪魔や堕天使が己の私利私欲の為に、ってことも考えられるはずだ」
「……あ、あの、山口君」
そこまで言って黙っていた高町が、おずおずと声を掛けてきた。
「ん?なんだ?」
「えっと、その、天使の人達はそういうのはないのかなー、なんて」
高町はほんのりと頬を赤く染めて聞いてくる。初な反応だなねぇ、家の翠みたいだな。
「………なんだよ……」
俺の考えが伝わったのか翠がジト目で俺を見る。その頬は高町と同じように赤く染まっている。翠とは反対側からすごい熱が伝わってくる。そっちをチラリと見やれば、首筋まで赤くして盆で顔を隠す雛里の姿があった。
「……初な連中ばっかだな」
「いいじゃないか、若くて」
「まるで俺は若くないって言いぐさだな」
「ははは、言葉のあやだよ」
なら目を見て言えよ。翠も笑ってんじゃねぇ!
「いや、はは、それで天使はどうなんだい?」
「ちっ、露骨に話を逸らしやがって」
「………寧ろ戻してるだろ」
「雛里、今日は翠を置いて二人でどっか食いに行くか」
俺がそう言えば翠は慌てて謝ってくるが、無視して話を進める。俺をからかうなんざ百年はえーよ。大人気ない?知ったことか。
「で、天使はって話だったな」
「……いいのかい?」
「蒸し返すなって。天使はさっき言ったように神が生み出す。こいつらの難儀なところがあってな、当然そういった行為で子供を作ることは出来る、が」
一瞬間を空け緊張感を持たせ、言う。
「それをすれば彼らは堕ちる」
「堕天使に、かい?」
「ああ、天使は神以外の特定の人物に愛を注ぐことも許されない。憎しみも、怒りも、悲しみも、な」
「……そんな!? それじゃあまるで」
「機械みたい、か?」
「……うん」
高町の気持ちは分からないでもない。俺も八坂から話を聞いたときは、似たような感想を抱いた。
「でもな、感情がない訳じゃないんだよ」
「え?」
「だろうね。感情がなければ堕天なんてしないだろうし」
士郎さんの言う通りだ。感情がないのなら、愛情を抱くなんてことにはならない。
……そもそも、何で聖書の神は堕天なんて逃げ道を作ったんだ? そんなことをすれば天使という種族に執着しない連中は甘んじて堕ちるだろうに……。そう考えれば一番種の存続の危機にあるのは悪魔でも堕天使でもなく天使なのかもな。……いや、神が生み出せばいいからそうでもないか。
「お兄様?」
「うん?」
思考の深みに入りそうになった時、それを察した隣に座る雛里から声が掛かり、いつの間にか俯けていた顔を上げる。
「なにか心配事でもあるのかい?」
「いや、今は関係ないな。話を戻そう」
頭を左右に振り別方向へ行き掛けた思考を切り換える。
「で、これで天使の事は分かったか?」
「う、うん、ありがとう」
「何で悪魔が『悪魔の駒』ってのを行使するかってのも分かったな?」
「「ああ/うん」」
二人が理解したのを確認して話を進める。
「最初は悪魔の未来の為に……だったんだろうな。でもなその用途が変質したんだよ」
「……使い道が変わったってこと?」
「ああ。悪魔は『悪魔の駒』を用いて眷属を集めた。最初は種族繁栄の為、だがそこに娯楽を求めた。誰が考えたのか、自分達で集めた眷属同士を闘わせ始めたんだよ。命の危険はないらしいし、自分の眷属がどれ程のものかって自慢もしたいんだろうけどな。そこまでは良いんだよ、そこまでは、な」
二人は最後の言葉に訝しげに首を傾げる。
「………貴族悪魔の一部がコレクションを始めた」
「コレクション?」
「ああ、強く美しい者を相手の意思を無視して強引に眷属にする奴等が現れた」
八坂に聞いた話を思い出しながら語る。八坂のところにも現れたらしいからな、京妖怪を眷属にしようとしたバカが。強引に無理矢理に殺してでも、ってな。まぁ、標的が八坂って時点でそいつの末路は、言わずとも分かるってもんだ。
「自分の欲望の捌け口にするのか、ただ鑑賞するために置くか、友とするか、それか伴侶にするのか、それは悪魔それぞれ違うらしいが。今の流行は眷属を率いて戦うゲーム、『レーティングゲーム』ってやつらしい」
