リリカルなのは~赤鬼転生記~   作:コントラス

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第二十八鬼~咲の修行part1~

side~咲~

 

 顔に迫り来る拳を首を傾けて躱す。――ビュッ!――っと空を切り耳の直ぐ側を通過した拳は瞬時に引かれ、間髪容れずに頭上斜め上から爪先が迫る。

 

 

「っ!」

 

 

 それをバク転で躱し足が床につくと同時に前へと踏み出す。眼前にいる相手との距離は5mそれを一足で1m未満に潰し右腕を引く。

 

 

「はあっ!」

 

 

 鋭く息を吐いて拳を相手の心臓めがけて打つ!

 

 

「くっ!?」

 

 

 放った拳は相手の左掌で受け止められ、手首を右手で押さえられた。

 

 

「そらっ」

 

「きゃっ!」

 

 

 軽い声と共に私の体は掴まれた腕を引かれ放り投げられる。軽い声とは裏腹にその力は強く私は5m離れた壁まで飛ばされた。崩れた体勢を立て直して体を捻り壁に足を向けて壁に着地する。――タンッ――と軽快な音を鳴らした木製の壁を蹴り私と対峙する相手に向かう。

 空中で体を捻り回し蹴りを相手の顔に叩き込む。が、それは上体を後ろに逸らすことで躱された。なら、とそのまま足を高く上げ自分の体重を乗せて踵落とし。

 

 

「よっと」

 

「っ!やあっ!」

 

 

 それも半身になることで躱される。着地して屈んだ状態で床に両手をつき足を刈るようにブレイクダンスみたいに回転。

 

 

「ほっ、ほっ」

 

 

 縄跳びでも跳んでいるかのように軽快なリズムで躱された。

 

 

「っ!」

 

 

 右足だけを床につけて低い位置からの蹴り上げ。意表を突いたと思ったその攻撃も右手で止められる。

 

 

「ほれ、もういっちょ」

 

「わっ!?」

 

 

 どんな力をしているのか、今度は右手だけの力で放り投げられる。遠心力を利用してとかではなく本当に腕力だけだった。

 今度はさっきよりも壁が遠かったから壁まで届くことなく床が迫る。

 

 

「っと!」

 

 

 肩から降りて衝撃が体に伝わりすぎないように転がり、受け身をとって立ち上がる。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 対峙して30分。私は大きく肩で息をして汗がジャージに染み込んで絞れば桶を一杯にしそうな程なのに、相手は息ひとつ乱さず、汗をかいている様子もない。

 

 

「んじゃ、今度はこっちから攻めるぞ」

 

 

 そう言って相手はその場でトントンと跳ねる。

 

 

「………」

 

 

 私は相手の言葉に返す余裕もなく両拳を胸の前で握りしめ構える。

 トントンと跳ねていた相手の屈伸運動が深く縮み――っ!?来るっ!

 

 

(速いっ!!?)

 

 

 凄い爆発力で私に向かって飛び出す。入りの段階で一瞬姿を見失うも、辛うじてその姿を捕らえることが出来た。

 

 

「はあっ!」

 

 

 渾身の右ストレートッ!

 私の相手の接近に合わせたパンチに、相手も合わせて右ストレートを放ってくる。それが見えていれば躱せっ!?

 

 

「なっ!?」

 

 

 グッと伸びきっていた右腕が引っ張られた。そう感じた瞬間に――ズダンッ!――強かに床に背中から打ち付けられ「かふっ!」と肺から空気が強制的に吐き出された。

 

 

「けほっ、けほっ」

 

「俺の勝ちだな」

 

 

 咳き込む私の上から声が掛けられた。声のした方を見上げれば、黒髪を短く切った目付きの鋭い男の子が私に手を差し出していた。

 

 

「うぅ~……また勝てなかったよぉ……」

 

 

 そうぼやきながら男の子、宏壱君の手を掴んで立ち上がる。宏壱君の手は同年代に比べて固くゴツゴツしていた。

 

 宏壱君からお話を聞いて二週間。その次の日学校で「お願いします!」と宏壱君に頭を下げて鍛えてもらうことにした。その日から私は放課後と休日に彼の家に来て組手の相手をしてもらっている(なのはちゃんを放っておけないから平日は時間があればだし、休みの日は土曜日だけだけど)。

 宏壱君だけじゃなくて一緒にバーベキューをした愛紗さん。初めて宏壱君の家に来た時にいた翠さん。他にも星さんや要さん、鈴々ちゃん、呉刃さん、これだけの人達と闘ったけど皆凄く強かった。次元が違うなんて言うけど本当にそうだった。士郎お父さんと恭也兄さんも今の私じゃ勝てないけど、それでも近づいてるのが分かる。

