side~愛紗~
私はポツンと一人、夜の帳が下りた闇に立っている。空を見上げれば満天の星々が何処までも広がっている。私は「ああ」と思う。この夢か……と。
夢を見ている。そう分かるのは、今私が見ているのは遠い過去の光景で、幼い頃何度も見たものだからだ。
「逃げろぉっ!」
「む、娘だけは! 娘だけはお助けください!」
逃げ惑う人々、燃える家屋、飛び散る鮮血、火の光に当てられ鈍く光る血塗れの刃。
「ひゃはははっ!」
「男は殺せっ! 女は身ぐるみ剥いで持って帰るぞ!」
「お頭、この場で犯しても?」
「時間掛けんなよ! 官軍が来ちまうからなぁ」
「さっすがお頭だ!……おら! こっちに来い!」
「いや! いやぁぁぁっ!」
地獄さえ生ぬるいと思わせるような光景が眼下に広がっている。
「貴様ら、もう好き勝手は許さんぞっ!」
そこで響いたのは男性の声だ。まだ若く青年と呼ぶには少々幼い顔立ち、緑を基調とした衣服を纏い少し長めの黒髪は首の後ろで結われ一本の束になっている。
「あん?なんだテメェ」
「おい坊主、そりゃ俺達に言ってんのか?」
「がははははっ!混ざりてぇんじゃねぇのかぁ?」
下卑た笑みを浮かべ賊共は嗤う。その間も女を犯す者、まだ火の手の上がっていない家屋に入り金品を持ち馬車に積む者、男性を気にするものは誰一人居なかった。と言うのは語弊があるな。この賊共に頭と呼ばれていた男だ。そいつだけが男を注視していた。
「殺せ」
「は? お頭?」
「あのガキを殺せ」
「いや、あんな奴ぐべぇっ!?」
難色を示した薄汚い男が殴り飛ばされる。
「他に文句のある奴はいるか?」
「「「「「…………」」」」」
何も言えない男共。反論すればさっきの男のように、自分も痛い目を見ると分かっているからだ。
「覚悟しろ賊共ぉ!」
男性は雄叫びを上げ手に持つ『青龍偃月刀』を振るい迫る賊を斬り捨てていく。
「でやぁっ!」
「ぎあっ!」
一人また一人と四方八方から迫る賊を確実に斬り伏せ、足場が賊の亡骸で埋まらぬように移動して戦う。
その男性は、兄上は斬っても斬っても湧いて出てくる賊に疲労していった。この時の私は木箱の中から、それを震えて眺めているだけだった。
「ぐあっ!」
兄上が背中を賊の斧で斬りつけられた。今ではこんなにも冷静に見ていられる自分に嫌悪感を抱くことさえ無い。
それからは、兄上はどんどんと傷ついていって、清潔だった服は血と土で汚れ、首の後ろで束ねていた髪は解け、『青龍偃月刀』を握ることさえも出来なくなっていた。
「あっ……あっ……あっ……」
自らの血溜まりに倒れ付した兄上は、息をしていることさえも奇跡のようなもので、何時事切れてもおかしくはなかった。
「ちっ……ほれ見ろ、放置なんざ出来ねぇじゃねぇかよ」
賊共にお頭と呼ばれていた男がそう悪態をつく。兄上が斬り伏せた賊の数は20人にも上った。全体の賊は凡そ100人前後、そのどれもががむしゃらに剣や槍、斧を振り回すだけで武芸の欠片もない。武官であった父上から武技を学んだ兄上が後れを取るはずもなかった。だが、多勢に無勢とはまさにこの事で、然しもの兄上も背後から迫る賊に対処しきれず斬られてしまったのだ。
「この前の奴といい、このガキといい何だってんだ! 500居た俺達が、今じゃたったの80人まで減らせちまったぞ!」
この賊集団は元々は500人も居たそれなりの規模のものだった。500人も居れば自衛団を組んでいる程度の邑であれば落とせる。少なくはないが、多くもない絶妙な数で非常に小回りの利く集団だった。それが先日、壊滅の危機に陥ったと言う。
誰がやったか当時の私では見当もつかなかった。それに、その者が確りと賊を殲滅していればこんなことには成らなかったのだと、あの人を呪った事もある。
「そいつを殺しておけ」
「へいっ!」
命令された小太りの男が斧を振り上げ……。
「んっ…………んんっ……夢、か」
遠い過去の記憶。私が唯一の肉親を失った記憶。幼い頃はよく見た夢だった。兄上を、宏壱殿を恨み、寝込みを襲ったこともある。私のような拙い殺気では、宏壱殿に危機感を与えることすら出来なかったが……。
「ふぁっ……」
掛け布団を避け体を起こし伸ばす。
PiPiPiとベッドから下りたところで、部屋に電子音が響く。
「『青龍』繋げてくれ」
ベッドの頭側に置かれた机の上に置いてある緑色の宝石が填められた指輪に声を掛ける。
私の命を預ける相棒『青龍偃月刀』(愛称『青龍』)、彼(彼女?)は兄上の刃、無限のように言葉を発することはないが意志と呼べるものはあるようで、声を掛けるだけと返事は返ってこないものの確りと反応してくれる。寂しく思うこともあるが、今は取り合えずこれで満足している。
「関です」
[愛紗ちゃん、おはよ~]
「桃香様でしたか……おはようございます」
プライベートチャンネルかビジネスかを確認していなかったから、当たり障りのない出方をしたが、どうやら送り主は桃香様だったようだ。
『青龍』が展開したモニターには桃色の寝巻きを着た桃香様が映し出されていた。
[今起きたところ?]