「『レーティングゲーム』?」
「ああ、自身を『王』に見立てた悪魔同士がお互いの『女王』を初めとした眷属と共に暴れ回っても影響のない仮想空間に入って戦うものらしい。相手を殺してはならないってのが良心的なルールではあるが、その中で行われる悪逆非道な戦略は有効とされる………らしい」
「…………なるほど」
「士郎お父さん?」
俺が話を区切り茶を飲むと何かを考えていた士郎さんが納得したように頷く。
「宏壱君の言いたいことが分かってきたよ」
「へぇ」
まだ話してないこともあったんだけどな。現に高町は不思議そうに士郎さんを見ている。今までの言動で高町がそれなりに理解力があることは分かっているが、この程度の情報量(結構喋った気もするが)では俺の言いたいことを理解しろ、察しろってのは無理があるだろう。
「つまりなのはや咲、宏壱君の持つ魔法はこの世界のものじゃない。だからその悪魔達が物珍しさに寄ってきて、なのはを無理矢理眷属にする可能性が高い。そういうことかな?」
「ああ、その認識で構わない。今はまだ覚醒していないのならそっとしておくべきだ」
「……で、でもなにか事件に巻き込まれたら」
高町が慌てた風にそう言う。
「いや、無いだろう。俺達と同じ力を持つ魔導師がこの世界、この町に来て事件を起こす。もしくはロストロギアが流れ着いて暴走を始めるとかあれば可能性として高くなるが、この広い次元世界でその確率はまさに天文学的数値と言っていい」
「で、でも! 力は力を引き寄せるって言うし! ほ、ほら! 覚えておいて損はないし! 何かあった時のためにも、自分で身を守れるようにくらいは!」
言い募る高町に何か必死さを感じるものの理由がいまいち分からない。姉として心配しているのか、ただなのはと同じことをしたいだけなのか……分からないな。
「その眠る力を解放して厄介事に巻き込まれる可能性もある」
「じゃ、じゃあどうして山口君は魔力を抑えないの! それって悪魔を呼ぶだけだよね!」
「呼んでるからな」
「ええぇっ!?」
良いところ突いたっ。と得意顔になった高町の顔がたちまち驚愕の色に染まる。
「……よ、呼んでるって、何で……」
「いるなら見てみたいじゃん?」
「そ、それだけ?」
「ああ」
「あ、悪魔だよ? 何されるか……」
「そんなもん人間も変わんねぇだろ。良い奴もいりゃあ悪い奴もいる。悪魔も一緒だろ………多分」
「最後ので一気に説得力がなくなったよ!」
「兎に角だ。何か事件が起こるとは考えにくいし、今無暗に力を持っても変な連中に目を付けられるだけだ。なら、知らないままの方がいい」
そうして話を締め括り、壁にかけてある時計を見る。5時過ぎ、か。1時間も喋ってたんだな。
「もうこんな時間だ。そろそろお暇するよ」
俺の視線を追って時計の針の位置を見た士郎さんが腰を上げる。それを見た高町も腰を上げた。
「そうか。じゃあ、外まで送ろう」
「そ、それじゃあ、お夕飯の支度をしますね」
「おう、翠、雛里を手伝ってやってくれ」
「分かった」
翠が頷くのを確認して居間を出る。
「それにしても広い家だね」
「そうか? 少し狭いと思うが」
「でも、この前の愛紗さんを入れても充分お部屋が余ると思うけど……」
「他にも家族がいるからな」
「………そうなんだ」
俺達の関係は他人から見れば非常に奇妙な光景として映っている筈だが、二人はなにも言わない。なにも言ってこないのならその厚意に甘えるべきだ。テレビとかではよく「何も聞かないのか?」何て言う奴がいるが、アレは話したがってる奴の反応だろう。誰にも話す気がないのなら口を噤め、喋るな。これが鉄則だ。相手に無駄な期待を持たせるな。
靴を履き玄関を出て家の門の前で士郎さんが俺に向き合う。
「今日はありがとう。色々と知れて良かったよ」
「私も知らないことが一杯だった。無暗に外で魔法の鍛練をするのは止めるね」
「高町、その事なんだが」
「なに?」
「鍛練したいなら家に来い」
「………え?」