 だけど、愛紗さん達には敵う気がしない。皆それぞれ自分の武器を持って戦うのが主流らしいんだけど、一度も武器を持たせたことがない。私は小刀とか槍、薙刀で挑むこともあるけど掠りもしなかった。

 大人の男の人を遥かに凌駕する力と知性で私の動きを見極める愛紗さん。

 愛紗さんと同じように凄い力で仕掛けたフェイントさえも真っ正面から捩じ伏せる翠さん。

 飄々と私をからかいながら凪のように攻撃を躱し、こっちの虚をついてくる星さん。

 全体でどっしりと構え、受け身の中で大きな一撃を放つ要さん。

 型も何もなくその時その時の状況でアクロバティックに動きながら、その小柄な体では考えられない程の力と、見た目通りの俊敏さで息もつかせてくれない鈴々ちゃん。

 気配が並みの人よりも薄く、戦いの中で目で捉えていても一瞬でも気を抜けば見失ってしまうほどだ。だからこそ一番怖い呉刃さん。宏壱君も「本気で呉刃が気配を同化したら認識することすら極めて難しくなる」ってぼやいてたし。

 まだまだ会ったことの無い人達がいるみたいだけど、今私に稽古をつけてくれるのが宏壱君を入れた7人の強者達。身のこなしは達人級、着眼点も私じゃ考え付かないようなものばかりでアドバイスも(一部の人を除いて)的確で解りやすい。正直この二週間でかなり強くなれたと思う(特典のお陰もあるけど)。少なくとも恭也兄さんに『神速』を使わせたのは私に大きな自信を与えてくれた。………そこからは防戦一方で負けたけど。

 

 

「こーいちー、咲ちゃーん、ご飯できたよー」

 

 

 宏壱君とクールダウンしていると、母家の方から私達を呼ぶ女性の声が聞こえた。道場に掛けられた時計に目をやると時刻は12時15分、お昼の時間だ。

 

 

「飯だと」

 

「うん、行こ!」

 

 

 宏壱君を急かして道場を出る。

 

 

「着替えてくるだろ?」

 

「うん、いつものとこだよね?」

 

「多分な。俺は知らん」

 

「つれないなぁ。もっと会話しようよ」

 

「いいから着替えてこい」

 

「はーい」

 

 

 母家に向かう宏壱君を見送って、離れにあるお風呂場に向かう。

 宏壱君の家はお風呂場と道場、母家で分かれていて、庭も結構広い。原作で見たすずかちゃんやアリサちゃん程じゃないけど大きな家に住んでいる。

 離れの引き戸を開けて靴を脱ぎ中に入る。入ってすぐの所は脱衣所で、そこには洗濯機や乾燥機、脱いだ後の服を入れる籠なんかがある。その籠の横にもうひとつ小さい籠があり、中には私のジャージが入っている。

 

 

「……ん」

 

 

 ジャージの下を脱いで上も脱ぐ。前を見ると鏡があって、当然下着姿の私が映っていた。

 

 

「少し大きくなったかな?」

 

 

 鏡に映る自分の胸部を見れば少しの膨らみ。同年代ではまだ皆平面でブラなんて必要ないし、前世の私も必要なかった。でもコレを見る限り、後半年もすれば必要になってくると思う。

 

 

「お母さんはどうだったんだろう」

 

 

 この世界で私を産んですぐに死んだお母さんを思い浮かべる。残っている写真に写るお母さんは、ゆったりした服を着ていて体のラインは出ていないものばかり。綺麗な人ではあったけど、体型は分からなかった。

 

 

「咲、まだか?」

 

「っ!? う、うん! すぐ行くよ!」

 

 

 外から待ちくたびれて呼びに来た(と思う)宏壱君が声を掛けてくる。私も念話は出来るけど、宏壱君はあんまり好んで使わない。

 

 

「分かった。早くしろよ」

 

「う、うん。待っててね」

 

 

 急なことでビックリした~。まだ心臓がドキドキいってるよ~。でも確認せずに入ってくる人より良いよね。女の人に囲まれて生活しているからか、宏壱君はそこのところ確りしている。

 

 

「ああ」

 

 

 まだ宏壱君に名前を呼ばれるのが慣れないなぁ。二週間一緒にいて山口君って呼ぶより宏壱君って呼んだ方がしっくり来る気がして、いつの間にか名前で呼ぶようになってた。初めて私が宏壱君って呼んだときは、唐突で宏壱君の了解を得ていなかったからちょっと驚かせちゃった。その時の宏壱君の顔は目を見開いてポカンとしてたなぁ、いつも鋭くつり上がった目なのにって笑ったよ。

 

 

「お待たせ♪」

 

 