「はい、連日の任務で少し体が重いです」
[私達はプログラム体だから、休憩は必要無いって駆り出されるもんね]
そうなのだ。ゼスト殿や他の隊員は特に何も言わないが、他の部隊からのやっかみが多い。我らが持つ魔力量は前世の気の量に起因する。我ら皆検査したところ、美羽や七乃、天和達張三姉妹全てにAAAという評価が下された。当時は兄上も同じだったそうだが、日々の研鑽でもう一つ上のSランクに上っている。
そればかりではないだろうが、やっかみを受ける一因なのは間違いないだろう。出る杭は打たれる。……だが、出すぎた杭は折られる。これは確実だ。兄上も今はゼスト殿やクイント殿、メガーヌ殿に一歩届かぬがそれも今だけで、いずれ追い付き追い抜いていく。いや、もしかすると実際はもう既に……。
[愛紗ちゃん?]
「……はい? 何でしょう、桃香様?」
桃香様にお声を掛けられ思考を止める。
[何度も呼び掛けたのに反応がなかったから……まだ眠い? 掛け直そうか?]
「いえ、眠気はありません。ただ考え事をしていました」
[ふ~ん、それってお兄ちゃんの事?]
「はい……この先、兄上は局内で疎まれるようになるだろう……と思いまして」
[上の人達はそう思うかもね]
桃香様も私と同じ考えのようで胸の下で腕を組んで[うんうん]と仕切りに頷く。
「それで、ご用件は?」
[あ……]
桃香様は忘れていたのか、小さく声を漏らす。と、どんどん表情が暗くなっていく。
「また兄上に何か……?」
[うん……]
肩を落とした桃香様は暫く俯いていると、唐突に顔を上げ……。
[実はね――]
事の顛末を語る。
「あっはははは」
「笑い事ではありませんっ!」
「でも、凄いわよねぇ。それだけ重傷でもう動けるなんて」
「メガーヌ殿まで……」
「ごめんなさい」と言いながらも、くすくすと笑うメガーヌ殿に私は溜め息を溢す。
「地球は確か管理外世界だったな」
黙して話を聞いていたゼスト殿が、確認の意味を込めて聞いてくる。
「ああ、でも魔法がない訳じゃないんだぜ? 表に出てないだけで」
そう答えたのは私の隣に座り、丼を口に掻き込んでいた要だ。
姓は太子、名は慈、字は子義、真名は要……兄上が嘗て率いた義勇軍『赤鬼衆』の筆頭武将だった者だ。言葉遣いは男勝りだが、それは幼い頃に兄上の影響を受けての事だと以前聞いたことがある。
「案外危ない世界なのね」
「安全なところなんざねぇよ。目立たないだけで、どこも危険なもんだ」
メガーヌ殿の言葉に答えながら要は二杯目の丼に手を伸ばす。
兄上を初め、うちには大食漢が多い。この要もその一人だ。
今は桃香様の連絡を受けた日の昼、昼食時だ。ここは地上本部の食堂、昼休みの時間が重なったゼスト殿、クイント殿、メガーヌ殿、要の四人とテーブルを囲い昼餉を共にしている。私と要が並んで座り、ゼスト殿、クイント殿、メガーヌ殿が正面に座っている。今日は出動任務はなく、事務作業を中心に勤務している。
話のネタ……と言うよりも、如何に兄上が無茶苦茶なことをやっているのか、という愚痴を皆に説いたところ、クイント殿の大笑いが返ってきたのだった。
「でも、ホントにいいの?」
「大丈夫だろ。宏壱様が本気出すってんだから」
メガーヌ殿が心配そうに聞いてくるも、要は軽く手を振り返す。
「戻れないのは口惜しいですが、今はこちらを優先するべきだと我ら一同意見が一致しております。それに、要が言ったように兄上が本腰を入れるそうなので、あちらは心配無用です」
鮭の塩焼きを箸で切り分けながら言う。事実、心配などする必要は無いだろう。心配じゃないか?と聞かれれば心配だと答える。当たり前だ。兄上は我らの柱、愛すべき殿方、敬愛すべき兄なのだ。心配でないはずがない。しかし、それ以上に信じている。信頼している。たとえ地に倒れても必ず立ち上がると、その心は折れぬと……。
「でも、見てみたいわね。『蜀伝の書』の中に居る皆が出てくるところ」
「まぁ、壮観でしょうねぇ」
「ああ」
本腰を入れるとはつまりそういうことだ。『蜀伝の書』に居る皆を顕現させる。多少兄上の体に負荷が掛かるが、もう何を言ったところで兄上は止まらん。今、事件の大元を叩かねば、やり場のない怒りに身が保たないと言われれば、多少の無茶は目を瞑るしかない。