俺の言葉に返ってきたのは気の抜けた声と呆けた表情。士郎さんは納得した風だけどな。
「………どういうこと?」
「なのはが心配ならお前が守ってやれ」
俺の言葉が浸透し始めたのか、呆けた表情が見る見る力を取り戻していく。
「いつかその時が来るのだとしても今じゃない。それなら、今は普通の女の子として過ごさせてやってくれ」
「……」
「その為にお前が強くなって守ってやればいい。悪魔が来ても退けられるようにな」
「それは、山口君じゃダメなの?」
何となく来ると思っていた返し、その答えはすでに用意してある。
「言ったろ? 俺は悪魔を呼んでるんだ。悪魔だけじゃない、天使や堕天使にも会ってみたいんだよ」
「どうして?」
心底分からないという顔だな。……分かってもらっても反応に困るが。
「俺は闘うのが好きだ」
「……それ、だけ?」
「だから、これから先どんな危険な目に遭うか分からない」
「……どうしてそんなこと……」
「戦場こそが俺の生き甲斐だから」
「――っ!? 答えになってないよっ!」
一瞬、高町を中心に突風が渦巻きその後に怒声。さっきから少しばかり感情を抑えて喋ってるなと思ったら、怒りを堪えていたらしい。突風は高町の感情に反応した魔力の奔流だろう。暴走と言ってもいいが、それなりの修練を積んだのかすぐに収まった。それでも怒りを抑えることは出来ないらしく……。
「危険があるって分かってて、どうしてそんなことが出来るのっ! 君にだって心配してくれる人はいるんでしょ! なのにっ!――「咲」――でも、士郎お父さんっ!」
士郎さんが今にも俺に飛びかかりそうな高町の肩を優しく押さえ、諭すように名前を呼ぶ。高町は、それに不満げに声を荒らげる。
「宏壱君の話はまだ終わっていないよ。最後まで聞こう?」
「………うん、分かった」
取り敢えずは聞く。そんな高町の不満げな表情に思わず苦笑が漏れる。たかだか2日連続で顔を合わせただけの人間に、よくもまぁここまで入れ込めるもんだな。
「………まだかな?」
「分かってるって」
高町は業を煮やしたのか、据わった目で催促してくる。士郎さんも興味があるのか完全に聞く体勢だ。
「ある程度の交流があれば安全だろ?」
「「……は?/……え?」」
自分達の想定したものと違った答えだったのか、士郎さんと高町は気の抜けた声を出す。
「いやだから、それなりに親しければ何かしらの危険が迫ったとき教えてくれるかもしれんし、敵対行動をとっていたとすればなのはに行く目が俺に来るって訳だ。ここで俺となのはに交流があると、逆になのはを危険にさらすことになる」
「君の弱味として、か」
「あ、ご、ごめんね? さっき怒鳴っちゃって。なのはちゃんのこと考えてしてくれてたのに。で、でも山口君も悪いよっ、あんな言い方すれば自分の命なんてどうでもいいって思うよっ!」
しゅんとなって落ち込んだり頬を膨らませて拗ねたりと、高町は忙しいな。
「それは僕も同感だ。あんな言い方はするものじゃないよ」
「……6割はさっき言った通りだけどな」
「ん?」
「いや。ほら日が落ちるぞ」
「そうだね。帰ろうか、咲」
「うん」
俺の呟きは聞こえなかったらしい。聞こえたら聞こえたで、メンドクサイから別にいいけどな。それを蒸し返されないうちに帰宅を進める。っとその前に……。
「高町、さっきの話考えといてくれよ」
「うん、分かったよ。バイバイ、山口君また明日」
「おう、気を付けて帰れよ」
「僕がいるから大丈夫だよ」
「そうだな」
「それじゃ」と手を振って帰って行く士郎さんと高町の姿が、曲がり角で見えなくなるまで見送る。
「兄貴ー、飯できたぞ~」
「今行く」
玄関から呼び掛ける翠に短く返して門を閉める。ギギギッ、と軋みながらもガッチリと閉まった門に鍵を掛けて家に入る。どうやら今日は味噌汁と焼き魚みたいだな。日本の定番料理だな。
「ん? なんだ今……」
玄関を上がったところで妙な力の動きを感じた。魔力じゃないし、氣でもない、一体なんだ? 方角は昨日行った山の近くか。あ? 消えた? 何処にも感じないな。気のせい、か?