 手早く洗濯済みのジャージに着替えて靴を履き脱衣所を出て、壁に持たれて待っていてくれた宏壱君に声を掛ける。

 

 

「……遅い、飯が冷めるぞ」

 

「ごめんね♪」

 

「やけに機嫌が良いな」

 

「そうかな~」

 

「キモい」

 

 

 それは酷くないかな? でも、あの時の宏壱君を思い出すと自然と頬が緩む。写真に撮っておけばよかった。

 

 

「ほれ何してんだ、上がれ」

 

 

 居間に続く縁側でこっちを見ている宏壱君が手招きする。

 

 

「うん!」

 

 

 靴を脱いで縁側に上がりスリッパを履く。ピンク色の花柄、私専用のスリッパだ。

 

 

「シャワー浴びたいな~」

 

「なら浴びてこいよ。飯は俺が食うから」

 

「何で!? そこは置いておくからとかじゃないの!?」

 

 

 私のポツリと漏らした呟きに、反応した宏壱君の言葉に驚きの声が出る。

 

 

「いや、腹減ってるし」

 

「またそんな意地悪言ってー」

 

 

 いつも座っている席に着いた宏壱君の頬を、料理の入ったお皿をテーブルの上に置いた桃色の髪を長く伸ばし後頭部で黄色のリボンで止めた女性、天和さんが突つく。天和さんは魔力は一応あるけど戦闘向きじゃないらしい。サポーターの面が強くて、歌と踊りに魔力を乗せて特定の人物にエンチャントをかけるんだって。実際やってもらったけどあれは凄かった。普段の3倍から5倍ぐらいまで身体能力が上がったもん。効果はまちまちで天和さんのコンディションによるみたいだけど、天和さんには妹さんが二人いるそうでその二人と合わせると効果はなんと10倍!凄いよね!天下が取れるよ!と言うか、そのエンチャントを受けた宏壱君達と戦うとか嫌すぎる!

 

 

「咲ちゃん、どうしたの? 震えてるみたいだけど、寒い?」

 

「顔を青褪めさせてないで早く座れ」

 

 

 ソースを小皿に入れつつそう言う宏壱君と、その宏壱君の隣に座って心配そうに私の顔を見る天和さん。対照的な二人だけど仲は良い。

 

 

「もう、宏壱はもっと女の子を労らないとダメだよー」

 

「はいはい、ダイジョウブデスカサキサーン」

 

「何でエセ外国人風?」

 

「ぷっ、あはは」

 

 

 思わず笑っちゃった。だって真面目な顔して言うんだもん、我慢しろって言う方が無理があるよ。

 

 

「ほれ笑えるんなら大丈夫だ。早く座れ」

 

「はーい」

 

「素直じゃないなー、宏壱は」

 

 

 宏壱君の向かい側に座って、ソースの入った小皿を宏壱君から受け取る。

 

 

[昨夜未明、海鳴市にある民家で女性の遺体が発見されました。海鳴警察署長によりますと、心臓を丸太のようなもので貫かれたような大きな穴があり――]

 

 

 宏壱君がテレビを点けるとお昼のニュースをやっていた。

 

 

「最近多いね」

 

「………ああ」

 

 

 天和さんがそう言っても宏壱君は頷くだけ。何かを考えているようで反応がワンテンポ遅れている。

 

 

「……これで7人目だね。動物……じゃなさそうだし。人が出来るもの、でもないよね」

 

「………可能性としては無い訳でもないけどな」

 

「え?」

 

 

 ポツリと宏壱君が放った言葉に驚く。でも次の言葉で納得できた。

 

 

「俺達」

 

「ぁ……」

 

 

 その言葉だけで納得できた。『俺達』って言うのは自分達がやったっていう意味じゃなくて、私達みたいな存在なら出来るってこと……。

 

 

「じゃ、じゃあこの人を殺したのは……人?」

 

「いや、その可能性は限りなくゼロに近い」

 

 

 震える声で私がそう言えば、宏壱君は首を振って否定しながらお皿に盛られた天ぷら(ちくわ)を取って、ソースをチョンチョンとつけて食べる。

 

 

「どうしてそう言えるのかな?」

 

「メリットがない。言ったろこの世界には天使や堕天使、悪魔がいる。これが人間の反抗だったとして……はむ……ムシャ、ムシャ……ゴクン、旨いな、このちくわ」

 

「宏壱ー、話の続きはー?」

 

 

 ちくわに舌鼓をうっていた宏壱君に、天和さんが話の続きを催促する。

 

 

「ん?ああ、要はリスクが高すぎるってことだ。まぁ、そいつがかなりイカれてりゃあ、話は違ってくるんだろうけどな」

 

 

 そう言いながら宏壱君はさらに天ぷらを取っていく。当然のように天ぷらは山盛りに積まれていてどれだけ食べても減る気がしない。お腹は空いてるけどこんなに私は食べられない。この山の殆んどが宏壱君のお腹の中に収納される。体の中に四次元ポケットでもあるのかな?