「でも、重傷だったんでしょ? 大丈夫なの?」
「異常な早さで回復しているそうです。折れた腕も既に繋がっているようですし、今朝には目を覚まして大量に食べ物を体内に取り込んでいるようです」
「ええっ!?」
メガーヌ殿の問いに答えれば驚きの声が返ってくる。私も桃香様からその話を聞いた時は驚いた。
内臓の損傷、肋骨の骨折、左腕骨折、両足の筋断裂、魔法で治療しなければ治せるものではないし、それにしてもそれなりの設備が必要になる。
「宏壱君は治癒魔法が得意じゃなかったわよね?」
「仰る通りです。雛里の見解によりますと『グロウ』の副作用、副次効果と呼んでも良いかもしれませんが、その影響だろうと」
「『グロウ』って確か宏壱君の変身魔法だったわよね?」
「そうそう、あれで本気モードって感じだもんなぁ。本来の姿でもかなりの身体能力だけど、大人の姿になるとそれが数段パワーアップして力じゃ私より強くなるから」
「でもそれがどう関係するのかしら……?」
「それは『グロウ』の特性にあります」
「特性……?」
私は首を傾げる三人に「はい」と頷き説明していくのだった。
side out
side~束~
ここはこーくんの病室で今日はこーくんから六式のレクチャーを受けた日から4日目。病室にはこーくんと私、魔女っ子帽子を被ったツインテールの女の子、ひーちゃんが居るのですっ!
「再生と成長か~。だから治りが早いんだねっ、ひーちゃんっ!」
「ひ、ひーちゃん?」
ひーちゃんの説明を受けて納得っ!と両手を合わせるけど、それも一瞬で直ぐ様作業に戻る。
「『グロウ』にそんな効果があるとはなぁ」
ベッドに座って翠屋特製シュークリーム(さっちゃんのお見舞いの品)を食べるこーくんは「そりゃ知らなんだ」と笑っている。
「はい、でしゅ」
魔女っ子帽子の鍔を押さえて顔を隠すひーちゃんは説明を続ける。
「魔法の特性はお兄様の体を成長させることでしゅ。それは、細胞分裂と成長を魔力繭の中で一秒の間に何十、何百、何千回と繰り返し行われましゅ」
「それで『グロウ』なんだね」
「はい。……ですが」
「うん、それって不味いよねぇ」
「……」
こーくんも何となく分かってるのかなぁ? 窓の方に視線を向けちゃったよ。
「幾ら魔法の補助があると言っても危険でしゅ!」
「そーだよ、こーくん。細胞には分裂できる回数が決まってるんだから、あんまり多用しない方がいいよ」
死ぬことはないんだけど、成長が止まる可能性……と言うか、身長が伸びなくなっちゃうよ?
「今、色々考えてるとこだ。俺も身長が低いままなのはごめんだ」
「っと出来たよっ。ブイブイ!」
話している間にも動かしていた手を止めて、完成したものをこーくんとひーちゃんに見せながらVサインを作る。
「これがそうか? ただの掃除機にしか見えねぇんだけど」
私の手にあるのは、小型の掃除機『魔力吸いとるくん』。
「ふっふ~ん♪ それが違うんだなぁ」
数秒のタメを作って説明しようと口を開く。こういう演出は結構大事だと思う。
「これはねぇ~――「んむ? イチゴベースのチョコレートだ。雛里も食べてみるか?」――……」
「はい、でしゅ……はむ……おいひいでしゅ」
「…………聞いてよぉっ!」
なんだか凄く切ない気持ちになりました。
side out
本当は宏壱の視点まで行きたかったんですけど、切りが良いのでここで今回は終了です。
今回は特に書くこともないので、宏壱陣営の強い順を紹介しようと思います。
恋姫公式チートの恋(呂布)を基準にしました。
宏壱>>>恋=桃香>>愛紗=要=星=鈴々=翠=紫苑=桔梗>菫=呉刃=碧里>焔耶=蒲公英=璃々=優雪=美羽>>――頑張れば越えれる壁――>>七乃>>>>――諦めた方がいい壁――>>>>朱里=雛里=天和=地和=人和
>は恋一人分です。
うちの桃香は一人で恋を抑えれるぐらい強いです。あくまで同条件のもとで戦った場合のものなので、その時のコンディションで勝敗は変わってきます(――で分けた娘よりも上の娘だけ)。
では、また次回でお会いしましょう。