「どうしたんだよ、兄貴。早く飯にしようぜ」
廊下で立ち止まっていた俺に居間から顔を出した翠が聞いてくる。
「何でもない」
それだけを返し今に入り定位置につく。雛里と翠の顔を見て……。
「いただきます」
「「いただきます」」
俺に続いて手を合わせた二人と会話をしながら夕飯を食べる。この時には既に俺の頭の中からさっきの違和感は消えていた。
side~大輝~
ここは海鳴市郊外にある山中。昨日なのは達と行った所とはまた違う場所、良い修練場がないかと海鳴に来て土地鑑を得るための散策ついでに探して見つけた穴場。直径100m程の開けた空間で足下の雑草も殆ど伸びなくて芝生みたいな感じだ。ここで僕はいつも修練をしている。来るべき時のために……。
「995ッ、996ッ、997ッ、998ッ、999ッ……1000ッ!」
「お疲れ様です。マスター」
素振りのノルマを達成して手に持った模造刀を鞘に納め、エストが持つタオルを受け取り汗を拭う。
「ふぅ~、ありがとう、エスト」
「いえ」
無表情に返答する白髪の少女。彼女、テルミヌス・エストは僕のデバイスだ。従来のデバイスとは違い彼女は『スピリッツデバイス』と呼ばれ、特定の世界にしかいない存在で、彼女達『スピリッツデバイス』は人に生成されるものではなく、エストが生まれた世界にある祭壇に高濃度の魔力素が収縮することで形成され生まれる一種の魔力生命体らしい。だから所持者のいない野生の『スピリッツデバイス』がいるんだとか。野生の『スピリッツデバイス』は、普段はその世界からしか行けない『アストラル・ゼロ』と呼ばれる世界にいる。その世界は高濃度の魔力に満ちていて、『スピリッツデバイス』達が伸び伸びと生活しているらしい。
エストがいた世界では『スピリッツデバイス』何て呼び方じゃなくて『精霊』と呼ばれていて、『スピリッツデバイス』というのは管理局がつけた名前なんだってさ。
テルミヌス・エスト……精霊使いの剣舞という作品に出てきた高位の剣精霊。主人公カゼハヤ・カミトが作品の冒頭で契約した精霊。幾度となく彼を救い勝利へと導いた立役者で、彼に絶対的な信頼と揺るぎない忠誠心を見せた。
そんな彼女が今は僕の契約精霊だ。感慨深いものがある。けれど……。
「……なにか?」
その顔に表情はなく、彼に見せた微かな微笑みも、僕を気遣うような仕草も未だ見せてはくれず、心を開いてはくれない。契約はしたし、エストを剣にすることだって出来る。それでも、彼が使っていた聖剣のような力は貸してくれない。何より名前で読んでくれることもない。
「………」
エストはなにも言わず離れたところにある切り株に座り空を見上げた。そんな彼女を見てふぅーっと溜め息が漏れる。
僕は転生者だ。気付けば白い空間にいて、そこにいた女性にこの世界へ転生してもらった。その時に特典として力を貰ったんだ。貰った力は。
サイヤ人の肉体(大猿化、尻尾なし)。
BLEACHの『鬼道』。
保留。
サイヤ人の肉体のお陰で僕の身体能力は既に人の範疇を越えているし、『鬼道』はすごく使える。デバイスがない僕でも、補助なしで使えるのは嬉しい。リリなのの原作にあったAMF対策で、ちょっと無理を言って魔力で放つんじゃなくて霊力で放てるようにしてもらった。
「縛道の六十一・六杖光牢」
唱えれば前方の木の幹に六本の帯状の光が突き刺さる。
これで気を引こうとしたけど無理みたいだ。珍しいものを見れば、と思ったんだけど効果は薄い。
エストとの出会いは此処だった。次元断層に落ちて気が付いたらここにいたらしい。精霊は常に魔力を供給してもらわないと存在を保てず、個体差はあるみたいだけど時間の問題で魔力素に戻ってしまう。だから、僕との契約でエストは今この場に存在することが出来ている。
「帰ろうか、エスト」
「はい」
僕がそう声を掛けるとエストが光に包まれ、光が収まった時には切り株の上にエストはおらず、西洋剣のネックレスがあるだけだった。そのネックレスを首に掛け街まで続く獣道を歩く。
『スピリッツデバイス』は従来のデバイスとは違い待機形体ではなく一種の休眠状態になるらしい。実際、契約をしなくてもこの休眠状態になれば、魔力供給がなくても3年は体を保っていられるそうだ。
「昨日の男はやっぱり転生者だ」
獣道を歩きながら考えるのは昨日の男の事だ。
山口宏壱、昨日翠屋にいた男。魔力は駄々漏れ、僕の殺気にも気付かない弱い奴。ただ、傍に居た女性が気になった。あの人が言っていたもう一人の転生者は間違いなくアイツだ。おそらく特典で恋姫夢想の愛紗をモノにしたんだ。ひょっとしたら他にもいるかもしれない。何て卑劣で卑怯な奴なんだ! 特典の力を使って女性を自分のモノにしようとするなんて! きっと士郎さんと仲が良かったのも特典の力で何かをしたんだ! 翠屋に来たのだって……!