 

 

「ふぅん? それで、宏壱はもう見てきたの?」

 

「え? あの天和さん、見てきたって?」

 

「そこまで確信的に言うから、もう現場を見てきたのかなぁって」

 

「……そうなの?」

 

 

 天和さんの言葉に驚き、宏壱君に訊いてみれば「ああ」とだけ言って食事を続ける。

 

 

「それで、何か分かったの?」

 

「……何も分からなかった」

 

 

 そう言って俯く宏壱君。その声はいつもより小さく悔し気で何かを抑え込むようなものだった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 私と天和さんは顔を見合わせると、天和さんが頷き意を決したように口を開く。

 

 

「こう――「ただ、分かったのは俺の知らない力があるってことだけだ」――いち……」

 

「ん? どうしたんだ、天和?」

 

「もう、宏壱なんて知らない!」

 

「???」

 

「あはは、はは」

 

 

 天和さんが話し掛ける前に顔を上げ宏壱君は、唇を尖らせて拗ねる天和さんを見て疑問顔。私は乾いた笑いしか出せなかった。

 

 

「でも、知らない力って?」

 

「何だろうな。氣でもなければ魔力でもないし、妖力とも違ったんだよなぁ」

 

 

 気を取り直して訊いてみれば、そんな言葉が返ってきた。結局何も分からないってことだよね。

 それからはニュースをBGMに無言の食事が進んだ。

 

 

「ごっそさん」

 

「ごちそうさまです」

 

「お粗末様~」

 

 

 天和さんが食器を流し台へと持っていく。天和さんの機嫌ももう直っている。最初っから気にした風でもなかったし。

 

 

「それで、お昼からはどうするの?」

 

「地下に行く」

 

「魔法戦?」

 

「ああ」

 

 

 地下は魔法を使っての模擬戦が出来るように幾重もの結界が張られていて、空間を歪めて実際のものよりも遥かに広く作られてるんだって。

 後はプロジェクターで空間に景色を投影できて、空中戦、地上戦、海中戦、市街地、森林、湿地帯、砂漠、氷山、火山、あらゆる状況下の訓練が出来る。プロジェクターに魔力登録をすれば感覚が繋がって、実際に投影されている場所にいる感じになる。市街地なら建物に触れるし、森林なら木の匂いがして空気が清んでいるように感じる。湿地帯なら湿気がすごいし、砂漠なら照りつける太陽が肌を焦がすみたいに感じる。最新の技術で誰にも言うなって言われているけどね。

 

 

「天和、下に行ってくる」

 

「はーい、二人とも怪我のないようにねー」

 

「「おう/はい」」

 

 

 宏壱君の後について居間を出て、廊下を通り地下へと続く扉を開け階段を降りていく。

 20段ほどの階段を降りきると鉄の扉がある。普通の扉ならノブがある部分に手形があって、宏壱君がその手形に自分の掌を乗せる。――カシュッ――と空気の抜けるような音がして、扉がスライドして開く。先は灯りも点いていない真っ暗な空間。宏壱君は躊躇い無くそこに足を踏み入れる。

 

 

「プロジェクター起動」

 

 

 宏壱君がそう言うと――ブウゥゥゥゥン――と電子音が響き灯りが点く。灯りが点いたその空間は全方位が1m四方のタイルに覆い尽くされ、蛍光灯とかとは違いそのタイル自体が光を放っていた。

 眩しすぎるものじゃなくて、照らすだけの光。ここに来たのは三回目だけど、まるでSF映画の中に放り込まれたかのような現実に胸の鼓動が高鳴る。

 

 

[おはよう御座います。マイスター]

 

「ああ、おはよう。ジェイ」

 

 

 突然響いた声に宏壱君は慌てること無く対応する。ジェイと呼ばれた彼はこの空間の管理プログラム。宏壱君が内容を告げるだけでそれらを実行してくれる優秀なAI。

ジェイの名前の由来は、プロジェクターのJからっていう残念と言うか可哀想な感じだけど。

 

 

[サキ、おはよう御座います]

 

「おはよう、ジェイ。今日はよろしくね」

 

[はい。ではリンクを開始します]

 

「ん……」

 

 

 リンカーコアになにかが繋がる感触。くすぐったいような、気持いいような感じ。

 

 

「んぅ……ふぅ……ぁん」

 

 

 声が漏れる。三回目だけど慣れないなぁ。

 

 

「ふぅ……ふぅ……んんっ」

 

 

