side~宏壱~
「ぐっ……あ……」
「……あ! 山口さん! 目が覚めましたか? 今、先生をお呼びしますね」
誰かの声が聞こえ、直ぐに戸を開く音が聞こえた。
「ここ……は……?」
霞む視界に映ったのは白い天井だ。痛む首を回せば清潔感が漂う真っ白な壁が見え、薬品の独特の臭いが鼻を突き、ドラマや映画でお馴染みのPi、Pi、Pi、Piと電子音が部屋に響く。
「俺……は……」
意識はものを考えられる程度には回復した。何があったかも……覚えている。
「油断……か……」
そうだ。最後のあれは油断だった。確実に勝てる相手に、調子に乗って攻撃する隙を与えてしまった。嘗て英雄と呼ばれた。鬼と恐れられた。それがこの
これから、被害者が増えるの確実だ。暫くは向こうも動けんだろうが、俺も当分は厳しいな。体中が軋み鈍痛がして頭も痛い。
自分の状況を把握していると、外から複数の気配が近付いてくるのを感じた。
ノックがしてドアが開く。入ってきたのは青髪をボブカットにした女医と一人の看護師、女医の胸元にあるネームプレートには神経内科・石田幸恵と書かれていた。……何で神経内科だよ。
「山口さん、聞こえますか?」
「…………あ……あ」
俺が寝ているベッドの横まで来て話し掛けてきた女医に返す。口を動かすだけで痛いな。
「今、あなたの担当医は席を外しています。それで、私が来ました」
俺の視線が胸元のネームプレートにいっているのを見てそう言った。
「俺……が……運び……込ま……れて……どれ――「喋らないで下さい。人工呼吸器も外れていませんから」――……」
道理で喋り辛いと思った。しかし、この街美人多すぎないか? 目の前の女医も大概だぞ。
「あなたが運び込まれて二日経ったのよ。宏壱君」
急にフランクになったな。だが、二日……か。一月とかなら焦ったが、その程度ならどうとでもなるな。
……そういや、無限は何処にいった? 真っ先に声を掛けてくると思うんだが。
と、考えていると複数の気配がこの部屋に近付いてくるのが分かった。戦闘の直後(俺の感覚では)だからか、体はまともに動かなくとも気配に敏感になっている。
「石田先生、遅れて申し訳ない」
ドアをノックして入ってきたのは、白衣を着た細身の男で年頃は20代ぐらいか? いや、桃子さんや士郎さんの例があるからな、それは信用できねぇな。それと士郎さん、恭也、美由希、咲、千冬、束、忍嬢とすずか嬢、メイドさん二人……凄まじい形相で俺を睨む愛紗だった。
「君たち出ていってもらえるかな? 患者と話がしたいからね」
「ですが、大宮先生。彼は――」
「分かっているよ。だから、現場に居合わせた彼の知人と彼のお姉さんを呼んだんだ。彼には、頷くか首を横に振るかで答えてもらうよ」
「そうですか……分かりました。じゃあ宏壱君、お大事にね」
去り際にそう言った石田医師に頷きを返すと、満足したように笑って一緒に入ってきた看護師を連れて部屋を出る。
「では、話を――「大宮殿、少し待っていただきたい」――……余り患者に無理はさせたくないのですが、関さん」
「あに……こ、宏壱……殿なら大丈夫です。こう見えて頑丈ですから」
「それは、治療した段階で分かっています」
「では、問題ありませんね」
「………はい」
おい、言い包められるなよ。流石に今の愛紗は俺でも怖いぞ。
「あに……こ、宏壱……殿」
普段は兄上だもんな。意気なり名前呼びってのは恥ずかしいか。顔を赤くしてベッドの横まで来て俺を見る愛紗に、これが怒りで赤くなってるんじゃないといいな、と現実逃避しながら苦笑を返す。顔の筋肉を動かすだけで痛い。
「貴方は……」
静かで、何かを堪える声。怒り、悲しみ、悔しさ、そんな感情が愛紗の中で渦巻いているのが分かる。
「貴方は……!」
愛紗はガッ、と俺の胸ぐらを掴んで無理矢理起こす。繋がれていたケーブルや人工呼吸器が外れてPiーーーーっと電子音が響く。
「ちょっ、関さん!――「割り込まないでいただきたい!」――っ!?」
騒然と慌ただしくなるも、愛紗の怒声で静かになる。愛紗の気に当てられて全員動けないようだ。
どうでもいいが、すげぇ体痛いし、呼吸し辛いんですけど……。
「これは、我らの問題です! 部外者の口出しは無用!」
「……ぶ、部外者じゃありません!」
そう返したのはすずか嬢だった。見た目気弱そうだが……相当に肝が据わっているらしい。
「すずか」
普段は見せない姿なのか、忍嬢が驚いてすずか嬢を見ているのが愛紗の肩越しに見えた。
「山口さんは私を守って傷付いたんです。だから、私は――「それに文句があるわけではない」――……え?」
すずか嬢の言葉を遮って、愛紗は俺の目を見続ける。
「それが問題ではない。この方が目の前で失われようとする命を黙って見ている筈がないのだ」
愛紗の目に涙が浮かび始める。こっちの世界に初めて来たとき以来か?