――誰か。
「っ!?」
昨日の事で憤怒に染まった僕の脳に直接声が響いた。
――誰か居ないの?
それは幼い女の子の声。今にも消えてしまいそうな声だった。
「こっち、かな?」
声を頼りに、は無理だけど感じる気配を頼りに藪を掻き分けて進む。
――誰か。
「僕を呼んでいたのは君か?」
――おにいさん、マナが見えるの!?
「見えるよ。君は……幽霊、なんだね」
藪を掻き分けて進んで出た先は車道だった。街灯の殆どないこの道は日が暮れれば10m先も見えなくなるほどに暗くなる。その車道のガードレールに幾つかの花が添えられていて、そこに体が透け地上10cm程の高さでふよふよと浮く4、5才くらいの少女がいた。特典の影響か僕には強い霊感があって、幽霊の気配を感じられるしハッキリと見ることも出来る。
「どうしたの? 何か悩みでもあるのか?」
――ママとパパが来てくれないの。
この子は両親が来てくれなくて寂しいのか。
「君はどれくらい此処に居るんだ?」
――?……分かんないや。でも、ずっとここにいるよ。
「そっか」
結構長くいるんだろうな。服装はフリルのワンピースで今時な感じがするからそれほど昔じゃないと思うけど。
「君にはちゃんとした自意識があるんだね」
――じいしき?
「分からないか、気にしなくていいよ」
そう言って僕は女の子、マナちゃんの頭を優しく撫でる。これも特典の影響なのか、僕は幽霊に触れることが出来た。それが良いことだと思ったことはないけど、今は良かったと思える。だって……。
――ふわぁ~……おにいさん、マナを触れるんだ!
こんなに喜んでくれているのだから。でも……「すごい! すごい!」とはしゃぐマナちゃんは年相応の子供で、それだけにこの若さで命を落としたことが悲しくなる。
――……どうしたの? おにいさん、泣いてるの? どこか痛い?
心配そうにマナちゃんが僕の顔を覗き込む。気付けば一滴の涙が僕の頬を濡らしていた。
「………あ、れ? 何でだろ。……あはは、こんな、止まんないや」
――わっ、わっ、わっ、わっ、どどどうしよう! ハ、ハンカチ、って持ってないよ! そうだ!
「……え?」
堰を切ったように溢れ出る涙を止めようと拭い続ける僕の頭に、小さく柔らかいものが乗せられた。
――痛いの痛いの~飛んでけ~、痛いの痛いの~飛んでけ~。どう? 痛くなくなった?
それはマナちゃんの小さな手で、優しく僕の頭を撫でては空に向けて「飛んでけ~」と上げている。
「……はは」
――もう痛くなくなった?
マナちゃんの愛らしさに思わず笑ってしまうと、マナちゃんはまだ心配そうに聞いてくる。
「うん。ありがとう、痛くなくなったよ」
そう僕が言えばマナちゃんは――良かった~――と胸を撫で下ろし安堵の息をはく。そんな彼女は凄く可愛く見えた。
――もう暗くなってきたね。
「うん」
あれから少しマナちゃんと話をした。とりとめのないもので、何処に住んでいるのか、好きな食べ物、嫌いな食べ物、今流行のアニメ、学校は楽しいか、マナちゃんが質問して僕が答える。そんなことを繰り返していると、いつの間にかさっきまで明るかった空は朱色に染まり、道も暗くなってきていた。
「それじゃあ、僕はもう帰るよ」
――………うん。
「明日、またこの時間帯に来るから」
――うん!
沈んだマナちゃんの表情がパッと明るくなった。
「また明日」
――うん! またね!
マナちゃんに手を振って別れる。明日は何の話をしようかと考えながら家路を急ぐ。
翌日、同じ場所に行けば、アスファルトは抉れ、ガードレールは拉げ、周囲の木々はなぎ倒されていて昨日と同じ場所だとは思えないほどに変貌していた。それが一時、海鳴で大きな話題になるも直ぐに別の事件で消えていった。とある民家で夫婦の遺体が発見されたのだ。獣の爪の跡のような物が遺体に残っており熊の仕業かと騒ぎになった。
これは海鳴で起こる大きな事件の序章にすぎなかった。
side out