 一番刺激が強いのが引き抜かれる時。毎日使えばスムーズにリンク出来るらしいけど、そういう訳にもいかない私は時間が掛かるらしい。実際、宏壱君は私が終わるのを待ってくれていた。

 

 

「ジェイ、荒野で頼む」

 

[はい。重力は……]

 

「無しだ。咲きにはまだキツイ」

 

[では、投影開始します]

 

 

 重力、というのはジェイに組み込まれた機能のひとつで、この空間内の重力操作を行える。地球の重力を基準として、最大1000倍まで上げられるんだって。

 空間が歪みポリゴンが浮かび上がって青空、雲、黄色い地面、照りつける太陽を構築していく。生暖かく湿気を含まない風が私の髪を揺らした。

 

 

「よし」

 

 

 満足したようにひとつ頷いた宏壱君は、5m離れた位置で私と向かい合う。

 

 

「咲には飛行適性があるのは前に話したな?」

 

「うん。でも、今は地力を上げることが最優先だって」

 

「ああ、今はまだ早い。だから、地上戦で経験を積ませる。リミッターを掛けるが……」

 

 

「容赦はしねぇぞ?」そう言った瞬間に宏壱君の姿は消えた。

 

 

「――っ!?」

 

 

 咄嗟に魔力感知を行い……右手で側頭部を守る。――パァン!――と音が響き手が痺れる。

 

 

「いっつ~!」

 

「ぼさっとすんなよっ!!」

 

 

 痺れた手をぶらぶらさせているとそんな怒声が響く。

 

 

「炎神槍!!」

 

「っ!?」

 

 

 宏壱君が魔法名を叫ぶのと私が後ろに跳んだのはほぼ同時、そして数瞬後、私の居た場所に紅蓮の炎の槍が突き刺さり膨張して――ゴウッ!!――と炎が弾け火の粉を散らしながら天高く舞い上がる。

 

 

「炎龍・操傀(そうく)!」

 

 

 舞い上がった炎は龍を形作る。

 

 

「喰らえっ!!」

 

 

 口を大きく開けた火炎の龍は、私に向けて炎でできた体を伸ばす!

 私は咄嗟に印を組む。あの人に貰った力。この世界で物心がついた頃から始めた練習は既に体に染み付いていて、それは手が痺れていても失敗する事なく1秒も掛からずにできた。

 

 

「水遁・水陣壁!」

 

 

 私の口のすぐ前に円形の橙色の魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣に息を吹き掛けると大量の水に変わり、迫り来る火炎の龍とぶつかる。火炎の龍は蒸気を上げ炎の勢いを弱め……消えた。水蒸気が霧のように立ち込め視界を悪くする。

 印を組むのは起動キー、術名を言うのは

 発動キー。演算や情報処理をする必要はなくて、マルチタスクも戦闘中に複数の相手の動きを感知したり、左手で国語をやりながら右手で算数をしたりする程度。だから私にデバイスはいらない。私がデバイスを使わない(そもそも持ってない)から宏壱君もデバイスを使わず相手をしてくれる。

 

 

「るあっ!!」

 

「くっ!?」

 

 

 感知をするよりも早く、宏壱君が水蒸気の中を突っ切り私に襲い掛かってくる。振り抜かれる拳を横に飛んで躱し、素早く印を組む。

 

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

 

 さっきと同じように私の口の前に橙色の魔法陣が浮かび上がった。そこに後ろに跳びながら息を吹き掛ければ、今度は炎の球に変わり、至近距離で放たれたそれは宏壱君に当り――ゴウッ!!!――爆ぜた。

 私はその威力を利用して水蒸気の立ち込めるその場所から抜け出し、いまだに晴れないそれを油断無く見る。

 

 

「おい」

 

「っ!?」

 

「常に相手の魔力、流動的に動く力を感じとるんだよ」

 

 

 私が見ていた場所よりもさらに上から声が聞こえた。声の発生源を見れば、空中で紅色の薄い膜が張られその上に立つ宏壱君がいた。ただ一つ言いたいことがある。……そんな余裕ないよ。

 

 

「目で追えないのなら別のもので感知するしかないだろ」

 

「っ!?」

 

 

 さっきまで宏壱君がいた場所に彼はおらず、私の目の前で足を高く上げ……振り降ろすっ!

 

 

「受けんなっ!」

 

 

 そう叫んだ宏壱君の声に反応して、頭上で腕をクロスして受け止めようとした私は後ろに跳ぶ。宏壱君の言葉が正しいと分かったのは、宏壱君の足が地面に接触した瞬間、地面を大きく砕いたのを見た時だった。破片が飛び散る。あれを受け止めていたら私の腕の骨は砕けていたと思う。

 

 

「受けるんじゃない! 流せっ!」

 

「そんなこと言われてもっ!」

 

 

 瞬時に距離を詰めた宏壱君が放ったパンチを屈んで躱す。今度は屈んだ顔に膝が迫ってきた。それを横に転がって躱し、素早く印を――「そんな時間を与えると思うかっ!」――組めないっ!?