昔は、雷だとか地震だとかお化けだとかでよく泣き付かれたものだが、今じゃめっきりそんな事もなくなって、涙を見せる事はなかったが……ここで泣かせるのか俺は。
「何故です……?」
愛紗の手に力が込もる。
「何故……相談して下さらなかったのですか……!」
何となく見えてきた愛紗の怒り、悲しみ、悔しさ、その感情が向けられているのは俺ではなく……。
「まだ、足りませんか……?」
愛紗の頬を伝う涙は、自分に対しての不甲斐なさの表れだ。
「まだ、我らには力が足りませんか……?」
拭うこともせず、俺から顔を逸らすこともないし、俺にそれを許しもしない。
「我らは、貴方に守られるだけの存在ではなくなりました……! 貴方に守られるだけのヒヨッコではもうないのです……兄上! 実の兄を失い、泣いていただけの私では……!」
止めどなく流れる涙は愛紗の心だ。
「貴方に救われた……! 貴方に守られてきた……! 貴方に生きる意味を与えてもらった……! 貴方に鍛えられ、生きる術を教わり、仲間を想いやる心を学び、貴方に正義とは何かを教わった……!」
頼ってくれない悔しさ、それが愛紗の……いや、恐らく愛紗だけじゃない。桃香も鈴々も菫や要にも皆の心にこの想いはある筈だ。
「だから、貴方を守りたいと……せめて、背中だけでも守れるようにと力を付けたのです……!」
そして、言わせてはならないことを俺は彼女に言わせてしまう。
「それが……無駄だったと言うのですか……?」
「っ!?」
頭を鈍器で殴られたような錯覚に陥った。今までの自分を否定するような言葉……これは、言わせてはならなかった。自分の不甲斐なさに腹が立つ。テメェの愛した女が目の前で泣いているのに黙って見守り、心情を吐露させる事が今の最善だと高を括った自分に嫌気が差す。
「……ち……が……」
言葉が出ない。痛みで筋肉が強張っている。息も苦しい……だが、そうも言っていられない。ここで男を見せねぇと大切なものを失うことになる。苦しい? 愛紗達の方が苦しかった筈だ。痛い? 愛紗達の方がもっと痛かった筈だ。
自分達の知らないところで俺が傷つくことが、頼られないことが……!
俺ならごめん被る。何も出来なくてもせめて知っておきたい。そんな、単純なことさえ分からないとは……これは幾らなんでも、愛紗達に甘えすぎだろう。
「私は、私達は……貴方と共に歩きたい……!」
治癒魔法は苦手なんだけどな。一部分、顔と喉、胚周りなら何とかなるか……? 思い付いたら即行動だ。考えるだけじゃ何も始まらん。魔力を集中させる。
「……ちがう」
何とか成功だな。まだ痛みはあるが、喋れないほどじゃない。
「そうじゃない。俺は、お前らが心配ないようにと――「心配したいのです!」――……分かってる」
「分かっていません! 我らは皆、貴方を愛しています! 貴方から愛されていることも……分かっています! ですが」
痛む手を俺の胸ぐらを掴む愛紗の手を握り優しく擦る。
「分かってるよ、愛紗。俺は……バカだから、お前にここまで言われないと気づけなかった。大事な時期だから、懸念材料は少ない方がいいと思ったんだ」
今も尚涙を流す愛紗の目を見る。鋭く研ぎ澄まされた清い目だ。芯の通った、曲げぬと誓った目……だが、今は不安で揺れている。
「それでも、話すべきだったんだよな。ごめんな……何も聞かないお前らに甘えてたんだな。俺は」
「あに……うえ…………兄上ぇ!」
「ぐえっ!」
急に感極まったように抱き締められ、蛙の潰れたような声出る。痛い……めっちゃ痛い。でも、我慢……だよなぁ。ここまで泣かしたんだから。はぁ……桃香達もこんな感じか? これを繰り返すことになるのか、自分の蒔いた種だから仕方ないと言えば仕方ないが……。
……今、思い出したんだが何で愛紗が居るんだ? 向こうは大丈夫なのか?
「こほんっ! 関さん、そろそろよろしいですか?」
黙って状況を見守っていた大宮医師……よく見れば士郎さん達と行ったバーベキューの時にいた大輝少年の父親の
「っ……申し訳ありません、大宮殿。もう大丈夫です」
涙を袖で拭い、愛紗は俺から離れて控えるように横に立つ。
「後は家でお願いしますよ」
「さて」と場を仕切り直すように言った後、俺の目を真っ直ぐ見て……。
「宏壱君と呼んだ方がいいかな? それとも宏壱さんと呼んだ方がいいですか?」
そう言った。
今回は短めですが、切りがいいので切らせていただきます。
愛紗が帰ってきた理由は、語られるかどうか微妙なので補足しておきます。
家に居る男を放置する訳にはいかないので、桃香が愛紗を呼び戻したと言うだけです。当然、桃香や雛里も駆け着けたかったでしょう。ですが、雛里だけを置いて来れば男が目を覚ました時、何かしらの敵対行動をとれば対処しきれませんし、容態に変化があれば医学の知識の無い桃香ではどうもできません。
後は、宏壱に対する説教の意味も強いです。他の恋姫でもよかったのですが、何となく愛紗が適任かな、と思ったことも理由ではあるんですけどね。
では、また次回お会いしましょう。