 

 

「くぅっ!?」

 

 

 私の足下で宏壱君が放った魔力弾が弾ける。飛び散る破片から両腕で顔を守る。

 

 

(たたこ)ぅてる最中に目ぇ逸らしとんちゃうぞ! ボケェっ!」

 

「ごふっ!?」

 

 

 ――ズドン!――とお腹から全身に衝撃が響いた。お腹を殴られたんだ。そう認識した時には私の体は吹き飛んでいた。

 

 

「がっ! ぐうっ!」

 

 

 1回、2回と地面をバウンドしてようやく止まる。

 

 

「ワレ、死にたいんか! あぁ!?」

 

 

 宏壱君の声が遠い。何かを言っているようだけど、今の私には聞こえなかった。

 

 

「はっ、うっくぅ!」

 

 

 お腹が痛いっ。息がまともに出来、ない。もうダメっ! 立て、ないっ!

 

 

「……ふぅ……もう止めるんか、咲?」

 

 

 その声にハッとする。それは底冷えするような声。ここで止めると言えば、止めてくれるんだ。でも、今度お願いしても多分本気で向き合ってくれなくなる。全力でぶつかってくれなくなってしまう!そんなのは嫌だっ!

 道場では転かすだけだった。それはこの二週間変わらない。攻撃もよく見れば躱せるもので、さっきみたいに受け止められないものじゃなかった。

 だけど、ここでは違う。ここにいる彼は外での優しさを捨てる。今彼が望む答えはひとつ。私が強くなること。強くなってなのはちゃんを守れるようになること。彼が転生者かどうかなんて関係ない。彼はなのはちゃんが巻き込まれるなんて知らないから違うのかもしれない。だから、この先のことは言えない。じゃあ、誰がなのはちゃんを守るの? 私だ。私はなのはちゃんのお姉ちゃんだから!

 

 

「くっ、はぁ、んっ!」

 

 

 手をついて立ち上がる。足にダメージが残っているのか、足がガクガクと震えた。それでも倒れない。

 

 

「……やれるん?」

 

 

 さっきとは違い優しい問いかけ。10分にも満たない時間で行われた今の攻防は、朝の時よりも遥かにきつかった。魔力は十分。体力は限界。まだまだ彼の背中は遠い。

 

 

「……一発が限度やな」

 

 

 その言葉だけで伝わった。「大きい技を使え」多分そういうことだと思う。

 

 

「すぅ……ふぅ……すぅ……ふぅ……よし」

 

「こいや。俺が受け止めたるわ」

 

「うん!」

 

 

 余裕が出てきて気付いた。……関西弁になってる? テレビとかでよく聞くけど……実際に聞くとちょっと怖いかも。なんて考えが浮かぶ中で右掌に魔力を集中する。色は私の魔力光と同じ橙色、形は球状、大きさは水風船くらい、その球の中で魔力が渦巻き嵐のように暴れ回っている。これは彼が得た初めての必殺技。多くの敵を倒し、多くの仲間を救い、新たな技の土台になったもので、多分彼にとっては基礎中の基礎。それを使わせてもらうよ。私がなのはちゃんを守れるって証明するために……。

 

 

「………」

 

 

 宏壱君はただそこで山のように待つ。何をしてもその場から動かないような錯覚に陥る。

 

 

「行くよ……」

 

 

 足を一歩前へ。カクっと膝が折れた。もう一本の足を前に出して体を支え、崩れ落ちる前に前へ、更に前へと足を踏み出す。勢いにさえ乗れば後は楽だった。彼との距離は10m。近づくに連れ、プレッシャーが掛かる。多分これが殺気だと思う。初めてここに来た時に宏壱君の言った言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 

――――ここでする模擬戦は実戦を想定してやる。慣れてくれば俺達から受ける圧力も増すし、厳しいことも言うが、折れないでくれ。頼む。

 

 

 そう言って頭を下げた宏壱君はとても真剣だった。だから、期待に応えようと思ったんだよね。それなのに、お腹が痛いくらいで私は折れかけた。もっと、もっと強くならないと、私はこの先誰も守れない!

 

 

「これが今の私の本気! 螺旋丸っ!!」

 

 

 乱回転を繰り返す球体を宏壱君のお腹に当てる!

 

 

「鉄塊・豪!!」

 

 

 ――ガギギィィンッ――と人の体からは鳴ってはいけない音が聞こえた。

 

 

「ふぅぅ、なかなかの威力だ。咲」

 

「あはっ、ありがとう。でも全然効いてないね」

 

「お前よりも強いからな」

 

 

 螺旋丸は弾けて散った。宏壱君にダメージは見られず、服のお腹の部分が破けるだけに止まった。

 

 

「ぁ……」

 

 

 宏壱君からのプレッシャーも無くなり安心したら、足から力が抜けて宏壱君の方に倒れ込む。

 

 

「っと」

 

 

 宏壱君が優しく受け止めてくれた。宏壱君の腕や肩、私の頬が触れる胸は凄くゴツゴツしていて鍛え上げているのが分かる。

 

 

「ジェイ、場所を草原、一本の大木を俺達の後ろに出してくれ」

 

[了解しました]

 

 

 トクン、トクン、と一定のリズムで打たれる心音は心地好くて私に安心感を与えてくれる。

 

 

「咲……咲?」

 

「ぅん?どうしたのぉ、こーいちくーん?」

 

「お前がどうした」

 

 

 聞き返されちゃった。

 

 

「はぁ、まぁ、いいや。取り合えず座るぞ、離れてくれ」

 

 

 呆れたように溜め息をついて宏壱君はそう言う。

 

 

「うんん、ヤーダ♪」

 

「やだってお前。暑いだろ?」

 

「心地良いよぉ」

 

 

「蕩けすぎだろ」とぼやきながらも宏壱君は私をくっ付けたまま座り、プロジェクターで構成された木にもたれ掛かる。

 

 

「咲、ごめんな」

 

「どうして謝るの?」

 

 

 宏壱君の胸元から顔を上げて、真っ直ぐに彼の顔を見る。彼は私を見ていなくて、どこまでも続く草原を見ていた。

 

 

「……痛かっただろ?」

 

「うん、痛かった」

 

「そっか。ホントごめ――「でもね」――ん……?」

 

「悪かったのは私だもんね。前に言われてたことさっき思い出したよ」

 

 

 そこで宏壱君は私の顔を見下ろす。……近い。今気付いたよ。すっごく近い。というか何この状況。ど、どどうして私宏壱君にもたれ掛かってるのっ!?

 

 

「おい、咲?」

 

「うえっ!? な、なにゅ?」

 

「うえっ、てお前……華の乙女としてどうなんだそれは」

 

 

 きゅ、急に恥ずかしくなってきた! 背中に回された腕、顔からお腹にかけて当たる体。む、胸まで押し付けて私、何で!?

 

 

「ホントに大丈夫か?」

 

「だ、ダダ大丈夫だ、よ?」

 

「ならいいけどな」

 

 

 うぅ~、何で宏壱君は平気なの?鼓動の早さも変わらないし。私なんて心臓が破裂しちゃいそうなくらいドキドキしてるのに。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 は、離れた方がいいよね? で、でも急に離れるっていうのもなんだか違う気がするし……。

 

 

「えっと」

 

「んー?」

 

「さっき関西弁だったよね? どうして?」

 

「どうして、って。そりゃ関西出身だからな」

 

「そうなんだ。あれ? でも普段は」

 

「普段は標準語だ」

 

「何で?」

 

「怖いんだとさ」

 

「え?」

 

「ほら俺さ目付き悪いだろ?」

 

 

 うん、って言えないよ!その質問!

 

 

「それに合わせての関西弁はかなりキツいらしい」

 

「……そ、そうなんだ」

 

 

 話してると落ち着いてくるものなんだね。恥ずかしさもちょっと引いてきた、かな……。

 

 

「そういえば、朝のはなんだったの?」

 

「朝?」

 

「うん」

 

 

 道場での最後の攻防を思い出しながら話す。

 

 

「急に腕が引っ張られたんだけど……」

 

「ああ、あれな。あれは簡単だ。お前の伸ばした腕に」

 

 

 そう説明しながら宏壱君は、私の右腕を伸ばさせる。彼の胸に両手でもたれ掛かっていたから、左手だけになって多くの体重を掛けることで密着度が増す。

 

 

「自信のある一撃ってのは、皆腕が伸びきるんだよ。だから引くのもラッシュを掛けるときよりも遅い。で、その一瞬の遅れを利用するんだ」

 

「遅れを利用?」

 

「ああ。伸びきった腕の肘関節、こいつは内側から力を掛けられるとめっぽう弱い」

 

「えっと?」

 

 

 分かるような、分からないような……。

 

 

「あー、あれだ、足かっくん。膝かっくんとも言うな」

 

「それなら分かるよ。立ってるときに膝裏からコツンってやられると、体勢が崩れるよね」

 

「そ。要はその腕バージョンをやったんだよ」

 

 

 言いながら宏壱君は伸ばした私の腕に、自分の肘関節が私の肘関節に来るように合わせて押す。すると私の肘関節が内側に折れ体が外に引っ張られた。

 

 

「っと。まぁ、こんな風に体勢を崩して、事態を把握する前に足を引っ掻けて()かしたんだ」

 

 

 宏壱君は私の腕をまた自分の胸に置いてそう締め括った。

 あの時、宏壱君が最後に見せた攻撃は顔を狙った訳じゃなくて、体勢を崩す為のものだったんだ。

 

 

「やっぱりまだまだ敵わないなぁ」

 

「そうでもない。咲の成長は凄まじいものだ。俺はお前の歳でそんなに動けなかった」

 

「………歳、一緒だよね?」

 

 

 宏壱君の言葉の中で引っ掛かる部分があったから聞いてみた。

 

 

「……あ、UFO」

 

「どんな話の逸らし方!? この空間でUFOとかないよね!?」

 

「……あ、ツチノ――「それもないから!」――……まだ言ってないのに……」

 

「もう!分かったよ。今は訊かない」

 

 

 話したくないのに無理矢理聞き出すのって卑怯だもんね。

 

 

「俺は転生者なんだ」

 

「言うの!?」

 

 

 驚愕の事実っ!と言うわけでもないけど!何となく分かってたけど!タイミングがおかしいよっ!

 

 

「い、言いたくなかったんじゃ」

 

「いや、そんなことないけど?」

 

「えぇー」

 

 

 ぐでーっと手を伸ばして宏壱君の膝の上で延びる。

 

 

「さて、第2ラウンドといこうか」

 

「えぇっ!? ここで話を切るの!?」

 

「今日の目的は?」

 

「……特訓、です」

 

「なら休んでばかりもいられんだろ。もうある程度魔力も回復しただろ?」

 

 

 立ち上がった宏壱君は私と距離を開ける。

 

 

「うん、そうだね。もっと強くならないと!」

 

 

 そして私は宏壱君と向かい合い印を組む。

 

 

「多重影分身の術っ!」

 

 

 私の背後に15人の私が現れる。今の私じゃあこれが精一杯。でも、宏壱君と出会うまでは5人が限界だった。それが、この二週間で三倍に増えた。維持するのにそれなりに集中力がいるし、強度もそんなに強くない。だけど、分身の私が経験したことが私の糧になる。今よりも早いスピードで上に行ける。強くなれる。感謝だよ、宏壱君。君に出会えてホントによかった。今は届かないけど……。いつか君の隣に立ってみせるから。だから、今は……。

 

 

『行くよっ!』

 

「………」

 

 

 全ての私がそう叫んで一斉に宏壱君へと飛びかかった。

 

 

「………ホントに面白い能力だなぁ!!」

 

 

 呆けていた宏壱君の顔には獰猛な笑み。今日の魔法模擬戦二回目、開幕。




前回は書く時間がなくて今回に見送りました。

エルテミヌス・エスト

容姿:原作通り

備考:次元断層に飲み込まれ地球に来た。『スピリッツデバイス』(管理局命名)と呼ばれる固有種でエストのいた世界にしか存在しない(現地では精霊と呼ばれている)。デバイスで言うところの待機モードが生命体(人や猫、犬等の状態)、スリープモードが装飾品の状態、戦闘モード(セットアップ時)が剣や槍、弓の状態。

前回大輝が修行していた場所で、倒れているところを修行場を探していた大輝に発見された。魔力の弱りを感じた大輝が魔力を流し込みそれをエストが受けてしまったため契約が成立してしまった。

エストは大輝を主とは認めていない。大輝がエストと出会ったのは宏壱と邂逅する3日前、バーベキューの時には既に大輝と行動を共にしていた。その時エストは宏壱がただの人でないことを見抜いたが、大輝は最後まで宏壱を侮っていた。それが主な理由。


とこんな感じですね。これもまた好きな作品なので最初っから出す予定でした。ただ世界観を合わせるためにかなり設定を弄っています。
一応管理世界ということになりますが、かなり辺境の方ですね。取り敢えずはエストだけ登場ということで……。


今回の咲の修行はまだ続きます。書いていると凄く長くなってしまったので、二話に別けさせていただきました。

今回書いている最中にふと思ったのですが、なんか咲も主人公枠にいるような……気のせい、ですよね?いや、この子何故か書きやすいんですよね。

さて、ここからは読者の皆様にお願いがあります。今回咲が使った忍術、一応魔法の部類になります。今後彼女が管理局と接触した際に彼女の能力をレアスキルにしたいのですが、自分の語彙では能力名が浮かんでこないんです。

そこで、皆様のお力を、と思いまして。詳細は活動報告の方に載せさせていただいています。よろしければお力添えのほどを……。

と言うことで、では!また次回お会いしましょう!
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